閑話:幻の花育て2
⋇ベル視点
⋇性的描写あり
ご主人様にイーリス・フロスの育て方を調べて貰った私は、まずは発芽に必要な条件のみを確認した。そうして一応存在はしているが農園兼温室にしか使っていない自室をその条件に近付けるべく、道具や魔法を駆使して完璧な環境を揃えた。
まず日光は街灯などと同じ要領で、日光を溜め込み放つことが出来る照明の魔道具を用意した。天気が曇りだと十分に日差しを当てられないからな。これを部屋の天井に設置して人工的な太陽として使っている。そのせいで私の部屋はいつでも真昼の様に明るいが、私はそもそも眠らないので明るさも特に問題は無い。
それから室温を変化させる魔道具も用意して、常に部屋の温度を一定に保つ事にした。これで天気の悪い日だろうと、イーリス・フロスたちに快適な温度を提供できる。反面部屋の中は人が暮らすには色々な意味で向かなくなってきたが、まあそこも問題無いだろう。
「気温は二十度から二十五度……良し。なるべく長く日光に当てる……良し。水は魔力を混ぜた綺麗な水を多めに……良し!」
そんなわけで、今部屋の中には所狭しと鉢を並べてイーリス・フロスを育てている。室温は常に二十度から二十五度以内に保ち、日が沈む時間帯までは照明の魔道具で途切れる事無く日光を与え、私の魔力をふんだんに溶け込ませた魔力水を与える。
二十日ほど前にご主人様から発芽までの育て方を教えて貰った結果、無事にイーリス・フロスを発芽まで育てる事が出来るようになった。その後に手探りで芽から蕾までの生育環境を模索し、今この状況に落ち着いているというわけだ。
幸い今回は正しい生育環境を用意できているようで、イーリス・フロスはすくすくと育っている。どれも青々とした葉っぱを数枚付けていて、元気いっぱいといった様子だ。この調子で蕾まで育てていきたいな?
「わー、今度はずいぶん育ってきたねー?」
「ご主人様に育て方を調べて貰ったからな。今度は植えた種は全て芽吹かせる事が出来たし、どれもすくすくと順調に育っているぞ」
瞳を輝かせてイーリス・フロスの苗を見つめるリアに、私は我が子を自慢するように答える。
しかし何故かリアはそこそこの頻度で顔を出し、途中経過を観察に来るな? もしかすると植物に興味があるのだろうか? ふむ、園芸仲間が増えるというのは良いな?
「どうだ? リアも水をあげてみるか?」
「うん、やりたい! やらせて、ベルちゃん!」
「良いぞ。では向こうの鉢植えから、このジョウロを使って一つ大体四秒くらい水をかけてあげてくれ。やりすぎないように気をつけてな?」
「はーい!」
ちょうど水をあげる時間なので、若干生育の悪い苗を集めた箇所の水やりを任せてみる。やはりリアは植物を育てるのに興味があるようで、ジョウロを傾け楽しそうに水をあげている。ちゃんと教えたとおりに一回四秒ずつ、やりすぎないように気を付けているな。良し良し。
「立派に育つのだぞー?」
「おっきくなーれ、おっきくなーれ!」
などと優しく声をかけながら、しばらく水やりに勤しむ私たち。
うむうむ。やはり一人でやるよりも幾分楽しいな? 今後は誰かを付き合わせるのも良いかもしれない。メイド長権限を使ってミラに無理やりやらせるか? いや、無理やりではやる方も私も楽しくないな。やはり自分の意志で手伝ってくれるリアのような感じが望ましいか。
「ねーねー、そう言えばどうしてこの部屋はカーテン閉じてるのー? お花育てるならお日様の光を浴びせた方が良いんじゃないのー?」
「ああ、それか。日の光ならすでに浴びせているぞ。ほら、あれを見ろ。太陽光を吸収し、それを放つ魔法陣を刻んであるランプだ。そこらに立っている街灯と同じような作りだな。どうもイーリス・フロスは日光を浴びせすぎるのも良くないらしく、これで日光を当てる時間を正確に調整しているのだ」
「へー。リアもお花育ててみたかったけど、そんなに色々しないといけないならちょっと迷っちゃうなー……」
「何っ!? 園芸に興味があるのか!?」
「ふえっ!?」
リアの口から明確に植物を育てる事への興味が出てきたため、私は目の色を変えてリアに視線を向ける。しかしその豹変ぶりが良くなかったのだろう。リアは怯えた様に身体を震わせ、自身の大きな翼で自らを覆い隠すようにして縮こまってしまう。
いけない、少し興奮してしまった。ここはゆっくり優しく導き、引き返せぬほどどっぷりと沼に沈めないといけないのだ。落ち着け、落ち着け……。
「う、うん、ちょっとだけ。でもやらないといけないことが多そうだし、リアには難しそうかなー……」
「なに、案ずることは無いぞ。今私が育てているこれが特別手間がかかるだけで、簡単なものならそれほど面倒も無く育てられる。良かったら私が簡単に育てられる花を見繕ってやろう!」
「本当!?」
出来る限り興奮を抑えてそう提案すると、途端にリアは目の色を変えて喜色を露わにする。
うむ、これならリアを園芸仲間に引きずり込むのも不可能では無さそうだな! そしてリアを手始めにこの屋敷の者たち全てを沼に引きずり込み、行く行くはご主人様も……!
「じゃあリア、もの凄く強い毒があるお花とかを育てたいな! サキュバスに使ってどんな風に苦しむかを観察するの!」
と思っていたのだが、相手は幾ら幼く見えようとご主人様の仲間であり情婦でもある存在。一筋縄で懐柔できるような甘い存在であるわけがなく、私の予想を数段上回るとんでもない事を口走ってきた。
「うーむ……その、毒は毒で見繕ってやるから、せめて普通の花を育てないか?」
そんな根っからの破綻者を私がどうこうできるわけもなく、できたのは控えめにそう口にするだけであった。
うむ。やはりミラ辺りを付き合わせるのが限界だろうな……。
「うむむ……これでも開花はしないか。蕾までは行くのだが、すぐに枯れてしまうなぁ……」
目の前でボロボロと萎れ崩れていく蕾を悲しく見つめながら、今回の条件が駄目だったとしてメモにバツを書き込む。
あれからおよそ一ヵ月。イーリス・フロスはつつがなく蕾まで育てる事が出来た。しかし出来たのはそこまで。どう頑張っても蕾を花開かせる事が出来なかった。温度や湿度、日照時間、与える水の量、更に肥料の種類を変えて幾度も試してみたが、結果はこの通り。一体何が気に入らないのか、蕾は枯れ落ち苗ごと駄目になってしまう。むぅ、これはそろそろご主人様に貰った封筒を開けて、正しい生育方法を確かめた方が良いかもしれないな……。
「あんな化物そのものな見た目してる癖に、花を育てるのが趣味とか違和感ありまくりよね。全然似合わないわ」
などと私の隣で皮肉交じりに零すのはミニス。今日は珍しい事に彼女がイーリス・フロスの成長過程を見に来たのだ。
ミニスはご主人様を除けば、この屋敷の中では唯一直に私の真の姿と声を認識し大いに苦しんだ者なのだから、てっきり避けられていると思ったのだがな?
「化け物が花を慈しんではいけないのか? 随分酷い事を言う奴だな、貴様は」
「別に駄目とは言ってないわよ。ただ似合わないってだけ。あんただって、あのクソ野郎が可愛いぬいぐるみとか集めてたら絶対似合わないって思うでしょ?」
「そうか? なかなか似合うと思うぞ? ご主人様ならぬいぐるみを改造して新手の兵器でも作りそうだしな」
「単純に愛でるんじゃなくてそういう用途に使うって思ってる時点で、何かもう色々おかしいわね……」
話しかけると普通に受け答えもしてくれたし、あまつさえツッコミまでしてくれる。
なるほど、これはご主人様が気に入るのも分かるな? 何という凄まじい精神力。他の魔将でさえ私に怯えているというのに、この村娘は普通に接してくれている。さすがはご主人様のお気に入りの玩具だけはあるというものだな? 生来の精神力もあるだろうが、きっとご主人様に色々な意味で揉まれて更に磨きがかかっているに違いない。この屋敷にいる幼女はどちらも別の意味で飛び抜けているな……。
「ふーん、これが虹色の花を咲かせる植物ねぇ。なかなか綺麗じゃない」
「む!? 興味があるのか!?」
「何でそんな目の色変えんの? ていうかちょっと、近いんだけど……」
その呟きに思わず高速で反応し、息がかかるほどの距離で期待を込めて見つめると、ミニスは居心地悪そうに視線を逸らす。その表情がかなり嫌そうに見えたのは、恐らく今の私の姿がキラの姿と化しているからだろう。今では比較的落ち着いているようだが、昔はかなりキラとミニスの関係は危うかったとご主人様から聞いている。
「そりゃあ私はこのイカれ屋敷の連中と違って普通の女の子だし、綺麗な花には普通に興味もあるわよ。できたらレキ――妹にも見せてあげたいし」
「そうかそうか! では選りすぐりの綺麗な花を咲かせる種をプレゼントしてやろう! それから毒薬もな!」
「何で毒薬!? 植えたら何か咲くわけ!?」
リアの時の反省を踏まえて先にそれを提案したのだが、これにはミニスもギョッとして鋭いツッコミを入れてくれる。
うむうむ、こういった反応をしてくれるのは実に気持ちが良いな? 私とまともに会話をしてくれる者などいなかったから、恐れず話をしてくれるだけでもとても楽しい。やはりご主人様のお気に入りだけはあるな? 私もお気に入りになりそうだ。
「――っていうか、ちょっと? 何かどれもいきなり枯れ始めたけど?」
などと驚愕から困惑に表情を切り替えたミニスの視線の先を見ると、そこではやはりイーリス・フロスの蕾が幾つも朽ち果てて行っているのが目に入る。何だかんだでミニスもこれが大いに気にかかっているようだ。
「むぅ、これも失敗か。温度や湿度を変える、日に当てる時間を変える、土や肥料を変える。それらを個別に試しても同時に試しても、蕾はすぐに枯れてしまう。開花には他に特別な条件でもあるのだろうか?」
「もしかしてこれ、一つ一つ条件を変えてるわけ? 気が遠くなるような事してんのね……」
「慣れればなかなか楽しいぞ? 少なくとも千年以上も惰眠を貪るよりはよほど有意義だ」
呆れと感心が半々という感じのミニスを尻目に、私は枯れたイーリス・フロスの生育環境を確認してメモにバツを入れていく。
うむむ……この調子では恐らく全て駄目だろうな。やはり何らかの特殊な条件を満たさないと開花しないのかもしれん。だとするとこの調子で試行錯誤しても時間の無駄だな。悔しいがここは答えを確認する他にあるまい。
「仕方ない……ここはご主人様に貰った封筒を開けて答えを確かめるか。悔しさはどうしても抑えきれんが……」
「答えあるのにわざわざ手探りで育ててたわけ? あんた暇なの?」
完全に表情が呆れに切り替わったミニスの指摘を心地良く感じながら、私はご主人様から貰った最後の封筒を開けた。その中に入っているのは、イーリス・フロスを蕾から開花まで持っていくために必要な生育環境を記した紙きれ。クッ、やはり悔しいな……!
「何々……『完全に蕾と化してから数時間以内に、日の光を浴びせるのをやめる事。そしてそこからは三晩の間、月の光を可能な限り浴びせる事』……なるほど、蕾からは月光で育てるのだな。日の光はもうお腹いっぱいという事か。ふふっ、わがままな奴め?」
やはり確認して正解だったか。月の光を浴びせて育てるなどという発想は欠片も出てこなかったからな。もしもご主人様から答えを得られなかったなら、諦めきれずに何百年でも試行錯誤していたかもしれない。
「何でそんな自分の子供みたいな言い方してんの……?」
「それはもちろん、私が育てているのだから私の子供に決まっているだろう? そして子供は手のかかる子ほど可愛いものだ。貴様も自分の子供を産めばいずれ分かるだろう」
「理屈は分からないでも無いけど、あのクソ野郎との子とかさすがに愛せないと思う」
途端にミニスは迫真の真顔になり、なかなか闇の深い言葉を口にする。
まあそう思うのも仕方の無い事だろう。ミニスは頻繁にご主人様に抱かれているが、毎回羞恥と屈辱を噛みしめて堪えているらしいからな。以前ご主人様が上機嫌に言っていたから間違いない。
「いや、貴様なら例えご主人様との間に生まれた忌み子だろうと、普通に愛し育てそうな気もするのだが……」
「ありえない。絶対に無い。絶対に。分かった?」
「う、うむ……」
そんな予想を口にすると、ミニスはずいっと私に顔を寄せて冷たく言い放ってきた。その目があまりにも真剣で闇が深かったので、さすがの私も驚いて後退りしてしまったぞ。この魔将ベルフェゴールを後退させるとは、やはりこの村娘はとんでもないな。
しかし絶対にミニスなら子供に罪は無いと言って、深く愛し育てると思うのだが……むぅ。私の考えが間違っているのだろうか……?
もちろんミニスならアレとの子だろうとちゃんと愛し育てます。