狩りと試験
「わー、すごーい! 本当に誰もリアたちに気が付かない!」
「そうだろ、凄いだろ。やっぱこういう手放しに賞賛してくれる子はいいよなぁ……」
着替えたリアを引き連れて、僕は夜の街を堂々と歩く。
でも誰も僕らに目をとめない。特に奴隷とはいえ魔獣族なリアが目の前でパタパタ両腕を振っても、通行人は何一つ気が付かない。
もちろんこれは僕らが空気なわけじゃなくて、消失の魔法の効果だ。リアにも使ってるから僕らはこうして堂々と街を歩きながら会話をしても、誰にも存在を気取られることがないってわけ。悪戯し放題で楽しいね!
「でも、どうしてわざわざこんな凄い魔法を使って外を歩くの? リアはこの首輪をしてるし、姿を見られても大丈夫じゃないの?」
そう言って、リアは僕に身体を向けながら自分の首を指し示す。
そこにあるのは金属製の無骨な首輪。かなり太めで大きめの首輪で、短い鎖もついてる。奴隷を街中に連れて行く時は、こういう奴隷だと分かる物をつけさせないと駄目なんだってさ。
ちなみに種類は色々あったけど、無骨でデカくて鎖つきを選んだのは僕の趣味だよ。小さな女の子が冷たい鎖やら手錠やらで拘束されてる姿はそそるだろぉ? その点も踏まえて手錠と足枷もちゃんと装備させたから完璧だね。
服装に関してはよくあるゴスロリ的な、黒と赤を基調にしたフリフリのドレス。でもこれ迷ったんだよねぇ。翼と尻尾、あと角が黒いから、最初は逆に甘ロリ的な白とピンクが基調のドレスにするべきかと思ったんだ。で、悩んだからとりあえず両方買っておいたわけ。
そして綺麗になった姿を見てみれば、髪と目がそれはもう鮮やかなピンク色。だから結局こっちにしたってわけ。うーん、そこらの令嬢攫ってきて拘束してるみたいで興奮するね!
「ああ、別にお前のせいじゃないよ。これからちょっと人を殺しに行くから、見られない方が都合良いってだけ」
「えぇ……ご主人様、本当は善人の皮を被ってるだけだったりしない? 皮を剥がされた人可哀そう……」
「この皮は自前のものだぞ。それから遊びや快楽で殺しに行くわけじゃないよ。僕は勇者として召喚されてはいるけど、色んな武器を扱えるっていう特別な力を授かれなかったんだ。だから武器を修めた人の記憶と技と経験を奪いに行くってわけ」
現状は短剣を扱えるようになってるから必須ではないけど、リアがちゃんと人を殺せるのかっていうことも確かめたいから、今日殺ることにしたんだ。
まああれほどの憎悪と殺意を胸に秘めてるなら余裕で殺れるとは思う。たぶん殺れないのはハニエルだな……。
「確かに合理的だけど、ご主人様には修行して武術を修めるって発想は無いの?」
「そんなもんないよ。面倒だし、奪った方が早いでしょ」
「うーん、勇者様って皆こんなに外道なのかな……?」
僕の答えに首を傾げて悩むリア。
そういえば現状勇者は僕以外に二人いるんだっけ。女神様から素晴らしい人間性と太鼓判を押してもらった僕がこんなんだし、他の勇者はきっと血も涙もない悪魔みたいな奴らなんだろうなぁ……いや、悪魔はこの世界にいるんだった。本当に紛らわしいな……。
ともかくそんなわけで、僕は良い感じの獲物を探してリアと一緒に街を歩く。
できれば剣を使える可愛い女冒険者がいると嬉しいんだけど、さすがにそこまで贅沢な願いは女神様に通じなかったみたい。人通りの少ない裏路地で発見した獲物は、男だけのホモホモしいパーティだったよ。でも剣士がいるみたいだし良しとしよう。
「ご、ご主人様ぁー、本当にやるのー?」
そのパーティの後ろを堂々とついて行ってタイミングを見計らってると、リアが何やら緊張した面持ちで尋ねてくる。
それでも僕が与えた短剣をしっかり握りしめてるあたり、ちゃんと殺る気はあるみたいだ。
「もちろん殺るよ。僕は武術を習得しないといけないし、お前が本当に人を殺せるかどうかも確かめたいしね」
「何かリアが想定してた主従関係と全然違うー……」
「エロ知識も無いお前が何を想定してたんだ。まあいいや、それじゃあ杖持ちはいらないから先に死んでもらおう。じゃあね」
目の前の獲物たちが全員裏路地に入って、なおかつ周囲に誰もいない状態になったから、話を切り上げて行動に移した。一番後ろを歩いてた魔術師っぽい男の首を、武装術を使って刎ね飛ばす。
完全に意識外からの不意打ちだったから、魔術師は悲鳴を上げる間もなく首がごろりと地面に転がったよ。
「なっ……!?」
「ホレスっ!?」
「嘘だろっ!?」
首が転がる音、あと噴水みたいに噴き上がる血の音で背後の惨状に気が付いた男たち。こいつらもどっかの女冒険者たちみたいに、仲間の首がもげてる光景を目にして固まってたよ。
戦いが生業の冒険者のはずなのに、こんなことで動揺して隙を晒すとかやる気あるの? それともそんな恵まれたガタイして、実は薬草採取とかが専門だったりする?
「うわー、何の躊躇いも無く首を斬り飛ばした……この人、絶対勇者じゃないよー……」
「勝手に躊躇いが無かったなんて決めつけるな。これでも心の中では葛藤して嘆き悲しんでるんだぞ。全く、どうせ殺すなら女の子がよかったよ……」
「全然葛藤してないじゃん!? 殺人に対する忌避感が欠片も感じられないよ!?」
ドン引きしたり喚いたり、何やらリアは忙しそう。
でも僕にだって忌避感はあるよ。こんな野郎連中の血なんて汚くて浴びたくないっていう忌避感がね。美少女の血なら……うん。胃がはちきれるまで飲み干せる気がする……。
「くそっ、誰がこんなことっ!? どこにいやがる!?」
「円陣を組め! 隙を見せるな!」
「隠れてないで出てきやがれ、卑怯者っ!」
ようやくフリーズから再起動したみたいで、男たちが武器を構えて背中合わせに円陣を組む。
相手がどこにいるのか分からないから少しでも隙を無くそうって魂胆だね。まさか目の前にいるとは夢にも思うまい。
「――戦闘領域」
ここで更に魔法を用いて、状況を整える。遮音、逃走封じ、外界との隔離、時間の流れの高速化を目的とした結界を周囲に展開する。
欲望の牢獄じゃないのは、こいつらを拘束しちゃうと目的を果たせなくなるから。そんなわけでまた新しい魔法を作ったんだけど、これその内自分でも作った魔法忘れそうだな。逐一メモ帳にでも書いておいた方が良さそう。
「じゃあ用意も整ったことだし、消失を解除していっちょ殺し合うか」
「え? どうしてわざわざ姿を現して戦うの?」
「正面からやりあわないとどれくらい武術を修めてるか分かんないんだよ。魔法で調べようにも、僕自身が分からなさそうって思ってるから調べられないしね」
そう、拘束が目的じゃないのはこのため。実際に剣を交えて技量を確かめないと、どの程度武術を修めてるのか分かんないんだ。
一応この世界の魔法の原理からすれば、習熟の度合いだって調べられると思うよ? でもその場合は基準を自分で決めないといけないんだよね。レベルとかの概念が存在しないから、レベルMAXとかレベル5とか分かりやすい基準も無いし、そもそもそういった技能に明確な基準を設けられるほどの知識も無いし。
だから僕は調べるのが無理そうだって思っちゃって、そのせいで本当に調べられなくなったんだよね。この世界の魔法はイメージが全てだから、負のイメージももれなく反映されちゃうらしい。
試してはいないけど、体力とか攻撃力とかそういうものを数値化してステータスとして確認することも無理だと思う。ああいう数値って絶対安定しないしね。百メートルを十秒で走れる人でも、体力の続く限りそのペースを維持できるわけじゃないでしょ? そして僕がそう思っちゃってるから、本当に調べられなくなるわけで……不便なのか便利なのか分からんな、魔法って……。
「そうなんだ。でも、一度に三人を相手にして大丈夫なの……?」
「そこは平気だよ。僕は常に自分に防御結界を張ってるしね。それに平和な国の出身でいまいち殺し合いの経験が無いから、できる時に経験を積んでおくのが一番なんだよ」
「うーん、経験にされるこの人たち可哀そう……」
何かやたら男たちに同情的なリア。普通の魔獣族と違って聖人族には敵意を持ってないし、この反応も仕方ないのかな? 僕には実験動物くらいにしか見えないのになぁ……。
「そういうわけだから、お前はそこでしばらく見学してなよ。この内の一人を殺してもらうから、精々その間に覚悟を決めとくことだね」
「はーい、ご主人様……」
ちょっと元気が無いけど、素直に返事をして壁際に座り込む。
うーん、できればもっとこう、泣きながら嫌がってくれた方が僕としては興奮するんだが……まあそこはハニエルにでも期待しよう。
「――こんばんは! 死ね!」
「っ!? おらあぁぁぁああぁぁぁっ!!」
消失を解除した瞬間、僕は正面から剣士の男に切りかかった。
いきなり目の前に現れた僕の姿に動揺したのは一瞬で、辛くも防御したかと思えばすぐさま返しの刃を放ってきたよ。なかなかやるな。
「この不意打ちを凌ぐかぁ。これは技量もなかなか期待できそう……」
「テメェか! ホレスを殺したのは! 一体何の目的でこんな真似をしやがった!」
「死体から武術に関する記憶を奪って自分のものにするためだよ。あとは殺し合いの経験を積むためだね」
「……このイカれ野郎が! ぶっ殺してやる!!」
「聞かれたから答えてあげたのに酷い言い草だ。やっぱり聖人族は屑じゃないか……」
血管ブチ切れそうなくらいに怒りを露わにした三人の男たちが、僕に向けて改めて武器を構える。
まあ一般聖人族には元々何も期待してないし、精々僕の経験の糧になってもらおう。もちろん死後はゾンビ兵としてリサイクルしてやるからな! 骨の髄まで有効活用だ!