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悪逆非道で世界を平和に  作者: ストラテジスト
第12章:呪われた旅路

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絶望の無力感




「生きた聖人族を、連れて……!?」


 邪神自らが口にした、まともに戦う方法。それは今のあたしたちには不可能で、今の魔獣族にも聖人族にもまず実現できない方法だった。

 だって奴隷として連れてくれば邪神が奴隷を縛り付ける契約を強制的に解除して、こっちの敵として使い捨てるんだから。それを防ぐには魔術契約無しに、まるで仲間のような対等な扱いとして連れてくる他に無い。でもそんな事が実現可能なわけがない。だけどそうしないと、邪神に擦り傷一つ与える事ができない。こんなの、一体どうすればいいの……!?


「もう理解できただろう。お前たちが何をしようと、私の髪の毛一本にすら傷を負わせる事はできない。潔く諦めて疾く去れ」


 邪神は相変わらず無防備に玉座に腰掛けたまま、あたしたちを興味なさげに見下ろす。どうしてこんなに無警戒なのか最初は分からなかったけど、今なら分かる。あたしたちが自分に傷一つ付ける事が出来ない、正に羽虫以下の取るに足らない存在だと理解してるからだ。

 悔しいけど、それは紛れも無い事実。今のあたしたちじゃあ邪神とはそもそも戦いにならない。


「……ふざけるな! クルスは今も死力を尽くして戦っているのだ! 俺達がここで諦めて堪るか!」

「そうです! あのエクス・マキナも時間経過で耐性が切り替わるのですから、邪神も同様かもしれません! 諦めるにはまだ早いです!」

「負けない! 絶対勝って、クルスくんと一緒に帰るんだ!」


 だけどそれが分かってても、諦める事なんて出来なかった。だってこうしてる今も、きっとクルスくんはエクス・マキナの大群と戦ってる。それなのにあたしたちが尻尾を巻いて情けなく帰る事なんてできない。

 あたしだけじゃなくて、カレンもラッセルもその気持ちは同じみたい。一度は萎えかけた戦意を奮い立たせて、死力を尽くして邪神に襲い掛かる!


「やれやれ、理解力の足りない低能共め……良いだろう。無駄だと理解できるまで、無益な攻撃を続けるがいい。私は逃げも隠れもしない」


 稲妻の迸る戦斧の嵐。全てを切り刻む暴風。同時に幾つも放たれるあらゆる種類の攻撃魔法。あたしたちが放つ全力の攻撃の数々を前にして、邪神はただ退屈そうに表情を歪めるだけだった。






 そうしてあたしたちは、気力と体力の続く限りひたすらに攻撃を叩きつけた。魔力が尽きても、剣が折れても、身体の動く限り諦めずに邪神を攻撃し続けた。だけど――


「――気は済んだか?」


 状況は最初と全く変わらない。邪神は変わらず無防備に玉座に腰掛けてるだけで、その身を包む球状の結界も依然として健在。

 それなのにあたしたちの方は、武器も全て壊れてもう立ってる事もできないほど疲弊してる。剣を力強く握っていた手は血が滲んで赤く腫れ上がってるし、振るっていた腕は小刻みに痙攣して完全に使い物にならない。あたしがそんな有様なんだから、カレンとラッセル君も似たようなものだった。


「こんな……こんなの、理不尽だよ!」

「僕たちでは……勝てないのですか……?」

「クソッ! こんな事が、あって良いはずがない……!」


 絶対的な力の差――そういうものならまだ良かったのに、敵種族との共闘っていう無理難題を乗り越えないと戦いにすら辿り着けない現実に、あたしたちは絶望と無力感に襲われ崩れ落ちる。

 あれだけ大見得を切っておきながら勝負の土俵にも立てないなんて、自分があまりにも惨めで情けない。こんな事じゃ、あたしたちを先に進ませてくれたクルスくんも浮かばれない。ごめんね、クルスくん……こんな弱いあたしで、ごめんね……。


「世界に蔓延る蛆虫同士で無益な争いを続ける、視野も懐も何もかもが狭いお前たちが、創造主の片割れたる絶対の神に敵うはずがないだろう。さあ、理解できたのならば消え失せろ。目障りだ」

「きゃっ!?」

「うわあっ!?」

「くっ……!」


 邪神が冷たく言い捨て僅かに目を細めた直後、あたしたちの身体を猛烈な突風が襲った。碌に身体も動かないほど疲弊したあたしたちがそれを避けられるわけもなく、突風に吹き飛ばされて宙を舞う。

 そのまま風の刃に切り刻まれて殺されるんだと思ったけど、意外にも突風はあたしたちの身体を吹き飛ばすだけのものだった。どうも邪神は本当にあたしたちを殺す気は無かったみたい。とはいえ代わりに玉座の間からその前の通路にまで弾き出されて、柱に勢い良くぶつかった衝撃で意識が飛びそうになったけど。


「全く、嘆かわしい……我が伴侶によって生み出されておきながら、ここまで無能で野蛮な生物だとは……」


 閉じていく玉座の間の扉から、邪神の呆れ果てたような声が耳に届く。きっと少し前ならその罵倒に反論したり、怒りを露わにできたと思う。だけど今のあたしは、無能で野蛮な生物だっていう評価を否定できなかった。

 だって同じ人間のはずの聖人族が家畜以下の扱いをされているのが当然で、別段気にするようなことじゃないって本気で思っていたんだもん。挙句に邪神にかすり傷一つ負わせる事も出来ず、見逃して貰ったこの状況。無能で野蛮って評価は何一つ間違ってない、完璧に的を射た評価だった。


「全く、敵いませんでした……戦いにすら、なりませんでした……」


 あたしたちはしばらく放心したようにその場を動けずにいたけど、やがてラッセル君が苦渋を滲ませた声でそう呟いた。自分の無力さを噛み締めるように、悔しさの滲む表情で。


「こんな事なら、最初から大人しくクルスくんの所に戻れば良かった……!」


 もちろんその悔しさはあたしも同じ。弱い自分に腹が立ったあたしは、唇を噛みながら床を殴りつける。でも疲弊しきってるせいで拳が痛む程度の力もこめられなくて、その弱さが余計に悲しくて、涙が溢れてきて止まらない。

 もっと早くに、それこそ邪神があたしたちに去れと言った直後にクルスくんの所に戻ってたら、きっとクルスくんは……。


「……過ぎた時を悔やんでも仕方がない。戻ろう、クルスの所へ」


 無様な敗北どころか戦いにすらならなかったあたしたちは、カレンの言葉に従って来た道をふらつく足取りで戻り始めた。

 こんな状態だと弱い魔物すら相手に出来るか怪しい所だけど、城の中には魔物もエクス・マキナもいないおかげで何とか無事に正門まで戻る事が出来た。きっとこの門の向こうには、まだ何百って数のエクス・マキナがいるはず。今のあたしたちじゃあまともに戦う事も出来ない。

 それはみんな分かってるけど、それでも門を開ける事を誰も拒否しなかった。元々邪神を倒す事を約束して、クルスくんを置き去りにしたあたしたち。その約束を果たせなかった以上、この門の向こうの状況がどうなっていても、少なくともあたしはクルスくんと同じ道を辿る気だった。もう一人にはしないよ、クルスくん……。

 そうしてあたしたちはボロボロの身体に鞭を打って、力づくで正門をこじ開けた。開いた隙間に身体を捻じ込んで、無理やり外の世界に抜け出る。その直後にエクス・マキナが襲ってくるって展開も考えてたけど、地面に転がったあたしたちに対して何らかの攻撃が加えられる事は無かった。おかしいな? 正門の前にはエクス・マキナがたくさんいたはずなのに……。


「なっ!? これは……!」


 一番最初に立ち上がったカレンが、何やら目を見開いて驚いてる。だからあたしとラッセル君も何とか立ち上がって、同じようにその光景を目にして――


「えっ……」

「こ、こんな、馬鹿な……」


 あまりの驚愕に、揃って言葉を失った。

 あたしはクルスくんの事を信じてるし、その力も知ってるつもり。だけど魔力が底を尽きかけた状態であの数のエクス・マキナに囲まれてたんだから、きっと無事ではいられない。本当はエクス・マキナを全て倒す事なんて出来るわけが無いし、生き残る事もきっとできないって思ってた。


「まさかクルスさんは、この数のエクス・マキナを全滅させたのですか……?」


 だけどあたしたちの予想を裏切って、そこに広がってたのはエクス・マキナの残骸が広がる静寂に満ちた大地。見渡す限り魔物はもちろん、動くエクス・マキナは一体たりとも存在しない。あたしたちの予想を裏切って、クルスくんが全て倒しきったのは明白だった。


「クルスくんっ!!」


 居ても立ってもいられなくなったあたしは、クルスくんを探して荒野と化した大地を走った。途中で足に力が入らなくなって何度も転んだけど、それでも諦めずに立ち上がって走り続ける。疲労感なんて今は知らない。例え両足が折れようと、地面を這ってでもクルスくんを探し出すつもりだった。

 そしてしばらく走り続けて、ついに見つけた。エクス・マキナの残骸の山に背を預けるようにして、力を失い倒れ伏したクルスくんの姿を。その身体はボロボロな上に血だらけで、右足は膝から下が切り飛ばされたみたいに綺麗に無くなってる。左腕は肩から先が焼き尽くされたように炭化してて、あまりにも痛々しい姿だった。


「クルスくんっ! 大丈夫!? クルスくんっ!」


 あたしはすぐさま駆け寄って、その首に手を当てて脈を取った。もしかしたら死んじゃってるのかもしれないって思って怖かったけど、指の腹を微かに規則的な拍動が押し返してくる。意識が無いだけで、まだしっかり命の鼓動が感じられたから、あたしは心の底から安堵を覚えて胸を撫で下ろした。

 でも、クルスくんのこの負傷を放置すれば間違いなく命に拘わる。だから一刻も早く治療しないといけないのに、今のあたしにもカレンたちにもそんな魔力は残ってない。どうしよう? こうなったら少し心苦しいけど、自力で火を起こしてそれで傷口を焼いて塞ぐしかないかな……?


「……セレスさん、よければこれを使ってください」


 そう考えてると、あたしに追いついたラッセルくんが何かをこっちに差し出してきた。よく見ればそれは、掌大の大きさの綺麗な魔石だった。

 見覚えがある、なんてレベルじゃない。これはクルスくんがラッセルくんにあげた魔石だ。あたしの目の前で宝石にも使われる魔石をプレゼントして、ちょっとした焼きもちを感じちゃったから良く覚えてる。


「良いの? これを使っちゃっても?」

「ええ、構いません。元々はクルスさんの物ですし。それに彼が生き延びた暁には、盛大に恩を売ってもっと大きな魔石をせびりますよ」

「……ありがとう。それじゃあ、遠慮なく使わせてもらうね」


 分かりやすい冗談を零すラッセルくんに苦笑して、あたしは受け取った魔石の魔力を使ってクルスくんの治療を始めた。この魔力ならクルスくんの手足の欠損を治療して、全身の負傷を治癒してもお釣りが来るかもしれない。


「クルスが無事で何よりだな。しかし……俺達は邪神とまともに戦う事すら出来なかったというのに、クルスは見事に自分の役目を果たし生き残ったのか。さすがと言うほかに無いな」

「ええ、そうですね。認めるのは少し癪ですが……」


 カレンとラッセルくんも、クルスくんの無事を喜んでくれてる。二人ともクルスくんの凄さを身に染みて理解できたみたいで、背後から聞こえる声音だけでも尊敬に近い感情を抱いてるのがすぐに分かった。

 クルスくんが生きててくれた事が、クルスくんがちゃんと認められてる事がまるで自分の事みたいに嬉しくて、治療を進めながらついつい頬が緩んじゃうよ……。


「……目覚めるまで待ってやりたいところだが、いつ邪神の気が変わるかも分からん。治療が済んだらすぐに移動するぞ。クルスは俺が背負う」

「いえ、それなら僕が――あ、いえ、何でも無いです……」


 女だけどカレンが男らしくもクルスくんを背負うって発言に、ラッセルくんが反射的に代わりに志願しかけてすぐに止める。うん、力云々は置いておいてもラッセルくんは身長が低いからね。クルスくんを背負うには向かないかな。

 できればあたしが背負ってあげたいけど、さすがにクルスくんもあたしに背負われるのは恥ずかしいかな? でもそれならそれで、途中で目が覚めたら慌てて降りようとするクルスくんの姿が見られるかも。

 ああ、早く起きてクルスくん。みんな、待ってるからね……。






「――よし、行ったか」


 セレスたちが()の身体を連れて城を離れていく光景を、()は玉座に腰掛けた状態で見送りほっと一息ついた。それと同時に邪神フォルムから魔獣族フォルムへと戻り、玉座から立って軽く伸びをする。余裕と強さを表現するためにずっと座ってて身体が強張ったからね。

 え? 何でカレンが僕を背負ってるのに、僕は変わらずここにいるのかって? それはとっても単純な事だよ。だってカレンが背負ってる僕の身体は、僕が自分の髪の毛から再生する形で創り出した肉の塊だもん。ちゃんと生きてはいるけど、魂は入って無いから正しく肉人形って感じだね。


「馬車は壊れてるし、これでセレスたちが街に帰るにはしばらく時間がかかるかな。目覚めない肉人形を抱えての移動だし」


 何でわざわざそんなものを作ったのかというと、それは自由な時間を得るため。魔法で目覚めないようにした僕の肉人形があそこにあれば、僕自身は自由に行動できる。この旅で予想外にエクス・マキナの在庫を消費しちゃったし、できれば早く補充に取り掛かりたい。

 あとこの旅の間は禁欲を強いられてたみたいなもんだし、可能な限り早く発散したい。我慢してた分も纏めてね。こっちは我慢してるってのにセレスは度々身体を寄せて来るし、クズ冒険者たちに犯される聖人族奴隷の女の子の悲鳴や嬌声が度々聞こえてきてたから、本当にもう色々限界でね……。


「さて。それじゃあ今の内に第二段階(・・・・)の準備を進めるかな。実戦での実験が出来て有意義なデータも取れたし、魔法も少し調整しないと。でもその前に――」


 とはいえ欲望を発散する前に、やらなきゃいけない大事な事がある。それは何かって? そりゃあ決まってるよなぁ?


「エクス・マキナの残骸の回収だ! あの数を無駄に壊すとかできるわけねぇよなぁ!? 可能な限りリサイクルするぜ! だからさっさと帰れお前ら!」


 自分で破壊し殲滅し尽くしたエクス・マキナの残骸の数々を、可能な限りリサイクルする事。ただでさえ在庫がカツカツなのに、再利用できる可能性のあるものを無視する事なんてできるわけがない。

 だから僕はセレスたちがのっそりのそのそ城から離れていく光景を、イライラしつつ見送ったよ。さすがに回収現場を見られるのもあれだからね……。





長い邪神討伐依頼編(?)がようやく終わり。徹底的にクズでした。

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