レーンカルナ先生の魔術講義、その1
「では自己紹介も終わったところで、待望の魔法の授業へと移ろう。心して私の言葉を聞きたまえ。そして私の事は先生、教諭、教官といった教える者を指す言葉で呼ぶように。質問がある場合は手を挙げ、名を呼ばれてから口にすること」
「はーい、カルナ先生!」
いまいちレーンのキャラを掴み切れていない今日この頃。ついに魔法の授業が始まった。
もちろん授業だから黒板や学習机は鉄板だ。せっかくだから魔法で創って出してやったら、レーンはそれはもう嬉しそうに大興奮してたよ。さては将来の夢は教師だな。
でもその割には、僕が魔法で創ったセクシー女教師の衣装は着てくれなかったんだよなぁ。超ミニスカで深いスリットもあって、嫌らしい黒タイツもセットのやつ。
全く、女教師を志すならまずは形から入るべきなのにね? あ、一応眼鏡だけはかけてくれてるよ。
「魔法の知識が全くない初心者もいるようだから、基本中の基本から教えて行こう。魔法とは自らの魔力を用いて、イメージを具現化する術全般を指す。武器や身体にごく短い時間だけ魔法の効果を付与する武装術と名付けられた術も、分類的には魔法と同じだ」
チョークで黒板にカツカツと色々書きながら、レーン先生は説明を進めていく。
しかし女教師か。放課後の教室で二人きりのエッチな補習したい……したくない?
「はい、カルナ先生! しつもーん!」
僕が早くも授業に飽きてきたのに対して、リアはだいぶノリノリだった。しっかり手を挙げて質問しようとしてるよ。真面目だなぁ。
「何かな、リア?」
「そもそも魔力ってなーに? それに確か魔力って、そこらへんにもふわふわ漂ってるんだよね? 自分の魔力じゃなくて、それを使って魔法を使うことってできないの?」
「ふむ、実にいい質問だ」
リアの質問に、レーンは眼鏡の位置を指でクイっと直す。付け焼刃の眼鏡キャラの癖に、随分と様になってんな。
それはさておき、僕もこの質問の答えは気になるから真面目に聞こう。僕の強さは無限の魔力で成り立ってるから、もし似たような力を持つ敵がいたら正直勝てるとは思えないしね。
だって僕から女神様に貰った力を引いたら、健全な男子高校生っていう一般人属性しか残らないよ? 殺し合いなんてできるわけないじゃん。
だから僕を脅かしそうな人物や情報に関してだけは、しっかり目と耳を光らせないといけないってわけ。いや待った、耳は光らせるものだったか……?
「まず一つ目の問いの答えだが、実は良く分かっていないと言うのが現状だ。正直なところ、自然や生物の身体に満ちている特殊な性質を持つエネルギー、ということしか分かっていない」
「えっ、マジでそれしか分かってないの?」
「恥ずかしながらね。だが自然に満ちている魔力はともかく、生物の魔力がどこから生産されるものか私には分かっているよ。答えは魂だ」
「魂……?」
僕とリアは二人揃って同じ疑問の声を上げる。もしかするとリアの方は、魂そのものが何か分からないって感じの疑問かもしれないね。輪廻転生っていう概念が無い世界なら、魂って概念が存在しなくてもおかしくないし。目の前の自力で転生してる奴は例外。
しかし随分霊的な話になってきたというか、オカルト的な話になってきたな。でも元々魔法が存在する世界にオカルトもクソもないか。目の前で何か胸を張って語ってる奴は、転生繰り返してるオカルトの極みみたいな奴だしね。
「そう。生物の魔力は魂から生み出される。尤も生み出されているのか溢れ出ているのか、表現はよく分からないがね。とはいえ魔力が魂から来ているということは事実だ。その証拠をこれから見せよう。クルス、君は遺体をコレクションしていただろう? 一人分でいいからそこに出してくれ」
「別にコレクションってわけじゃないんだけど……まあいいや。ほい」
「ひゃーっ!?」
別に隠す理由も無いし、言われるがまま異空間から死体を一つ呼び出した。僕の机とくっつけてるリアの机の上に、犬耳っ子の死体が一瞬で現れる。
何かリアがギョッとして飛び上がってたんだけど、一体どうしたんだろうね?
「どこかで見た顔だね、これは……ああ、昨日街の正門でハニエルが癒しを与えた奴隷か。君が殺したのかい?」
「何でナチュラルに僕が殺したって発想が出てくるの? 裏路地でボコボコになってた死体を見つけたから貰っておいただけだよ」
「事実は予想以上に酷かったね。ハニエルにはそれを伝えたのかな?」
「フォローが面倒そうだから教えてない。せっかくリアの看病で立ち直ったみたいだしね」
本音を言えば包み隠さず伝えて、あまつさえボロクソになってた死体をそのまま見せてあげたかったよ? あの笑顔が似合う可愛い顔が、絶望と悲しみに歪む様をじっくり見たかったしね。
ただその後のフォローが面倒そうだし、旅はまだ始まったばっかりだから泣く泣く我慢したよ。いつか絶対アイツの心を壊してやる……。
「君にしては懸命で優しいと言えなくもない判断だ。どうせ打算や計算に塗れた邪悪な思考が裏に隠れているだろうがね。さて、この遺体はすでに生命活動を停止していて、魂がすでに肉体から離れている。故に魔力は残っていない。クルス、君なら確認できるだろう?」
「うーん……まあ、魔力があるかないかくらいなら何とか。具体的な数値は無理だけど」
MPが一万――とかいう風には絶対調べられないね。だってステータス風味に調べられないって前提がある上、そもそも僕自身の魔力が数値で表せない類のものじゃん。ゼロか一以上かの二択ならいけるけど、ぶっちゃけ魔力がゼロか一以上か調べる魔法とかクソの役にも立たないでしょ。
「それでいい。では調べてみてくれたまえ」
「了解っと――解析」
まあ今この場ではそれで十分みたいだし、とりあえず調べてみた。結果はレーンの予想通りだったよ。
「ゼロだね。全くなし」
「結構。では次に、彼女の肉体を蘇生させてくれ。生命活動を再開させるだけなのだから、君にとっては容易いことだろう?」
「えっ!? そんな簡単にできちゃうの!?」
「まあね。それくらいなら――蘇生」
またしてもギョッとしてるリアは放っておいて、即興で作った死者蘇生の魔法を発動する。
蘇生って言っても、あくまで肉体に生命活動を再開させるだけだから別に難しい事じゃないよ。要は心臓動かして脳に電気信号発生させればいいだけだし。
だから魔法は問題なく効果を発揮して、犬耳っ子の心臓を動かし始める。首筋の脈を取ってみたら問題なく動いてるのが分かったよ。ついでに気付けの魔法で無理やり意識を取り戻させたんだけど――
「あれ? 目が死んでるなぁ。おーい、起きろー?」
目蓋を開けた犬耳っ子の瞳には、全く生気が感じられなかった。ぴくりとも動かずただひたすら虚空を見つめてるね。頬を引っぱたいてみても抓ってみても殴ってみても全然変わらない。これじゃ死んでるのと変わらないじゃないか、つまんないな。
「彼女の身体からは魂が離れているから、今の彼女には自我も意識も存在しない。殴ろうが蹴ろうが何をしようが、人形のような状態から変化はしないよ。もちろん性的暴行を働こうが何ら反応を示さないから、この場でそういった行為を働くのは控えてくれると、私としては助かる」
「僕を何だと思ってるんだ。死体とヤる趣味は……いや、今は死体じゃないのか……ふむ……」
死体とヤるのはさすがに僕も躊躇われるけど、今の犬耳っ子はしっかり温かみのある肉体を取り戻しつつある。ならばマグロになっているだけで、生きてる女の子とヤるのと変わらないのでは?
「この鬼畜外道の勇者様は私の言葉が聞こえなかったのかな? それとも頭だけではなく耳までイカれているのかい?」
「え? えっ? 死んでる子と一体何するの? えっ!?」
「今は私の魔法の授業だから、せめてそれが終わってから自分の部屋でやってくれたまえ。さっさと彼女の魔力の有無を確かめてくれると助かる」
「ハハハ。冗談に決まってるでしょ、冗談」
僕は何も言ってないのに、二人揃ってドン引きしつつ軽蔑の眼差しを向けてきてた。
確かにちょっと良いかもとは思ったよ? でもやっぱり反応が無いとつまんないでしょ。使うとしても精々抱き枕くらいだよ。
「どれどれ……無いね、全く。自然回復はするだろうし、ゼロってことはやっぱり魂が無いと魔力も無いのか」
「へー、そうなんだ……」
レーンの言う通り、魂が肉体から離れてる犬耳っ子には、身体が生きてても魔力が戻らないみたいだ。僕の魔法は魔力がゼロかそれ以外っていう超大雑把設定で調べてるから、これは絶対に間違いじゃない。本当に魔力は魂から生まれてるみたいだね。
何だろう、肉体がコップで魂が氷みたいなものって考えると分かりやすいかな? 魂から魔力が解け出て、肉体に満ちていく感じ? まあこのイメージだといつか魂が消えてなくなるんだけどさ。
「ああ、その通りだ。だから君が作ろうとしている屍の兵士たちも、余程何か上手い方法を考えなければろくに使えないただの人形になってしまうよ。自我も無いから、自発的に動くことや瞬間的な対応が求められる戦闘は難しいだろうね」
「マジかぁ、残念……」
使い勝手のいい戦闘用の手駒を作れると思って死体をコレクションしてたのに、こんな事実を突きつけられたらがっくりと肩を落とすしかない。
いや、でもレーンだって絶対にできないとは言ってないし、やり方によっては可能なんだろうね。諦めず色々と考えてみるか。ダメだったとしても無駄になるのは思考に費やした時間くらいだ。
「というわけで、私の説が証明できたからその遺体は――いや、今は肉体は生きているのか。とにかく彼女をしまってくれ」
「あ、もういいの? じゃあその前に、せーのっ」
もう用済みみたいだし、僕は犬耳っ子の顎と頭を掴んで体重を乗せて捻ることで、思いっきり首の骨をへし折った。『ボキッ!』ってもの凄い音が聞こえてきて、犬耳っ子の首が明後日の方向を向いたままぶらぶら揺れる。
あ、別に何の意味も無く殺したわけじゃないよ? 生きたまま異空間に放り込むのは可哀そうだから、先に殺してあげた方が慈悲かなって思ってさ。
「君は相変わらず血も涙もないというか、人の心が無いというか……」
「ご主人様、もしかしてリアを苛めてた奴らより酷い奴なんじゃ……?」
それなのにこの二人はまた蔑みの視線を向けてくるよ。
お前ら本当に主人に対する態度がなってなくない? 四つん這いになって尻を出せって命令してもいい? ぶったたいてやるからさ。