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悪逆非道で世界を平和に  作者: ストラテジスト
第12章:呪われた旅路
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スレイブ・リベリオン

⋇セレス視点






「ん……もう、朝……?」


 柔らかな日差しに瞼を照らされて、あたしは深い眠りから目を覚ます。

 邪神との戦い――ううん、戦いにすらならなかった邂逅からもう十数日は経った。あたしとカレン、そしてラッセルくんは、これまで馬車で向かってきた道を徒歩で逆戻りしてる。馬車が大破して足が無くなったし、何より今のあたしたちじゃ逆立ちしても邪神には勝てないって良く分かったから。

 それに何より、今のあたしたちには無駄に終わる邪神討伐よりもやらなきゃいけない事があるし。


「……おはよう、クルスくん」


 目覚めたあたしは横になったまま上を見上げて、大好きな人の寝顔に語り掛ける。こんな敗走みたいな情けない状況でもぐっすり眠れるのは、大好きなクルスくんに抱き着いていたから。例えどんな状況だろうと、好きな人の身体の温もりさえ感じられればどこでだって幸せに眠れる。


「ほら、クルスくんも起きてよ? 早く起きないと、悪戯しちゃうよ?」

「………………」


 クルスくんの鼻をつんと突いて笑いかけるけど、答えは何も返って来ない。ただ規則的な寝息が聞こえるだけで、頬を抓ったって何の反応もしてくれない。その事実にあたしはずきりと胸が痛むのを感じた。

 そう、クルスくんはもう十数日も目を覚まさない。あたしたちが邪神の城を出て傷だらけのクルスくんを見つけたあの時から、ずっと意識を失ったまま。それがどうしてかは分からないけど、目覚めないからってあたしたちがクルスくんを見捨てていく事なんてありえない。あたしの好きな人なのはこの際脇に置いても、役立たずだったあたしたちと違って自分の仕事をしっかり果たした凄い人なんだもん。だから今のあたしたちの目的は、クルスくんを無事に屋敷まで送り届けてあげる事だった。


「……もうっ、寝坊助さんなんだから?」


 結局クルスくんは目を覚ましてくれないから、あたしはその前髪を掻き分けておでこに軽くキスをした。

 別れ際にクルスくんから唇にキスをしてくれたとはいえ、アレは非常時だったからこういう状況だとさすがに躊躇いがあって出来なかったよ。やって良いならもういっぱいキスしちゃうけどね! 愛が溢れて止まらない!


「んんーっ……! おはよ、カレン」

「……ああ。おはよう、セレス」


 クルスくんに挨拶を済ませたあたしは、軽く伸びをしながら身体を起こす。そして周囲の警戒のために見張りをしてたカレンに挨拶をすると、少し間を置いてから挨拶が返ってきた。

 何だか少し呆れたような顔をしてるのは、あたしのさっきのクルスくんとのやりとりを見られてたからな? 別におでこにチュウするくらい良いじゃんか。サキュバスなのに変な事気にするなぁ?


「……一応聞くけど、あたしが寝てる間にクルスくんが目を覚ましたとか、そういうのは無い?」

「すまんが、無い。寝言の一つすら口にしていなかった」

「そっか……」


 分かってはいたけど、その答えに肩を落とす。もしかしたらって希望が捨てられないのが悲しい所なんだよね。


「怪我は完璧に治したはずなのに、どうして目を覚ましてくれないんだろう……」

「幾らクルスといえど、あの状況でエクス・マキナを全て返り討ちにするなど、尋常でない方法を使ったとしか思えん。もしかすると限界以上の力を振り絞った反動なのかもしれんな。あるいは、何らかの代償を必要とする力を使ったか」

「代償、かぁ……」


 カレンの推測は凄くそれっぽい。でもあたしとしては、クルスくんがそんなリスクの高い力を使う性格とはいまいち思えなかった。確かに色々な技とか力を隠し持ってそうな雰囲気はしてたけど……。

 とはいえ今クルスくんが昏睡状態に陥ってるのは紛れも無い事実。真実はどうあれ、意識の無いクルスくんを守ってあげないといけない。


「何にせよ、今度は俺たちが守る番だ。必ずクルスを屋敷に送り届けるぞ、セレス」

「もちろん。今度はあたしたちが守ってあげる番だからね」


 だからこそ、カレンの言葉にあたしは即座に頷いた。あたしたちを無事に邪神の城に送り届けてくれた分、今度はあたしたちが送り帰してあげる番だから。

 それに気は重いけど、クルスくんが今の状態に陥った経緯も恋人さんたちに説明しないといけないからね。でもちょっとそれは不安だなぁ。『お前のせいだ!』って言って襲い掛かってきそう……。


「あっ、でも旅の間のクルスくんのお世話は譲らないからね? それはあたしの役目だから」

「別に狙ってはいない。ただお前も女なのだから、身体を拭く役目くらいはラッセルに任せた方が良いのではないか?」

「やだ! 役得だもん!」


 そう提案してきたカレンに対して、あたしはクルスくんの身体をぎゅっと抱きしめながら首を横に振る。

 クルスくんは今昏睡状態だから、身の回りの世話は全部誰かがしないといけない。そしてここにクルスくんの恋人さんたちは一人もいない。それならあたしがするのが当然だよね? おはようからおやすみまで、クルスくんのお世話をさせて頂いております。もちろん食事とかもちゃんと口移しでやってるよ? うぇへへ……。


「はあっ、お前という奴は……」

「ふーんだ。今まで男のように振舞っておきながら、ラッセルくんと何だか良い雰囲気になってるカレンには分かんないよーだ。どうせあたしたちがいなかったら熱く愛を交わしてるんでしょ? お邪魔虫でごめんねー?」

「一応はサキュバスである俺よりも頭の中が色欲に満ちているな……」


 あたしの答えに呆れた様子を見せるカレンを尻目に、クルスくんの髪を整えてあげる。寝返りも打たないせいか、放っておくとただの寝癖以上に変な髪形になっちゃうからね。ちゃんと整えてあげないと。

 それにしても、カレンたちはずるいなぁ。今のあたしはクルスくんと会話する事すらできないのに、その気になればいつでも好きな人と愛し合う事ができるなんて……こんな理不尽、クルスくんのお世話を役得と思わなきゃやってられないよ、もうっ。 


「ん……何だか騒がしいですね……」

「ああ、目が覚めたか。おはよう、ラッセル」


 なんて騒いでたせいか、カレンの隣で眠っていたラッセルくんが目を覚ました。それに気付いたカレンはラッセルくんの方を見て、その顔を覗き込むようにしておはようの挨拶を口にする。

 位置的にたぶん、カレンのおっきなおっぱいの谷間がラッセルくんには丸見えになってると思う。人の事を頭の中が色欲に満ちてるとか言ってたけど、カレンも大概じゃん。意識的だろうと無意識的だろうと性質悪いよ。


「……あ、はい。おはようございます、カレンさん」

「やはり寝起きは未だに混乱するようだな。不自然な間を感じた」

「す、すみません。分かってはいるんですが、その、どうしても思考が一瞬停止してしまって……」


 顔を赤くして視線を逸らしたラッセルくんは、どもりながらも挨拶を返す。

 うん、絶対カレンのおっぱいを見ちゃったから恥ずかしがってる反応だね。思考も忘れて一瞬ガン見しちゃったんだよね。甘酸っぱい空気垂れ流しちゃってさ! 羨ましいなぁ、もうっ!

 そんな二人に軽くムカっときて、あたしは思わず野次の一つでも飛ばそうと思った。でも、その時――


『――さあ、我が声に耳を傾けよ。この美しい星に蔓延る害虫共よ』

「これは……!?」

「邪神クレイズ……!」


 突然あたしたちの脳裏に、少し前によーく思い知った声が鳴り響いた。恐ろしい力を持つ邪神クレイズ、その人の声が。それを認識した瞬間、あたしたちは弾かれたように立ち上がって武器を手にして、三人でクルスくんを守るように陣形を組んだ。

 だけどもしも邪神があたしたちを襲ってきたのなら、間違いなくあたしたちは碌に抵抗も出来ないまま殺される。だからあたしたちは恐怖と緊張に固唾を飲みながら、邪神の次の言葉や反応を待った。


『先日、我が城に初の侵入者が現れた。害虫とはいえ初の客人。故に丁寧にもてなし生きたまま帰してやったが、その時に実に愉快な光景を見せて貰った。自分たちとは異なる種族を家畜以下に扱っておきながら、自身は絶対の正義だと語るあまりにも傲岸不遜な蛮族の理だ。矛盾と狂気に満ちたその悍ましい発言に、邪神たるこの私の背筋が凍りそうになってしまった。つくづく貴様らは生きる価値の無いゴミだと再認識させられたよ。だが貴様らは自分たちが正しいと妄信しているが故、一体何がおかしいかなど理解できないのだろうな。全く、嘆かわしい事だ』


 幸いって言って良いのか、邪神が語りかけてるのはあたしたち三人じゃなくて世界中の人たちだったみたい。あたしたちの事を引き合いに出して、この世界の人々がいかに低俗で救いようがないかって事に嘆くような事を口にしてる。

 少し思う所はあるけど、たぶん言い分としてはとても正しい。だからあたしは邪神が襲ってきたわけじゃないっていう安堵も手伝って、緊張と恐怖が大幅に和らぐのを感じた。


『故に、私が貴様らにも理解できる形で教えてやろう。貴様らが犯してきた罪を。今まで虐げられてきた者たちの怒りを、憎しみを』


 でもその時、邪神がとても意味深な言葉を続けた。何か途轍もなく恐ろしい事を実行するっていう口振りに、自然とあたしの身体は震え上がる。

 相手は大陸を動かし、不気味な見た目と能力を持つ魔物を生み出し、それを世界中に召喚できる力の持ち主。そんな邪神が行う、この世界の人々にも理解できる形にした罪とやらへの罰。そんなもの、どう考えても安全なものとは思えなかった。


『さあ、立ち上がれ――スレイブ・リベリオン』

「っ……!」


 邪神がそう口にすると共に、邪神の城方面から強烈な魔力の波動が広がって来た。対抗策を考える間もなくそれは一瞬であたしたちを通り抜けて、どこまでも遠くに広がって行く。きっとそれこそ世界中に影響を与えるように。

 魔力の波動が過ぎ去って静寂が戻った後も、あたしたちには何ら影響は無かった。少なくともあたしたちの身体や精神に影響を与える類の魔法じゃなかったと思う。カレンもラッセルくんも、安堵と困惑の間を揺れ動いてる感じ。実際目に見えた被害とかは無いからそんな反応も仕方ないと思う。


「……何を、したのでしょうか。少なくとも、僕たちに影響は無いようですが……」

「分からない。だが、何故だろうな。胸騒ぎが止まらん……」


 だけどカレンの言う通り、あたしも胸騒ぎが止まらない。あの恐ろしい力を持つ邪神がただ脅かしてきただけなんて事はありえない。必ず何か意味があって、そして恐ろしい結果を引き起こすのは間違いないはず。

 何だろう、邪神は何をしたの? 何をするって言ってた? 確か罪に相応しい罰を、今まで虐げられてきた者たちの怒りや憎しみを教えるって、そう言ってたよね? じゃあ今の魔法がそれなの? でも、どうやってそんな事を実現するんだろう……。


「……まさか!?」


 やがてその方法に気が付いた時、あたしはあまりの衝撃に構えてた剣を取り落とした。でもそれも仕方ない。だってもしもあたしの考えが正しければ、それは間違いなく世界を未曾有の混乱に陥れる究極の一手だったから。特にエクス・マキナ対策として、奴隷の配備が全ての街に広がった今の状況じゃあ余計に。


「何か分かったのですか、セレスさん?」


 ラッセル君が真剣な声音で尋ねてくる。カレンも油断なく周囲を警戒しながら、こっちに意識を向けてるのが分かる。だからあたしは絞り出すようにして、至った結論を口にした。今の世界の状況だと最悪に近い、邪神の悪辣な所業を。でも当人たちにとっては絶好の機会で、たった一つの救いの手を。あたしたちも一度目にした、あの鬼畜極まる所業を。


「奴隷たちの解放と……革命……!」





 ヒャッハー! 虐げられた者たちの革命だー! という所でこの章は終了です。次回からはまたちょっと閑話が入ります。

 なお、次の章は完成していないので閑話の後は二ヵ月ほど安定の更新停止に入ります。申し訳ない……。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 他種族同士で愛し合ってる稀有な存在は いないだろうし、奴隷解放は虐殺地獄だろうな。
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