ショタ犬の相談
「わざわざ時間を取って頂いてありがとうございます。僕としては他に相談できる方もいませんので、正直な所本当に助かりました」
「なーに、良いって事さ」
その日の夜、別れ際に約束した通りラッセル君が屋敷を訪ねてきた。
何か相談があるのは予め分かってたし、応接室に通してお茶とお菓子でもてなして丁重にお迎えしたよ。心なしか緊張してるみたいで、ソファーの上で妙に縮こまってる感じがするね。
「しかし、相談ねぇ。何か僕の知恵でも借りたい事があるのかな?」
「ええ、その通りです。お忘れですか? あなたにアドバイスを貰いたいので、死なれては困ると言ったでしょう?」
「あー、そういえば……」
確か『ここは俺に任せて先に行け!』作戦の時、ラッセルはそんな事を言ってた気がするね。まさか本当にアドバイス貰いに来るとは思わなかったわ。義理堅いっていうか、やっぱ真面目だねぇ。
「ってことは、つまりぃ? ラッセル君はカレンと深い仲になりたいのかなぁ? おぉん?」
「……その面白がるような顔を止めてください。不愉快です」
ニヤニヤ笑いながら見つめると、顔を赤くして目を逸らすラッセル。
これはこれは。カレンと深い仲になりたいとは、やはりムッツリだったか。とはいえあんな癖の塊みたいな存在なら仕方ないか。おねショタルートに入ったみたいで僕としても嬉しいね!
「だって面白いもん。人の恋路ほど面白いもんは無い」
「やはり相談相手を間違えましたかね……」
「じゃあ今からでも相談やめる? 僕は別に構わないよ?」
「……あなた以上に経験豊富な方は思い浮かびませんし、非常に不本意ですがここは我慢するとします。どうせこの場には他に誰もいませんし、僕が屈辱を飲み込めばそれで済む話ですからね」
すっごい嫌そうな顔してるけど、やっぱり他に頼れる人はいないらしい。やむを得ずって感じで僕を真っすぐ見つめ返して来たよ。屈辱呑み込んでまでカレンをモノにするアドバイス欲しいとか、独占欲強すぎぃ!
「そっか。じゃあメイドとか執事とか僕の女たちを呼ぶね」
「やめてください。そんなに僕を辱めたいんですか? あなたにはそういう趣味があるんですか?」
屈辱を煽るためにギャラリーを呼ぼうとしたら、ガチめな殺意の滲んだ顔でそれを止められる。相談相手に殺意向けるの止めなよ。常識的に考えて失礼が過ぎない?
「さて、前置きはここまでにしてさっさと本題入ろうか。話進まないしね」
「一体誰のせいで話が進まないのだと……まあ、相談に乗ってくれるのなら良いです」
とはいえ僕も暇じゃないし、おふざけはここまでにして本題に入る事にした。ラッセルも僕が大体こんなキャラだって事は理解してるみたいで、呆れは見せても怒りはせずに応えてくれる。そうして再び、生意気そうなショタ面をぽっと染めて恥ずかしそうに視線を彷徨わせ始めたよ。
だけど何故かその表情から赤みは消え去り、代わりに罪の意識に苛まれた哀れな子羊みたいな表情が浮かぶ。おやおや、どうしました? この僕に懺悔してみなさい? 神父じゃないけど神から遣わされた存在だし、神父に懺悔するよりは効果あると思うよ?
「これは相談というより質問の類なのですが……恋や愛という気持ちが良く分からないのに、相手を自分の物にしたいと考えてしまう僕は、クルスさんのような性根の腐った人間なのでしょうか?」
「ん? んー……んん?」
そしてラッセル君が絞り出すように苦渋に満ちた感じで口にしたのは、ちょっと良く分からない言葉。さりげに僕をディスってるのは、まあ今は置いといてやろう。性根が腐りきってるのは確かだしね。
それよりも重要なのはその発言。愛だの恋だの知らないのに、相手を自分の物にしたいと考えてしまうのはいけない事か、という旨の発言だ。え、マジでそれ言ってる?
「いや、別に性根が腐ってるわけでは無くない? そもそも試しにお付き合いしたら好意が芽生えて好きになったとかあるだろうし、魅力的なメスを自分の物にしたいって思うのはオスとして当然でしょ。それとも君は好みの女がそこらの男に回される光景が見たい変態なんか? それはさすがの僕でもちょっと引く……」
「ち、違いますっ! 僕にそんな性癖はありません!」
蔑みの視線を向けると、ラッセル君は心外だとでも言うように怒り顔で立ち上がる。
良かった、おねショタ展開が突然の寝取らせになったりはしないようだ。僕も自分の女が他の男に抱かれるとかはちょっと許せないしね。自分の女じゃないならむしろ興奮するかもしれんが。
「ただ、その……カレンさんが鎧を脱ぎ捨ててからというもの、あの人の傍にいると嫌でもカレンさんがナンパされる光景を目にしてしまうんです。あの人はとても綺麗で美しく、それでいて強さを感じさせる素敵なお姿をしていますから。ですが、その度に僕は怒りにも似た感情をナンパ男だけでなくカレンさんにも抱いてしまい、誰にも渡したくない、自分だけの物にしたいと考えてしまうんです。まるでお気に入りの玩具を隠す子供のように、自分だけの玩具箱に大切に隠してしまいたい、と……カレンさんは物でも玩具でもないというのに……」
そして再度ソファーに腰を下ろしたラッセルは、そのまま自分の心情を容赦なくゲロっていく。罪の意識を感じさせる表情で、たっぷりと苦悩しながら。
これはこれは……独占欲が強いというか何と言うか。それでいて潔癖で誠実な所があるから余計に苦しんでる感じですね。頭のネジが外れてない人は大変そうだなぁ? 拉致監禁して自分だけのものにするくらいの気概を見せようぜ?
「こんな事を考えてしまう僕は、やはりとても罪深い存在なのでは無いでしょうか? あまりにも悍ましく許されない感情を、他ならぬカレンさんに対して抱いてしまうなんて……!」
しかし誠実で潔癖なラッセル君は、魅力的な女性を独占したいという自分の気持ちに頭を抱えて嘆いてる。
この程度の事でここまで自責の念にかられるとか、僕のやってる事とか話したらどうなるんだろうね? 『お前の血は何色だー!?』とか『ゲロ以下の臭いがプンプンするぜ!』とか言われそう。
「いやー、真面目なムッツリ君は大変だねー? 同情するよー」
「な、何ですかその笑顔は!? 何故そんな長い放浪の果てに仲間を見つけたような満面の笑みを浮かべているんですか!? 僕の話をちゃんと聞いていましたか!?」
しかしそれはそれとして愉快な気持ちが抑えられず、ラッセル君は滲み出す僕の愉悦を怒りながら指摘してきた。だって真面目ムッツリのショタっ子が自分の独占欲に苦悩してるとか、面白い以外の感想湧いてこないもん。
「いや、聞いてたよ。すっげぇ馬鹿な事で思い悩んでる姿があまりにも滑稽で心底笑えるなぁ、って思ったし」
「なっ!?」
「相手を自分の物にしたいっていうのはさっきも言った通り、わりと自然な感情だよ。だからそれは置いといて、そもそも何で罪深いだの悍ましく許されないだの決めつけてるの? それは誰が決めたの?」
まあラッセル君は仲間(表向き)だし、わざわざ僕に相談してくれたわけだから、ここはしっかり力になってあげる事にした。
といってもそこまでぶっ飛んだ事言う必要も無いし、ただ勘違いを指摘して是正してあげるだけで済むだろうけどね。どうにもラッセル君は潔癖が過ぎて拗らせてるっぽいし。
「それは……一般常識に照らし合わせて考えれば……」
「馬鹿め。恋愛に常識が通じると思うか。常識を捨て去れ、恋愛は頭がイカれたもん勝ちだ」
恋愛に一般常識とかいうアホな事を抜かすラッセル君に対し、容赦なく馬鹿になれと吐き捨てる。
頭のネジを母親の腹の中に何本か置いてきた僕でも、恋愛がそういうものだって事は分かる。僕と同類で参考にならないうちの連中はともかく、それはセレス辺りを見てても明白だ。すでに何人も女がいるって分かってるのに、僕の事ストーキングしたり、積極的に迫ってきたり、常識どころか恥知らずな行動が目立ちまくってたもんね。
「……とてもふざけた事を言っている気がするのですが、やけに実感がこもっている気もしますね。もしや実体験ですか?」
「やめろ、それは聞くな」
ラッセルとしてもセレスの行動や発言から納得できる点はあったらしい。哀れみのこもった目でそんな事を語り掛けてきたよ。
というか今思ったけど、真にイカれて成功してるのはトゥーラだよね。アイツマジで常識もなりふりも一切構わず僕に迫って、最終的には真の仲間兼情婦みたいな望みのポジションに収まれたもん。やはり恋愛は常識を捨て去らなければいけないのか……。