閑話:クソ犬とデート
⋇性的描写あり
秋風が吹きすさぶ、冷たくも穏やかな昼下がり。昼食を終えた僕はエクス・マキナ製造業務に戻る前に、リビングでソファーに身を沈めて寛いでた。適度な満腹感とリビングの暖かい空気にちょっとウトウトしてきて、思わず瞼が下がってく。
まあ世界平和実現への計画を本格的に進めるのはまだまだ先の事だし、今日はエクス・マキナ製作をお休みにしてこのまま昼寝するのも良いかな? まるで二度寝の時に似た睡魔の誘惑がとっても魅力的だし……。
「――主よ~! 私とデートをしてくれ~っ!」
なんて気持ち良くウトウトしてたら、バーン! リビングの扉を勢い良く開けて、そんな事を声高に叫ぶトゥーラが現れた。おかげで睡魔もドン引きして完全に引っ込んじゃったよ。この野郎……。
「ごめん、今日は鼻毛の手入れで忙しくて。また来世ね?」
「じゃあ鼻毛の手入れを私がしてあげるからデートしてくれ~!」
「めげねぇな、チクショウ」
適当なふざけた理由で煙に巻こうとしたものの、全く気にせずグイグイ食いついてくるトゥーラ。よく考えたら汚い肉の棒を嬉々としてしゃぶる奴だし、鼻毛程度じゃ何とも思わんか。これはちょっと適当過ぎた僕のミスだな。
「お前そんなにデートしたいの? たまに抱かれてワンワン鳴いてるだけじゃ満足できないわけ?」
「そりゃ~私も純真な乙女だからね~? 愛する人とラブラブなデートの一つや二つ、望んでも罰は当たらないだろ~?」
などと口にしつつ、もじもじと恥ずかしそうに悶えるトゥーラ。その表情もこれまたぽっと頬が染められてて、確かにパッと見では純真な乙女に見えなくも無い。
でもそれはこの変態の事を良く知らない人が傍から見た感想だ。内面を嫌と言うほど知ってる僕からすれば、目の前に純真な乙女なんていない。いるのはただの発情期のメス犬だ。
「そういうわけで、明日は私とデートだ~! 楽しみだね~、主~!」
「勝手に決めるな。お前とデートするくらいならそこら辺の女のナンパでもするわ」
「た~の~む~よ~! 私も主とデートしたいんだよ~! あ~る~じ~!」
「ウッッッッザ……」
さっきまで恥じらいの表情を演じてた癖に、輝かしい満面の笑みでデートを宣言し、そして僕に断られると半泣きの情けない表情で縋りついてくる。本当にコイツはテンションがうるさくてマジ疲れるなぁ? というか何でそんなに僕なんかとデートしたがるんだか……。
「やれやれ、結局デートする事になってしまった。クソ犬の事だからデートっていうか野外プレイとか公開羞恥の類になりそうだけど」
翌日、時刻は午前十時頃。あまりにもウザったい変態クソ犬の熱意と狂気に根負けした僕は、やむなくデートをする事となり待ち合わせの場所へと向かった。あの変態とのデートだからどうせ世間一般で言うデートにはならないのが目に見えてるし、正直かなり足が重いぜ。
それでも約束した以上は仕方ないし、何よりクソ犬は真の仲間だから最低限ご機嫌を取る必要はある。だから全然気乗りしないものの、諦めて待ち合わせ場所である魔王の胸像がある広場へと来たんだけど――
「さて、待ち合わせ場所にクソ犬は……いないな?」
周囲には僕と同じように待ち合わせをしてると思しき男女の姿がいっぱいなのに、僕の相手はまだいない。一応は待ち合わせ時間の五分前に着いたってのに、向こうがまだ来てないってどういう事だよ。あれだけ熱烈にデートを求めて来たくせに、時間前に行動するっていう考えや熱意は無いんかい。遅刻してきたら殴り飛ばしてやろうか。
「……まあいいや。もしかしたらあえて遅刻してきて『ごめん、待ったー?』がやりたいのかもしれないし、僕は寛大だから少しは付き合ってあげよう」
少し迷ったけどデートでは遅れてくるのもお約束みたいな所あるし、広い心を持つ僕は許して待ってやる事にした。
そんなわけで、魔王の胸像が目を引く広場の端っこで本でも読みながら待つことにしたんだけど……。
「あ~る~じ~」
「ん? 今、声が聞こえたような……」
いつものクソ犬の声が聞こえた気がして、周囲を見回す。
でも周囲に変態の姿はない。僕と同じく相方待ちと思しいオシャレした可愛い女の子はたくさんいるし、僕のすぐ隣にもトゥーラにちょっと似てる犬獣人の可愛い女の子がいるけど、変態の姿はどこにもない。どうやら幻聴だったみたいだ。
だから僕は気にせず本を取り出し、ぺらっと開いて読み始める。
「ここだよ~!? すぐ隣にいるじゃないか~!?」
「……はぁ?」
そしたらまたトゥーラの声が聞こえた。しかもすぐ隣から。
疑問に思いつつそっちに視線を向けると、そこに立ってるのはさっきも見たトゥーラ似の可愛い犬獣人。本人の髪色と同じ黒を基調としたアダルティな衣装を身に纏ってて、なかなか妖艶な雰囲気が漂ってくる。特にミニスカートとソックスで絶対領域を作り出し、太腿の白い肌が見えるか見えないかのギリギリのラインをついてるのが悩ましい。
他にも首元にスカーフを巻いたり、可愛らしい帽子を被ってたり、人間耳の方にデフォルメした骨みたいなイヤリングを付けてるのもポイント高い。衣装自体は大人っぽく決めてるのに、小物で幼さを演出してるのが何ともギャップがあって憎らしいね。その癖化粧とかはほとんどしてないみたいで、素の顔立ちの良さが際立ってる。全く、これはデート相手は実に幸せな奴ですね?
ということで僕は幻聴を振り払い、再び本に視線を落とした。
「私だよ、私~! 主の忠実なる下僕にして永遠の伴侶たるトルトゥ~ラだ~!」
そしたら何と隣の女の子がガバっと僕に飛びついてきて、泣きそうな顔で縋りついてくる。顔が良い割にそのクッソ情けない表情には、僕もよーく見覚えがあった。
えっ、ちょっと待って? これがトゥーラなの? 嘘だろ? いつもの胴着っぽいローブを着てオシャレさ皆無のトゥーラはどこ?
「マジでトゥーラなの? うせやろ? 僕のトゥーラがこんなシャレオツな恰好でデートに来るなんてありえへんやろ」
「むふふ。私は主のもの~♪」
あまりの衝撃に若干言語能力がバグる僕。そして意外と失礼な事を言われたのに、むしろ『僕の』って言われた事が嬉しそうに頬を染めて尻尾を振るトゥーラと思しき女。ちなみに尻尾はスカート内から振ってるのではなく、ちゃんと尻尾専用の穴から外に出してる様子。
この見知った反応からすると、確かにコイツはトゥーラなのかもしれない。実際よくよく見れば顔も似てるっていうか、瓜二つだし。でも正直ちょっと信じられないし、信じたくない。さっき『デート相手は幸せですねぇ?』なんて思っちゃったし。
「……本当にトゥーラなの? 何か証拠は?」
「やだな~! そんなに今の私が魅力的過ぎて普段の私とは似ても似つかないかい~? 主は口が上手いね~!」
「――うわっ!?」
「何だ!? 石像が急に壊れたぞ!?」
もじもじしながら嬉しそうに身を捩るトゥーラ(と思しき女)が地面を踵で軽く打つと、広場中央に鎮座する魔王の胸像が突然内側から弾けた様に砕け散る。魔力は一切使わず、この神業染みた衝撃操作能力……認めたくないが間違いなくトゥーラ本人みたいだ。ていうかトゥーラに瓜二つでこんなバケモンみたいな技術を修めてる奴が何人もいてたまるか。
「ああ、うん。本人確認はできたよ。そっか、マジでお前がトゥーラなのか……」
「ふふっ、私がおめかしして来た事がそんなに意外かな~? 愛する主とのデ~トなのだから、格好にも気合を入れるのは当然だろ~?」
「正論なんだけどお前にそれを言われるとスゲェ腹立つ」
「何故だ~!?」
ノースリーブで脇を見せつけるセクシーポーズをドヤ顔で披露してくるトゥーラだけど、僕が冷たく吐き捨てると今度はショックを受けた顔でのけ反る。
うん。やっぱりこのオーバーリアクションも間違いなくトゥーラだ。何だお前、こういう時だけオシャレにおめかししてくるとかあざとすぎだろうが。こちとらいつもの落ちぶれた盗賊みたいな恰好のままだぞ? スゲェ負けた気分で心底悔しい……。
「……まあそれはともかく、クソ犬のお前がそこまでオシャレしてデートに臨むんだ。だったらこっちもそれなりにデートらしさを演出しないといけないよなぁ?」
ずっと負けたままなのは悔しいし、だったらこっちも対抗しないといけない。でもすでに格好じゃ負けてるから、その分は行動で取り返すしかないよなぁ?
そういうわけで、僕はトゥーラに向けて恭しく(当社比)左手を差し出した。
「というわけで、僕とデートしてくれるかな? トゥーラ?」
「ワフ~ン♪ もちろんだよ~!」
トゥーラはぎゅっと僕の左手を握ると、そのまま当然のように指を絡めて恋人繋ぎ。挙句にぴったりと身体を寄せ、僕の左腕を抱くように密着する始末。普段なら張り倒すなりビンタするなりな所だけど、僕とのデートにわざわざおめかしをして来てくれた点を評価して許してやる事にした。
それになかなか気分も良いしね。二の腕に当たる柔らかな膨らみの感触は勿論の事、周囲から向けられる羨望や嫉妬の視線が実に心地良い。少なくとも今のトゥーラは見てくれだけは完璧な美少女だからね、見てくれだけは。内面知ったら九割方が幻滅する事間違いなしだが。
「ははっ。これは思ったよりもまともなデートになりそうだ」
いずれにせよ、思ったよりも充実した時間になりそうなのは間違いない。だから僕は込み上げる楽しさのまま笑いつつ、トゥーラに引っ付かれた状態で歩き始めた。最高に幸せそうな笑顔で二の腕に頬ずりしてくる完璧な美少女(見た目のみ)を、周囲の男に見せつけるようにしながらね。
そんなこんなで、当初の予想を裏切って順調な滑り出しだったトゥーラとのデート。正直嫌すぎてデートプランとか何も考えてなかったから、今日はトゥーラが行きたい所に付き合う事に決めました。こんなに気合入れておめかししてくるなら、即ラブホテルとか行ったりはしないだろうしね。
「思ったよりもまともなデートになりそう――なんて思った十分くらい前の僕をぶん殴りてぇなぁ?」
しかし結局、僕の考えはあまりにも浅はかだった事が証明された。トゥーラが真っ先に僕を連れて入ったお店が、あまりにもアレ過ぎたから。時間遡行とそれによる世界への悪影響を女神様が許してくれるなら、マジで過去に戻って少し前の自分を殴りに行きたいって思ったよ。
えっ、何でそこまで手の平返したのかって? アレを見てみろよ、アレを……。
「見てくれ、主~! このイボイボのついたぶっとい凶悪な玩具を~!」
今にも白目剥きそうな僕の瞳には、男性器を模したかなりドギツイ性的な玩具をこれ見よがしにブンブンと振りながら、実に清々しい笑顔でこっちに駆けてくるトゥーラの姿が映ってる。
そう、トゥーラが真っ先に僕を連れてきたのはそういうエッチなお店。しかも主にSMグッズを取り扱う極めてヤババなお店だ。こんな場所に真昼間から、しかもデート始まった直後に入るとか常識無いんか? 誰だよ、こんな変態とまともなデートになりそうなんて考えた馬鹿は。僕だよ、チクショウ。
「いや~、別に主を貶すわけではないんだが、これは正直主のモノよりも大きいね~? 主に押し倒されてこれを突っ込まれたら、相当楽しめるだろうな~? フフフ~」
トゥーラは僕のすぐ傍まで駆け寄ってくると、かなり嫌らしい微笑を浮かべつつその玩具を妖しい手付きで撫で擦る。
ちゃんと人目を考えての行動や発言ならまだ良いよ? でも周囲にはちゃんと他にもお客さんがいるんだよねぇ。見た目だけは美少女なトゥーラが人目もはばからずこんな発言と行動をしてるせいで、お客さんたちはこっちをチラチラ見ながら前かがみになってるじゃないか。最早テロの一種だぞ、お前……。
「まともなデートになりそうだって期待してた僕の気持ちを返せ、この変態マゾ野郎」
「え~? これだってデートだろ~? 付き合いたての初心なカップルならいざ知らず、私たちはたっぷりねっとり愛を交わして身体を重ねた仲じゃないか~。こういうのも私はアリだと思うな~」
「やめろ、扱くな」
ニッコリ無邪気に笑ってるのに、玩具を握って上下に扱いて見せるあまりにも残念極まるトゥーラ。慣れてる僕でさえちょっと下半身にピリリと来たし、お客さんたちの反応は言わずもがなだ。中には股間を抑えてどこかに走り出すお客様もいる始末。ちょっとトイレの個室が混みそうですね……。
「まあアリか無しかで言えば無しとは言わないけどさ、もうちょっとこう……恥じらいとかそういうものは無いの? みんなお前の事見てるよ?」
「フフッ、愚問だね~。人目もはばからず主の足に縋りつきメス奴隷にしてくれと喚き続けた私が、この程度の視姦に堪えると本気で思っているのかい~?」
「……ああ、うん。そうだね、お前はそういう奴だったよ」
ドヤ顔で酷い事実を口にしてくるトゥーラに、思わず遠い目で過去の出来事を振り返る。
そうだよ、コイツは僕の奴隷にしてくれとか諸々変な事を喚きつつ、文字通り脚に縋りついてきたからね。しかも公衆の面前で。そんな奴が今更SMショップで情けない姿を晒す程度、全く堪えるとは思えなかった。
「おおっ!? 見てくれ主~! あっちにとても打たれ心地の良さそうな鞭があるよ~!?」
「もう鞭じゃなくて棍棒でぶっ叩きたいよ、お前の事……」
何やら凶悪なトゲトゲのついた鞭を見つけて瞳を輝かせ、一目散にそれに駆け寄って行くトゥーラ。何だろうね、もうこの場でしばき回したくなってくるよ。SMショップでそれやるのはさすがに営業妨害かな?
実は真の仲間内で一番美容に気を遣ってるのがこのクソ犬という衝撃の裏設定があったりする。だから必要な場面ではちゃんとオシャレもします。




