分水嶺
全世界同時拷問生中継を終えた僕は、炭の塊になったお姫様二人を牢に投げ込み、しばらくリビングで全国の被害状況を確認してた。かなりドギツイ光景をミュート不可で世界中に見せつけたせいか、耐えきれずに自殺した奴らも結構な数いるね。まあそうなる事は分かっててやったから別に良いんだけどさ。
「……チッ、動いたか」
良くないのは、そんな折に僕の脳裏に届いた情報。あまり好ましくない状況に陥った事を理解して、唾を吐き捨てるように毒づく。
そんな状況に陥ったのは、聖人族の首都から高速の飛翔体が発射されたのを魔法で感知したからだ。もちろんこの世界にはまだミサイルとか無いだろうし、これはその手の兵器じゃない。いや、ぶっちゃけ兵器の方がありがたいけどさ。
この高速の飛翔体の正体は、聖人族が誇る最終兵器にして首都の最終防衛ライン。聖人族を守護する大天使の一人にして、ベルと双璧を成すバグキャラ――大天使ミカエル・ティファレトその人だ。
「……まさか、大天使ミカエルが動いたのかい?」
「そのまさかだね。首都の最終防衛線って事でそうそう動く事はないって思ってたけど、どうやら一旦そこを無防備にしてでも退治しなければならない存在だって思われちゃったみたい。超音速で邪神の城目掛けて飛行中」
僕の反応だけで事態を察したレーンが、瞳を鋭くして尋ねてくる。
最終兵器で首都の護り手って事で、早々動かないと思ってたんだけどなぁ? 僕があまりにも動き過ぎたから顰蹙を買っちゃったのかな? 何だよ、ちょっと世界中に歯車の化物ばら撒いて、大陸の形を変えて、奴隷たちを解放して死ぬまで暴れさせて、両種族のお姫様の火炙り生配信しただけじゃないか……。
「大丈夫なのかい? 私もミカエルの事はあまり詳しくないが、ベルと同種とも言える理不尽の権化なのだろう? 何か策はあるのかい?」
「策があるっていうか、色々試してみないと始まらない感じだね。たぶん一番詳しいであろうベルも能力の根源は分からないって言ってたし、ぶっつけ本番でとにかく頑張るしかないよ。でもちょうど良い。最大の脅威を排除できるまたとない機会だ。ここでバグキャラの片方にはご退場願おうかな」
この世界で最も僕の障害となり得るのが、件の大天使ミカエルだ。
どうせいつかは排除しないといけない相手。それなら向こうから単騎で来てくれる今こそ始末するべき最大のチャンスだと思う。ベルの説明通りの相手なら下手すると始末できない可能性もあるけど、それはいつ挑んでも同じ事。だったら面倒くさそうな事は早めに終わらせるのが吉だね。
「気を付けたまえよ。君は変な所で油断しがちだ。まかり間違って本当に討伐されてしまうかもしれない」
「信用ないなぁ、僕……」
今回は相手が相手なせいか、レーンもかなり真剣な目付きで苦言を呈してくる。無限の魔力を持ち強靭無敵最強の救世主たるこの僕が、敗北するかもしれないっていう可能性を口にするほどだ。信用が地の底で泣けてくるね?
「万一君が討伐され、億が一蘇生も出来ずに真実の死を迎えてしまえば、この世界に真なる平和がもたらされる機会は二度と訪れない。故にここが分水嶺だ。君がもたらすのは死と破壊と破滅だが、君の両肩には平和な世界の実現という崇高なる使命が重くのしかかっている。絶対にそれを忘れてはいけないよ」
「ポーイ」
「投げ捨てるな。それと今は真面目な話をしている。ふざけていないで真面目に聞け」
「はい、すんません」
両肩に乗ってる責任(笑)を放り捨てるジェスチャーをすると、途端にマジのトーンで怒られる。いたたまれなくなった僕は即座にその場に正座しました。
何だよ、ちょっとお茶目な反応しただけじゃないか。ジョークの分からない奴め。
「私としても君に死なれると困ってしまう。君無しでは世界平和など土台不可能な話なのだからね。だからこそ君は何としてでもミカエルに勝利し、無力化する必要がある。その戦いでは私ですら戦力にはなり得ないが、それでも君に知識を授ける事はできる。戦闘中、ミカエルに対して何か不明瞭な点があれば遠慮なく聞いてくれ」
「そこは大好きな僕に死なれると悲しいって言って欲しかった――はい、すんません。調子乗りました」
ゴミを見るような冷たい目で見下ろされ、即座に謝罪を口にする。この様子だと僕が死んでも別に悲しんでくれ無さそう。血も涙もない冷血女め! 好き!
それはさておき、実はミカエルと闘う時は僕がタイマンで何とかするって事前に決めてあるんだよね。理由としてはマジでレーンがいても邪魔になりこそすれ、戦力にはならないと思うから。もちろんこれがキラやトゥーラ、果てはバールとかでも同じだと思う。それくらいヤバい相手って事を理解してくれると嬉しい。
え、お前が一番危機感薄い? またまたぁ……。
「はあっ……どうにも君には真剣さが足らないな。何か褒美でも約束すれば真面目になるのかい?」
「やだなぁ、僕はいつも真面目だよぉ? フヘヘ」
「そうだね。頭に『不』がつく事を除けば、確かに真面目ではあるだろう」
相も変わらず冷めた目付きで見下ろしてくるレーン。
この僕が不真面目だって? 誰よりも世界平和のために頑張ってるこの僕以上に真面目な奴なんている? いねぇよなぁ!? 全く失礼な女だぜ!
というかご褒美なんて子供じみたものを約束した程度で、僕のおふざけや油断が抜けると思ってるのか? やれやれ、所詮は魔術狂いか……。
「君が真面目になるような褒美は……そうだね。ちょうど私はまだどのような種族に偽装するか決めていないし、君が好きに決めるというのはどうだい?」
「ほう……?」
なんて心の中で呆れてたら、レーンさんはなかなか魅力的な提案をしてきた。
これからこの屋敷で暮らすにあたって、レーンは僕の魔法で魔獣族の姿に擬態しないといけない。その擬態先の種族に関しては本人に決めさせる事になってたんだけど、まさかその選択権を僕に譲ってくれるとはね。マッドな魔術狂いにしては男の、ていうか僕の心を掴むのが上手いじゃないか。何か悔しい。
「それはこう、種族だけじゃなくて、例えば獣人を選んだら尻尾とかケモミミを好きな形や大きさとかにしても良いって事かな?」
「日常生活に支障をきたすほどでなければ、それも君の好きにすると良い。どのみち私は新しい姿に慣れる事から始めるのだから、どのようなものにされようとあまり影響は無い。ただし、ミカエルに勝利し完璧に無力化する事が条件だ」
マジか。魔獣族ならどんな種族にしたって良いし、オプション的な角とかケモミミとかも好きなように弄って良いのか。それってつまり『僕の考えた最高の〇〇』を実現できるまたとない機会って事じゃない? チクショウ、これはふざけてる場合じゃねぇ!
「そんな美味しいご褒美を出されたら頑張らないわけにはいかないねぇ。よーし、ミカエルを原子すら残らず消滅させちゃうぞー」
すぐさま立ち上がり、来るべき決戦に備えて準備運動を始める。無限の魔力をフルに使って、目障りな大天使をこの世から抹消してやるぜ。滅尽滅相タイムだ!
「この程度でやる気を出すというのは、扱いやすくて助かるような、あるいは逆に困るような。なかなか複雑な気分だね……」
なお、レーンは僕のやる気を的確に煽っておきながらかなり微妙な表情をしてたよ。真面目になったらなったで不満そうなの何なの? ワガママ女!
「――さて、僕はそろそろ城で奴を迎え撃つとするよ。皆は留守をお願いね?」
ミカエルが邪神の城に到達間近という所で、ついに僕も出発する事にした。とはいえラスボス役としては待ち構えるのが正しい形だから、先に邪神城の玉座の間に行くってだけだけどさ。
とはいえ相手はベルと双璧を成すバグキャラの類。今回ばかりは無限の魔力を持つ僕ですら厳しい戦いを強いられるかもしれない。そしてそうである以上、他の仲間たちはついてこれない規模の戦いになる可能性がある。むしろ邪魔になりそうという事で、今回は一人での孤独な戦いとなるわけだ。いやー、緊張してきたねー。
「了解した。くれぐれも油断はしないように気を付けたまえよ」
「相手は原初の大天使たるミカエル。奴は異常だ。絶対に気を抜くな。貴様ですらも危ういかもしれん」
妙に心配してくれるのはレーンとバール。どうにも信用が低いみたいで、僕の敗北っていう可能性も視野に入れてらっしゃる。まあ相手が相手だから仕方ない所もあるか。
でもそんな心配しなくても大丈夫。レーンからのご褒美を手に入れるためにも、決して慢心も油断もせず戦うからね。ただ頭の中にレーンをどんな種族にするかっていう邪な妄想が広がってるせいで、多少隙が生まれるかもしれないな……やっぱケモミミとケモ尻尾がある獣人が一番かな……?
「頑張ってねー、ご主人様ー!」
「……欲を言えば死んでほしいけど、あんたがいないと私の家族の安全と幸せが保証されないのよね。だから適度に苦しんでギリギリの所で勝って戻って来なさいよ」
素直な応援をしてくれるリアと、びっくりするくらいに愛情を感じない本音をぶちかましてくるミニスちゃん。ベッドではあんなに熱く愛し合ってるのに、なんて血も涙もない奴だ。でもそういう所が好き!
「さっさと終わらせて帰って来いよ。たかが大天使に遅れとったりすんじゃねぇぞ」
「頑張ってくれ、主~! 必要とあらば私を肉盾として呼び出しても――あふんっ!」
念を押すように厳しい言葉で注意してきたキラに苦笑を返しつつ、すり寄ってきたクソ犬にビンタをかます。
確かに肉盾が欲しい時もあるかもしれないけど、それなら空間収納の中に大量に死蔵してる野郎共の死体で事足りるからなぁ。別にこの変態を召喚する必要は欠片も無いんだわ。下手するとこの変態でも邪魔になりかねないし……。
そんな事を考えてると、最後に僕に近寄ってきたのはバグキャラの片割れ。歩くSANチェックことベル。今日はミニスの2Pキャラの姿になってるけど、その表情はオリジナルのミニスの顔でも見た事無いくらいに真剣だった。
「……奴はとても面倒だぞ、ご主人様。もしも困った時には私を呼び出すと良い。ご主人様が打開策を思いつくまでの時間稼ぎくらいならばできるだろう。まあそれしか出来ないとも言うが」
「うん、もしかしたら今回は頼るかもね。その時はよろしく」
「うむ、任せてくれ! ご主人様への恩を返せるとあれば、私は全身全霊で戦うぞ!」
僕がそう返すと、ベルは拳を握って嬉しそうに言い放ってきた。
他の奴らはともかくとして、バグキャラの片割れであるベルには頼る可能性がマジである。単なる協力者ポジションのベルに戦力面で頼るのはあんまり良い気がしないけど、他ならぬ当人がそれを望んでるなら問題無し。場合によっては身を粉にして働いて貰わないとね。
「さ、それじゃあ行ってくるよ――転移」
愛する仲間たちにそう声をかけてから、転移の魔法を行使する。目指すは邪神の城の玉座の間。そこで余裕たっぷりにミカエルを待ち、迎え撃って完膚なきまでに無力化する。
さあ、バグキャラの片割れの力を見せて貰おうかぁ!
次回、ついに邂逅