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悪逆非道で世界を平和に  作者: ストラテジスト
第12章:呪われた旅路
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閑話:幻の花育て5



「え……何、ここ……?」

「……闘技場、っすかね?」


 ふと気が付くと、目の前の光景は様変わりしていた。闇夜の暗い屋敷の前庭にいたはずだというのに、マンティスたちはいつの間にか無人の観客席に囲まれたコロシアムに場所を移していた。即座にそれが分かったのは、アロガンザの闘技場によく似た作りだったからだ。

 強いて違う点を除けば闘技台が存在せず、直に地面と接している事。そして本来吹き抜けであるはずなのに天井が存在する事だ。そう考えるとここはアロガンザの闘技場ではなく、よく似た別の場所である可能性が高かった。


「俺たちは一瞬でこの場所に飛ばされたという事か? まさか、転移魔法だと……?」


 しかしどちらせによその恐ろしい結論に至り、マンティスは恐怖に身震いしてしまう。

 何せ状況から考えて、現実的ではない域の途方も無い魔力が必要な転移魔法をあのメイド少女が使ったのだ。加えてそれを三人分同時に行使した辺り、先の異常な耐久と毒物への耐性を脇に置いても完全に化物の類である。

 今更ながら、とんでもない依頼を受けてしまったと自嘲してしまうマンティスだった。


「――その通り。ご主人様には敵わぬが、それでもこの程度の距離の転移など容易い事だ」


 そして、背後から再びメイド少女の可愛らしい声が耳に届く。マンティスたちは反射的に背後を振り向き――次の瞬間には振り向いた事を後悔した。


「ひっ!? ぎゃああああぁぁぁぁぁっ!!」

「うわああぁぁぁぁああぁぁあぁあぁ!?」

「うっ、ぐぶっ! おえぇぇっ……!」


 部下二名は突然発狂したかの如く泣き叫び悲鳴を上げて腰を抜かし、マンティスはあまりの恐怖と嫌悪感に胃の中の物を全て吐き戻してしまう。

 目の前に立っていたのは相変わらず兎人のメイド少女であり、少女自体に変化はない。しかしその身体には巨大な蛇のようでいて形容するのも悍ましい何かが巻き付いており、その冒涜的に過ぎる単眼や鋭い牙の立ち並ぶ口元を目にした瞬間、マンティスたちは恐慌をきたしてしまったのだ。まるで問答無用で精神に直接恐怖をぶつけられたかのように。


「さて、貴様ら。組織だった行動や連携から考えるに、何らかの犯罪組織の一員だな? 目的はイーリス・フロスを盗む事か。確かにあれは様々な薬の材料になる幻の花だからな。あれほどの数が咲き誇っている光景を目の当たりにすれば、欲を出す者もいるだろう」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」

「やだああぁぁぁぁ!! パパ、ママ、助けてええぇぇぇぇぇ!!」


 部下二名は完全に精神が破綻してしまったらしく、ヴァイパーは焦点の合わない瞳でひたすら謝罪を繰り返し、リーチは幼児化したかの如く泣き喚きながら助けを求めている。

 そんな情けなくも痛々しい二人の姿を目にして、マンティスが抱いたのは哀れみ――ではなく、羨望だった。何故なら曲がりなりにも精神の均衡を保っているのが自分だけだったためか、恐ろしいメイド少女はこちらにその冷たい視線を向けてきたから。


「つまり貴様らをここで潰そうと、代わりが送られてくるという事。別に貴様らのような有象無象が幾ら来ようと相手にはならんが、さすがにキリが無ければ面倒だしご主人様も嫌がるだろう。ならば根元から対処しなければならない。というわけで、貴様らの組織の名前と所在地を教えて貰うぞ? そうすれば、一思いに殺してやる」

「あっ……あっ、あああっ……!」


 歩み寄ってくるメイド少女に対し、マンティスは必死に逃げ出そうとする。しかし腰が抜けていて動く事もままならず、やがてメイド少女はすぐ目の前まで辿り着く。悍ましい謎の生物を身体に這わせながら。


「出来れば全て私一人で片付けたいのだ。あまりご主人様のお手は煩わせたくないからな。どうだ? 貴様は協力してくれるか? それとも、脅しがまだ足らないか?」

「う、うわあああぁあぁぁぁぁあぁぁぁっ!?」


 メイド少女の身体を這う生物が二匹、三匹と徐々に増えていく。このメイドの少女という形の生物から溢れるが如く、身体の至る所からずるりと生えるように。それが何を意味するのか、そして目の前のメイド少女は一体どのような存在なのか、理解したくないマンティスは高まる恐怖に悲鳴を上げて意識を手放す他に無かった。







「――『号外! 首都の裏世界を牛耳る闇ギルド、一晩で壊滅!』だってさ。怖いなー? やっぱ悪い事には報いがあるんだってはっきり分かんだね」

「……む?」


 翌日の早朝。私はいつも通りにメイドの業務として庭の掃除を頑張っていた。するとこの時間には非常に珍しい事にご主人様が現れ、挙句に驚愕の内容の号外が乗った新聞をこれ見よがしに見せつけてきた。

 さすがにこれには私も箒を動かす手を止め、しばらく固まってしまったほどだ。何せまだ潰しに行っていないからな、その組織。

 確かに昨晩はその組織の人間三人が屋敷に侵入してきたため、メイド業以外にご主人様のお役に立てると思い張り切って迎え撃った。そしてその三人を潰しても元を絶たねば次々と似たような奴らが送られてくるだろうから、組織そのものを潰す事は心に決めていた。実際あの男を尋問し、組織の名前や場所などあらゆる事を聞き出したからな。

 とはいえ尋問に時間をかけてしまったせいで夜が明けており、即座に潰しに行くことは出来なかったというわけだ。何者かから依頼を受けての犯行だったという事が分かったので、その依頼人についても深く情報を得るためにより強烈に尋問を行ったのだが……結局完全に精神が壊れるまで尋問しても吐かなかった辺り、その辺りの事は何も知らなかったのだろう。時間を激しく無駄にしてしまったな……。

 なのでひとまず今夜にでも組織だけは潰しに行こうと決めていたのだが、そこにこの号外だ。果たしてタイミングが良いのか悪いのか……。


「う、うむ、そう……そうだな? しかしその論で言うと、ご主人様にもいつか報いが訪れるのではないか?」

「いや、僕は世界平和のために頑張ってるだけだから悪い事してないよ。ちょっとだけ役得とか諸々を得てるだけで」

「その役得と諸々が悪い事なのではないのか?」

「やかましい。ていうかそういう事はどうでも良いんだよ、今は。そんな事よりベル、できればこれからはやる前に相談してね?」

「……何の事だ?」


 唐突にそんな事を言われ、一瞬考えた上で本心から小首を傾げた。

 もしかしたらご主人様は私が犯罪組織を潰したとでも思っているのかもしれないが、生憎と私はまだ実行していない。その前に潰れたので完全に冤罪だ。もちろん潰れていなかったら今夜にでも潰しに行く事は決めていたが……。


「僕が屋敷への侵入者を察知できないとでも思ってた? お前が食って証拠隠滅した三人の侵入者、ちゃんと僕も感知してたよ。途中から魔法で覗いてたしね。さすがにちょっと見なきゃ良かったって思ったけど」

「むっ、気付かれていたか。ご主人様の手を煩わせないよう、私一人で処理しようと思ったのだが……」


 むう。どうやらご主人様は昨晩の出来事をしっかり把握していたようだ。まあ仲間も奴隷もメイドも執事も、分け隔てなく契約で縛っている疑い深いご主人様の事。全てを人任せにして警戒を怠るなどあるわけがなかったか。

 そしてご主人様の口にした通り、あの三人は情報を引き出した後に私が欠片も残さず喰らって完全に隠滅した。他にも隠滅の方法はあったが私としても盗人への怒りが収まらなかったので、生きたまま足先から少しずつ喰らってやったぞ。正直あまり美味くは無いのだが。

 しかしご主人様は何が不満なのだろうか? やる前に相談とは、尋問を一緒にやりたかったのか? それとも私と一緒に喰いたかったのだろうか。いや、ご主人様は一応人間だから共食いはしないか……?


「……む? まさか、組織の壊滅は……?」


 そこまで考えて、ふと気が付いた。ご主人様は私が尋問を終えて侵入者たちを喰らった所を知っていた。そしてその晩の内に犯罪組織が壊滅していた。ここから考えるに、もしやご主人様が組織を潰して来たのでは?

 どうやら私の予想は正しかったらしく、探るように視線を向けると疲れた笑みが返ってきた。


「まあお前一人に行かせて万一証拠とか残されるとマズいから、ちょっと僕が行って潰してきたよ。おかげで少し寝不足だ。ふわぁぁ……」

「そ、それはすまない、ご主人様……私のせいで面倒をかけてしまったな……」


 何たる事だ。ご主人様の手を煩わせないようにと思っていたのに、結果的にご主人様に直々に行動させてしまった。これではメイド失格ではないか。やはり情報を引き出した後、明け方であろうとすぐにでも組織を潰しに行くべきだったか。

 いや、しかしそれだと目立ちすぎるし、万が一証拠を残した場合、今以上にご主人様に迷惑をかける事に……?


「いやぁ、どのみちあんなのが来た時点で組織ごと潰すのは確定だったし、お前のせいじゃないよ。そもそも庭の見栄えを良くして欲しいって言ったのは僕だし、お前は最大限それを達成するために頑張っただけだしね。だからって幻の花を三百本以上植えるのはちょっとやり過ぎな気もするけど」

「うーむ、それに関しては少々私自身の趣味が入っているのは否めないな……」

「まあ多少やり過ぎでも遊びは大事だしね。僕はゲス外道だけど人の趣味を奪うほどの外道じゃないし。ともかく、今後ああいう事があったらまずは僕に相談に来てね。その方が面倒が無いし正直助かるよ」


 などと眠そうな顔で口にするご主人様。

 多少悔しいが、ご主人様の命令が第一だ。下手に独断で行動した結果、余計に事態を悪化させてご主人様に面倒をかけるなど、あってはならない事だからな。これからは行動を起こす前に相談を徹底しよう。


「うむ、了解した。次からは侵入者を捕獲した時点で処遇をご主人様に相談に行くぞ。何なら一緒に食べるか?」

「食べません。さしもの僕もカニバリズムはまだ未経験だ。まあ食べちゃいたいくらい可愛い女の子だったならちょっと考えるけど……」


 などとなかなか恐ろしい事を口にするご主人様。

 私のような怪物が人を喰らうよりも、人であるご主人様が同族である人を喰らう方が悍ましく感じてしまうのは何故だろうな? 倫理的なものなのだろうか?


「そんな事より、ベルに提案があるんだ。組織は潰したけど、実は依頼主の方はまだ残してるんだよね。お前も花を盗まれそうになって怒ってたし、どうせなら今夜一緒に血祭りに上げに行かない?」

「おおっ!? 是非とも一緒に行かせてくれ、ご主人様!」


 ニヤリと笑いとても魅力的な提案をしてくるご主人様に、私は一も二も無く頷いた。

 ああ、全く……一体どうすればご主人様にこの多大なる恩を返せるのか。最早考えるだけ無駄な気もしてくるな?

 何にせよ、私にとってご主人様は救世主であり、恩人であり、仕えるべき人だ。そしてご主人様が与えてくれたこの日々はとても幸せで手放しがたいもの。だからこそ私はこの幸せな夢に存分に浸りながら、何とか恩を返すために頑張って行こう。いつか終わりが来るその時まで……。


 変身を応用して部分的に真の姿を出すことで、精神に与えるダメージを調整するという地味な小技に目覚めたベル。ただし元のダメージがデカすぎるせいであまり上手くいかない様子。純度百パーの姿を見て精神崩壊しなかったミニスちゃんの株がまた急激に上がりました。何だこの村娘……。


 それはともかく、12章はこれで終了です。まだ次の章が出来ていないので、ここからいつもの更新停止期間に入ります。次の投稿は4月1日になる予定です。頑張って書かなきゃ……。

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― 新着の感想 ―
[一言] 単なる村娘が化け物に見えてくる不思議。 精神力を力に変える魔法があるなら ミニスが最強になる日もあるかもしれん。 執筆頑張ってください。
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