恋する乙女の末路
⋇性的描写あり
「……なかなかやるな?」
炸裂した暴風大砲による荒れ狂う暴風が収まった所で、僕は思わず賞賛の言葉を口にする。
理由は単純。直撃してれば原形が残らないレベルの攻撃だったのに、セレスは吹き飛んだだけで済んだからだ。衣服も肌も暴風に切り刻まれて全身から血を流してはいたけど、あくまでもそれだけ。身体の一部が粉微塵になってるとかは無い。
そうなったのは、セレスが咄嗟に危険な綱渡りを敢行し見事成功させたから。どうも暴風領域が横から破られる前に、自分でそれを解除したっぽい。そしてその分のリソースを使って自らの身体を風で吹き飛ばし、反射されたハリケーン・キャノンと僕が放った暴風大砲がぶつかるように仕向けたってわけ。だから破壊力の大部分は相殺されてる感じだね。
とはいえギリギリだったので十分な距離を取る事は出来ず、目の前で破滅的な暴風が炸裂した事に変わりは無い。まあ瞬間的によくそんな対応を下せたと思うよ。
「う、ぐううっ……!」
吹っ飛んだセレスを悠々と追いかけてきてみれば、そこには傷ついた身体を必死に起こそうとしているセレスの姿。
どうやら最初の砂浜に戻って来たみたいだ。まあ周りに樹木の破片とかわんさか転がってて凄惨な光景になってるけどね。セレスの自然破壊が過ぎるから……。
「……抵抗はもう終わりかな? そろそろ限界でしょ?」
がくがくと膝を笑わせながらも立ち上がるセレスを前に、僕はそう問いかける。
何故かと言うと、さっきから徐々に暴風の勢いが衰えてたから。確かにセレスの全力は凄まじかったけど、何もノーリスクで顕現させてる能力なんかじゃない。れっきとした魔法で、だからこそ魔力を消費する。恐らく魔力が尽きかけてるんだろうね。
実際、今のセレスは暴風を纏って無いし、竜巻も侍らせてない。全身の負傷を治癒する様子も無い。とはいえおよそ三十分もの間、あんな破壊を撒き散らしたんだ。常人なら魔力切れでもおかしくないでしょうよ。
「君もどれだけやっても無駄だって事はそろそろ理解できただろうし、これ以上僕を楽しませる事が出来ないっていうなら、もう終わりにしようか?」
「……だったら! 最後に、これを……!」
屈辱に唇を噛みしめながらも、セレスは最後の力を振り絞る感じで空に向けて剣を掲げる。同時に激しい烈風が渦を巻き、その剣を包むように収束してく。刀身が纏う暴風はどんどんと強さを、そして長さを増していく。
「これは、また……」
そして風が収まった時、そこにあったのは本物の竜巻と見紛うほどの暴風の柱。長剣を中心として天を突かんばかりに伸びるその威容、周囲のあらゆるものを吸い上げ余波だけで大嵐を巻き起こしてるその破壊力。
なるほど。持てる全てを一振りに集中させ、最大最強の一撃を叩き込むつもりか。こんなもん個人に向ける攻撃じゃないよ、全く。
「――くらええええぇぇぇぇぇぇぇっ!」
迫真の叫びと共に、大自然の驚異そのものって感じの剣が振り下ろされる。竜巻自体は長剣を核として発生させてるだけだから、剣自体の重みやリーチが増えたわけじゃない。だからこそ、素早く振られた長剣に伴い、竜巻が猛烈な勢いで迫ってくる。先端に近いほど速度が速くなるだろうし、音速を軽く超えてそうな勢いで竜巻が降ってくるんだぜ? 天から視界を覆い尽くす竜巻が迫る光景に、さすがの僕もちょっとビビったよ。
「――はい、おしまい」
「あっ……」
とはいえ、あくまでもビビっただけ。魔法封印で魔法を封じてしまえば、途端に竜巻は雲散霧消。後に残るのは全力を使い果たした一撃をあっさり消し飛ばされ、消え行く暴風を情けない顔で見送るセレスの姿。
「今のが最大の攻撃かな? じゃあもうこれ以上は無いんだよね。最後に暴れ回って満足した?」
「………………」
恋する乙女は狂戦士タイプだから一応警戒はしてるけど、最早打つ手無しって感じらしい。セレスはその場に膝から崩れ落ちて、血が滲むほどに固く握りしめてた長剣も手放した。
その表情も完璧に抜け落ちてて、さっきまでの憤怒や殺意もどこ吹く風。全てを出し尽くして空っぽになったように、ただひたすらに空虚な表情を晒してたよ。
「まあ、偽装とはいえ今まで信頼のおける仲間として過ごしたよしみだ。最後に遺言くらいは聞いてあげるよ。何か言い残したい事は?」
そんなセレスに歩み寄り、空間収納から取り出した長剣をその白い首筋に突きつける。
何だかんだで今まで楽しく過ごさせてくれた少女、それに別段僕の神経を逆撫でするような事もしなかった良い子だ。加えて反転した愛憎を味わうっていう貴重な体験をさせてくれた子だし、遺言を聞いた上で特に苦しませずサックリと殺ってあげるつもりだ。それが最大のお礼ってもんだろうしね。
「……もう……いいや」
だけど当のセレスは瞳から輝きを失い、全てを諦めた表情で俯いた後、そんな呟きを零す。
愛してたはずの男が実は最悪の邪神で、今まで散々騙されてたって知ったらこんな感じになっても仕方ないか。怒りはさっき暴れまくって完全に燃え尽きた感じだし。
どうせなら最後までもうちょっと面白い展開を期待したんだけど……ま、十分楽しませてもらったし別に良いか。
「遺言も無い、と。それじゃあこのまま死ぬって事で良いね? さよなら、セレス」
だから僕は俯くセレスを前に剣を振り上げる。そのまま首を一刀の下に刎ね飛ばすために、軽く別れを告げて一息に振り下ろそうとして――
「――邪神だとか、世界を滅ぼすだとか……そういう事、全部……もう、どうだっていいや……」
「……ん?」
遺言は無いと答えたはずなのに、何やら呟き始めたセレスの姿に気付いてピタリと止める。何もかもが投げやりな感じで、全てを諦めた雰囲気が漂う感じの言葉だったけど……何だろう。ある種の晴れやかさを感じる。
「何もかもが真っ赤な嘘でも、あたしに見せてくれた笑顔が嘘じゃないなら……もう、それでいい。だってあたしが、君の笑顔に感じた気持ちだけは、嘘じゃない本当の気持ちだから……」
そうして俯いたまま、セレスは言葉を続ける。まるで僕が邪神でも構わないし、それでも愛してるって言うような内容の言葉を。
おい、待て。お前、まさか……。
「肉奴隷でも、実験動物でも、下僕でも、何でも良いから――あなたの傍に、いさせてくださいっ! やっぱり、君の事が好きなの……!」
顔を上げて泣き腫らした目で僕を見上げながら、そんなとんでもない事を口にしてきた。
僕が邪神でも良い。どんな扱いだろうと構わない。好きな気持ちに嘘はつけないから、どうか傍にいさせてください。そんな実に甘ったるく、真実の愛に溢れた素晴らしい言葉を。これにはさしもの僕も言葉を失って反応に困ったよ。
さっきまで殺す気で色々やってきた癖に、こんな事ある? これマジの本心か? 命乞いの一種とかじゃなくて?
「………………」
「あっ……」
疑り深い僕はその発言を簡単には信じず、空いてる方の手でセレスの頭をガシリと掴む。そして明るい緑の髪を指に絡める感じで掴み上げ、無理やりに引きずり立たせる。
セレスは小さく苦悶の声を上げたけど、最早抵抗はしなかった。
「クルスくん……あなたの事が、大好きです……」
挙句、髪を掴まれて無理やり立たせられた状態なのに、聞き間違いなんてありえないレベルの告白をしてくる。
これが死の恐怖に怯えた顔だったり、錯乱して視線すら定まらない感じだったりしたら、容赦なく首を落とす事が出来た。命乞いの言葉で本心からじゃないのは明らかだからね。そんな言葉は僕の興奮を逆撫でするだけだから。
でも、セレスが浮かべているのは紛れも無い慈愛の微笑みだった。頬には涙の痕が残ってるし、所々切り傷や出血があるけど、それは僕の全てを知った上で受け入れるっていうどこまでも深い愛の表情。何よりも貴重で尊い、真実の愛を体現した笑みだった。
参ったね。こんなものを見せつけられては殺せないじゃないか。うちのメイドの一人みたいに、真実の愛なんていう素晴らしいものを持つ少女なんだから。
「はあっ……」
「んっ――!?」
一つため息を零した後、僕はセレスの唇を奪った。
ため息は敗北感から。邪神たるこの僕をある意味では屈服させたようなものだからね。宇宙の果てに追放したバグキャラにさえ負けなかったのに。
キスに関しては……まあ、ノリで。血塗れ傷だらけの女と交わすキスっていうのもオツなものだし?
「ぷはぁ……!」
しばらく唇を重ねた後、掴んでいた髪を離す。
当然セレスはそのまま崩れ落ちるけど、表情はとろんとしてて夢心地だった。こんな状況でそんな呑気な顔出来るとかヤバいよこの子。いや、恋する乙女がアレなのは知ってたし、今更か。
「……都合の良い女になるっていうのなら、それでも構わないよ? けど本当に良いの? こちとら殺人鬼や強盗犯どころじゃない悪の極みだよ?」
そんなセレスを見下ろしながら、最後の確認をしてあげる。
実際セレスに対しては悪そのものな情報しか教えてない。実は世界平和を実現するために動いてるとか、そういう事は一切口にしてない。だから僕はセレスから見れば紛れもなく純粋な悪そのもの。世界の破滅を目論む邪悪なる神でしかない。
「……いいよ。どうせ、あたしにはお父さんもお母さんももういない。失うものなんて何も無い。ただ一つ持ってるのは、君への気持ちだけ。これを失うなんて、あたしはそんなの嫌だ。それくらいなら、君と一緒に堕ちていくよ。どこまでも……」
だけど、セレスはそれでもなお引かない。
むしろ愛する人とどこまでも一緒に堕ちていくっていう、真実の愛に溢れた素敵な言葉を口にしてる。この選択に後悔は無いって感じに、僕を慈愛に満ちた瞳で見上げながら。
やれやれ、まさかこんな展開になるとはね。恋する乙女は無敵か? とんでもない奴に好かれたもんだ。
そして何より、セレスの気持ちを見くびってたね。絶対受け入れないって思ってたし、仮に受け入れるとしても協力者ポジションが精々だろうって思ってたのに、これほどまでに真の仲間としての適性があるなんてさ。
いいさ、潔く敗北を認めよう。恋する乙女の気持ちを侮った僕の負けだ。邪神に黒星を付けたとんでもない少女が仲間になる。良いじゃないか、大歓迎だよ。
「だったら、その証拠を見せて貰うよ。お前の全てを今ここで、僕に捧げろ」
「あっ――」
方針を決めた所で、僕は長剣を軽く一振り。その一刀で斬り裂いたのはセレスの身体ではなく、ボロボロになったその衣服。表面を軽く撫でるような一刀を受けて繊維が途切れ、セレスの胸元がはらりと曝け出される。
この行為で『全てを捧げろ』という言葉がどういう意味なのか理解したんだろうね。セレスは顔を赤く染め、だけど満更でも無い微笑みを浮かべた。
「うん……あたしの全部、君に捧げるよ……」
そして、僕に向かって両腕を広げる。自分の全てを捧げるように、あるいは僕の全てを受け入れるように。全身に血が滲んだ傷だらけの身体でありながら、どこまでも愛情深く。
「あっ――」
その美しい姿と真実の愛に耐えきれず、僕はそのままセレスを砂浜に押し倒した。
どうせここは人なんて存在しない無人島で、さっきまで風神が暴れてた破壊の跡地。誰にも見られることも無く、魔物や動物に邪魔される事も無い。
そしてセレスは僕に全てを捧げ、僕の全てを受け入れる覚悟ができてる。だったらもう何も気にする必要はない。
だから僕は今までセレスのせいで感じた劣情を纏めて叩き込むように、盛大に優しく愛してあげました。綺麗なお月様に見守られながら、さざ波の音をBGMに、夜の砂浜でロマンチックに、ね。
朗報:セレスも真の仲間加入。
真の愛を持ってるんだから仕方ない。実は前の話の途中辺りまでどうするか決めかねてました。判断が遅い(平手打ち)