閑話:幻の花育て1
⋇ベル視点の閑話
⋇時が消し飛んだ三ヵ月のお話
⋇性的描写あり
⋇ミニス虐あり
⋇特に記載が無い場合、ベルはミニスの2Pキャラになってます(初めての姿なのでお気に入り)
私の名はベルフェゴール・カイツール。我が恩人にしてご主人様であるクルスに恩を返すため、屋敷で日々メイドとして働いている原初の魔将だ。本来は魔獣族を守護するという使命があるのだが、そんなものは最早興味も無いのでどうでもいいな。とりあえず脇に置いておこう。
実は最近、私には大きな悩み事がある。本来の姿と声の悍ましさは、ご主人様に貰った魔道具でどうとでもなるので今では悩み事ではない。精々どのような姿を借りるか候補が多くて、毎日困っているくらいか。
ちなみに今日はミニスの姿を借りているぞ。本人は自分の姿を使われるのをあまり好ましく思っていないようだが、直に私の姿を見て声を聞いた身としては直接それを口にする気が無いのだろう。私としても初めて変身した姿なので愛着があるし、その優しさに甘えて頻繁に姿を借りてしまっているのが現状だな。それはともかく、今は私の悩みについてだ。
「うむむ……上手く行かないな……」
私は部屋の中にずらりと並んだイーリス・フロスの鉢植えの数々を前にして、思わず眉を顰めて唸ってしまう。
ここは私に与えられた屋敷の一室なのだが、生憎と私は休息するつもりが無いなので普段から温室として使っている。ここで鉢植えを育て、ある程度大きくなったら屋敷の前庭にある花壇に植え替えているのだ。
しかし今、私の目の前にある鉢植えの九割は芽吹いてすらいない。残りの一割も芽吹きこそしたがほぼ全て茶色く萎れて枯れており、青々と咲き誇っている新芽はたった二つしか無かった。全て分け隔てなく愛情を注ぎ育てたはずなのだが、この結果とはなかなか胸に来るものがあるな……。
「何か枯れちゃってるの多いねー? ちゃんとお育てしたのー、ベルちゃん?」
「うむ。メイド業の傍ら、不眠不休で面倒を見ていたぞ。しかし結果はこの有様だ。生育が非常に難しい事は知っていたが、まさか芽吹かせるだけでもこれほどまでに厳しいとは思わなかったぞ。さすがは幻の花だな」
様子を見に来ていたリアがこの悲劇的な惨状を前に、私に疑いの目を向けてくる。しかし私は精いっぱい面倒を見てきたと胸を張って言える。水や栄養を与えるのは勿論の事、皆が寝静まった夜には読書をしながらじっと鉢植えを眺め、朝が来るまで見守っているのだからな。
だがそれを抜きにしても、この惨状はやはり異常だ。イーリス・フロスの『幻の花』という名の所以が理解できたな。
「しかも芽吹いたとしてもほんの数時間で枯れてしまう。一体どのようにして育てれば良いのか……」
かろうじて咲き誇っていた芽の内の一つが、嘆く私の目の前であっという間に茶色く変色し枯れていく。この調子では残り一つとなった芽も数分の内に枯れてしまうだろう。これでは花壇をイーリス・フロスで満たすどころか、そもそも開花させる事すら厳しそうだ。
「ご主人様に手伝ってもらったらー? きっとご主人様なら魔法で何とかしてくれるよー」
「むぅ、名案ではあるな。だが、あまりご主人様に面倒はかけたくないのだ……」
リアがそんな提案をしてくれるも、私はいまいち賛成できなかった。
もちろんご主人様なら朝飯前な事は分かっている。しかし私はただでさえご主人様に多大なる恩があるのだ。だというのに自分の趣味のためにご主人様のお力を借りるなど、あまりにも恥ずべき行為だ。そもそもすでにイーリス・フロスの種を何百と複製して貰っているので、さすがにこれ以上望むのは躊躇いがある。
「でもでも、ベルちゃんが育てようとしてるこのお花って、虹色に咲く綺麗なお花なんでしょ? それをお外の花壇に植えられたらこのお家はもっと綺麗になるし、そうしたらご主人様も綺麗だって喜んでくれるんじゃないかな? 見栄えが良くなったー、って」
「ふむ……」
しかしリアの言葉で少し考える。
途方も無く巨大で恐ろしい裏の顔を持つご主人様は、体面や世間体といったものを殊更に気にしている。それはこの屋敷に関わる事も例外ではなく、あまり仕事を与えてくれないご主人様でも屋敷の外の掃除はこまめに命じてくるほどだ。
以前私はそんなご主人様のために、何も植えられず裸のままであった屋敷の花壇に綺麗な花々をたっぷりと植えた。その時はやり切った気分で私自身も満足だったのだが、それは幻の花の種を手に入れる前の事。入手しただけでなく種を複製してもらい、何百と育てられる事が可能になった今、花壇を全てイーリス・フロスで満たす事こそが最高の贈り物なのでは?
「……そういう事ならば仕方ないな? 巡り巡ってご主人様の喜びに繋がるのだし、ここはご主人様に知恵を借りに行こう。あまりお手を煩わせたくはないが、生育の方法が記載された文献も見つけられない以上はやむを得ないしな」
そう結論を出した私は、多少気は引けるもののご主人様に力を借りる事に決めた。どのみちこの様子では千年続けても進展しそうにないからな。ご主人様のお手を煩わせた分は、その分労働と真心で返せば良いだろう。
別に性的な奉仕で恩を返しても一向に構わないのだが、ご主人様には情婦が何人もいるしそれは必要無いだろう。私の今の姿は彼女らから借りた紛い物に過ぎないし、さすがのご主人様も私の真の姿と声を知りながら最後まで興奮を維持できるとは思えん。仮にできたとてもそれは最早拷問の類だろうしな……。
「いってらっしゃーい! リアは地下にサキュバス拷問しに行くねー!」
まだ咲き誇っている芽がある唯一の鉢植えを抱えた私に対し、リアは恐ろしい事を屈託のない笑顔で口にする。
リアの身の上話はご主人様から聞かされているから驚きは無いが、明らかに精神が壊れてしまっているその様子を見ると少々胸が痛くなるな? こんな捻じ曲がった鬱屈した想いを抱えてしまうほど追い詰められ、にも拘らず普段は純真無垢な少女のように振舞えるとは……。
「それは構わんが、ヴィオを連れていく事を忘れないようにな? 一人で行ってはいけないぞ?」
「はーい!」
とりあえず私がかけられたのはその言葉だけ。執事の他に看守としての役目もあるヴィオを同行させ、雑用や万一の警戒を任せる事を促すだけだ。
まあヴィオが来る前からそれこそ数えきれないほど拷問に明け暮れていたのだろうし、ご主人様も決して囚人たちを逃がさないように色々と魔法で封じているからきっと大丈夫だろう。そう考えて私はリアを見送ると、ご主人様を探すために自分も部屋を出た。うっ、心なしかもう葉っぱが茶色く変色して来ている……。
「――おお、いたな。ご主人様よ、少し時間はあるか?」
しばらく屋敷の中を回ると、一階のリビングでご主人様を見つけた。どうやらソファーに腰掛けて寛いでいる様子だ。その隣には全裸のミニスが痙攣しながらぐったりと倒れているので、どうやらお楽しみを終えた所だったらしい。タイミングとしてはちょうど良かったな?
とりあえずこれはわりといつもの事なので、ミニスの惨状を無視してご主人様の前へと回った。
「おん? どうしたの、ベル? ていうか何その植木鉢は」
「これは以前ご主人様に複製して貰った、イーリス・フロスの芽だ。このぴょこっと出ている新芽がとても愛らしいだろう?」
「あ、はい。そうっすね。それでその新芽がどうかしたの? 食えって事? さすがに僕も新芽をもしゃもしゃ食べる趣味は無いよ?」
「食べるな! そもそも食用ではないぞ!」
ご主人様のあまりの答えに、思わず鉢植えを抱くようにして隠す。
実際の所、食用では無いが薬用としての需要はかなりのものらしい。花びらから根に至るまで、様々な薬の材料になるというのだ。ただその薬の数々が異常に高価だったり効き目抜群だったり、法的にかなり危ないものだったりなため、イーリス・フロスの生育方法は徹底的に秘匿されているのだろう。
「実はな、色々と頑張ってはみたのだがどうにも上手く育てられないのだ。生育が難しいというのは誇張では無かったらしく、芽吹かせる事すら至難の業だ。仮に芽吹いても数時間ほどで枯れてしまう。ご主人様の力でイーリス・フロスを育てるのに必要な条件を調べてもらえないだろうか?」
「数時間で枯れるってマジ? ヒトヨタケだって一晩は持つのに……」
目を剥くご主人様の前で、イーリス・フロスの双葉がほぼ完全に茶色く染まり行く。ヒトヨタケが何かは知らんが、確かに一晩持つならこちらよりは遥かにマシだろう。
「まあいいや。本当は面倒だけどベルはめっちゃ働き者だし、それくらいならお安い御用だよ。必要な生育環境を調べれば良いんだよね?」
「うむ、その通りだ。できるのか?」
「僕を誰だと思ってる。ちょっとその植木鉢貸して」
言われるがまま、鉢植えをご主人様に渡す。ご主人様は受け取った鉢植えを半ば死んでいるミニスの頭部にテーブル代わりに乗せると、何やらじっくりと観察し始めた。恐らく魔法を使って調べているのだろうが、ご主人様は魔力を完全に隠蔽しているので傍目にはただ観察しているようにしか見えない。
「ふむふむ、なるほどねぇ。これは難しいとかそういうレベルじゃないな?」
「おおっ、分かったのか!?」
しばらくしてご主人様はそう呟き、鉢植えを返して来た。どうやらもう生育方法が判明した様子だ。あまりの嬉しさに私は全力で飛び上がりそうになってしまったほどだぞ。実際にやったら屋敷を突き抜け天まで届く勢いになりそうだから何とか抑えたが。
「うん。確かにコイツは信じられないくらい気難しい植物だね。種から発芽、新芽から蕾、蕾から開花、それぞれで生育条件がめっちゃ違うわ。何なのコイツ? わがまますぎじゃない?」
「いやいや、そういった所も手のかかる子供のようで可愛いではないか。それを聞いて私はますます育てるのが楽しみになって来たぞ?」
「へー、僕はげんなりしてきたぞ?」
「まあご主人様も自分の子供が生まれれば――いや、変わらんだろうな。道具、よくてペット程度にしか見ぬだろう」
「分かってんじゃん。さすがだね」
などと褒めてくるご主人様は、鉢に触れた事でついた土や汚れをミニスのウサミミで拭っている。恐らくは直前までたっぷり身体を重ねていた少女を、ハンカチか何かのように扱う暴挙。こんな光景を当然のように見せられれば、その結論に辿り着くのも当然という物だ。
「ふふん! これでもご主人様に仕える立派なメイド、それもメイド長だからな!」
「あれ、魔将じゃなかったっけ……?」
しかしそれはそれとして、褒められたのは悪くない気分なので胸を張って応える。そもそもご主人様のミニスへの扱いは普段からこんな感じなので、さして驚く事でもないしな。
それとご主人様は私のメイド発言に少し思う所があるようだが、私としては魔将などという肩書は完全に過去のもの。今の私は誇りあるメイドだ!
「……まあともかく、今から紙に書くからちょっと待っててね」
「あ、待つのだご主人様。書き記してくれるのはありがたいのだが、それは発芽を可能とする生育環境のみにしてくれぬか? できれば限界まで手探りでやってみたいのだ」
「わざわざ手探りで? マゾいねぇ……そういう事なら分けて書いとくよ。どうしても自分で分からない時はこれを開けて確かめる感じにすると良いんじゃない?」
「うむ、そうしよう。ありがとうだ、ご主人様!」
わざわざ三枚の紙にそれぞれ書き込み、三つの封筒に入れてくれるご主人様に笑顔でお礼を口にする。いつまでも育てられないのは困るが、手探り状態も嫌いではないので出来れば可能な限り自分で育ててみたい。ご主人様は面倒と言いながらも優しくその意思を汲んでくれた。
ううむ、しかしこれではご主人様への恩がどんどんと膨れ上がってしまうな。ただでさえ返せぬほどの恩があるというのに……より一層メイドとして尽くすことは当然として、他にも恩を返す良い方法が無いか考えてみるか。
だが今はイーリス・フロスの事。さあ、まずは種子から発芽までの条件を確認してみよう。その後は出来る限り手探りで蕾まで育ててみるぞ。育てられるか楽しみでワクワクするな!
という事で、今回の閑話はお花を育てるベルちゃんのほんわか(当社比)したお話です。ミニスちゃんがヤられまくった上にテーブル扱いされた挙句、ハンカチ代わりにされてますがわりといつもの事です。