邪神の下僕VSレーン2
⋇キレちゃったレーン視点
⋇残酷描写あり
形だけの三流インチキ魔術師……。
そうかそうか、私はそう見えたのか。なるほどね。まあそれも仕方がないだろう。元より武術に傾倒し、極力魔法を使わないという頭の悪い縛りを自分に貸している者が、魔法の深淵を理解できるとは到底思えない。だからこれは仕方のない事だ。脳まで筋肉で出来ている者が教養の無い台詞を口にするのもまた仕方のない事だ。
「……良いだろう。そっちがその気なら、こちらも本気で相手をしてあげようじゃないか。容赦はしない」
だが、それを許せるかはまた別の話。故に私は治癒魔術で肺の損傷を即座に治療し、込み上げていた血液は空間収納の中に飛ばすことで処理し、立ち上がった。
「あれ~? 今ので終わりの展開では無いのかな~……?」
何やらこれで終わりにしようと思っていたらしいシュメルツが素でぽつりと呟いているが、そんな事は知った事ではない。形だけの三流インチキ魔術師などというスリーカードの罵倒を受け、さしもの私も少し頭に来ている所だ。多少その意趣返しをしたとしても罰は当たらないだろう。
「さて、一番近い所にいるのは……アレか」
動揺しているシュメルツを尻目に、私は少し周囲を見渡す。
広場内は私とシュメルツが対峙している影響で暴れている奴隷たちも少ないが、それでも皆無というわけではない。ちょうど遠くで兵士を殴り殺していた悪魔の少年を見つけたため、私は彼を使う事に決めた。
「こちらへきたまえ。アース・ウィップ」
「ぐあっ!? な、何だこれ!?」
舗装が壊され剥き出しになった地面から土の鞭を作り出し、それを伸ばして悪魔の少年の身体に絡めてこちらに引き寄せる。悪魔の身体能力は獣人に比べれば高くはないため、邪神による強化を授かっていようとこれには抵抗出来ず、私の元へと無様に引きずられてくる。
「――がっ!?」
そして手元に来た所で、頭を杖で殴って気絶させる。
すでに契約から解き放たれた奴隷である彼らは命令など効かないのだから、自我や意識などあるだけ邪魔だ。それに途中で目覚める可能性もある。故にこれで終わりではなく、空間収納から短剣を二本取り出して彼の頭に深々と突き刺した。
「あ、が、あ……!」
途端に呻き声を上げ、白目を剥いて身体をびくりと痙攣させる悪魔の少年。
だが命に別状はない。遠い昔に色々と魔獣族の身体で実験をしたおかげで、脳のどこを削れば生命維持に影響を与えず大人しくなるのかは分かっているからね。
「我が意に従い無様に踊れ、さながら喜劇の道化が如く――クラス・マリオネット」
意識も自我も奪った所で、準備を終えて仕上げにかかる。
彼の頭上に私の魔力で形作られた球体が生じ、そこから伸びた魔力の糸が彼の身体の至る所に絡みつく。関節部分を避けて、その上と下に特に集中的に。魔力の糸で全身を吊られた彼の姿は、正に人形劇に使われる操り人形だった。
「これは……!」
シュメルツが驚愕に満ちた声を零すが、もう遅い。準備は完了した。
確かに彼女にかけられた防御魔法はエクス・マキナのものとは異なり、<隷器>の攻撃すら無効化するものだ。しかし今、私の隣で操り人形と化している彼は血の通った生きている魔獣族。意識は物理的に封じたが、生きてはいる以上彼の攻撃は無効化されない。
「――行け」
故に、私は悪魔の少年の身体を操り突撃を敢行させた。
そう、彼には私の武器となって貰う。意識を奪い、魔力の糸で身体を吊って無理やりに動かしているため、その動きは非常に悍ましい。しかしだからこそ肉体の限界を超えた動きも可能であり、これ以上ないほどに頼れる前衛となる。
そして私は後方から魔法で援護と攻撃を行う。これならば改良された邪神の防御魔法も打ち破り、有効打を与える事が出来る。間違っても形だけのインチキ三流魔術師に出来る事ではない。
「この程度容易に――むっ!?」
操り人形の鋭い飛び蹴りを躱したシュメルツだが、直後に可動域や体勢を無視した手刀の追撃をその身に受ける。武術を超高水準で修めているが故、歪で奇怪な型にも生物にも当てはまらない動きは予測がつきにくいのだろう。
そして魔獣族の攻撃を受けた事で、彼女の身体を包む防御魔法の色が変わる。青色から赤色へ。対聖人族から対魔獣族へ。この状態ならば、私の攻撃は通る!
「貫け、雷撃――ライトニング・ストライク!」
故に私は速度と威力を兼ね備えた一撃を放つ。杖の先から一条の稲妻を撃ち出し、シュメルツの身を貫かんとする。本物の稲妻には遠く及ばないが、それでもまともに食らえば感電死は避けられない一撃だ。
「ぐおおおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?」
目論見通り、放たれた雷撃はシュメルツを貫いた。回避しようとしたのか蹲った彼女の身体が一瞬白光に包まれ、痙攣するように跳ねる。それと同時に防御魔法の色と耐性が再び切り替わる。
これで死なずとも、しばらくは前後不覚に陥るはず。そう考えて操り人形で追撃を試みる。
「――甘い、甘いぞっ!」
「何っ――ぐ、あああぁあぁっ!」
「きゃあああぁああぁああぁぁっ!?」
しかしその直前、地面を這うような電撃がシュメルツを中心に周囲に広がる。まともに食らった私は感電して杖を取り落としそうになり、背後にいたハニエルも電撃を受けたのか悲鳴を上げる。
全身を駆け巡る電撃に晒されながらも、私はシュメルツが意識を保ち攻撃に転じてきた理由を理解した。彼女は雷撃を受ける直前、自らの獲物である長剣を地面に突き刺していたのだ。そして受けた雷撃を地面に逃がしつつ、更にその結果でイメージを補強して電撃を返して来たに違いない。まさかこのような方法でダメージの軽減と反撃を同時に行うとは……。
とはいえ私もシュメルツも電撃をその身に受けたのは間違いない。お互いに意識こそ失わなかったが、身体が痺れてしばしの間お互いに立ち尽くしていた。
「フ、ハハハハ! 見事だ! 奴隷の肉体を無理やりに操り戦わせる! 血も涙もない魔女だな、貴様は!」
「ほう? 先ほどは形だけの三流インチキ魔術師と罵って来たというのに、血も涙もない魔女に格上げしてくれるとは嬉しいね。お礼にとびきりの魔法を叩き込んであげよう。遠慮はいらない、受け取ってくれ」
「ん~……意外と根に持つタイプなのかな~……?」
自分で炊きつけておきながら、何やら小さく素の呟きを零すシュメルツ。
そこまで執念深いわけではないが、少なくとも二度と形だけだの三流だのインチキだのエセ魔術師だの言えなくなる程度には反抗させてもらおう。さあ、私のために身を粉にして働いてくれ、名も知らぬ悪魔の少年よ。
「あーもう滅茶苦茶だよ」
観戦してたシュメルツ(トゥーラ)VSレーンの戦いが明らかにおかしな方向に向かったせいで、僕は頭を抱えて天を仰ぐ。
途中までは良かったんだ、途中までは。邪神の下僕たるシュメルツが圧倒的な力で魔術師レーンを捻じ伏せた、までは良かったんだ。あとはそこでシュメルツが派手な一撃でレーンを殺す、ように見せかけて屋敷に転移させて、悠々とハニエルを攫って転移する。これで終わりのはずだったんだ。
なのに何故かレーンがちょっとイラついた表情で立ち上がり、何の罪も無い魔獣族の元奴隷少年を手元に引き寄せ、頭に短剣を深く突き刺した上で魔力の糸で操り人形にするという外道の極み。一体何がどうしてこうなった? 音声は聞いてないからレーンがこんな奇行に走った訳が分かんないぞ?
「何でこうなったのかしらね? レーンはちゃんと台本通りにやりそうだと思ったのに」
「二人とも凄い本気で戦ってるー!」
操り人形を前衛として魔法で攻撃と補助を行うレーンに対し、魔法と体術を巧みに使って応戦するシュメルツ。これにはミニスもちょっと驚いてるし、二人が繰り広げるガチバトルにリアも大はしゃぎだ。
とはいえ僕としては二人が楽しそうで何より、なんて事を言ってる余裕は全然無い。
「これもうどっちも流れ忘れてない? 大丈夫? この激しい戦いを台本通りの終わりに集束できる?」
「無理でしょ、これ」
僕の懸念を、ミニスの無情な即答が肯定する。
だよねぇ。明らかにどっちもわりと本気でやりあってるもん。特にレーン。最終的にトゥーラの方が勝てば強引に台本通りの終わりに持ってく事は出来るだろうけど、レーンが簡単に負けるとも思えないしなぁ。
しかしまさか物理的な方法で魔獣族を操り、改良型の防御魔法を突破するとは……確かに死んでると駄目だからその方法ならいけるけど、やろうと思っても普通やる? 見た感じ操り人形は全自動で動いてるわけじゃなくて、完全にレーンが自分で動かしてるっぽい。その上で自分も戦ってるんだから、脳の処理能力が高くないとできませんね、これ。あと倫理観終わってないと駄目。
「……まあすぐには決着もつきそうにないし、マジで忘れてる時のために対策を考えておこう。クソぅ、余計な仕事を増やしやがって」
「意外とあんたも苦労人よね……」
「ご主人様、頑張れー!」
ミニスとリアから同情と声援を受けて、世界中で奴隷たちが暴れる光景を注意して監視しながら、台本をぶん投げたアホ二人にどう対処するかを考えてく。
まさかあの二人がここまでアホだとは思わんかったわ。幾ら流動的でアドリブが必要になるだろうバトルを挟むとはいえ、これは一から十まできっちり台本に流れを書いておくべきだったかもしれないな?
常識人ぶってるレーンだけど、倫理観はわりと終わってる方。ただし今回は資源の有効活用なので何も問題ありません。