邪神の下僕VSバール2
⋇前半バール視点
⋇後半クルス視点
⋇ミニスちゃんは苦労人(二回目)
「さあ、我が仇敵たる日の光に焼かれるがいい!」
『チイッ!!』
我はそう言い放ち、城の外で浮かせている血の雫の位置を操作しレーザーを放つ。一度に同時に放てるのは二本が限界だが、一本でもタナトスにとっては防御を貫く即死級の一撃。まともに対処できる訳もなく、黒き獣の姿で縦横無尽に城を駆けて逃げ回っていた。
城の奥へ行けばレーザーが届かないと考えたのかもしれないが、残念ながらそれは甘い考えだ。我が用いているのは魔力を深く浸透させた己自身の血液。故に操作も位置の把握も容易。レーザーの中継点を用意する事もまた難しい事ではなく、タナトスがどれだけ城の奥へ逃げ込もうと狙い撃つのは容易だった。
「先ほどまでの威勢はどうした、邪神の右腕よ。臆病な野兎が如く、逃げ回ってばかりではないか」
『ハッ! テメェこそ吸血鬼の癖して太陽の光なんか使いやがって、恥ずかしくねぇのか!』
「恥? そんなものがあるわけなかろう。何故なら我は己が身を焼く日光を手中に収め、利用しているに過ぎないのだからな。むしろ誇らしい気分だ」
実際、気分はむしろ昂っている。我が身を焼く猛毒たる日光を、我が力として振るうこの快楽。天敵を捻じ伏せ従えたような、原始的で暴力的な爽快感を覚えているのだ。レーンに強制的に魔法談議をさせられた時は少々辟易したものだが、今ここに至っては素晴らしい時間だったと言う他ににあるまい。おかげで日光を利用し武器とするこの手法を考え付いたのだからな。
「さあ、貴様も日光に身を焼かれる吸血鬼の気分を味わってみるがいい!」
ついにタナトスを狭い部屋の中に追い詰めた所で、我はレーザーを放とうとする。光速故に認識できない速度で放たれる最速の一撃だが、放つためには血の雫の位置を完璧に調整しなければならない。そのため放つ寸前に一瞬だけ間が開いてしまう。
『舐めんなぁ! ウォーター・フォール!』
その僅かな時間が、タナトスに行動の猶予を与えた。突然部屋の中に大量の水が降って沸くように生じ、一気に膝下辺りまでに満ちていく。
しかし多少動きにくいだけで、別段我の行動を阻むほどではない。むしろ四足と化している都合上、タナトスの方がより水の抵抗を受け動きが阻害される事だろう。正直な所、水を満たして何がしたかったのか全く分からない。
「フッ、愚かな。水遊びでもするつもりか?」
『愚かなのはテメェだ。誰がこれで終わりっつったよ』
「何……?」
「拡散しろ! ディープ・ミスト!」
その答えに一瞬虚を突かれた瞬間、次いでタナトスの魔法が発動する。部屋の中に満ちていた大量の水が瞬間的に沸騰したかの如く、猛烈な水蒸気となって一気に弾けた。
「これは……!?」
周囲に広がるのは真っ白な世界。濃密な水蒸気による深い霧が完全に視界を覆い尽くす。
何をしているのかと思えば、どうやら二段構えの魔法だったらしい。いや、驚くべきなのはその手法ではない。この濃密な水蒸気がもたらす効果そのものと、それを狙ったタナトスの閃きだ。
『――この状態なら、テメェのレーザーもまともに機能しねぇだろ!』
深い霧の向こうを動き回る声が、間違いなく狙い通りの展開なのだという事を如実に語る。
そう、レーザーは太陽光を反射・あるいは屈折させて集束させる事で実現している。そして血の雫ではなく水滴であろうともそれは可能だ。むしろ血液と異なり透き通っている分、水の方がより適しているかもしれない。
いずれにせよタナトスは液体による反射と屈折で以てレーザーを創り出しているのなら、同様の手法で以てそれを乱し無効化すれば良いという結論に至ったのだろう。この僅かな時間でその対応策を思いつくとは、天性の戦闘勘というべきか……。
「考えたな。だがそれならば霧を全て吹き飛ばすか――更に太陽光を収束させ、水蒸気が意味をなさぬほどの出力を生み出すのみ!」
『やってみろぉ! 日の下で生きられない日陰者がぁ!』
我が血の雫を操り全ての太陽光を一本のレーザーに集束させようと試みる中、霧の向こうから猛烈な速度で突撃してくるタナトスのプレッシャーを感じる。さて、向こうの銀の鉤爪が我を裂くのが先か、あるいは我の放つレーザーが濃密な霧の盾ごとタナトスを貫くのが先か……勝負という所か!
「――あぁっ!?」
「な、何っ!?」
と思ったその瞬間、何故か周囲から一切の魔法的事象が消滅した。濃密な霧は勿論の事、我とタナトスの身を覆う黒と闇も纏めて消滅する。まるで何者かが意図的に全ての魔法を消し飛ばしたかの如く。
「そこまでよ、クソ――タ、タナトス。いつまで遊んでるつもり?」
その予想は正しかったようで、いつの間にか部屋の中にはタナトスと同じ衣装と仮面を身に着けた兎獣人の少女が――いや、これはミニスだな。何故ミニスがここにいるのだ? このような展開は台本には無かったはずだが……。
「テメェは……!? 何でテメェがここにいやがる!」
「あんたがいつまでも遊んでて命令を果たさないから、邪神――様が、直々に私に命じてきたのよ。命令を忘れて遊んでるあんたが悪いのよ、クソ――タナトス。ここは私がやるから、さっさと戻りなさい」
なるほど、そういう事か。どうやらクルスは我らが想定外の激戦を繰り広げているため、台本通りの結末に辿り着く事が不可能と判断したらしい。そしてその修正役としてミニスを寄越した、というわけか。魔法的な事象を消し去られた事から考えるに、かなりの力を授けられていると見た。
「あぁん!? 何でテメェなんかに命令されなきゃなんねぇ――」
敵意に満ちた反論をしていたタナトスことキラだが、ミニスの手により途中で有無を言わさず強制的に転移させられる。あまり長くこの場に残しておくと、余計な情報を口に出すかもしれぬからな。その判断は的確だ。
「さ、次はあんたね。どうせ結果は変わらないんだし、大人しくしてくれるかしら?」
今度は我に向き直るミニス。仮面を装着しているので表情は分からないが、妙に疲れた顔をしていそうなのが容易に想像できる。ここで無駄に抵抗すればそれこそミニスの心労が増えるだけに違いない。
それにこれ以上の演技も必要無さそうだ。部屋の入り口の方に軽く視線を向ければ、こちらの様子を固唾を飲んで見守る兵士たちの姿が目に映る。全力の戦いは城中を駆け巡りながら行ったので、すでに存分に見せつけた。後は彼らの前で邪神の下僕に連れ去られるだけで、我の役目は完了だ。
「……そうだな。我が死力を尽くして挑もうと、貴様に勝利できる未来が見えん。時が夜ならまだ食い下がる事も出来ただろうがな。ここは潔く投降するしかあるまい」
「賢明な判断ね。それじゃ――」
ミニスが指を鳴らすと共に、我の視界は一瞬の暗転を経て地下闘技場を映す。どうやら無事に役目が終わったらしい。
地下闘技場にはすでに仮面と衣装を外し、凄まじく不機嫌な顔をしたキラが座り込んでいた。一瞬我に対して鋭い睨みと殺意を向けてきた辺り、未だに昂った戦意が抑えられないようだ。これは下手をすると戻ってきたミニスに襲い掛かりそうだな。
「……ミニスはクルスの命令通りに動いただけだ。我らの方が指示を逸脱し遊び惚けておきながら、その尻拭いに奔走するミニスを責めるのはお門違いというものだ」
「チッ。うるせぇ、分かってるっつーの」
戻って来た所で襲われてはあまりにもミニスが不憫なので、先手を取ってそう言い聞かせる。
そもそもの話、今回ミニスに尻拭いの役目が与えられたのは主に我の責任だ。殺意が抑えられない生粋の連続殺人鬼であるキラは仕方ないとして、我は素直に台本通りに無様な敗北を受け入れていればそれで良かったのだ。
にも拘らず、興が乗って少しばかり弾けてしまい、冷静になる事が出来なかった。これは大いに反省しなくてはならないな。ただでさえ途方もなく苦労しているであろうミニスに、更なる負担を強いるとは……。
「分かっているならば良い。だが、そのままでは抑えが効かぬだろう。続きをしたいというのなら、我は存分に付き合うぞ?」
「あん?」
罪滅ぼしになるかは分からないが、キラの発散できなかった殺意がミニスへの八つ当たりとならぬよう、我が発散させてやる事にした。現状我らに次の役目は割り振られていないので、少なく見積もってもその程度の時間はあるだろう。
それに我としてもあの戦いは不完全燃焼。やはり決着はつけたいところだ。
「へー、そうか……だったら、死ねやっ!」
ニヤリと笑顔を浮かべたのも一瞬の事、すぐにキラは銀の鉤爪を閃かせて襲い掛かってきた。
この場所ではレーザーは使えぬが、相手にとって不足は無い。さあ、戦いの続きと行こうか!
「やー、おつかれー。お前のおかげでマジ助かったよ。ミニスちゃんマジ天使」
バールたちの仲裁と展開の修正をして戻ってきたミニスに、僕はお礼を口にしつつ真心を込めて頭を撫でてあげた。まあ気持ちだけで、実際はばっちぃものに触られたみたいな反応で手を振り払われたけどね。ちょっと傷ついた。
「私は獣人。本物の天使ならとりあえず私の部屋に置いといたわよ。それより、もう他に変な事させないでしょうね?」
「うん。後はさっきまでと同じく監視をよろしく。といっても奴隷の反乱自体は一時間くらいで終わるから、そんなに長くはかからないよ」
少なくとも今はミニスの出番は他に無い。というか元々無かったんだけど、ちょっとお馬鹿な奴らがヒートアップしてたせいで急遽出番が出来たっていうか……まあ、面白いからっていう理由で出番を作った僕にも責任はあるか。でも面白かったしなぁ!
「そりゃあそうでしょうね。一時間経ったら、奴隷たちは全員疲労で死ぬんだし……」
ぽつりと、罪の意識を感じさせる表情で呟くミニス。
そう、元奴隷たちは自分自身の生命力を燃やして暴れ回ってる。多少の調節はしてあげたけど、およそ一時間で命を燃やし尽くして死ぬ。これはそういう魔法だ。
「厳密に言えば全員じゃないよ。契約から解放されて逃亡ではなく復讐を選んで、いつまでも力の限り暴れてる奴らだけが死ぬんだよ。奴隷落ちしたのは可哀そうだけど、こういう奴らがいると世界平和への道のりが遠ざかるからね。ここらで一掃しておかないと」
「本当にゲス野郎ね……」
などと僕を罵倒しつつも素直に隣に座り、その眼前に展開してやったモニターをしっかり眺めるミニスちゃん。奴隷たちが抱える恨みつらみがかなりのものだから、スプラッタなシーンが相当多いけど、若干顔を青くしながらも真剣な表情で監視してる。何だかんだ真面目にやってくれるから本当に助かるよ。
えっ、他の奴らはどうしたって? 何かレーンはミラちゃんをその辺の部屋に引きずり込んで魔法談義(強制)してるし、キラとバールは地下闘技場で戦いの続きをしてるし、ハニエルはさっきのミニスの発言から考えるにお部屋でぼーっとしてる模様。トゥーラは……何か屋敷の外の犬小屋にいるな? 何やってんだ、アイツ……?
何にせよ、この奴隷の反乱の魔法で奴隷たちのガス抜きはほぼ完了だ。復讐を優先した奴らは勝手に死ぬから元から絶てるし、生存を優先して逃げた奴らはある程度敵意を抑えられるって事だからね。
ちなみに生まれた時から洗脳されて育てられた高級奴隷とか、すでに心がぶっ壊れてる奴隷とかは、申し訳ないけど強制的に暴れさせた。だって生き残ってても意味無さそうだし。何にせよこれで世界が平和になった時、平和を望む人々と虐げられてきた奴隷たちとの軋轢の問題がほぼ解決したってわけ。
まあ『完全に』じゃなくて『ほぼ』なのは、予想外の事態とかがある程度起こるからであって……うん、まあこれは仕方ないか。反乱を起こした奴隷たちが生きたまま無力化されてる所が結構あったからね。元奴隷たちへの強化がちょっと足りなかったかな?
「……あれ? じゃあリアがご主人様に買って貰えなかったら、ここで暴れて死んじゃってたの?」
思わず隣のリアを見ながら苦い顔をしてると、不意にその横顔がこっちを向いて素朴な疑問を口にするみたいに尋ねてくる。
確かにこの奴隷の反乱の魔法は、魔術契約で縛られた奴隷全て(僕が契約した奴は除く)に対する魔法だ。だから元々奴隷として売られてたリアが僕に買われなかった場合、その条件には十分当て嵌まる。
「いや、お前は殺処分間近だったからもっと早くに死んでるでしょ。しかも何あの状態からあと一年弱生きる気なんだよ。生命力強すぎでしょ」
「あ、そっか。えへへ、忘れてたー」
でもリアは僕が見つけた時点で、ほぼボロ雑巾の死体みたいになってて廃棄間近だった。だからどう頑張っても奴隷の反乱の発動前には死んでると思われる。とはいえコイツの深い憎悪を以てすれば、廃棄さえされなければ命を繋いでそうな気がしなくも無いが。
「でもリアはご主人様に買って貰えたから、こうして幸せに過ごせて復讐もいっぱいできるんだよね。本当にご主人様に会えて良かったー。大好きだよ、ご主人様!」
かなり闇の深い事を言いながらも上機嫌なリアは、そのまま僕に横から抱き着いて頬にキスをしてくる。
何だろうね。買った奴隷がベタ惚れになるってのは異世界のお約束の一つみたいなものだとは思うよ? でもそんなお決まりの展開って、こんな深淵よりも深い闇を漂わせるもんだっけ……?
「はいはい、僕もそういうイカれた所が大好きだよ」
「えへへー」
でも僕としてはそういうヤバい所が好きだから、リアの身体を抱き寄せて額にキスのお返しをする。そしたらそれはもう嬉しそうに顔を綻ばせてたよ。純真な幼女みたいにさ。これで中身真っ黒復讐鬼なんだから最高だよね!
「イカれてんのはあんたたち全員よ……」
なお、唯一イカれてないミニスは僕らの触れ合いが心底お気に召さなかった様子。ドン引きしたような目でこっちを見つつ、実際ちょっと距離を取ってたよ。朱に交われば赤くなるっていう言葉もあるのに、ミニスちゃんはなかなか僕らみたいに染まらないなぁ? まあそういう所が良いよな!
どっちの国でも真の右腕みたいな姿を晒す事になったミニスちゃんが可哀そうで可愛い。