セレスとデート
デート当日、時刻はお昼前辺り。僕は待ち合わせ場所に決めた広場の噴水前で、時間より多少早めに来て待ってた。
事前に口にした通り、今回は服装にも気合を入れてる。といってもシンプルな上着やシャツやズボンで、畏まった格好はしてないけどね。それでもいつもの落ちぶれた盗賊紛いの格好よりはマシだろうし、何よりそこらを歩いてるモブよりも遥かに清潔感溢れる整った服装だ。
ぶっちゃけ良い感じの服装が思い浮かばなかったからこうなりました。まあツラは整ってる方だし、これでも問題無いでしょ。
「――おーい、クルスくーん!」
「お、来た来た」
なんて普通の一般市民みたいな恰好に新鮮な気持ちを抱いてると、朗らかな可愛らしい声が耳に届く。
見ればこっちに向かって一直線に駆けてくるセレスの姿。約束の時間を多少回ってるからか、ちょっと顔が慌ててますね。五分くらいだし僕はそこまで気にしてないけどね。『あんな美少女と待ち合わせしてんのか!?』って周囲の男共の視線が心地良いし。
「はぁ……はぁ……! ご、ごめんね、待たせちゃったかな?」
「うん。待った」
「えぇっ!? そこは普通『僕も今来た所だよ?』っていう所じゃないの!?」
「そのお約束は他の奴とすでにやったから、別にやる必要は無いかなって。仮にやったとしても、そもそも約束の時間を回ってる時点で嘘なのはバレバレじゃん?」
「それはそうなんだけど! 女の子としてはそういうやり取りをしたいの! クルスくんの意地悪!」
「ヒャハハハッ」
ぷりぷりと怒るセレスを前に、邪悪に笑って見せる僕。
しかしお約束をやりたいっていう気持ちは分かる気がするね。僕だって異世界に来たお約束とか色々やったし。あ、でも野盗や魔物に襲われてる馬車を助けたら、実は乗っていたのがお姫様だった、っていうお約束はまだしてないな? まあ当のお姫様たちを地下牢に監禁してるから、そういうお約束は絶対実現しないだろうけど。
「それはそうと、遅れちゃってごめんね? ちょっと身嗜みを整えるのに時間がかかっちゃって……」
「ほう? それはつまり、僕に綺麗な姿を見せたかったという意味かな?」
「うん、そうだよ」
「そこは素直に頷くんだ……」
「だって、クルスくんに褒めて貰いたいもん。それで……どう、かな?」
直前の言葉には当然のように頷いた癖に、今度は恥じらいながら感想を求めてくるセレス。
僕が恰好をキメてきたように、セレスも服装には気合を入れてきたみたいだ。大まかに言えば薄い緑色のワンピースの上から茶色のトレンチコートを羽織り、ハイソックスで足を包んだ姿って言えば良い。
でも実際はかなり過激だ。だってワンピースはちょっと動いただけでパンツ見えそうなくらい短く過激に攻めてて、普段のミニスカよりも数段短くて目のやり場に困るレベル。それなのに黒のハイソックスで太腿半ばまで包んでるから、ワンピースの裾との間で白い太腿が織りなす絶対領域の破壊力が凄まじい。
それでいて男の独占欲にも対応できるよう、横や背後からはトレンチコートのおかげで脚もパンツも見えない状態。コイツ、なかなか男の心理を分かってやがる……!
あと極めつけはその胸元。僕がプレゼントしたペンダントを周囲に見せつけるように服の外に出してる。そこに飾られたイエローアパタイト(石言葉は欺く、惑わす、戯れ、など)の輝きが、『私は彼の物』と如実に語ってたね。僕の物にした覚えはないけど。
「うん、とっても綺麗だよ。今すぐそこらの宿に連れ込んで、僕の色に汚したくなるくらいだ」
「えへへ、嬉しい……」
ぽっと頬を染めたまま、セレスは満更でも無い表情で俯く。実際このまま宿屋に連れ込んでも抵抗はしないどころか、むしろノリノリになると思われる。
僕としてはそういう方向のデートでも良いんだけど、さすがにセレスが今望んでるデートはそういうのじゃないだろうからね。とりあえずは普通に無難なデートを提供してあげよう。
というかその動きで揺れ動いた長い髪も、普段より数段綺麗で輝いてる感じだ。髪型こそ普段と同じポニーテールだけど、滑らかさも段違いだね。良かった、僕の方もそれなりの格好で来て……。
「ちなみに僕の方はどう? 今回は僕もキメてみた感じだけど」
「カッコいいよ、クルスくん! 素敵! まるで普通の人みたい!」
モブに紛れられそうな地味な恰好なのに、セレスは大絶賛――いや、絶賛なのかこれ? 普通の人みたいってむしろランクダウンしてないか? あるいは上手く常人に擬態できてるっていう含みのある誉め言葉?
まあ本人はイケメンアイドルを前にしたファンみたいに喜色満面だし、変な事は考えて無さそう。例え変な事考えてたとしても、どうせデートの終わりでネタ晴らしするんだし何の問題もないな。
「ありがとう。それじゃあお互いに恰好を褒め合った所で、早速デートの始まりだ」
「あっ……」
とりあえず右手を差し出すと、セレスは一瞬驚いた感じに目を丸くした。
何だよ、僕がエスコートするのはそんなに不思議か? これでも五人の女とハーレム(諸説あり)を築いてる益荒男ぞ?
「……うん!」
驚きに固まってたのは一瞬の事で、すぐに僕の手を取って指を絡めてきた。ヤバいくらいに頬を緩ませて、幸せいっぱいの表情でね。もうこの表情だけで三日はオカズに困らなさそう。
そんなわけで、僕らは仲良く手を繋いで歩き出しました。はてさて、このデートは一体どんな感じになるのかなぁ?
「さあ、ついたぞ。セレスが来たがってたのはここだよね」
「うん、そうだよ。広々としてて気持ち良いよね、ここ」
僕らが最初に訪れたのは、自然公園みたいな感じの広場にも似た公園だ。一応申し訳程度にも遊具とかはあるけど、ほとんど原っぱで多少木が生えてる程度だから、過ごしやすい草原みたいなもんだね。
ああ、そういえばここ前に来た事あるなぁ。クソ犬……フリスビー……うっ、頭が!
「あの木の下なんか良さそう。クルスくん、来て!」
「おっ、なんじゃあ?」
苦い思い出を振り返る僕に対し、機嫌良さげに手を引いてくるセレス。そのまま引っ張られていくと、小さな湖の畔にある大木の下へと導かれた。今はちょうど昼時だからお日様も高いし、影が出来てて良い感じにくつろげそうな場所になってたよ。
「ちょっと待っててね?」
そしてセレスは一旦手を離すと、空間収納から何やら大きな布切れを取り出した。それを一息に広げ、大木の下に敷く――あっ、これレジャーシートか。何かやたらフリフリでピンク色してるのが気になるけど。という事はお昼はここで食べるのかな?
とりあえず見守る僕の前で、今度は大きなバスケットを取り出すセレス。その中からヒョイヒョイ出されるのは水筒やら紙に包まれた食べ物やら、何かの容器に入った果物やら。これでもかってくらいに準備が良いねぇ? どうりでデートの時間はお昼前を指定してきたんだな。
「良し! それじゃあ座って、クルスくん。まずはお昼にしよ?」
準備を終えたセレスは、ニコニコ笑顔で僕をレジャーシートの上に招く。
まあさしもの僕もここまで用意させた上で断れるほど外道じゃないし、このデートは好感度を上げる最後の機会だからね。ここは素直に従う事にして、促されるまま座ったよ。
「ちょうどお腹減ってたから嬉しいね。ちなみにメニューは?」
「お肉たっぷりのサンドイッチと果汁たっぷりのジュース! 一応野菜スティックもあるよ!」
「素晴らしい。完璧だね」
どうやら紙に包まれた食べ物はサンドイッチで、果物が入った容器は実は野菜が入ってたらしい。お肉たっぷりで嫌にならないよう、別個に野菜を用意しておくとか気遣いが出来過ぎる。男はお肉大好きだからね。野菜なんてちょっとで良いんだよ。
手渡された包み紙を開くと、そこにはデカい肉を申し訳程度のパンで挟んだ男の夢が。濃厚なソースの香りが鼻腔を直撃して食欲を容赦なく刺激してくる。そうそう、こういうので良いんだよこういうので。
「腕によりをかけて、お肉だけじゃなくてパンも作って来たんだよ。気に入って貰えると嬉しいな?」
「パンまで手作りか、最高じゃん」
「えへへ。クルスくんのために頑張ったよ!」
挙句にサンドイッチはパンから手作りとな。この日のために服装もコーディネイトしたっぽいし、たった一日でどこまで頑張ったんですかね? そんなに僕の事好き? これもうこの場で押し倒しても受け入れてくれるのでは? お肉はお肉でも女の子の胸肉頂いちゃうぞー?
なんて下ネタはともかくとして、ここまで好かれてるとちょっと疑いたくなる事が出てくる。えっ、それは何かって?
「……ちなみに変なものとか入れてないよね?」
そう、異物混入だ。ヤンデレはよく料理に血とか毛とか変なもの入れたりするからね。一応セレス自身はヤンデレの気は無さそうに見えるけど、パンから手作りしてるし好意も強すぎるしでちょっと怪しいからね。信じてはいるけど何となく尋ねさせて頂きました。
「……入れてない、よ?」
「今の不自然な間は何? あと何で疑問形?」
そしたら何故か一瞬の間を経て、疑問形で否定してくるとかいうクッソ怪しい反応。しかも視線を逸らしてる。
おいおい、まさか本当に変なモノ入れてるんじゃないだろうな? 途端に手の中のサンドイッチが危険物に見えて来たぞ。美味しそうな見た目と匂いしてるだけに余計に危機感が働く。
「さ! 食べて、クルスくん!」
「ちょっと? 笑顔で強引に流そうとしていらっしゃる?」
そしてとびきりの笑顔を浮かべて力技でスルーさせようとするセレス。
マジか。君そんな変なモノを入れる感じの人だったんだ。普通の恋する乙女だと思ってたのに、そんな事って……ちょっと好感度上がったかも。
「まあ良いか。普通に凄い美味そうだし。手首切って血を入れたくらいなら僕も気にしないよ」
「良かった! じゃあ大丈夫だね!」
「まさか本当に異物混入してる……?」
不安になって来たけど、それくらいならまあ僕も許容範囲。なので戦々恐々としながらも、美味しくサンドイッチを頂きました。しかし見た感じバスケットの中に十個近くあるんですが、さすがにそれを全部食えとは言わないよね? 正直片手で持つのも若干辛いレベルの、ハンバーガー染みた大きさのサンドイッチぞ……?
「――ご、ごちそうさま。とっても、美味しかったよ」
「えへへ。お粗末さまでした」
重厚肉厚サンドイッチを根性で四個食べ切った僕は、ちょっと吐きそうになりながらも何とか食後の挨拶を絞り出した。
量はともかくとして、味自体は素晴らしかったよ? 男が好む濃いめのソースと脂っぽさでぶん殴りに来るタイプの攻撃的サンドイッチだったからね。適度なスパイシー加減がまた食欲を誘って、齧り付けば肉汁がじゅわっと咥内に溢れ出す……まあそれを四つも食ったからしばらくお肉は良いかなって気分だけどね……。
「さあ、デートの続きを――と言いたい所だけど、ここでちょっと休憩しても良いかな? ぶっちゃけお腹が重い」
デートの最中に情けなさすぎるけど、この場での休憩を願い出た。腹がクソほど重いし、下手に動くと上から全部出てきそうだからね。全く、邪神たる僕をこんな状態に追い込むとは……。
「いっぱい食べてくれたもんね。もちろん良いよ」
幸いな事にセレスは嫌な顔一つせず頷いてくれた。良かった、これでダメって言われたら恐ろしき邪神の嘔吐シーンを晒しちゃうところだったよ。
「それに――こうやって、二人で寄り添ってくっついてるのも、十分幸せだもん」
そして大木に背を預けて休む僕の隣に来たかと思えば、そのまま身を寄せくっついてくるセレス。ぴったりと腕をくっつけ僕の肩に頭を預ける様は、まるで愛する恋人同士みたいな感じだ。分かっちゃいたけどグイグイ来ますね。
しかし、それが分かっていても今の僕は腹が重すぎて動けない! チクショウ、邪神に行動デバフをかけて動けなくなった間に好き放題するとか、コイツ天才か!?
なんてボケはさておき、腹が重い事以外には悪くない時間だった。冬にしては暖かい日という事も相まって、吹き抜ける風はとても心地が良い。食欲も満たされ、隣にはその体温や匂いを感じられる距離に美少女がいる。僕にはあまりに似合わないかもだけど、実に穏やかな時間だった。
「……気持ちの良い風。お腹は満腹。隣にはとびきりの美少女。いっそ時間が止まれば良いと思うくらいの、最高に贅沢な時間だね」
「と、とびきりの美少女だなんて、そんな……えへへ……」
実際に口に出してみると、セレスは満更でも無い声を出して笑う。
そして更に身を寄せ、密着してくるんだから始末に負えない。しかも今度は僕の腕を抱くようにして。胸の膨らみがばっちりと腕に押し付けられ、さっき食べた物とは別の肉欲を刺激してくる。貪りたい……けど今ちょっと腹が……!
「でも、あたしもクルスくんと同じ気持ちだよ。本当に時間が止まれば良いくらい、穏やかで幸せなこの時間が――」
「――よーよー。見せつけてくれんなぁ、お二人さん?」
なんて穏やかで幸せに満ちた微笑みで以て言いかけたセレスの言葉を、凄いガラの悪い声が遮る。
見ればどう見てもチンピラって感じの三人組が、僕らの方に真っすぐ歩いてくる。お手本みたいな下卑た笑みを浮かべて、主にセレスの方を舐めるように見ながらね。いや、僕の方を舐めるように見られても困るんだけどさ。
「寂しい俺らにも幸せのお裾分けをしてくれよぉ? 独り占めは良くないぜぇ?」
「そうそう、俺らが気持ち良くしてやるからさ。ギャハハハッ!」
そんな台本でもあるのかってくらいの低俗な台詞を口にしてきた瞬間――ブチッ。何かが引き千切れるような、あるいは断ち切られたような音が、セレスの頭の辺りから確かに聞こえた。
恐る恐るそっちを見ると、そこには微笑みを浮かべたままのセレスの顔。ただし眉はひくついてるし目が笑ってない。まあそりゃそうだ。恋する乙女の幸せな時間をぶち壊したんだからね。特に滅茶苦茶今日のデートを楽しみにしてたセレスだし、ブチ切れるのもやむなし。
「……ちょっと待っててね、クルスくん。すぐに終わらせるから」
「あ、はい」
ゆっくりと立ち上がり、チンピラたちの方に歩き出すセレス。押し殺したような穏やかな声だったのが逆に恐ろしいよね? あとまるで怒りが具現化したかのように、さっきまで穏やかだった風がセレスの周囲で轟々と吹き荒れてる。これは死んだな、チンピラたち。
しかし本当に風を操るの得意だな、セレス。何か秘密でもあるんだろうか……?
⋇異物混入してたとしても髪の毛一本とか、血液数滴とかのおまじないレベル。ただし実際にやってたかどうかは触れない事とする。




