別れと警告
⋇後半セレス視点
「ごめんね、こんな時間まで居座っちゃって……」
夕日に照らされる虹色の花々を背後に、セレスは申し訳なさそうな表情を浮かべる。
昏睡状態で肉人形になってた(と思ってる)僕が目覚めた嬉しさと、久しぶりに言葉を交わせた喜び、そして自ら大胆な告白をしてきた興奮がなかなか冷めなかったみたいで、心底嬉しそうにお喋りするセレスに付き合ってたらいつの間にか夕暮れ時になってた。今は屋敷の外で別れ際の会話を交わしてる所。
ちなみに犬猫は言いたい事とやりたい事は終わったからか、あの後すぐに退場してったよ。その前に割った窓ガラスの掃除させたけどね。
「別に良いんだよ、それくらい。何だかんだ楽しかったし、女の子に告白されといて返事を待たせてる僕の方が遥かにクズだし」
「別にクズなんかじゃないよ。秘密を人に明かすのは、誰だって勇気がいる事だもん」
そう口にして僕をフォローしつつ、自分の側頭部を撫でるセレス。
今はもう無いけど、そこには以前まで悪魔の付け角が存在してた。そんな秘密を暴露して、あまつさえ今は飾らず偽らずニカケの悪魔として素の姿を晒してるセレスだ。秘密とそれを口にする勇気に人一倍理解があるのは当然だね。
「それよりクルスくん、その……クルスくんはしばらく療養するって事だから、その間はずっとここにいるんだよね?」
「そうだね。しばらくは屋敷に引きこもって大人しくしてるよ」
再びもじもじし始めるセレスを横目にそう答える。さてはまた何か変な事考えてらっしゃる?
ちなみにしばらく屋敷に引きこもるのは本当の事だ。最大の敵ことバグキャラを排除したとはいえ、日々もの凄い勢いで在庫が減ってくエクス・マキナを作らないといけないしね。あとはほら、お姫様たちを調教――もとい教育しないといけないし? ヤる事……じゃなくてやる事はいっぱいなんだよ。
「そっか。じゃあその、また遊びに来ても良いかな? あっ、もちろん毎日なんて迷惑な事はしないよ! 七日……ううん、五日……三日に一回くらい!」
「だいぶ刻んだね、君……」
欲が深い事に、七日に一回という発言から最終的に三日に一回にまで言い直すセレス。しかもまだちょっと刻みたいのか、若干微妙な顔をしてる。二日に一回にしたらそれはもうほとんど毎日なんよ。
さすがに二日に一回遊びに来るのはウザすぎるけど、三日ごとならまあ許容範囲かな?
「まあいいか。お昼過ぎなら大体都合がつくはずだから、遊びに来るならその時間帯が助かるよ」
「分かった! それじゃあ三日後の一時くらいにまた来るね!」
返ってきたのは溢れんばかりの喜びを感じるとびっきりの笑顔。何て純粋で愛らしい笑顔だ。あー、早くこれを絶望に染め上げたい。
これだけ純粋に僕という魔獣族を愛してるセレスが『邪神でも良い! あなたが好きなの!』なんてなるわけないでしょ。トゥーラも意外と頭お花畑か?
「了解。それじゃあ家まで送ってあげるよ」
「本音を言えば嬉しいから送って欲しいけど、大丈夫だよ。だからクルスくんはしっかり休んで?」
「……分かった。それじゃあね、セレス?」
「うん! またね、クルスくん!」
紳士的に見送りをしようとしたけど、身体を気遣う台詞を被せられてはしょうがない。
だから僕は素直に頷き、走り去ってくセレスをその場で見送ったよ。姿が見えなくなるまで何度もこっちを振り返って、その度に笑顔で手を振っちゃって……随分はしゃいでますねぇ?
何だろう。『私、恋をしてます!』って感じのオーラが全身から放たれて煌めいてる感じ? 本当に幸せそうだよねぇ。近い内に不幸のドン底に叩き落してやるからなぁ? グヘヘ……。
「――キャーッ! ついに告白しちゃった!」
豪華な屋敷が立ち並ぶ高級住宅街を出た辺りで、あたしは抑えられなくなった興奮のままに身をくねらせ叫んだ。
もの凄い緊張したし不安だったけど、あたしはついにクルスくんに想いを伝える事が出来た。邪神と相対した時よりも勇気を振り絞って、一世一代の告白をした。相手はすでに何人も恋人がいるクルスくんだし、闘技大会の時に見た感じだとかなり強そうで血の気も多そうなのが二人くらいいたから、正直血を見る事になるのも覚悟してた。
「それにそれに、クルスくんもあたしの事好きって! 自分のものにしたいって! これってもう相思相愛だよね! えへへっ!」
だけどその結果は、予想を遥かに上回ったとっても素晴らしいもの。少なくとも拒絶はされなかったし、あたしの事を好きって言ってくれた。自分の物にしたいなんて独占欲の強い事まで言ってくれた。かろうじて血を見る事にもならなかったし、すでに恋人が何人もいる人に告白したにしては最高の結果なんじゃないかな?
「でも、クルスくんが秘密を教えてくれるまではお返事は保留かぁ……クルスくんの秘密って一体なんだろう?」
唯一の問題は、お返事が保留になった事。
絶対そんな事は無いって断言しても良いけど、それはあたしに話したらあたしの気持ちが変わるかもしれないくらいの大きな秘密みたい。それを話さないままあたしを受け入れるのは不誠実だからって事で、クルスくんに秘密を語る決心が付くまでお預けになっちゃった。クルスくんったら、ちょっとアレな所が多いけど紳士的だなぁ?
何にせよあたしは絶対クルスくんを嫌いになったりなんてしないし、クルスくんもあたしの気持ちが変わらなければ受け入れるって言ってくれた。だからできればすぐにでも話して欲しいけど、がっついて嫌われたりはしたくないし、ここは大人しく待つしかないよね。
うん。クルスくんが秘密を語る心の準備が出来るまで、あたしはそこに触れずに待ってよう。それが良い女ってやつだと思うしね!
「――ね、ねえ、ちょっと」
「ん?」
なんて風に決心を固めてたら、唐突に服の裾を引っ張られて声をかけられる。
一瞬ナンパかニカケである事に対しての難癖かと思って剣を取り出しかけたけど、振りむいてみればそれは小さな女の子だった。可愛いモコモコのコートを着た、兎獣人の女の子。真っ赤な目と綺麗な白い髪、そして大きなウサミミがとっても可愛らしい……んだけど、何だろう? この子、何か見覚えがあるような……?
あっ、そうだ。思い出した。闘技大会の予選でクルスくんを殴り飛ばしたあの子だ。そういえばクルスくんのお屋敷では見かけなかったけど、この子もクルスくんの恋人の一人だったっけ。名前は確か……。
「……ミニスちゃん、だったかな? 闘技大会で頑張ってたから覚えてるよ。君もクルスくんの恋人の一人、だよね?」
「それは……そうだけど、そうじゃないっていうか……」
かがんで視線を合わせながらそう尋ねると、何だかいたたまれない表情で要領を得ない答えが返ってくる。
おかしいな? 名前は間違ってないはずだし、あの変な犬人がクルスくんの恋人を紹介する場にもいたよね? はっ!? もしかして恋人じゃなくて、もっと上の存在……!? あたしにマウントを取りに来たって事!?
「と、とにかく、今はそんな事どうでもいいのよ。それよりもあんたの事。良い? アイツの恋人になるなんて絶対やめなさい。じゃないと後悔する事になるわよ。今ならまだ間に合うから、告白を取り消すなりなんなりした方が身のためよ」
ミニスちゃんは急に真剣な表情をすると、潜めた声でそんな事を口にしてきた。
クルスくんの恋人にならない方が良い。絶対に後悔する。今ならまだ間に合う。そんな警告にも似た事を。そっか、わざわざこんな事を言うために来たんだ……。
「……君、本当はクルスくんの事が大好きなんだね? あんなに嫌ってるように見えたのに、こんな風にあたしを脅すなんて。本当は素直になれないだけだったんだ。可愛いなぁ、もうっ!」
「はあっ!?」
そんな独占欲の強い兎ちゃんを前にして、可愛らしさに思わず頬が緩む。
あの犬人と猫人はかなり直接的だったし、まさかこんな風にあたしを脅しに来るなんて思わなかったなぁ。闘技大会の時はクルスくんに対してかなり殺意がこもってた気がするけど、本当はクルスくんを取られたくないなんて……きっとあの時はクルスくんに認めて貰おうと必死だったのかも。正直ミニスちゃんはそこまで強そうに見えないしね。
「そんなわけないでしょ!? 私はあんなクソ野郎大っ嫌いだし! それにこれは脅しじゃなくて、あんたの事を心配してるのよ!」
「そっかぁ。ありがとう」
「へらへらしながら頭撫でんな! 本気で言ってんのよ!?」
「うんうん、分かってるよー?」
「全然分かってないでしょ!? 真面目に話聞いてんの!?」
全然素直じゃないミニスちゃんだけど、その必死に好意を否定する姿が堪らなく可愛くてつい頭を撫でちゃう。あっ、髪はサラサラでウサミミの近くはフワフワしてる……これは癖になる感触だぁ……。
「ごめんね? 君がクルスくんを取られたくないのは分かるんだけど、あたしも本気なんだ。あたしだってクルスくんの傍にいたい。確かに新参者のあたしに敵意を向けてくる人たちだっていたし、歓迎されないのは分かるよ? でも、それくらいじゃへこたれないから。クルスくんへの想いの強さなら、あたしだって負けないもん」
もう覚悟は決まってる。血を見る事になるかもしれないって分かってて、クルスくんに告白したんだから。
クルスくんが無事に受け入れてくれてあたしも一緒に暮らすようになったら、きっと嫁姑のいびりが可愛く思えるくらいに凄惨ないびりを受けると思う。すでに恋人が四人もいる所に入っていくんだから、当然のことだよね。
「あたしは決めたんだ。やらずに人生を終えて後悔するよりは、悔いが残らないように勇気を出して挑もうって。クルスくんがあたしを受け入れてくれる事は分かったんだし、今更逃げるなんて絶対ありえないよ」
だけど、邪神との戦いであたしは変わった。
悔いを残して死ぬ事が無いように、やれる事はやれる内にやりたい。今世界は邪神っていう途轍もない脅威に脅かされてるんだから、いつまでも無事でいられるとは思えない。恋を叶える前に死んだら死にきれないし、そんな事にならないためには勇気を振り絞るしかない。だからあたしは頑張って、クルスくんに告白したんだもん。
「そうじゃなくて! ヤバいのはアイツらよりもクソ野郎の方で、アイツは――くっ、ううっ……!」
クルスくんをクソ野郎呼ばわりしたかと思えば、ミニスちゃんは唐突に口をパクパクさせて苦し気に唸る。
幾ら素直じゃなくてもクソ野郎呼ばわりはさすがに酷くないかなぁ。まあクルスくんにそういう所があるのは否定できないけど……。
「もしかして、クルスくんの秘密の事?」
「――っ、あ――っ!」
「……そっか。そんな凄い秘密なんだ」
ミニスちゃんは頷いて話そうとしてるみたいだけど、声が失われたみたいに言葉が出てこない。
つまり口に出す事を身体が拒否するくらいの、とんでもない秘密があるって事なんだと思う。確かにそれはあのクルスくんが伝えないまま受け入れるのは不誠実だって言うだけはあるかな。
「大丈夫。あたしはそれがどんな秘密でも、受け入れる覚悟はあるよ。相手の良い所も悪い所も纏めて受け入れる。それが愛ってものだからね!」
だけど、あたしは愛っていうものは相手の全てを受け入れるものだって思ってる。例えクルスくんが外道の極みで何か反社会的なお仕事をしてるんだとしても、あたしはそれを受け入れる。もう惚れちゃったんだからしょうがないよ。惚れた弱みってやつだね。
それに悪を働くクルスくんと一緒に堕ちていくっていうのも、それはそれで趣があるような気がするし……。
「じゃあね、ミニスちゃん! 心配してくれてありがとう!」
「あっ、ちょっ!? ま、待って――」
すでに覚悟が決まってるあたしは、今更そんな警告をされたって心は変わらない。だから脅しにきたんじゃなくて心配して警告に来てくれたミニスちゃんにお礼を告げて、その場を走り去った。
ミニスちゃん、きっとあたしの身を案じてこっそり告げ口に来てくれたんだろうなぁ。優しい子だなぁ……。
「でもあの子の反応、何だか言葉を縛られてる奴隷みたいだったなぁ。もしかしてミニスちゃん、クルスくんに契約魔術で縛られてる……?」
だけどふとそれが気になって、しばらく走った所で足を止めて思い出す。
言葉に出したいのに出せず口をパクパクさせてる姿は、主人に声を出す事を禁止された奴隷の姿そのものって感じだった。もしかしてミニスちゃん、怖いからとか秘密があまりにも凄い物だから言葉に出せなかったんじゃなくて、物理的に声が出せなかったのかな? クルスくんの秘密は契約魔術を使わなきゃいけないほどのものなの……?
「……なんて、ありえないよね。契約魔術に縛られてた人たちはもう解放されてるし、新しく契約魔術を使う事も出来ないし、ミニスちゃんだけが例外なんてありえないよ。あははっ」
そこまで考えて、あたしは自分の見当違いの考えを自分で笑い飛ばした。
今この世界は邪神の魔法によって契約魔術が使えなくなってるし、以前までそれに縛られてた人たちは奴隷を含めてその契約から解放された。だから仮にミニスちゃんも契約魔術に縛られてたとしても、それはあくまでも少し前までの事。もう解放されてるんだから話せないなんて事は無い。
だからアレは本当にミニスちゃん自身が話せなかっただけ。やっぱりクルスくんに隠れてあたしに告げ口するのは躊躇いがあったのかな? あたしを心配して来てくれた事といい、本当に良い子だなぁ、ミニスちゃん……あたしもクルスくんと恋人になれたら、ミニスちゃんとは仲良くしたいな!