三度目の修羅場
突如としてダイナミックエントリーしてきたのは、二匹のイカれた犬猫。バチクソに敵意と殺意を漲らせる姿に、セレスも即座に立ち上がり獲物を片手に警戒してる。心なしかセレスを中心に風が渦巻いてるし、どいつもこいつもやる気満々だ。屋敷の中で暴れるんじゃない。
「さ~、かかってくるがいい~! 私は絶対に主を渡さ――ほぷぅ!?」
「幾ら何でもお客様に失礼すぎるぞ。ていうか割った窓はお前が片付けろよ?」
「仕方ねぇだろ。自分のものに手ぇ出されちゃ黙ってらんねぇよ」
こんな奴らに暴れられたら困るし、とりあえずトゥーラに蹴りを入れて一触即発の状況をキャンセルする。吹き飛んだトゥーラは壁に叩きつけられて変な声を上げるけど、当然誰も気にしない。アイツの扱いはこんなものだ。
ぼてっと床に落ちるトゥーラに対しては視線すら向けず、キラは僕に対して酷く機嫌の悪そうな目を向けてきたよ。その後セレスに視線を戻して殺意を隠さず睨みつける。
セレスもかなり肝が据わってるみたいで、猟奇殺人鬼の手加減無しの殺意を浴びても身を固くするだけで後退りもしなかった。恋する乙女は強い……!
「顔合わせんのはこれが初めてか。なるほどな、テメェがセレスか。あたしのものに手を出そうなんてふてぇ野郎は」
「そうだよ、よろしく。そういうあなたは誰?」
「あたしはキラ。コイツとどういう関係かは……これで分かるよなぁ?」
「ひゃうっ!? 変な所舐めるな、馬鹿!」
言うが早いか、キラは僕の背に飛び乗って両手両足で抱き着き、首筋をペロリと舐めてきた。愛猫に甘えられる、というよりは殺人鬼にナイフで喉を撫でられてる気分の僕はぞわりと鳥肌が立ち、思わず変な声を上げちゃう。しかも見せつけるように何度もペロペロしてくるんだから堪んないよ。
「なっ!? なんて、羨ましい事を……!」
それに対し、セレスは長剣を構えつつも本気で悔しそうに唇を噛んでる。さては意外と余裕ある? って、あぁ!? やめろ、耳を噛むなぁ……!
「……で、覚悟はできてんだろうな? 人の男に手ぇ出そうってんだ。無事に済むとか日和ってんじゃねぇぞ?」
しばらく僕の首筋と耳を愛撫して満足したのか、床に降りたキラが鋭い鉤爪を携えてセレスを睨む。挑発の仕方がヤンキーのそれなんだよなぁ。
「もちろん出来てるよ。こういう事態になるかもしれないっていうのも予想してた。それでもあたしは、この恋を諦められない!」
「へっ、言うじゃねぇか。だったらテメェの力を見せてみろやぁ!」
長剣を構えるセレスと、凶悪な笑みを浮かべて身体を僅かに沈めるキラ。ほんの一瞬後には戦いの火蓋が切って落とされるこの状況。可愛い女の子たちが僕を奪い合おうとしてるとか、とっても優越感が……無いな。ただただ面倒くさい。
「はい、ストップ」
「っ!」
溜めたバネを解放して一気に駆け出そうとしてたキラの首根っこを掴み上げ、強制的にその戦いを打ち切る。走る寸前に首の後ろを掴まれたキラは空中でジタバタしてかなり無様な事になってたよ。コイツ意外と小さいから軽く持ち上げるだけでこうなるんだわ。
「まあ色々言いたい事はあるけど、幾ら何でもそれは失礼すぎるでしょ。セレスは無防備な僕を一ヵ月以上かけてここに運んできてくれた恩人だぞ? 後で埋め合わせはするから、ここは見逃してあげてよ?」
「……チッ!」
「うぅ~! 私にも、埋め合わせぇ~……!」
誠意を込めてお願いすると、盛大な舌打ちが返ってきた。後は壁際から欲に塗れた感じの鳴き声も。二匹とも言う事は聞いてくれる方だからマジ助かるわ。これで全然話すら聞いてくれない感じだったらもっと大変だったろうなぁ……。
とりあえず何とかなったっぽいから、キラをその辺にポイっと放り捨ててセレスに向き直った。少なくとも今は事態が収まった事を理解したみたいで、セレスもほっとしたようなため息を零して長剣を空間収納にしまってたよ。
「いやー、ごめん。うちの奴らは血の気が多くてね?」
「ううん、良いの。たぶん血を見る事になりそうだなって、覚悟はしてたから」
「そこまでの覚悟で僕に告白を……」
清々しい微笑みで以て恐ろしい覚悟を口にしてくるセレスに、さしもの僕もちょっと感心。
ダイナミックエントリーからのバトルを仕掛けようとした犬猫も大概だけど、覚悟完了してるセレスも大概だよね。だがその強い精神は大変好みだぞ!
「それで、クルスくん……お返事、聞かせてくれると嬉しいな?」
「そうだね……」
血生臭い展開になる覚悟はガンギマリだったにも拘わらず、僕の返事に対してはもじもじと恥ずかしがり、けれど不安そうにチラチラと視線を向けてくるこの落差。やはり恋する乙女は攻撃力全振りのバーサーカーか?
それはともかく、告白への返事だ。すでに行ける所まで行ってからネタ晴らしするって決めてるから、ここは受け入れるのもアリかもしれない。でも僕は色々デカい秘密を抱えてるし、それを伝えずに受け入れるなんてちょっと不誠実だよね。よし、ここはそれをあえて口に出して誠実さを演出する事で、更に僕への想いを深めて貰おう。
「僕も君の事は嫌いじゃないよ。強くて可愛いし、それなりにメンタルも強い。うちの狂犬と狂猫を前にして一歩も引かない意志力は大いに尊敬するし、是非とも僕のものにしたいって思ってる」
「そ、それじゃあ……!」
「――でも、今は君の気持ちに応えられない」
「えっ……ど、どうして!?」
パアッと喜びに輝いたセレスの表情が、僕の答えに一気に悲しみの縁にまで突き飛ばされる。
うーん、この落差も大変美味しくて興奮するなぁ? やっぱり女の子の笑顔を曇らせて絶望のドン底に叩き落す事ほど面白い物はない。これはより素晴らしい光景を見るために、セレスからの好感度は可能な限り引き上げないとね。
「……実は、僕はとても大きな秘密を抱えてるんだ。他人には絶対言えない、それこそ信頼し愛し合ってる奴らにしか言ってない秘密をね」
できるだけ影のある表情を作りながら、儚げにそう言い放つ。それと同時、信頼し愛し合ってると言われた奴らがセレスを嘲るようなドヤ顔を晒す。お前は自分たちより下なんだ、って言い張ってるみたいにね。これこれ、挑発するでない。
「もしもその秘密を知ったら、セレスは僕に愛想を尽かすかもしれない。でもそんな秘密を抱えたまま君を自分のものにするなんて、さすがに不誠実が過ぎて出来ないよ。かといって、今はまだ君に秘密を話せる覚悟が出来てないんだ……」
「そんなの……そんなの、平気だよ! あたしは、例えクルスくんが犯罪者でも構わない! 強姦魔でも、強盗犯でも――殺人鬼でも構わない!」
「ほ~?」
「へぇ……」
セレスの愛溢れる迫真の叫びに、犬猫が思わずといった様子で感心した声を漏らす。どんな悪人だろうと構わない、愛してる。そう言えるって事はかなり本気で、紛れもなく真実の愛を持ってるって事だからね。
ていうかセレスは例えで悪行を挙げたんだろうけど、僕は大体それら全てを網羅しちゃってるんだよなぁ。拉致監禁、住居侵入、通貨偽造、暴行、殺人、強姦……あ、でも意外と強盗はしてないな? まあしてないっていうか、基本欲しい物は魔法で創れるから盗む必要が無いっていうのが正しいか。
「その気持ちは嬉しいけど、秘密を知っても同じように言ってくれるかは分からない。だから、返事はしばらく待って欲しいんだ。僕が君に秘密を打ち明ける覚悟が出来るまで」
とりあえずもうちょっと好感度を稼ぎたいから、しばらく猶予が欲しいと伝える。猶予って言うか、絶望へのカウントダウンって感じだけど。まあ向こうはそんな事知る由も無いし。
「……これだけ、教えて? もしもあたしが君の秘密を聞いても、気持ちが変わらなかったら、その時は……あたしを、貰ってくれる……?」
「もちろん。それは約束するよ。こんな魅力的な子、他の誰にも渡したくないからね」
「み、魅力的かぁ。しかも誰にも渡したくないって……えへへ……!」
不安げに尋ねてきたセレスだけど、魅力的だと交えながら頷いてあげると、途端にデレデレとした嬉しそうな笑顔になる。
あー、この笑顔が絶望に染まる瞬間が実に楽しみだ。バラす時はどんな風にバラしてあげようかなー? やっぱ一番精神にダメージを与えられるような感じのやり方が良いよなぁ?
「うん。そういう事なら、分かったよ。君が秘密を打ち明けてくれるまで、待ってるね?」
「分かってくれてありがとう。どれくらいかかるか分からないけど、話せるように覚悟を決めるよ」
「うん。あたし、ずっと待ってるから!」
なーんも知らない幸せなセレスは、花のような愛らしい笑顔で健気な事を言い放つ。まるで仕事に向かう恋人を笑顔で送り出す新妻みたいな笑顔だぁ……なんて思ってたら、突如セレスは恥ずかしそうにもじもじし始めた。何だぁ、いってきますのキスでも欲しいのかぁ?
「でも……なるべく早くお願いして良いかな? はしたない子だって思われちゃうかもだけど、あんまり長く待たされると……我慢できなくなって、襲っちゃうかも……」
「大丈夫。僕はもう君がはしたない子だって普通に思ってるから」
「ええっ!? な、何でぇ!?」
とんでもねぇ事を言い出したセレスは、僕の返しにショックを受けたように悲し気な表情をする。
何でって言われてもさぁ……今まで自分がしてきたはしたない行動忘れちゃった? ピグロの街で偶然見かけた僕をストーカーしたり、まだ知り合って間もないのに同じ部屋使わせてくれたり、挙句の果てにはうっすいネグリジェで露骨に誘ってくるのとか、完全にはしたない女の子のそれじゃん?
まあ、僕はそういうの嫌いじゃないがな!
これは誠実な男()