まともな恋愛
「まあ馬鹿になれ云々はさておき、そもそも一番重要なのは相手が――カレンがどう思うかでしょ? カレンの気持ちが第一で、常識云々は二の次じゃない? ていうかこれ前にも言わなかったっけ?」
ちょっと嫌な記憶(クソ犬関連)を思い出しつつも、それっぽい事を口にしてラッセル君の相談に乗る頼りになる僕。
実際問題、相手がどう思うかの方が重要だ。束縛されるのは大嫌いってタイプもいれば、むしろ物理的に束縛されたいっていう奴もいるし、うちのクソ犬みたいに殴られるのが大好きっていう奴も……いや、まあ、うん。アレは置いておこう。SとMの両極対応はちょっと参考にならない。
「……何でしょう。クルスさんがまともな事を口にするのはこれで二度目な気がします」
「おう、喧嘩売ってんのか?」
幸いにしてラッセル君の心に響く助言だったみたいで、驚愕に満ちた顔でそんな無礼極まる事を口にしてくる。
僕ってそんな普段から変な事しか口にしてない? コイツらといる時は多少は抑えてたつもりなんだが……。
「女ってのは複雑で面倒なもんなんだよ。束縛されるの嫌って奴もいれば、クソ重い感情を向けられるのが大好きって奴も一定数いるんだ。僕もちょっと思い当たる奴が何人か身内にいるしね」
「もう少し相手は選んだ方が良いのでは?」
「やかましい。選んだ上でこれなんだ」
「えぇ……」
僕の女たちがヤバい奴揃いだって事に気が付いたのか、ドン引きの表情を見せるラッセル君。決してそんな女ばっかり選んでる僕にドン引きしてるのではないと思いたい。
「ちょっと話が逸れたけど、要は常識なんかより相手がどう思うかが一番なんだよ。クソ重感情も裏を返せば純然たる好意の表れだしね」
「つまり裏返さないと好意にならないのですね」
「さっきから言葉の揚げ足を取るな。話が進まない」
死んだような目をしながらもいちいちツッコミを入れる几帳面なラッセルに、さしもの僕も苦言を呈する。ツッコミ役がいると話に張り合いが生まれるから楽しいんだけど、二人きりの相談の時にいちいち突っ込まれるとちょっと困る。何より今回はそんなにボケてないのになぁ。
「もう結論を言っちゃうけど、うだうだ悩んでないで素直に告白してきなよ。君はムッツリだけど誠実さが持ち味なんだし、こうなったら思いの丈を全部正直にぶちまけちゃえ。クソ重い感情を全て知った上で向こうが受け入れてくれれば、気に病む事なんて何も無いでしょ?」
「た、確かに、その通りかもしれません。僕の邪な気持ちも何もかも、全てを吐露した上で想いを伝える。それが思いつく限り最も男らしい行動でしょうし、それ以外に気の利いた告白を僕が出来る気もしません……」
少し面倒になって脳筋な解決方法を提案してみると、真面目なラッセル君としては悪くない方法だったらしい。若干弱気な事を言いながらも、真剣な表情で頷いてくれた。
「ですが、告白とはどのような場面でどのように行うべきなのでしょうか? クルスさんは経験豊富ですし、是非ともそれをご教授願いたいです。お願いします、どうか僕に知恵を」
「告白、告白ねぇ……」
縋るような目で経験豊富な僕に知恵を求めてくるショタ犬に愉悦を覚えつつ、答えてあげようと自分の記憶を探る。
「……ん?」
だけどそこで気付いた。気付いてしまった。
あれ? 僕、まともな告白なんてした事なくない? した事あってもそれは告白じゃなくて真の仲間への勧誘に過ぎなくない? ヤベェ、まともじゃない男女関係を築いてる弊害が今ここでモロに出た。
「……悪いけど、それは僕と僕の女たちとの秘密だ。想いが通じ合ったあの瞬間の幸せは、僕らだけのものだからね」
「なっ!? なんて、男らしい答え……!」
ちょっと悩んだ結果、良い感じの台詞を口にして煙に巻く事にした。
幸いラッセルは大いに感動してくれたみたいで、珍しく僕に憧れの目を向けてきたよ。苦し紛れの嘘八百って気付かれたら幻滅されそう。
「そういうわけで、僕からは告白の成功例については語れない。というか相手はカレンなんだし、変に飾らない方が良いと思うなぁ?」
「確かに。カレンさんはあまりそういうのは好みではなさそうな気がしますね……」
そしてさりげなく、自分で考えろという形に誘導していく。
実際カレン相手なら変に凝った告白にするより、正面から『好きです!』って言った方が印象は良いと思う。受け入れてくれるかどうかはともかくね。まあラッセルの事は憎からず思ってるっぽいし、よほど下手な事しない限りは受け入れて貰えるでしょ。
「……ありがとうございます、クルスさん。あなたのおかげで、もう迷いは無くなりました。清濁併せ持つ僕の気持ちの全てを、近い内にカレンさんに伝えようと思います。例えどのような結果に終わろうとも」
「その意気だ。頑張れよ、少年」
どうやらラッセルは実りある相談になったと判断してくれたみたいで、晴れやかな表情でお礼を口にしてきた。
僕としては何か誤魔化して適当に言った覚えしか無いんだけど、本人が満足してくれたんだから些細な問題だよね。よーし、これでおねショタ実現にリーチがかかったな!
「告白、告白ねぇ……」
相談を終えたラッセルが帰った後。僕はリビングでソファーに深く腰を沈ませながら、さっきの衝撃の事実について考えを巡らせてた。
それはすでに身体の関係もある女が五人もいる(行き摺りで襲った相手は含めない)のに、こっちからまともな告白をした事が一度たりとも無いという事。だってそうじゃん? レーンやリアに対しては悪魔の取引みたいな感じだったし、ミニスちゃんはむしろ向こうから自己犠牲の生贄に立候補した感じだし、キラに関してはお互い利益のある取引って感じだったもん。
えっ、トゥーラはどうしたって? あのクソ犬は無理やり押しかけてきて半ば無理やり仲間になった奴だから、むしろ向こうから告白してきたようなもんなんだよなぁ……僕って絶望的に普通の恋愛経験築いてないな?
「さっきから何をブツブツ言ってんだ、テメェは。うるせぇぞ」
などとキツイ言葉をかけてくるのは、暖炉の前に寝そべってたキラ。暖炉の火に当たって気持ち良くリラックスしてる所だったらしく、少し機嫌悪そうだ。
ちなみにこの場には他にも二人、レーンとリアがいる。というか僕の隣に腰掛けてるのがレーンで、その膝の上に乗って一緒に読書をしてるのがリアだ。もちろん一緒に絵本を読んでるわけではなく、二人して真剣な顔して小難しそうな魔術書読んでるよ。仲良いっすね、君ら。
しかし……ふむ。どうせこの場に女たちがいるなら試しにしてみるか。告白。
「――キラ。愛してる」
「いきなり何言ってんだ? 頭でも打ったか?」
良い顔を作って想いを伝えたのに、返ってきたのは正気を疑うような胡乱気な目付き。
分かっちゃいたけどコイツの反応なんてこんなもんだ。そもそも僕の事を愛してるわけじゃないしね。たまに気分と興奮が昂ってる時はこういうノリにも応えてくれるとはいえ、基本は気まぐれな猫ちゃんだよ。猟奇殺人鬼に女の子みたいな反応を求めたのが間違いだった。こっちの人選ミスだね。ならば次は――
「――レーン。愛してる」
「………………」
「コイツ聞いてねぇ」
隣のレーンに愛の告白をしたのに、こっちはこっちで何の反応も示さない。視線は本から離れず、眉もぴくりとすら動かない。完全に本の虫になっていらっしゃる。ここまで反応無いならエロい悪戯しても気付かないんじゃない? 顔に擦りつけたりぶっかけたりするぞ、この野郎。
いや、ここまでの二人にまともな反応を期待した僕が馬鹿だったな。幸いここにはもう一人、極めて純真(普段は)な女の子がいる。コイツならきっと僕の望む反応を返してくれるはずだ。
「――リア。愛してる」
「んー? うん! リアもご主人様の事、愛してるよー!」
幸いな事に、レーンの膝の上のリアはしっかりと頷き、満面の笑みで愛の言葉を返してくれた。何でサキュバスが一番まともな反応してるんだよって一瞬思ったけど、前二人が駄目過ぎてそんな事はどうでも良かった。
「やっぱお前くらいだよなぁ! まともな反応返してくれるの! 他の奴らはてんで駄目だ!」
「わーっ!?」
感極まった僕はレーンの膝の上からリアを奪い、自分の膝に乗せてその身体を固く情熱的に抱きしめた。ちょっと角が頬に刺さるしゴリゴリするけど、今回ばかりは大目に見てやった。
「ご主人様、急にどうしたのー? 何か嫌な事でもあったのー?」
「まあそんな所。さっき『経験豊富だから告白の経験も豊富でしょ? 教えてよ?』みたいな事言われたんだけど、冷静に考えると告白の経験は全然無かったからかなり困ってね……」
「なるほどー。確かにご主人様とリアたちは特別な関係だから、普通の恋愛関係とかは全然経験してないもんねー。よしよしー」
どうやらリアでさえそれを理解してた様子。僕を慰めるように頭をナデナデしてくれてるよ。今夜はリアとヤろうかな。せっかくだしミニスちゃんも添えて。
えっ、ミニスとトゥーラには聞かないのかって? だってあの二人は聞かなくても反応が簡単に予想できるし……。
「今回は何とかそれっぽくお茶を濁せたけど、これはやっぱり僕も普通の恋愛関係を勉強するために、その辺の女の子を口説いて深い仲になってみる必要があるかなぁ?」
「あ?」
「あっ、そこは不機嫌になるんだ……」
膝の上のリアにしか聞こえないくらいに小さく呟いたのに、キラがそれを聞きつけて不機嫌極まる剣呑な目付きで睨んでくる。まるで自分の大切な恋人に手を出された彼氏みたいな怒り方してるよ。そんなに僕が他の女に本気で手を出すのは駄目ですか。
これやっぱり普通の恋愛経験は積めそうにないなぁ。絶対気付いたら相手が闇討ちされてそうだ……。