大天使ミカエル
⋇ついに邂逅
大天使ミカエルとの決戦に向けて、邪神城の玉座に邪神モードで腰かけて待つ僕。
はっきり言って準備は万全とは言い難い。ただそれは相手の情報が少なすぎて、現状では用意し得る策や道具が思い浮かばないからだ。でもそれを除けば、出来得る限りの準備や策も考えてあるし、何より今回は諸事情あって油断も慢心も一切するつもりは無い。何といってもこれを無事に乗り切れば、レーンを好きな種族にしてケモミミとかのオプションも自由に弄れるもんね! これは真面目にやるっきゃない!
あー……でもその事が頭を埋め尽くしていまいち集中できねぇな、これ?
「……来たか」
なんて頑張って煩悩を頭から追い出そうとしてると、ゆっくりと響く足音が近づいてくるのが耳に届く。
最初から無駄にしかならなそうだし、今回はエクス・マキナによる妨害も無し。更に正門から玉座の間まで、全ての門や扉を解放して待ち構えてる。どうやら向こうもこっちが待ち構えてると分かって、悠々と余裕を持って歩いて来てる感じだ。
この様子からすると多少は言葉を交わす事は出来そうかな。まあ最終的には殺しあうしか無いんだが、効きそうな奴なら言葉による精神攻撃もしておきたいね。今回は油断も慢心も無く行く予定だし、やれる事はやっておきたい。
「――貴様が、邪神クレイズだな?」
そうして玉座の間に現れたのは、純白の軍服染みた衣装に身を包んだ一人の男。その背に広がるのは大天使の証明たる二対四枚の巨大な白翼。腰まで届く長い金髪はあまりにも眩しく輝いてて、正に天使って感じの外見だ。
ただし、一つだけ天使とは思えない箇所がある。それは顔。金色の瞳はびっくりするくらいに鋭く、ツラはあまりにも凶悪に過ぎた。子供が見たら泣きじゃくりながら逃げ出しそうなレベルの悪人面だ。野盗だってもうちょっとマシなツラしてるんじゃないかな? 何だろう、ちょっと僕とは別の方向でシンパシーを感じるな……。
「いかにも。私こそが女神カントナータの伴侶にして、この世界に蔓延る蛆虫共に絶対的な死を与える存在――邪神クレイズだ。そんな私の前にたった一人で立つ哀れな生贄である貴様は何者だ?」
「俺の名はミカエル。ミカエル・ティファレト。聖人族を守護する使命を帯びた大天使にして、絶対的な勝利を掴み取る者」
などとあまりにも不遜な自己紹介をしてくるミカエル。普段の僕なら噴き出してお腹抱えて笑ってただろうけど、今回ばかりはそうもいかない。それは今回は真面目にふざけず対応しないといけないから、そして今は邪神の姿をしてるからそんな小物っぽい反応はしちゃいけないから、というのが主な理由だ。
ただ……実はその他にも別の理由がある。それはコイツを前にして、僕がはっきりと危機感を感じてるって事。精度ガバガバであんまり仕事もしない僕の危機意識だけど、今回ばかりは猛烈に働いている感じだ。コイツはヤバいっていう感覚がひしひしと伝わってくる。やっぱり今回は真剣にやらないとマズそうだ。
「絶対的な勝利だと? 所詮は創造主たる神の被造物に過ぎない貴様如きが、その片割れたる私を倒す事ができるとでも思っているのか?」
「無論だ。その自信があるからこそ、俺はこうして貴様の前に立っている。さあ、我ら聖人族の平和のために、我が剣の錆となれぃ!」
神をも打倒する圧倒的な自信を見せた直後、ミカエルは地を蹴り僕へと一直線に駆け出した。その右手に握る黄金に輝く長剣を振り被り、邪神を斬り捨てんと戦意を漲らせる。
その動きはとても速い。速いが、油断と慢心を捨て去った真面目な僕にとっては取るに足らない速度。この場にミカエルが現れた時点で、僕は動体視力や反射神経などは全て百倍近くにまで加速してる。だから突然斬りかかって来られようと、何の問題も無く対応できる余裕がある。
「刃の嵐」
「があっ……!?」
だから僕は玉座に腰掛けたまま、何百もの風の刃を放つ魔法を放ちミカエルを迎撃する。真正面からこれをまともに受けたミカエルの身体は八つ裂きも生温い細切れになり、血肉を撒き散らしながら風に乗って吹き飛んだ。
本来用意してる邪神としての戦い方、そして使う魔法とは全く異なる殺意百パーセントのやり方だけど、今回ばかりはそういう縛りも一切無し。そもそもコイツは排除しないといけない相手だし、ハンデとかしてやる理由が無いしね。
そんなわけで加減も容赦も無しに放った魔法の一撃の結果、ミカエルは数百の汚い肉片と化した。普通に考えてどう足掻いても生きてるとは思えない。実際これでミカエルは死んだ。そもそも普通の生物がこの状態で生きてるはずがない。
「ふん、他愛ない……」
だから僕は表向き失望したような呟きを零す。でも内心ではこれで終わったとは思わず、警戒を続けてる。
肉片になった相手にそこまで警戒を続ける理由は何か? レーンと取引したから? うん、確かにそれもある。だけどそれは理由の一つに過ぎない。僕がこれで終わったと決めつけず未だ戦闘モードを崩さないのは――この程度では終わらないからだ。
「――まだだっ!」
「……何だと?」
それを裏付けるように、肉片になっていたミカエルの身体は時間が巻き戻るようにして一瞬にして復元された。そして自分が肉片になっていた事なんて意に介した様子も無く、変わらず黄金の長剣を手に僕への距離を詰めてくる。
邪神として驚いては見せたけど、ベルから話を聞いてる僕にとっては予定調和の展開だ。だけど人伝の話と実際の情報では食い違いが出てくる可能性も無くは無い。だから今しばらくは情報の精度や真偽を確かめるための事実確認の行動だ。情報は力。真剣にやるならそこを蔑ろにはできないからね。
「……氷槍」
「ぐおおおおあああぁあぁぁっ!!」
次に放つのは空気中の水分を凝結させて氷の槍を作り出し、四方八方から刺し貫く魔法。何本ものぶっとい氷の槍がミカエルの身体を刺し貫き、その場に縫い留めて進撃を食い止める。
とはいえ手足や腹はともかく、頭も心臓も貫かれた状態だ。食い止める以前に生命活動を維持できなくなり、ミカエルは大量の鮮血を全身から噴出させながら死亡してその身体は力を失う。貫いた氷の槍が無理やり立たせた状態にしてるからこそ倒れはしなかったけど、傍目から見ればまず間違いなくこれで戦いは終わりの場面。
でも違う。コイツはまだ動く。この程度では終わらない。
「――まだだぁ!」
数秒の後、さっきと同じく突如としてミカエルが息を吹き返す。頭や心臓を含む身体中を氷の槍で貫かれてるにも拘わらずだ。
そうして右手に握る剣を一閃。その斬撃に触れた氷の槍は一瞬で消滅し、無くなった後には全く損傷も無いミカエルの身体があるばかり。なるほどね、やっぱり殺しきれないか。
「なるほど。多少は再生能力に優れているようだな。だが、その程度で私に勝てるわけがないだろう――刃の嵐」
相も変わらず突撃を敢行するミカエルを前に、もう一度さっき使った魔法を行使する。百を超える風の刃を放ち、相手を細切れにする魔法だ。本来ならミカエルはもう一度肉片になる末路を辿らなきゃならない。その後何事も無かったみたいに平然と突撃してくるとしてもね。
「勘違いするな! 誰がその程度だと言った!?」
「何っ!?」
だけど、今回は違った。僕が放った風の刃は何故か一切のダメージを与えられず、ミカエルは風圧に煽られる事も無く平然と真正面から突っ込んできた。結界で防御したとか、同じような魔法で相殺したとかそういう訳じゃない。ただ僕を斬るために突っ込んできてるだけで他には何もしていないのに、僕が放った風の刃がそよ風程度にも効いてないんだ。
これにはさしもの僕も驚いて目を見開いたよ。とはいえ邪神としての演技であって、まだまだ予定調和で事実確認の段階なんだけどね。それでも結構驚いたのは確かだが。
「なっ――くっ!」
驚きに固まって反応が遅れ、ギリギリで玉座から身を投げ出すようにして回避――という演技をかまして、あえて玉座に斬撃を叩き込ませる。
基本的にこの邪神城は床から調度品に至るまで、全て僕の魔法で創り上げた破壊不能なもの。本来なら誰がどれだけ攻撃を叩き込もうと欠けさせる事すらできない代物なんだけど――ズバッ! さっきまで腰かけてた玉座がミカエルの一閃によって斜めに切り裂かれ、空間に溶けるようにして消滅していく。
うーん……なるほど。これは一筋縄じゃいかなさそうだな?
「馬鹿な……私の魔法が効かぬばかりか、破壊不能な物質がいとも容易く切断されるだと……?」
「この程度で驚かれて貰っては困るな。何故なら俺はこれより邪神を討ち滅ぼし、完全なる勝利を掴み取るのだからなぁ!」
驚きの演技を見せる僕に対し、玉座の前から飛び上がり上空から剣を振り下ろそうとしてくるミカエル。わりと隙だらけな気もするが、コイツにとってはあまり関係ないんだろうなぁ。
「|氷槍《アイシクル・ランス!」
とはいえこっちはまだ色々事実確認とかも済んでないし、あくまでもまだ検証のスタイルを崩さない。なのでもう一度氷の槍を生成し、四方八方からミカエルを貫いて迎撃を試みる。
「ハハッ、そのような攻撃はもう効かん!」
でもさっきの風刃と同じように、氷の槍は何故かミカエルに全く通用しなかった。ノーガードなのにその身体に触れた途端、先端から溶けるように一瞬で消滅する。ふむふむ、なるほど。やはり二度は通じないと。
「ではこちらはどうだ――地獄の炎」
「ッ――――」
そして今度は超高温の火球を放ち、容赦なくミカエルにぶち当てる。青い炎に呑まれたミカエルの身体は一瞬にして燃え上がり、悲鳴を上げる間もなく塵になっていく。
「――まだまだぁ!」
しかしそれはほんの数秒の間。その僅かな時間が経過した途端にミカエルの身体は復元され、燃え上がる青い炎を切り裂き無傷の状態で突撃してくる。あまりにも凶悪で獰猛な笑みを浮かべながら。
そこへ地獄の炎を連打して足止めを試みるものの、今度は毛ほども通用しない。ふむふむ、どうやら事前情報に偽りはないっぽいな。やっぱりベルから聞いた通り、ミカエルには――一度与えた攻撃は通用しないらしい。それがどんな致死的なものであろうと、一度でも受けた事があるのなら二度目以降は全く効き目が無くなる。
加えて、ミカエルは死なない。正確に言えば何度死んでも数秒で蘇る。ベルが言うには一万回以上殺しても殺しきれなかったとか。
何度殺しても無力化できないばかりか、一度受けた攻撃への絶対的な耐性を身に着けて何度でも蘇ってくる不死身の化物。それこそがベルと同じバグキャラの片割れ、聖人族の最終兵器たる大天使ミカエルの正体だ。やってられんわ、こんなクソゲー!
「ぜりゃああぁあああぁぁぁっ!」
酷く疲れる事実をはっきりと確認してしまった僕に対し、ミカエルの鋭い一閃が迫る。
更に面倒な事実として、氷の槍を斬り飛ばすと瞬く間に消滅した事や、破壊不能のはずの玉座を斬り飛ばした事から考えて、コイツの剣にはどっかの竜人魔将と似たような性質が付与されてる。つまりは魔法の無効化。下手に食らうと防御魔法ごと身体を真っ二つにされかねないし、これはさしもの僕でもノーガードで受ける事はできない。
なので――ギィン! 咄嗟に空間収納から引き出した長剣(not魔法生産品)で、その一閃を正面から受け止める。魔法で創り出した武器だとバターみたいに切り裂かれちゃうからね。身体能力は五十倍くらいに強化してるからか、問題無く受け止めて鍔迫り合いに持ち込む事が出来たよ。意外と膂力はそこまででもないのかな?
「ククッ、ようやく剣を抜いたか。俺を明確な脅威として認識したようだな?」
「脅威? 違うな、少々叩き潰すのが面倒なだけの羽虫に過ぎん」
「ほう? 蛆虫から羽虫に格上げしたか。それは光栄――だっ!」
一瞬の溜めを経て剣が弾かれ、剣を握った僕の両手が上がり一瞬の無防備を晒す。その隙を逃さず、ミカエルは鋭い蹴りを放ってきた。
いつもの僕なら笑って受け止めたかもしれないけど、残念ながら今の僕は油断も慢心も捨てて真剣に戦うカッコいい僕。だからこの蹴りを受けるっていう選択肢は無かった。コイツはベルと双璧を成すバグキャラ。そして竜人魔将と同じく、剣に魔法無効化の力を付与する事が出来る反則キャラ。そんな奴が、どうして蹴りには同じ効果を付与できないと決めつけられる?
「汚らわしい足を神たる私に向けるか。野蛮な生物め」
故に取るべきは回避行動。短距離の転移魔法を用いて、僕は遥か後方へ一瞬で転移する事で鋭い蹴りを回避した。
うんうん、驕りを捨て去った僕はやはり完璧。例えバグキャラが相手だろうと話にならんよ。ハッハッハッ!
「転移魔法か! だが、その程度で俺から逃れる事はできん!」
「……は?」
しかしここで予想外の事態が起きて、僕の思考が一瞬停止する。ミカエルがその場で剣を振るった瞬間、空間に亀裂が入って僕のすぐ目の前にミカエルの姿が現れた。
いや、厳密に言えばミカエルの姿はまだ遥か遠くに存在してる。でも同時に目の前にも存在してる。これはそう、まるで空間を切り裂いて無理やりに開き、離れた場所と繋げたような感じだ。ミカエル自身は転移してないけど、空間そのものが別の場所と繋がったから二人いるように見えるとか、そういう感じ。
「ぜりゃああぁああぁぁぁっ!!」
そうして開いた空間に身を躍らせ一瞬で目の前に現れたミカエルが、裂帛の気合と共に鋭い斬撃を放ってきた。
まさか一瞬で距離を詰められるとは思わず、僕はそのまま胴体に深い裂傷を貰い、それがもたらした衝撃に全ての感覚が喪失した――
バグキャラ(ベル)が不死身なんだから、こっちも不死身に決まってるよなぁ? 若干方向性は違うけど。