殺人現場
「おいしー! 本当にこれ全部食べていいの!? 嘘とかじゃない!?」
「もちろん。さっきは頑張って殺ったし、体格差の違いによる間合いの変化にも気づかせてくれたからね。早めに気付けて良かったよ、アレは」
両手に焼き鳥的な串焼きを七本携えて、ピンクの瞳をキラキラ輝かせながらもりもりがっつくリア。
もちろん僕はそれを取り上げて踏みにじったりするような外道じゃないから、自由に好きなだけ食べさせてるよ。香ばしいタレの匂いに食欲そそられたから、一本だけ貰ったけどね。甘みのあるタレと焼き肉のコンボは意外とおいしかったです。特にこの真夜中の時間帯に油っぽいものを食べる背徳感が堪んないね。
「うーん、でも何か怖いなぁ。ご主人様、絶対ただでこんなに優しくしてくれる人じゃないし……」
「何を言ってるんだ、真の仲間には優しくするぞ。そもそもお前はさすがにガリガリすぎるから、もうちょっと肉を付けて健康になって欲しいしね。今のままじゃ心配だよ」
快楽物質を摂取して多少マシになったとはいえ、栄養失調が続いてたリアはまだかなり痩せぎすな身体だ。貴重なロリサキュバスなんだし、しっかり栄養を摂って健康になってくれないとね。エッチなことをするには体力が必要でしょ?
「ご主人様……もしかして、本当に優しいの……?」
「それと好感度稼ぎのためにも優しくするよ。あとお前が食べてるその串焼きの代金、魔法で作った偽造通貨だから僕の懐は毛ほども痛まないし」
「うん。ちょっと見直したリアが馬鹿だったね……」
ドン引きしたような目をしつつも、リアは串焼きを食べるのを止めない。まあ一口食べた時点でもう共犯だしね。
えっ、偽造通貨とはいえ何でわざわざ素直に買ったのかって? 窃盗や食い逃げはいけないことだからに決まってるでしょ? あと魔法で大量に創り出して国中にばら撒いた偽造通貨を、ある程度金が回った時点で消したらどんな混乱が起きるのか凄く興味があってね。だからわざわざ普通に買い物したってわけ。
あ、首都にいたころから偽造通貨を使って仕込みをしてるよ? あんまり高い買い物はしてないからそんなに影響はないでしょ、きっと。
「あ、そうだ。今日僕と一緒にやったこととかを誰かに話すのは禁止だからね。あと僕の真の目的とかを話すのも禁止。これは命令だよ」
「はーい。でもリアが話しても大丈夫だと思うよ? ご主人様、見た目だけは人畜無害っぽいから、誰も奴隷のリアの言葉なんて信じないだろうし」
「そのはずなんだけど、もう仲間たちには通用しなくてね……」
今や僕の評価は鬼畜外道だのサイコ野郎だの、中傷としか思えない評価だ。
というか僕が元いた世界でも、親しくなった人には最終的にそんな評価を下されたんだよね。知人隣人レベルだとずっと騙されててくれるのに。
「仲間と言えば筋肉ダルマのクラウンって奴にだけは気を付けてね。あいつ魔獣族に殺意抱いてるから」
「ふーん。じゃあご主人様と二人きりの時以外は、ビクビクした奴隷っぽく振舞えば良いかな?」
「一般人と筋肉ダルマの前でだけでいいと思うよ。僕の仲間はアイツ以外は、同族にも敵種族にも敵意が一切ない奴しかいないし」
レーン、キラ、ハニエルと、どの種族にも敵意を抱いてないとっても貴重な子たちだ。この肥溜めみたいなクソの極みの世界においての数少ない救いだね。
何にせよ世界平和のために孤独な戦いを繰り広げることにならなくて良かった。やっぱり仲間がいないと駄目だよ。できれば可愛い美少女の。
「ご主人様の仲間、変なのしかいないね。ご主人様が一番変だけど」
「ロリ処女サキュバスのお前にだけは言われたくないんだよなぁ……」
でも変なのしかいないっていう事実は否定できないのが悔しい。一人くらいは何もおかしくないまともな仲間が欲しいなぁ。いや、まともな奴はそもそも僕の仲間に加わったりしないか……?
とにもかくにも、僕らは夜の街を歩いて宿へ帰ろうとしてた。串焼きを買ってからはまた消失で姿を消して歩いてるから、奴隷と談笑しながら歩いてても誰に咎められることも無い。ついでに言えば、誰にも認識されないからハプニングにも遭遇しない。
だからとっても安全で、安心できる夜道だったんだけど――
「んー? ご主人様、何かあっちが騒がしいよ? 何だろ?」
どうも運が悪かったのか、行く先に謎の人だかりができてた。
しかも何か物々しい雰囲気で、兵士らしい人たちの姿もチラホラ見える。面倒は嫌いでも、僕には好奇心があるからね。何があったかめっちゃ気になるじゃないか。
「奴隷の死体でもあったんじゃない? 今日ひとつ見つけたし。手足も指もバキバキに折られてて、それはもう無残な死体だったよ」
「それを聞くと、リアはご主人様の奴隷で幸せな気もするね……でも、うーん……」
「何で悩む。少なくとも理不尽な暴力は振るってないでしょ」
優しくしてやってるのに、一体これ以上何を望むんだ。エッチか? エロいことしてほしいのか? けっ、マセガキが……。
「さてさて、何があったのかな?」
消失の効果で触られない限りは誰も僕には気づけないから、遠慮なく好奇心のままに野次馬の一人と化す。
でもアレだ、周りの奴らが意外と身長高くて何も見えないわ。くそっ、僕が見たいのは野郎のつむじやハゲ頭じゃねぇんだよ!
そんなわけで、足元の石畳さんを隆起させて身長差を水増しする。しかしこれ、傍から見たら突然石畳さんがせり上がったように見えるのかな? まあ皆人垣の向こうしか見てないし大丈夫か。
「ご主人様、リア見えない! 肩車して、肩車!」
「主人にそういうことねだるのどうかと思うよ、お前……」
主人に対するリアの態度にちょっと呆れたけど、幼女の太腿に挟まれるチャンスを逃す道理は無い。
だから僕は素直にリアを肩車して、柔らかい太ももに包まれる役得を味わったよ。首の後ろと頬を挟む幼女の太腿のお肉は、蜂蜜みたいな甘い匂いがして堪んないね。このまま齧り付きたくなるくらいだ。
でも実際にそれをしないのは、リアと誠実な関係を築くため。あとやっぱり太ももの肉が薄かったことと、人垣の向こうの光景がちょっとグロかったからだね。何か血塗れで倒れてる男の死体があったよ。見た感じ、死因は喉元を切り裂かれたことによる失血死か窒息死かな?
ていうか喉に刻まれてるあの三本の傷、どっかで見た事あるような気がするな。それによく見ると男の瞳にあたる部分が空っぽだ。眼球無くなって悲しくて血涙流してるみたいな状態になってる。うん? やっぱりどっかで聞いた話だぞ、これ。
「うわぁ……ご主人様、アレも奴隷?」
「違うんじゃない? アレが奴隷ならこの国の奴らはこんな悲痛な表情しないでしょ」
周りを見渡してみれば、嘲笑の類の表情を浮かべてる奴は一人もいない。凄いやるせない顔してる奴とか、怒りに顔を真っ赤にしてる兵士とか、悲しそうな顔してる奴だけだったよ。その感情をほんの少しでも魔獣族の奴隷にさぁ……。
おっと。何か慌てた顔してる奴が走ってきて、近くにいた奴に話しかけたぞ。ちょっと耳を傾けてみよう。
「おい、何があったんだ?」
「出たんだよ、ブラインドネスが。その証拠に両目をえぐり取られてるみたいだぜ?」
「マジかよ。首都の方で活動してたんじゃないのか?」
「そう聞いたけどな。もしかしたらこの街に来てるのかもしれないぜ? おちおち夜に出歩けねぇな……」
あー、それそれ。そういう名前の殺人鬼だったね。
ていうかマジに首都の方にいなかったっけ? 確か僕が首都を出発する夜に三人殺されたって、馬車の御者が言ってたし。
「ご主人様、ブラインドネスってなに?」
「連続殺人鬼。鉤爪で殺して被害者の両目を抉り出すのが特徴だってさ。でもさっきの話でも言ってた通り、首都の方で活動してたはずなんだよなぁ。模倣犯かな?」
本人でないとしたら考えられるのは模倣犯くらいだ。手口を真似てあたかも自分が世間を震撼させてるような錯覚に浸るため、あるいは手口に感銘を受けて尊敬の念から真似をするとか、有名な連続殺人鬼の模倣犯が出るのは珍しくないし。
あとは私怨とか事故で殺っちゃった人が、罪を連続殺人鬼に被せようと偽装したとかかな? そんなことするなんてやっぱり聖人族は屑ばかりですね……。
「聖人族の国もなかなか怖いね。そんな変なのとか、ご主人様とかいるし……」
「僕をイカれた連続殺人鬼と同列に扱うのはやめろ。僕は女神様からの崇高な使命を帯びて活動してるんだからね? 種族間の恒久平和という無理難題のために、日夜一生懸命頑張ってるんだよ」
「そうなんだーえらいえらい」
頭の上から降ってくるのは超棒読みの誉め言葉。
さてはコイツ、欠片も信じてないな。でも女神様の存在そのものを知らないから当然と言えば当然の反応か。決して僕の人間性とかが信じられないわけじゃないはずだ。うん。
「しかしアレだな。あの死体からも武術の技能を回収したいなぁ。できればゾンビ兵として死体そのものも欲しい……」
兵士たちが布で死体を覆い隠す様子を見ながら、どうにか奪取できないかを考える。
どうせ後で捨てるっていうか埋葬するだけだろうし、できれば僕に有効活用させて欲しいなぁ。僕なら死後も世界のために役立てるよう、たっぷり改造してあげるのに。
「ご主人様、人でなしって言われたことない? あるよね? 絶対あるよね?」
「何のことか分からないです。だけどまあ、ブラインドネスとやらは殺し方に拘りがあるってことは分かるし、完成した他人の作品を壊すような真似はやめとこう。アレも一種の芸術だから壊すのには躊躇いがあるし、野郎の死体だからそこまで惜しくは無いからね」
欲しいは欲しい。でも連続殺人鬼が創り出した死体はいわば芸術作品だ。僕にはちょっと理解できない感受性や芸術性から作られてるけど、アレが一種のアートだってことは理解できる。それもかなり突き抜けた感性を持つヤバい人が作った作品だっていうこともね。
だからそんな芸術を台無しにすることは僕にはできなかったんだ。僕だって頑張って作った芸術作品を台無しにされたらそいつをぶっ殺すしね。あ、一応言っとくと実際に報復とかしたことは無いよ? 本当だよ?
「ねぇ、本当はご主人様の仕業だったりしない……?」
「そんなわけないだろ。僕にはお前と一緒に別の場所で別の聖人族を殺してたっていうアリバイがあるぞ」
「あっ、そっかぁ……」
人が一生懸命作ったものを壊したくないって言っただけなのに、頭の上から聞こえてきた声は酷く疑念に溢れてたよ。
言っちゃなんだけど、僕が珍しくまともなことを言ったんだよ? それなのにこの反応ってどうよ?