アルマゲドン
⋇前半ベルちゃん視点、後半クルス視点
⋇化物には化物をぶつけんだよ!
ついに来た! 私がご主人様の役に立てる数少ない機会が!
相手が世界で一番気に喰わない大天使ミカエルなのは酷く癪だが、その鬱憤すらも力に代え、ご主人様の命令を遂行する!
『オオオォォォォォォッ!!』
「ぐうっ!?」
相手は私と同じかそれ以上にイカれた不死身の化物。故に出し惜しみは一切しない。全ての触手の単眼から魔力を収束させた光線を四方八方に放ち、矮小に過ぎる大天使風情の身体を焼き貫く。その結果、ミカエルは頭や胸を貫かれて即死し倒れ伏す。
だが、もちろんこれで終わりではない。コイツは死しても何度でも蘇る。そして自らを害した攻撃に対して完全な耐性を身に着け、何度でも襲い掛かってくるのだ。
『そら、立て。どうせ貴様は何度やっても完全に滅する事はできんのだ。精々私の時間稼ぎに付き合って貰うぞ』
「――ふん。まさか貴様が邪神の犬に成り下がっているとはな。種族の誇りすら忘れ、真の怪物にまで堕ちたか?」
数秒もすれば、ミカエルは予想通りに五体満足で復活する。あまつさえ私に侮蔑の目を向けながら、種族の誇りを失った畜生と罵ってくる始末。相変わらずの馬鹿げた不死性、そして同族への奉公精神だ。この時点で私とは絶対に分かり合えん。
『種族の誇り? そんな無意味なものは私には存在しない。同族が私に何かをしてくれたか? 私を愛し、慈しんでくれたか? 答えは否だ。城の地下深くに押し込め、魔力を絞り上げ続けただけではないか。何故そんな奴らと同じ種である事に、誇りなど抱かねばならない?』
「自身を愛してくれない? 何もしてくれない? それがどうしたというのだ? 見返りを求める時点で、貴様は何もかも間違っているのだ。愛とは無償で与えるものなのだ! そう、俺のようになっ!」
勢い良く飛び上がったミカエルが長剣を一閃。黄金の斬撃が私の大木よりも太く下手な金属よりも固い首を一瞬で刎ねる――が、剣が通り過ぎた時点ですでに再生しているので目に見えた負傷など発生しない。
それでも『諦観』という言葉を知らぬミカエルは凄まじい勢いで連撃を放ち、私を打ち倒し勝利を掴もうと無意味かつ不可能な邁進を続けていく。
『貴様如きが愛の何たるかを語るな。貴様にとって愛とは種族全体を護る事だろう。人が特定の誰かを愛し慈しむ気持ちなど分からぬ破綻者が、無償の愛などと抜かすとは片腹痛いわ』
「ハッ、ならば貴様には愛が分かるというのか? 邪神クレイズが貴様を愛し、慈しんでくれたとでも言うのか? だとすれば随分と女の趣味が悪いものだな」
『オオオォォォアアァァアァァ!!』
「っ、おおぉぉぉ!?」
ご主人様を乏しめる言葉が聞こえたため、憤怒のあまり全力の咆哮を上げる。顔の下にある口と、全身の触手にある数千を越える全ての口から。発生した莫大な音と衝撃がミカエルの身体を吹き飛ばし、その全身から鮮血を迸らせる。
しかし地面に墜落する前には再生を終えており、その背で鬱陶しく輝く純白の翼を広げて宙に留まった。
『……ふざけた事を抜かすな。ご主人様の女の趣味は確かだ。少なくとも、見た目はな』
そう、ご主人様の女の趣味はとても良い方だ。まあ、あくまでも『外見に限る』という注釈が付くのはどうしようもない事だな。少なくとも今の所、ご主人様の女でまともな人間性を持つのはミニスくらいしかいない。
とはいえ散々魔法の実験台にされていたらしいというのに、今では好きでも無いのにご主人様に頻繁に身体を貪られ、それでも心折れずに平然と日々を過ごせる辺り、アレもアレで別方向の異常性を持っているような気もするが……ミカエルにそれらの裏事情を補足してやる必要はどこにも無いな。うむ。
『それに勘違いするな。ご主人様は私を愛した事など無い。むしろ私程度、必要とあらば躊躇いなく始末するだろうし、実際に殺す方法を模索している事だろう』
私をご主人様の情婦だとでも勘違いしているミカエルに百を越える火球を放ち焼き尽くしながら、その認識を正してやる。
ご主人様からすれば、私は間違いなく目障りな存在だ。何せ両種族に分け隔てなく殺意を抱く特級の危険物。ご主人様が真なる平和を実現したとして、それを最も崩しかねない存在こそがこの私だ。
今は働き者のメイドとして、そして協力者として生かされているが、利用価値が無くなれば抹殺されるのは火を見るよりも明らかだ。そしてご主人様の協力者や仲間が増えてきた現状、私の価値は当初よりも大いに下がってしまった。ここでご主人様がミカエルを殺すか無力化できれば、後に残る化物は私だけ。ならば纏めて始末してしまうのが何よりも効率的だ。
「ふん。用済みになれば殺されると分かっていながら、邪神の部下として忠実に働くか。最早誇りどころか生物としての尊厳すら失ったようだな?」
業火の中から平然と歩み出てくるミカエルは、私に哀れみに近い目を向ける。始末される事を分かっていてなお忠実にご主人様の命に従う私が、あまりにも哀れで滑稽に見えているのだろう。しかしそんな感情、私にとっては余計なお世話でしかない。
『貴様には分かるまい。私の真の姿を知ってなお、友好的に接してくれる者たちの暖かみを。私を唾棄すべき醜悪な怪物としてではなく、越えるべき壁として果敢に挑み、成長していく者たちの眩しさを』
ご主人様とその仲間たちは、私の真の姿を知っていながら恐怖も怯えも無く接してくれる。リアは純真な笑みを浮かべながら頻繁に私を遊びに誘ってくるし、あのミニスでさえ比較的まともに接してくれる。キラとトゥーラに至っては私の真の姿や強さを理解していてなお、打倒し乗り越えるべき強者として敬ってくれている節もある。
あまりにも醜く悍ましい姿と声を持つが故、そのように接してくれる者など今まで誰もいなかった。同じ魔将でさえ私には怯えを見せるほどなのだ。姿形をどれだけ変えようが、真実を知っていればとてもまともに接する事はできないだろう。
だからこそ、ご主人様たちとの触れ合いはとても暖かく心地良い。私が醜い化け物だという事を知っていながら、まるで何も知らないように接してくるその姿があまりにも眩しくて、胸を打つ。そんな彼らのためになら、身を粉にして尽くす事に否は無かった。
『そして――初めて醜悪な外見と耳障りな声から解放された時の、あの喜びと幸福を!』
何よりも自分を突き動かすのは、ご主人様から受けた多大なる恩義。この世に生まれ落ちてからずっと、二千年以上の長きに渡り自ら呪っていた自身の醜い全て。そこから解放された喜びと、解放してくれたご主人様への恩は計り知れない。
ご主人様はたまに自身を指して世界の救世主と冗談めかして言っているが、私にとっては救世主どころか救世の神そのものだ。私を醜く創った女神など知らぬ。私にとっての神はご主人様ただ一人。神の命に従い神の手で殉教するというのなら、多少の寂しさはあれど拒む理由はどこにも無かった。
「ぐおおぉぉぉぉっ!?」
膨れ上がる覚悟と信仰心のまま、自身の身体を起点にして巨大な竜巻を生み出す。猛烈な暴風に引き寄せられたミカエルの身体は、風の刃に切り刻まれ血肉を撒き散らしながら天高くへと吹き飛んで行く。
『故に私は、ご主人様に恩を返したい。そしてご主人様の仲間たちを護りたい。だからこそ、命令を忠実に実行する! 例えこの後、貴様共々抹殺されようともな!』
当に覚悟は出来ている。ミカエルが排除された後、私も纏めて排除されるとしても、私の心は変わらない。ご主人様がそれを望むのなら、笑顔でそれを受け入れよう。
「――ふん。犬もそこまでの忠誠心があれば立派なものだ。だが、果たして奴は俺を本当に無力化できるかな?」
一閃で竜巻ごと私の身体を両断したミカエルが、眼前に羽ばたきながら降りてくる。ご主人様の実力を疑うような、実に失礼な物言いをしつつ。
もちろん両断された痕跡など一瞬で消え去り、ミカエル自身も負傷どころか衣服に汚れ一つない。お互いに不死身の化物同士、完全に千日手の状態だ。決着がつく前に世界が壊れてしまうと、お互い同族から止められ引き分けで終わった遠い昔の戦いは伊達ではない。
『舐めるなよ? 私のご主人様だぞ? それにもしも出来ぬというのなら、その時はご主人様が方法を閃くまで、私が貴様と永遠に殺しあうだけだ!』
「大した気概ではないか! だが決してそうはならん! 何故なら、勝つのは俺だからだ!」
『やってみろおおぉぉぉぉぉぉっ!!』
長剣を振り被り距離を詰めてくるミカエルに対し、私は大口を開けてその身体を食い殺さんと迫る。
互いに殺し切る事の出来ない化け物同士だが、互いの勝利条件で言えばこちらが有利。奴は私を殺し切り、なおかつご主人様を殺す事が勝利条件。対して私はご主人様に命じられた通り、時間を稼げば良いだけだ。不死身の化物同士の泥沼の戦いである以上、意識しなくとも時間など大量に稼げる。私の心が折れなければ、何も難しい事ではない。
そしてご主人様たちのためならば、私はいつまででも戦える。さあ、哀れな化物同士いつまでも無様に踊ろうじゃないか、大天使ミカエル。ご主人様が終わりをもたらすその時まで!
バグキャラにバグキャラをぶつけて時間稼ぎをさせてる間、僕は聖人族の国と魔獣族の国を回り目的のブツを集め回ってた。本当は片方の国だけで済ませても良かったんだけど、バランスとか影響を考えると均等にした方が良いかなって思って。
「えっ、ベルってそんな激重感情持ってたの? 怖っ、ヤンデレかな?」
その間に化物同士の戦いを魔法でモニターしてたんだけど、ここでベルちゃんが信じられないくらい重い感情を僕に向けてる事が判明して度肝を抜かれたよ。ベルを殺す方法を模索してる事バレてるし、いつか始末する算段を付けてる事も察してるみたいだし、その上で全て受け入れてる所が滅茶苦茶怖い。まるで狂信者みたいだぁ……。
まさかそんなに慕われてるとは思わなかった。僕としてはわりと軽い気持ちで変身の魔道具を創ってプレゼントしてあげただけだからなぁ。まあベルからすればそれが何よりも嬉しかったんだろうけど……生憎と僕の外見は良い方だから、醜さから解放された喜びがどんなもんかは分かんないや!
「しかしそれはそれとして、ミカエル共々抹殺かぁ……」
バグキャラを纏めて排除する事は特に考えてなかったけど、ベルの発言で少し考えちゃう。実際ミカエルと一緒にベルを排除すれば、後顧の憂いを全て経つ事が出来る。あの二人さえいなければ、もうこの世界で僕の脅威となり得る存在はどこにもいない。万全を期すならそうすべきだと思う。
それに賢くて完璧な僕は、もうベルを無力化する方法は幾つか用意してある。ベルにはミカエルと違って耐性を身に着ける能力が存在しない。だから時間停止を使って、永遠に時を止めてしまえばそれで終わり。あるいは魂を砕けば肉体はともかく中身は死ぬ。ベルの不死身さはあくまでも属人的な能力によるものだからね。まだ試してはいないけどたぶんいけると思う。
しかしベルはとても有能で働き者なメイド長。正直今消しちゃうのはかなり惜しい。それに僕としても多少の愛着はあるしなぁ……。
「……いや、考えるのは後にしよう。それよりも今はインゴットを集めなきゃ」
とはいえ、今はミカエルを無力化するのが最優先事項。だから僕は次の鍛冶屋目指して、消失で全てを隠蔽したまま高速で移動を開始した。
もちろんベルちゃんのクソ重感情は上から数えた方が早いレベル。