鮮血竜巻
※クズ描写あり
※残酷描写あり
結局のところ、カレンたちは僕を置いていく事を決定した。それ以外に道が無いから仕方ないんだけど、セレスとラッセルはいつまでも唇を噛んで悔しがってたよ。僕を捨て駒にするしかない自分の無力さ加減にね。
いやぁ、ここまで想われてるとか仲間冥利に尽きるなぁ? えっ、このクソ野郎? はい、クソ野郎ですが何か? そんな事は分かってるから、信頼を掌の上で弄んでも愉快痛快以外の感情は全く浮かんでこないです。人の感情を弄ぶのは楽しいね!
「さて。それじゃあ皆、覚悟は良いかな?」
「……うん」
「無論です」
「いつでも良いぞ」
そうして、ついに別れの時。結界を覆い尽くすエクス・マキナのせいで陰る世界の中、僕は馬車の荷台に立つ仲間たちを地上から見上げる。カレンも含め、三人とも悲壮な表情をしてるのは……まあ、僕がここで死ぬ可能性が相当高いと見てるんだろうなぁ。セレスとか僕にパンツ丸見えなの気づいてないし。
実際普通の人なら間違いなくここで死ぬとはいえ、生憎と僕は普通じゃない。それにこの状況は全て僕の掌の上。こっちも頑張って悲壮な顔をしてるけど、これ以上愉快な事が起きると笑いを抑えられなくなりそう。駄目だ、まだ笑うな。堪えるんだ。し、しかし……。
「じゃあ始めるよ――地面の下に馬車が走れる道を作れ! 通路創造!」
ボロを出す前にさっさと行かせる事に決めて、ついに『ここは俺に任せて先に行け!』作戦を実行した。地面に手を付き、説明的な詠唱を加えた上で馬車の通り道を地下に作る魔法を使う。
何でわざわざ詠唱を加えたのかというと、今の僕は魔力がギリギリ(という演技をしている)だから。詠唱した方がより深く魔法のイメージを練る事ができるし、ここはあえて魔力節約のためにそうしてみました。ついでにちょっと表情を歪めて無理してるって感じの演技をしておこう。完璧さを求めるならこういう細かい演技も重要だからね。
「さあ、走れ! 行って邪神を倒して来い!」
そんなわけでエクス・マキナたちが蔓延る地面を避けるよう、地下に逆アーチ型に作ったトンネルへみんなを送り出す。捨て駒役だけでなく、道を作る役目までやってやったんだ。あの三人ならここまでやった僕を変に疑う事なんてまずありえない。素晴らしいほどに好感度を稼げたね。
「――クルスくん! 絶対、絶対生きてね! 絶対だよ!」
「生き残らなかったら怒りますからね! 何が何でも生きてください!」
「俺たちは絶対に生きて帰る! お前も絶対に生き残れ!」
その証拠に、走りゆく馬車の荷台の上では全員が僕の生存を願ってた。おまけにセレスとラッセルはがっつり泣いてたよ。いやぁ、そこまで悲しみを感じてくれると邪神冥利に尽きるね? 笑いを堪えて演技を頑張った甲斐があるってもんだよ。
ある程度馬車がトンネルを進んだところで、僕はトンネルを馬車を追い立てるような形で崩落させ始めた。魔力はギリギリの演技をしてるわけだしね。それに崩落に追い立てられる方がセレスたちも雰囲気出るでしょ。もちろん巻き込まれないように気を付けてるよ?
そんなわけで、無事にセレスたちを包囲網の外側に送る事に成功。位置的にはまだトンネル半ばって所だけど、分厚い地面の壁やエクス・マキナの大群を挟んでる以上、向こうが僕の様子を知る術は何も無い。
「……ぷっ! ハハハ、ハハハハハハハっ! アハハハハハハッ!」
「え……?」
だから僕は人目もはばからず、お腹を抱えて笑い転げた。死出の旅路へのお供に一人だけ置いてって貰った奴隷少女が、僕の様子に困惑を示してるのが視界の隅に移り込む。心なしかドン引きしてるようにも見えるなぁ。そりゃあこんな状況で突然笑いだしたら、頭がおかしくなったと思うのも当然か。でもめっちゃ笑えるから仕方ない!
「いやー、笑った笑った。こんなにおかしい状況初めてだったわ。途中から腹がよじれてもう大変だったよ。なーんで黒幕が『ここは俺に任せて先に行け!』みたいな展開をやってるんですかね? 予定通りとはいえマジでおかしくてもう……あっ、思い出し笑いが――アハハハッ!」
一旦笑いの波が静まったから立ち上がったのに、思い出し笑いがぶり返してきてその場に膝をついちゃう。だって実は邪神である僕があんなに信頼されてるとか、心底おかしくて失笑モノだよ。このままじゃ笑い死にするかもってレベルだぁ……!
「な、何で、そんなに、笑ってるんですか……?」
「おや、喋った。珍しい」
今まで抑え込んでた笑いを解放してると、唐突に奴隷少女がそんな問いを投げかけてきた。その珍しさに思わず笑いも忘れて目を丸くしたよ。
だってこの旅に連れてきた聖人族奴隷って基本自発的に喋らないもん。洗脳教育によって魔獣族に奉仕する事こそ最上の喜びで存在意義って刻み込まれてる高級奴隷は違うけど、コイツは洗脳教育されてない奴隷っぽいし。
そういう奴らは命じられた事以外で口を開くと碌な目に合わないからずっと黙ってるのに、今回は自発的に口を開いた。しかも恐怖に顔を青くしながらも尋ねてくるんだから、これはなかなか珍しい事だね。
「まあどうせ君は死ぬし、冥途の土産に教えてあげよう。アイツらが倒しに行った邪神っていうのはね――僕の事なんだよ」
「え……」
その勇気、あるいは蛮勇に免じて、本当の事を教えてあげた。目の前にいる僕こそが邪神。あまりにも衝撃の真実でいまいち理解できなかったのか、その事実を伝えられた奴隷少女は呆けた顔をしてたよ。
「邪神は僕だし、コイツらを生み出して襲撃させたのも僕。何もかも僕の計画で僕の仕業、全部手の平の上なんだよ。だからさっきのお涙頂戴のシーンがすっごいおかしくて……あっ、また腹が……!」
そして自分で説明しててまた笑いがぶり返してきたから、その場に蹲って笑い転げる。
正直なところ信頼のおける仲間として振舞う事よりも、性欲と笑いを抑える事の方がクッソ難しかった。別に人を騙して貶めても心はちっとも痛まないからね。むしろそれによって生じる愉快な気持ちを表に出せない事の方に胸が痛んだ感じ。
「ど、どういうこと、ですか!? 意味、分からないです……!」
「まあ分かんなくて良いんだよ。君は死ぬんだし。そもそも何のために君を一人だけここに残したと思ってるの? 一冒険者のクルスとして、最後まで演技を全うするために残したんだよ。このエクス・マキナの集団を死力を尽くして足止めして、大切な仲間たちを先に進ませるために、ね? というわけで――死のうか?」
「ひっ!? や、やめ――」
恐怖に引き攣った顔で後退る奴隷少女は、僕の指パッチンと共に全身が粉微塵に弾けて即死した。そうしてその場に赤黒い液体の塊としてふわふわ浮いた状態になる。
残念ながら死後安らかにしてあげるほど優しくないから血の一滴まで無駄なく使うつもりだし、魂も捕らえて瓶詰めにしておいた。さすがの僕も魂を無から生み出す事は出来ないし、有効活用しないとね!
「ううっ……こんな数のエクス・マキナを自分の手で破壊しないといけないなんて、胸が引き裂かれるような思いだ。これだけ作るのにどれくらいの時間かかったと思ってるんだよ。ふざけやがってぇ……!」
魂入りの瓶を空間収納に放り込んだ僕は、結界をほぼ完全に覆い尽くすエクス・マキナの群れを見上げながら涙ぐむ。
今回の襲撃に使用したエクス・マキナはおよそ千体。今からこれをほぼ全て破壊しないといけないんだ。見ず知らずの女の子を殴り殺しても心は痛まないし、何ならもの凄く興奮するけど……さすがにこの状況は心が痛んで仕方ない。
「しかし僕の正体を疑われないようにするにはやるしかない。心と懐は痛むが背に腹は代えられないよね……」
覚悟を決めた僕は、頭の中で魔法のイメージの構築を始めた。それは全てを巻き込み切り刻む巨大な竜巻のイメージだ。ただしそれだけじゃ一冒険者のクルスはエクス・マキナにダメージを与える事が出来ない。だからこそ、宙にふわふわ浮かせてるこの赤黒い液体を使う必要があるってわけ。
「吹きすさべ――鮮血竜巻」
魔法の発動と同時に結界を解除。その次の瞬間に巻き起こったのは、傍から見れば地獄絵図そのものな光景だ。
聖人族奴隷の赤黒い体液を巻き込んだ紅色の竜巻が突如として出現し、土埃や岩やら何やらを吹き上げながらエクス・マキナの大群を巻き込み切り刻んでく。一応僕は魔獣族として振舞ってるから、一人でこの数を退治するには聖人族奴隷に身を捧げて貰うしか無かったんだ。僕が放った竜巻と、それに巻き込んだ聖人族奴隷の血肉で交互にダメージを与えてくイメージだね。
実際は単なる見た目と状況のカムフラージュに過ぎないから、本当は奴隷に死んでもらう意味は無いんだけど。まあ必要な犠牲と納得してもらおう。ちゃんと死は無駄にせず使うつもりだし。
「はははっ、見ろぉ! エクス・マキナがゴミのようだぁ! ははははっ!」
エクス・マキナの大群が宙に巻き上げられ切り刻まれてく光景を、赤い竜巻の中心で見上げながら悪役っぽく笑う僕。そろそろセレスたちはトンネルを抜けて地上に着いただろうし、向こうから見たらもの凄い暴虐の光景が広がって見えるだろうなぁ。僕の命の最期の輝きって勘違いしてくれたら嬉しい。
「ははははは……はーっ、駄目だ。気分が乗らない。これひと段落着いたらまた徹夜でエクス・マキナを創らないと……」
しかし上機嫌に哄笑してられたのもほんの数秒だけ。作るのにあれだけ時間をかけたエクス・マキナたちを自分の手でボロクソに破壊してる事実と、ただでさえ心もとないストックをモリモリと削ってる事実に耐えきれず、その場に膝を付いて項垂れる。
これなぁ……そろそろ素材のスライムの核も補充が難しくなってきたんだよなぁ。首都の周りのスライムを全滅させる勢いだからなぁ……。
「……さて、気を取り直して。アイツらの方は、っと」
とりあえず目先の問題を優先する事にして気持ちを切り替え、魔法でセレスたちの様子を窺う。
無事に地下トンネルを抜け、邪神の城に向けて馬車で爆走中っぽい。鮮血竜巻に巻き込まれなかったエクス・マキナたちに追いかけられ、それを必死に迎撃しながらどんどんと城への距離を詰めてる。
「うんうん。良い感じにエクス・マキナに追い立てられて、邪神のお城に入る所だね。歓迎するよぉ、三人とも?」
とはいえ入り口の巨大な正門は閉まってるから、このままだと衝突して死ぬかエクス・マキナの大群が津波のように殺到して圧死するかの二択だ。ここは正門を開けておいてあげよう。そしてエクス・マキナたちは中には入らず、中に入ったら攻撃もやめるように設定して、っと……。
「――よし、入った! ようこそ、邪神のお城へ!」
最終的にセレスたちは馬車から飛び降りるようにして、邪神の城の中へとダイレクトインを果たした。数体のエクス・マキナで正門を塞がせたから、そんな感じになるのも仕方ないよね。当然馬車は馬ごとエクス・マキナに正面衝突した挙句、後続から迫る奴らに飲み込まれて完全に大破しました。
何か御者やってた奴隷が一匹飛び降り損ねて呑み込まれてたけど……まあ奴隷だし気にする必要ないな!
「これで良し。冒険者クルスは死力を尽くして仲間たちを先へ送り、仲間たちはその意思を受けて邪神の城への侵入を果たした。うーん、まるで少年漫画みたいな王道展開だぁ……」
まるで自分がとても心優しい勇敢な戦士になったみたいで、ちょっと感慨深いモノがあるね? どちらかと言えば僕はその後裏切り者として生きてた事が判明して、敵として出てくる系の役回りだと思うけど。
「おっと、こうしちゃいられない。さっさとコイツらの掃除を終えて僕も行かないとな。仮にもラスダンにボスが不在とか恰好が付かないぞ」
何にせよ、これで冒険者クルスとしての役目はしばらく終了。心置きなく邪神としての演技に集中できるってわけだ。
だから僕は鮮血竜巻でエクス・マキナを一掃する傍ら、最後の仕込みを急ピッチで始めた。えっ、何を仕込んでるのかって? うふふ、秘密ー。
まごう事なきクズ