荒れるクソ犬
「……告白、ねぇ」
自分が普通の恋愛経験を積んでいない恋愛弱者だと自覚してしまった三日後。今日も今日とてセレスが遊びに来てたので対応してたけど、ふとした瞬間に再び告白云々を思い出してぽつりと呟いてしまう独り言の多い僕。
「どうしたの、クルスくん? 何か言った?」
もちろん隣にいるセレスがそんな呟きを聞き逃すはずもなく、首を傾げながら尋ねてくる。いや、尋ねてきたって事は正確には聞き逃したのか。
それはともかく、ソファーに二人で腰かけて駄弁ってるだけなのに滅茶苦茶楽しそうに笑ってるなぁ。やっぱり好きな人の傍にいるだけで幸せ、っていう感じなんだろうか。この様子ならもしも僕が告白したらいっそ襲い掛かって来そうなくらいに喜んでくれそう。
でも、そうか。告白か……よし、それなら――
「――セレス、明後日は暇?」
「えっ? 明後日? まあ、うん。特に予定は無いよ?」
「じゃあ明後日、僕とデートをしよう」
良い事を思いついた僕は、そんな提案をニッコリ笑って口に出した。
こうやって隣同士に座って駄弁ってるのも良いかもしれないけど、それじゃあちょっとマンネリっていうか飽きてきたんだよね。あと何だかんだで三日に一度訪ねてきて数時間居座るセレスが段々と煩わしくなってきたわけ。僕にはエクス・マキナ製造したりお姫様たちを拷問調教したり、色んな仕事があるからね。
だからもういっその事、デートの後に全てネタ晴らししちゃおうかなって。好感度もだいぶ上げられただろうし、幸せな時間はもう終わり。早く高い所から突き落として絶望を味わわせたい。
「……えっ!? クルスくんと、で、でで、デート!?」
なんて邪悪な事を考えてるとは露知らず、セレスは顔を赤くして裏返りそうな声でオウム返しに叫ぶ。
デートくらいでちょっと過剰じゃない? って思ったけど、そういや生娘でしたね。じゃあこんな反応も仕方ないか。
「うん、そう。嫌なら別に良いけど――」
「――するする! デートっ! デートする! デートしよう、デートっ!」
「圧がすっごぉい……」
喜色満面で身を乗り出し、僕を押し倒さんばかりに乗り気の姿勢を見せるセレス。青い瞳が期待と幸福に輝いてまるでサファイアみたいだぁ……。
「そっかぁ、デートかぁ……ついにかぁ……! 今からすっごく楽しみで、あたし夜は寝られないかも! 食べ物も喉を通らないかも!」
「それは心配事がある時の表現じゃない? それはともかく、どこか行きたい所とかしたい事とかあるなら教えてくれる?」
「したい事……クルスくんと、結婚式……!?」
「気が早すぎる。恋する乙女って皆こんな感じなの?」
段階をぶっ飛ばして妄想してるその姿に、さしもの僕もツッコミに回ってしまう。僕がツッコミに回るって相当だぞ? 本来僕はボケ倒す方なのに、それを許さない恋する乙女の破天荒な妄想力よ……。
「はっ!? こうしちゃいられない! デートは明後日なんだから、それまでにクルスくんを悩殺できる素敵な服とコーディネートを調べなきゃ!」
「それ僕の前で言っちゃ駄目なやつじゃない?」
「クルスくん、ごめんね! あたし、ちょっと用事を思い出したからもう行くよ!」
「まだデートの待ち合わせ場所と時間決めてないけど大丈夫? 滅茶苦茶先走り過ぎてない?」
初めてエッチする童貞並みに先走ってるセレスの姿を前に、僕の連続ツッコミという非常に貴重な技を披露する羽目になってしまう。
さすがに待ち合わせ場所と時間は決めとかないといけないから、窓を蹴破って出て行きそうな勢いのセレスを何とか引き留めてそれだけは決めさせたよ。セレスとなら普通のデートになりそうだなって思ったけど、この様子を見るとちょっと不安になって来たな……。
「――というわけで、セレスとデートする事になりました」
その日の夜。仲間たちと食卓を囲んで夕食を待っている時、満を持してそれを報告した。言っておいてもヤバそうだけど、言っておかないともっとヤバそうな奴が何人かいるもんね。報連相は大事。
「あ?」
「は~っ!?」
「デートかぁ。リアも久しぶりにご主人様とデートしたいなー……」
「生きた女とデートなど、最早我には理解できぬ行為だな」
「せっかく警告したのに……」
「………………」
犬猫二匹がノータイムでキレたかと思えば、リアが羨ましそうな顔をして僕を見てくる。呆れたような雰囲気を醸し出すのは死体愛好家と一般村娘。前者は生きた女に興味が無いからで、後者はお仕置き受けるのを覚悟で警告に行ったのに全く意味が無かったからだね。一晩中触手攻め受ける事になったのに可哀そう……。
そして最後に無言、それどころか何の反応も示さないのは読書中のレーンさん。もうずっと魔獣族の国で目にする未知なる書物を読み耽ってやがる。別にそれ自体は良いんだけど本当にずーっと読んでるからね。いい加減にしないと本を読めなくなる呪いをかけちゃうぞ?
「約束は明後日。正直三日ごとに遊びに来るせいで仕事が邪魔されてわりとウザったいから、デートの終わりに僕の正体を明かしてやろうと思います。あとリアは近い内にまたデートしようか」
「やったー!」
「主~、私とも~!」
「オラァッ!」
「ぐあ~っ!?」
諸手を挙げてはしゃぐリアを尻目に、すり寄ってきたクソ犬に腹パンして黙らせる。
扱いの差が酷いって? そんなの当然でしょ。リアは別に良いんだよ、リアは。サキュバスが絡まなければただの純粋な子供だしね。クソ犬は駄目だ。ウザいし隙あらば僕の身体を狙ってるし。
「チッ。そういう事なら仕方ねぇな。けど賭けの内容忘れんなよ?」
「はいはい、分かってるよ。お前だけ第三の選択肢にオールインしたもんねぇ……」
最後に正体を明かすっていう特大の破滅が待ち受けてるからか、独占欲の強いキラちゃんも今回ばかりは認めてくれた。そもそも正体明かさないと賭けが成り立たないもんねぇ。まあキラの選択肢だけは間違っても無さそうだが。
「う~……!」
なんて考えてると、足元で唸り声。見れば腹パン食らって倒れ伏してたトゥーラが泣きそうな顔で唸ってたよ。何だろ、打ち所でも悪かったかな? いや、殴ったのは腹だし別にいつも通りの対応だよなぁ?
「ずるいずるい羨ましい妬ましい~! 主から宝石をプレゼントしてもらった挙句、デートまでして貰えるだって~!? 主の仲間でも恋人でもない癖に、どうしてそんなに良い目を見られるんだ~! ずるい~!!」
「何だコイツ、急に幼児退行し出したぞ……」
そしてあろうことか、トゥーラはそんな駄々っ子みたいな事を言いながら床でじたばたと手足を振り乱す。その様子はゲームソフトを買ってと親にねだるワガママなガキと瓜二つ。君、何歳だっけ? 人間年齢に換算してもちょっとその姿はありえなくない?
「さすがにお前からの扱いが悪すぎて不満が溜まっているのではないか? 我でさえどうかと思うほどに心無い扱いをしているだろう」
「まあ、さすがの私もそれは思うわ。あんたには凄く忠実なのに、擦れ違いざまの挨拶みたいな感じでぶたれたり蹴られたりしてるのを見ると、ちょっとね……」
「うん。さすがにトゥーちゃん可哀そう……」
その情けない姿にむしろ仲間たちは同情を示す始末。ついに粗雑な扱いに我慢の限界か、って感じ? ミニスちゃんでさえ同情を示してるのがまた笑える。
おかしいな、冷ややかな目で見下ろしてるのは僕だけ? ていうかそういう扱い止めたら止めたできっとうるさいよ、コイツ。
「分かった、じゃあ今後一生殴ったり蹴ったりしない事にするね?」
「それは嫌だ~! 私は主にそういう扱いをされつつも、要所要所では深い愛情を与えられ適度に可愛がられたいんだ~!」
「何だコイツ。めっちゃ浅ましいし欲深いぞ」
予想通り、あるいは予想以上に浅ましい叫びを上げてじたばたする年甲斐の無いトゥーラ。ぶたれたりもしたいし普通に愛されもしたいとか強欲すぎるだろ。
どうやらぽっと出のセレスが良い目ばっかり見てるせいか、その不満と言うか欲求が爆発したっぽいな。普段はここまでイカれてないんだが、さすがに最近はちょっと扱いが雑過ぎたか。
「……まあ、仲間のご機嫌を取るのも必要な事か。そこまで言うならお前にも宝石つきのアクセサリーをプレゼントしてやるし、気が向いたらデートもしてやるよ。その内ね。だからそんな駄々っ子みたいな真似はやめろ、みっともない」
「本当か~い!? やった~! 言ってみるものだね~!」
ため息を零しつつそう口にすると、途端にトゥーラは瞳を輝かせながらガバっと起き上がる。そこにはさっきまでアホみたいにジタバタしてた情けない姿は欠片も無い。まさか演技だったんですかね? 何にせよお前にも大いに含みのある宝石選んで、それを握り込んだ状態でぶん殴ってやるからな。精々覚悟しとけや。
「……おい」
「はいはい、お前も欲しいしデートしたいのね。分かった分かった」
「よし」
一声かけつつ睨んできたのはキラ。どうせ自分にも寄越せって意味だと思って適当に返すと、短くも満足気な答えが返ってくる。本当にコイツらはよぉ……。
「ご主人様! リアも! リアも欲しい!」
そして一番まともな反応を返してくれるのはリア。どうやら中身が暗黒でも女の子としての気持ちもしっかり抱いてるらしく、プレゼントの宝石って部分に瞳を輝かせてぴょんぴょん飛び跳ねてアピールしてる。他が大概酷いから心底癒されるなぁ……。
「はいはい、リアも了解。ミニスちゃんは――宝石いらないし、デートもしたくない感じ?」
「宝石はともかく、何が悲しくてあんたとデートしなきゃいけないわけ? 罰ゲーム以外の何物でもないじゃない」
なお、ミニスちゃんはいつも通り。僕への好感度は最底辺だからかデートもしたくないし宝石もいらない、と。嫌われたもんだよねぇ?
でもさ、こんな子でも言えば普通に夜の相手をしてくれるんだぜ? 感じてる顔を見せないように、唇を噛んで必死に声を抑えてさ。その反応が滅茶苦茶そそられて最高だって事に本人は気付いてるんだろうか?
「拷問じゃなくて罰ゲームレベルなんだ。へぇー、多少は僕の事が好きなのかなー? いつも犯されて段々快感になってきちゃった?」
「死ね」
短い罵声と共に、テーブルに用意されてたフォークがぶん投げられる。一直線に目玉に飛んでくるそれは横合いから伸びてきたトゥーラの手がキャッチして、元の場所に戻された。躊躇なく人に向けてフォーク投げるとか、田舎娘は怖いねぇ? ナイフじゃないのはギリギリ良識が残ってたんだろうか?
「レーンは――」
「宝石はいらないしデートも必要ない。その代わりに何か魔道具を創ってくれ」
「話聞いてたんかーい」
完全に読書に集中しててこっちの会話なんて聞いてないと思ってたけど、どうやらしっかり聞いてたらしい。トゥーラと同等かそれ以上に浅ましく欲深い言葉を口にしてたよ。あーもうっ、どいつもこいつキャラが濃くて嫌になっちゃうな? やっぱリアは癒しだよ。あとミニスちゃんも。
次回、非常に珍しい甘いデート!