二度目の襲撃
時刻はおよそ午前九時。最後の夜を明かし、十分に英気を養った僕たちは覚悟を決めて馬車の荷台の上に乗り込んだ。そしていつでも戦闘に移れるようにそれぞれ獲物を手にし万全の状態で、ついに邪神の城に向けて最後の行軍を始める。
さすがにこの状況だとピリピリした空気が漂ってて、おふざけのような他愛ない会話も一切無い。どうやら邪神が確実に襲撃を仕掛けてくるって全員分かってるらしいね。もちろん用意してあるからしっかり期待に応えてあげるぞ? みんな楽しみにしてなよ?
「……だいぶ邪神の城に近付いてきたね」
「あと一キロという所だが……この距離であの大きさか。随分と巨大な城だな」
そうして馬車を進める事およそ数十分。エクス・マキナどころか魔物の襲撃も無かったため、邪神の城との距離はその威容と不気味さがはっきり伝わるほどに近付いてた。
もしかしたらここまで近付けば皆も油断するんじゃないかと思ったけど、そこは腐っても高ランクの冒険者たち。むしろ最大限に警戒した様子を見せてるよ。ラッセルなんか犬耳と尻尾の毛が逆立ってるしね。
「もういつ襲撃があってもおかしくありません。気を引き締め、あらゆる方向を警戒して進みましょう」
「ああ、そうだな」
「もちろん!」
そして全員、上を含めてあらゆる方向を警戒してる。
うーん、ここまでがっつり警戒されると襲撃を仕掛ける側としてはちょっと面白くないなぁ? もっと予想外の事態に慌てふためく姿が見たいのに。とはいえ前回の襲撃が落下音を消したエクス・マキナが闇夜に紛れて空から降ってくるっていうやつだったし、警戒度が爆上がりするのも仕方ないか。無いものねだりはしてないで、さっさと襲撃を始めよう。
「もうここまで来たんだし、どうせなら魔物じゃなくて邪神に直接相手をしてもらいたいもんだね。でも――そうは問屋が卸さないって感じかな?」
僕がそう口にするとほぼ同時、馬車と城との中間地点辺りの地面が突然ボコっと盛り上がった。もちろんそれは一ヵ所だけじゃない。その奥の方向にも僅かに、そして左右に際限なく広がってく。左右に広がる地割れは馬車を取り囲むように背後にまで大きく広がり――地面の中から続々とエクス・マキナが現れた。
前回は空から出現させたし、今回は意表をついて地下から出現させました。アイツら別に呼吸はしてないから地面の下に埋めてても平気だしね。半分機械で半分生体みたいな存在だし。
「現れたな。しかも今回は地中から。そして最前面を陣取っているのは、魔法を封じる黒いエクス・マキナか……」
カレンが端正な面差しを苦々しそうに歪めて呟く。
そう、包囲の最前面は全て黒いエクス・マキナ。しかもかなりの大型で、魔法無効化の範囲は三倍以上。一つの効果範囲に何体分もの効果範囲が重なってるから、一体や二体倒しても魔法が使えるようになったりはしない。
そして魔法が使えないなら、三層目から五層目まで並んでる結晶型エクス・マキナたちによる魔法攻撃を凌ぐ術はほとんど無い。やっぱり少数を大勢で囲んでボコるのが正義なんだなって。
「マズいですね。あの大きさだとその分魔法を無効化する領域も広いはずです。一度領域に入れば魔法が使えなくなり、そのまま物量に押し切られて全滅してしまいます。今すぐ退治したい所ですが……」
「見渡す限り横に広がってるし、一度に退治するのは無理そうだね。前みたいにクルスくんの一撃で纏めてやられた事を学習したのかな?」
「うーん。さすがの僕も、この数と範囲を一掃するのは厳しいなぁ……」
難しい顔をして包囲を睨むラッセルとセレスに、僕にも無理だと遠回しに伝える。そりゃあやれば普通にやれるけど、ここを全員で突破するならそもそも襲撃を仕掛けた意味が無いし。悪いけど君らには僕の掌の上で踊って貰うよ、ハハッ。
「足を止めても得することは無いな。奴隷よ、そのまま馬車を走らせろ。俺たちは効果範囲に入る前に、出来る限り正面付近の黒いエクス・マキナを一掃するぞ」
「分かりました!」
「了解っ!」
「まあ死にたくは無いし頑張ろうかな」
カレンの言葉に従い、全員が魔法による遠距離攻撃を放つ。黒いエクス・マキナには両種族がほぼ同時に攻撃しないといけないから、奴隷たちと一緒にね。
宙を疾走する稲妻や大気を切り裂く風の刃、燃え上がる火の球からつらら染みた氷の結晶、果ては地面から飛び出す土の塊がエクス・マキナたちに殺到する。
「くっ! この距離では奴隷と同時に攻撃を叩き込むのが難しいな……!」
「ちょっとどこ狙ってんの!? ちゃんと狙ってよ、奴隷たち! あたしたちが死んだらあんたたちも死ぬんだよ!?」
「魔法に聖人族の血を絡めて放つという手もありますが、この状況では上手く当たりませんね……!」
「僕は狙いを定めるのがクッソ下手だからこの距離は無理かな……」
とはいえ走る馬車の荷台の上から、大型の黒いエクス・マキナの魔法無効化領域に入らないほど遠くから狙い、聖人族奴隷の魔法攻撃とほぼ同時に当てる必要があるせいで、誰一人としてまともに有効打を当てる事が出来なかった。
というかカレンたちはかなりの精度で当ててるんだけど、聖人族奴隷たちの命中精度がいまいちだ。まあコイツらは別に戦闘が得意とかそういうのじゃないだろうし仕方ない。ここで僕らが死んだら自分たちも間違いなく悲惨な最期を遂げるって分かってるからか、わりと必死に攻撃してるけどね。
そんなわけで、僕らとエクス・マキナたちの距離はどんどん縮まってく。最前面に並べた黒いエクス・マキナたちの魔法無効化半径は百メートル。馬車の速度を考えるともうあと数十秒でその範囲に入る。正確な範囲を知らないカレンたちでも、今の状況は相当ヤバいって理解してるみたい。奴隷も含めて全員が、鬼気迫る様子で魔法攻撃を放ってたよ。
そして死に物狂いな事が功を奏したのか、ついに聖人族奴隷もまともな命中精度を発揮し始めた。一人の聖人族奴隷が放った氷柱が、セレスの放った風の刃と綺麗に併走して――
「――えっ、嘘!?」
「馬鹿な……獣型が、黒いエクス・マキナを庇った、だと……!?」
包囲を割って現れた獣型のエクス・マキナが、その攻撃を自らの身体で防ぐ。これにはセレスもカレンも目を丸くしてる。とはいえ二人とも攻撃の手を緩めてないのは凄いよね。
もちろん獣型が盾になったのは偶然じゃない。包囲の二層目に控えてるのは全部獣型で、コイツらの役目は黒いエクス・マキナを身を挺して守る事。その証拠に次いでラッセルが放った石の塊と別の聖人族奴隷が放った火球も、後列から出てきた獣型に防がれる。
もちろん耐久がカスな黒いエクス・マキナに向けて放った一撃は精度重視だから、獣型に当たっても然したるダメージは無い。大きなダメージは一定に抑える能力を持たせてるとはいえ、それは小さすぎるダメージが一定まで引き上げられるってわけじゃないしね。こんな攻撃じゃ獣型は百回殴っても倒せない。かといって獣型にかまけてると、早々に黒いエクス・マキナの効果圏内に入る。これはもう詰みですね。
「本格的にマズいですね。これでは有効打を与えられません……!」
「ひっこめー!」
自分で操っておきながら、そんな真実はおくびにも出さず本気で怒りを感じてるような演技で野次を飛ばす僕。
二重生活って楽しいね? 正直一冒険者として振舞えば振舞うほど、今の自分の状況と何も気付かずに接してくる人たちがおかしくってお腹捩れそうになる。スパイ生活って楽しそう……。
「……マズイ! 魔法が使えなくなった! 効果圏内に入ってしまったぞ!」
そして、ついに馬車が黒いエクス・マキナの魔法無効化領域に入る。カレンがわざわざ大きな声で教えてくれたけど、更に製作者に言わせて貰えばもうすぐ三列目以降に控える結晶型の魔法の射程圏内に入る。魔法を使えない状態で結晶型からの絨毯爆撃を受けたら果たしてどうするのかな?
「止まってください! いえ、一旦引き返してください!」
「引き返したって同じ結果だよ! もう包囲が狭まってきてる!」
慌ててラッセルが御者の奴隷に引き返す事を命じるけど、セレスの言った通り残念ながらもう遅い。何もエクス・マキナたちは包囲したまま動かないなんて事は無く、確実に包囲は狭まってきてるからね。例え馬車が裏返るようにして一瞬で反転できたとしても、ほとんど間髪入れずに背後の黒いエクス・マキナの効果圏内に入る。
「おっと、これはマズイ」
優しい僕はちゃんと今の状況が最悪だって事を教えてあげる。
ほんの一瞬とはいえ仲間たちの間で混乱が起きた事で、貴重な数秒が消費された。その数秒でめでたく結晶型の攻撃範囲に入り、包囲網の前方から迫撃砲の如く様々な攻撃魔法が打ちあがったんだよ。前方から左右にも広がって行ってて、まるでアレだね。時間差をつけて打ち上げ花火上げてるみたい。綺麗だなー。まあアレが全部こっちに落ちてくるんですがね?
「くっ、こうなっては……ラッセル!」
「ちょっ、カレイドさん!? わぶっ――!?」
「クルスくん、伏せて!」
数百を越える魔法の絨毯爆撃を前にみんなが取った行動は、美しい事に大切な人を守る事だった。カレンがラッセルを固く胸に抱きしめながら荷台の上から飛び降り、セレスも僕を抱きかかえるようにして身を投げる。
ついでに奴隷三人も宙に身を投げ出して逃げてたけど、御者を命じられてる奴隷だけは逃げられなかった。直前のラッセルの命令のせいで、必死に馬車を反転させようと馬を操ってるよ。可哀そー。
とはいえ、その可哀そうな御者ももう少しだけ生き残る事ができるぞ。えっ、何故って?
「――空圧結界」
それは僕がドーム型の結界を展開する防御魔法で、降り注ぐミサイルの如き攻撃魔法を防いだからだ。ついでに進軍してくるエクス・マキナたちをも阻んだからだね。
えっ? 何故黒いエクス・マキナの効果範囲で魔法が使えるのかって? 何故みんなを助けたのかって? それは後々説明入るだろうし後で良いかな? 今はちょっと顔面に押し付けられてるセレスの胸の膨らみをじっくり堪能したいからさ。この大きさ、やはり着痩せするタイプだな……。
「……む? これは、どういうことだ……?」
みんなで身体を地面に投げ出した状態で数秒ほど経過した後。いつまで経っても魔法が雨あられと降ってこない事を疑問に思い、最初に顔を上げたのはカレンだ。次いでセレスが、そして奴隷たちが恐る恐るって感じで顔を上げて、不可視の結界に阻まれたエクス・マキナたちを見て驚愕に目を丸くする。
「これって……クルスくんの魔法? どうして魔法が使えない所で、こんな魔法が使えてるの?」
どうやら僕を庇った時に魔法の名前を口にしてたのが聞こえてたみたいで、セレスはそう断定して尋ねてきた。とはいえ魔法無効化領域に入ってるのに魔法を使えてる事は疑問に思ってるみたいで、ちょっと怪訝な顔をしてる。
まあ僕を抱きしめる腕は依然として離れないけどね! というかカレンの方もラッセルをがっしり抱きしめてるよ。顔に豊かな膨らみを押し付けられてるせいでラッセルくん窒息しそう。
「……実は黒いエクス・マキナに対抗して、魔法が使えない状況下でも魔法を使えるようにする魔法を予め使ってたんだ。ただいつ仕掛けてくるか分からないから、ずーっと維持してて馬鹿みたいに魔力を食われたけどね。ここでようやくその頑張りが報われた感じかな? あっ、そこの奴隷ストップ。馬車止めて」
名残惜しいけどセレスの腕の中から離れつつ、予め用意してた尤もな理由を垂れ流す。ついでに御者の奴隷に命令して、反対方向に走って行って結界にぶち当たりかねない馬車も止める。
「そんな方法があったのか? 何故教えてくれなかった?」
「教えても使えないし。僕でさえモリモリと魔力が減ってくんだから、他の人じゃあ十秒持てば頑張った方だよ。そもそも黒いエクス・マキナの効果範囲に入る前に使ってないと意味無いしね。あとそろそろ離してあげないとラッセルがおっぱいで溺れ死ぬよ」
「む? あ、ああ、すまない、ラッセル……」
「ぷはぁ……! はぁ……はぁ……! い、いえ……お、お気になさらず……」
身体を痙攣させ始めたラッセルくんの状態を指摘すると、ここでようやくカレンは巨乳で窒息させかけてた事に気付いて拘束を緩めた。解放された途端に盛大に空気を貪った辺り、マジで窒息しかけてたっぽいですね。その癖ラッセルくんの顔は真っ赤だし、わりと良い思いをしていたようで。ムッツリめ。
「じゃあ、クルスくんのおかげでしばらくは大丈夫なのかな? もの凄い群がってきてるけど……」
などと口にしながら、少し怯えたような表情で周囲を見回すセレス。
でもそれも仕方ない。だってドーム状の結界を徐々に覆っていく形で、続々とエクス・マキナたちが群がってきてるんだもんよ。あまりの数と密度に、少しずつ結界の内側に影が降りて行ってるよ。最終的には結界全体をエクス・マキナが覆い尽くして真っ暗闇になりそう。
「そうだね。しばらくは大丈夫だよ、しばらくは」
「……しばらく、というのは具体的にどれほどの時間だ?」
「あなたは今、魔法の無効化を無効化する魔法と、これほど巨大な防御魔法を同時に維持しているのですよね? しかもあなたはついさっき、襲撃を警戒して自分でさえ魔力を異常に消費する魔法をずっと展開していると言いました。教えてください。あなたはどれほどの時間、この防御を維持していられるのですか?」
あえて思わせぶりな発言をした所、案の定カレンもラッセルも引っかかってくれた。
うんうん、やっぱりある程度頭の回る人相手の方が予測しやすくてやりやすいよね。馬鹿は時々思いもしない動きとか発言するからさぁ。
「クルスくん……?」
何やら不安そうな表情で僕の名を呼ぶセレス。驚いた様子を見せてない辺り、どうやらセレスも馬鹿げた魔力消費と持続時間云々には思い至ってるっぽいね。いや、この恐怖に震えたような目から考えるに、これから僕が口にする事もうっすらと予想できてるのかもしれない。
「持ってあと三分。そしたら僕はただの搾りカスしか残らない。だから――君らは僕をここで見捨てて、邪神を倒しに行きなよ。道は何とか僕が作ってあげるからさ」
だからといって、予め決めてた流れを変える気なんてさらさらない。だから僕は躊躇いなくそれを口にした。この僕の正体が邪神と一切疑われる事なく、最高の仲間としての行動を取れて、なおかつその後は自由に行動できる素晴らしい作戦をね。要するに『ここは俺に任せて先に行け!』って感じ?
本来なら死亡フラグですが黒幕なので何も問題はありません。