火炙りに処す
⋇拷問描写あり
⋇残酷描写あり
⋇三人称視点
『ぎゃあああぁあぁああぁぁっ!! あつっ、熱い! 熱いよおおぉぉぉぉぉぉっ!!』
『ああああぁああぁぁぁぁっ!! たすっ、助けっ、誰か助けてええぇえぇえぇぇぇっ!!』
青空をスクリーンに映り込むのは、残虐の極みとしか表現のしようがない凄惨な拷問の光景であった。裸に剥かれ、手枷と足枷で拘束され宙吊りにされた二人のお姫様が、じっくりと強火で焼かれていく残酷性の極致。
狂ったように泣き叫び助けを求めるその姿はあまりにも悲哀を誘い、世界中で誰もが空から目を逸らし必死に視界に収めないようにしていた。
「これは、また……信じられないくらいのゲスの所業ね……」
そんな中、聖人族の国境の砦では一人の女性が不快感を露わにしながらも、目を逸らさずにその光景を見つめていた。
彼女の名はザドキエル・ゲドゥラー。国境を守護する大天使にして、数多の聖人族の母である。普段は慈愛に満ちた蒼い瞳も、今や邪神への軽蔑の色に染まっている。憎き怨敵のお姫様も隣で火炙りにされているにも拘わらずだ。それほどまでに拷問の光景は惨たらしく惨憺たるものであった。
『どうだ? 憎き敵種族の姫君が業火にその身を焼かれ、苦痛に悶え絶叫する光景は。奴隷に対して暴力や性欲をぶつけ壊れるまで楽しむ貴様ら蛮族にとっては、何よりも素晴らしい光景だろう?』
そしてお前たちには自分を糾弾する資格など無いとでも言うように、邪神は全ての人間にそう告げる。
実際の所、火炙りにされているのが敵種族のお姫様だけならば、ザドキエルを始めとして聖人族は誰も彼も歓迎し諸手を挙げて喜んだだろう。それどころか実際にそういう拷問や処刑を実行し楽しむ場もある事を彼女も知っている。
しかしこうして自分の種族のお姫様にも同じ拷問を与えられると、不思議と愉快な気持ちなど欠片も浮かんでこなかった。
『ああ、コイツらの命が心配で楽しめんか? その点は問題無い。例え死を迎えようと、私の手にかかれば容易に蘇生させる事が可能だ。加えてコイツらには軽い自動再生の魔法をかけている。こうして炎に焼かれようと、完全に焼き焦がされるまでは多少の時間がかかり、その分細胞の一つ一つを焼き尽くされていく感覚を長く感じる事が出来るというわけだ』
『あああぁああぁぁぁあぁっ!! パパっ、パパアアァアアアァアアァァッ!』
『お父様ああぁああぁあぁあっ!! お母さまあああぁあぁああぁぁっ!!』
恐ろしい事に、二人のお姫様は死なせて貰う事すら出来ないらしい。
実際二人は炎に焼かれている割には身体が焼け爛れていくのがあまりにも遅い。炎に呑まれた身体は即座に焼け焦げていくのではなく、ゆっくりと肌が沸騰し溶けていくという悍ましい過程を辿っている。肌が煮え滾り溶解していく感覚など、ザドキエルとしては考えたくも無かった。
『故に、安心してこの余興を楽しむが良い。隣で自身の種族の姫君も同じ目に合っているが、貴様らは百も承知で奴隷たちを苦しめていたのだから問題無いだろう? この光景で十全に英気を養い、次なるエクス・マキナの襲撃に備えると良い。私は慈愛に満ちた神だからな。次なるエクス・マキナによる襲撃は……一週間後としよう。それまで精々大いに嘆き悲しみ絶望に暮れ、私の力の糧となる事を願っているぞ。フフフ、ハハハハハハハハ!!』
『アアァアアァアァアアァァァアァッ!!』
邪神の哄笑が過ぎ去ると、二人のお姫様の身体を包む炎が一段と膨れ上がり、ついにその全身を覆い尽くした。同時に痛々しい聞くに堪えない悲鳴が絶えず響き渡り、ザドキエルも思わず耳を塞ぐ。
しかし恐ろしい事に、この声は物理的に耳に聞こえているわけではない。直接頭の中に響くのだ。つまりどれだけ苦痛に塗れた聞くに堪えない悲鳴であろうと、耳を塞いだ程度で逃れられるわけも無かった。
「おい、よせ! やめろ! 鼓膜を潰したって意味無いぞ!」
「うるさい! こんなっ、こんな悲鳴がずっと続くなんて耐えられない! もう聞きたくない!」
そのせいで発狂しかけて自らの耳をナイフで貫こうとする兵士が現れ、他の兵士が必死に止めようと押さえつける。国を守るという崇高な使命を帯びた兵士でさえこの有様だ。一般人の中には間違いなく精神を病んでしまう者が続出する事だろう。
だが今は目先の問題に対処する事しか出来ない。故にザドキエルは周囲で自傷行為に走ろうとしている兵士たちの数と場所を認識すると、その場でくるりと回転するようにして周囲に冷気を撒き散らした。撒き散らした冷気は瞬く間に兵士たちに迫る氷と化し、その身体を拘束して自傷行為を強引に止める。それだけでは兵士たちの頭に響く聞くに堪えない悲鳴は消えないため、素早く首に手刀を叩き込んで周り意識を奪う。
「……他に自傷行為に走りそうな人がいたら、無理やり気絶させてでも止めましょう。こんなものを絶え間なく聞かされては、最悪耐えきれずに自殺しかねないわ」
「は、はい……」
凶行に走る兵士を止めようとしていた他の兵士たちもやむを得ないと判断しているようで、顔を青くしながらも頷く。
こうしている今も頭の中には聞くに堪えない苦痛に塗れた悲鳴が響いている。ザドキエルでさえ相当辛いものがあるのだから、兵士たちはそれ以上だろう。
「みんな、大丈夫? 気分が悪いなら、休んでも良いのよ?」
「申し訳ありません……正直な所、今にも吐きそうな気分です。魔獣族の悲鳴はとても心地良いものと思っていましたが、幾ら何でもこれは……うっ!」
一番近くにいた兵士が口元を抑えて蹲り、結局堪えきれずにその場で嘔吐してしまう。
辺りに酸い臭いが漂うものの、ザドキエルを含め誰一人として嫌悪を示すことは無かった。上空で繰り広げられている残虐な光景と、頭の中に強制的に叩き込まれる苦痛に塗れた悲鳴の二重奏を前にしては、この程度の事に顔を顰める余裕などあるはずもない。
「そうよねぇ。さすがの私も気の毒になってくるわ。うちのお姫様の悲鳴も無理やり聞かされてるから、余計にね……」
蹲ったままえずく兵士の後ろに回り、背中を撫でて水を差しだしてやるザドキエル。
上空を見やれば、二人のお姫様は両脚がほとんど炭化し崩れ落ちている惨たらしい有様と化していた。しかしそれでも火炙りは終わらず、二人の悲鳴は途切れる事無く脳に響く。あまりの苦痛に意識を失う事すら許されないのか、あるいは意識を失ってもすぐに苦痛に引き戻されるのか。いずれにせよあんな目には合いたくないと思うザドキエルだった。
「ザドキエル様……我々は、このような仕打ちに対して一体どのような気持ちを抱くべきなのでしょうか……」
「迷っちゃうわよねぇ。だって私たちは、同じような事を魔獣族にずっとしてきたんだもの。怒りを示すだとか、憎しみを抱くだとか、そういう気持ちを抱く資格が私たちにあるのかしら……」
自分たちのお姫様が火刑に処されているというのに、ザドキエルはあまり怒りを抱けなかった。他の兵士たちも怒りに顔を赤くする事はなく、むしろ酷く悪い顔色をしている有様。
あの程度の事なら、聖人族は魔獣族に対して頻繁に行ってきた歴史がある。口に出すのもおぞましい責め苦を味わわせ、生まれて来た事を後悔させるほどの悲惨な拷問にかけた事は数知れず。今までそんな真似をしてきた聖人族が、同族の姫を同じように拷問されて本気で怒るなどあまりにも破綻している。種族の問題を抜きにすれば、どう贔屓目に見ても自分たちの行いが返って来ただけの自業自得である。
弱体化している現状であろうと強力無比な邪神の力を味わい、二人の少女の聞くに堪えない苦痛に塗れた悲鳴を絶えず脳に送り込まれる事で、ザドキエルは無理やりにそれを理解させられていた。
「邪神のエネルギー源は、私たちの負の感情。こうして大いに悩み苦しんでいるだけで、邪神の力が増して行くって事なのかしら。だとすると邪神は本当に策士ねぇ……」
「ザドキエル様、我々は今後どうすれば良いのですか……?」
「……ひとまず、待ちましょう。その内きっと王様から何らかの指示がくるわ。それまでは、あなたたちも好きに過ごして心を癒しておきなさい。しばらくは向こうも似たような状態でしょうし、それほど警戒に力を入れずとも構わないわ」
「はい……了解しました……」
ザドキエルの指示に、兵士たちは全員が不安になる足取りで各々の休息場所へと散って行く。
砦の兵士たち全員が一時的に職務を放棄するなど到底許されない事だが、どのみちこの様子では使い物にならないのでいても意味が無い。それに何より、恐らくは向こうの砦でも魔獣族たちが同じような状態に陥っている。敵種族に常軌を逸した責め苦を与え、馬車馬以下の奴隷として使役していたのは聖人族だけではない。向こうも色々と考えさせられ、そして胸の内に生じる感情に苦しんでいる事だろう。
「ふぅ、今夜は夢見が悪くなりそうね……うっ!」
周囲に誰もいなくなった事で、ザドキエルは必死に繕っていた微笑みを崩す。兵士たちを不安にさせまいと取り繕っていたものの、脳裏に響く痛々しい悲鳴の二重奏に平気でいられるわけもない。その場に膝をついてしまうも、込み上げる吐き気は何とか堪える。
周囲にはほんの少し前に自由を得て、暴れ回った奴隷たちの死体が数多く転がったままとなっている。殺した時こそ何の感慨も罪の意識も覚えなかったザドキエルだが、今は不思議と視線を逸らしてしまう。
これが負の感情を集めるための邪神の作戦だというのなら、間違いなく大成功だ。この砦内のザドキエルを含む全ての兵士たちが、胸の中に例えようのない気持ちの悪い感情を抱いている。兵士でさえこれなのだから、一般人についてはより顕著に感じている事だろう。
「……奴隷が不足した状態で、一週間後にはエクス・マキナが襲撃してくる。そしてその間も、きっとお姫様たちは惨たらしい拷問で苦しみ続ける。王様たちはそんなの絶対許せないでしょうし、今のどうしようもない状況を考えると、もしかしたら――彼が、動くかもしれないわねぇ」
やるせなさと胸に渦巻く感情にどうしようもなく投げやりな気分になりながらも、ザドキエルはぽつりとそう呟く。願わくばこの面倒極まる状況を、彼が纏めて斬り捨ててくれると信じて。
⋇音声はミュート出来ないし何なら直接脳に叩き込んでいるため、例え耳を潰しても意味は無く、強制的にガチめな悲鳴を聞かされ続けます。