最後の休息
綺麗な星々が瞬く空の下、僕らはいつも通りに野営の真っ最中。うるさい雑魚冒険者たちがいなくなったから、決死の覚悟で邪神を倒しに行くとは思えないほど静かで穏やかな時間だった。
そうして今は夕食時。今夜はカレイドことカレンが焚火の所でお料理をしてるんだけど――
「ラッセル、そこの塩を取ってくれるか?」
「はい。どうぞ、カレ――ン、さん」
その隣には、幾分混乱が鎮まった感じのラッセルの姿があった。カレンに求められた通り、甲斐甲斐しくも塩の入った容器を手に取り丁寧に手渡してる。
朝に僕から素晴らしいアドバイスを貰ったラッセルは、どうやらお昼頃にはそれを実行に移してたっぽい。昼休憩を終えて馬車に戻ってみれば、以前までと同じような距離感で会話してたから幾分安心したよ。今名前を間違えそうになった事からも分かる通り、多少のぎこちなさは消せてないが。
「……未だに呼び方で混乱するようなら、別に前と同じ名でも構わないぞ?」
「いえ、それはそれで脳が混乱してしまうので、どちらにせよ同じ事です。時間はかかると思いますが、カレン、さんが望んだ通り、以前と同じように接していきますので、どうか慣れるまで少々お待ちください」
「フッ。この調子では一ヵ月はかかりそうだな?」
などと呆れたように零すカレン。でもその口元はちょっと楽しそうに緩んでる。鎧兜が無いから表情も分かりやすくて助かるよ。
ただ位置関係的な問題でラッセルにはその表情が見えず、実際に呆れられたんだと思ったみたい。ちょっとムッとしたような顔してたよ。
「言いましたね? では三――いえ、一週間ほどで慣れて見せますよ」
「ほう? それは楽しみだ。期待しているぞ、ラッセル?」
「っ……! も、もちろんです! 期待して待っていてください!」
負けん気を見せて一週間で慣れて見せるって啖呵を切った直後、カレンから微笑みを向けられて顔を真っ赤にするラッセルくん。自分の照れ顔を見られたくないのか、ぷいっと顔を逸らしてるんだから実に初心だよね。
そんなラッセルの姿にカレンは幸せそうに笑うばかり。そしてラッセル君も嬉しそうに犬尻尾振ってる。うーん、美味しそうなショタの姿にサキュバスの血が騒いだりしないのかな?
「いやー。青春だねぇ、セレス?」
「そうだねー。甘酸っぱいよねぇー、クルスくん?」
サキュバスの血が騒がないカレンの代わりに、僕とセレスがそんな光景を肴にして楽しむ。青春真っ盛りって感じの甘酸っぱい光景が面白おかしくてニヤニヤが止まらないんだわ。セレスも似たような感じで明らかに面白がってる微笑みが隠せてない感じだ。ノリが良いって言うのはなかなか好印象だぞ?
「そこのお二人! ニヤニヤ笑いながらこっちを見ていないで、あなたたちも手伝ってください! さもないと今晩の夕食は抜きにしますよ!」
なんて遠目に二人でほくそ笑んでたら、ラッセルがこっちを睨んでそう言い放ってきた。どうやら僕らが眺めて楽しんでたのはバレてたらしい。ただ無駄に怒ったような言い方してる辺り、照れ隠しなのが見て取れますよぉ?
「いやー、だって邪魔しちゃ悪いかなーって? ねぇ?」
「そうそう。あたしはクルスくんと二人きりでいられるし、ラッセルくんもカレンと二人きりでいられるから、そっちの方が良いかなーって思って? ねぇ?」
などとお互いに同意を求めあう僕とセレス。何が酷いって、セレスは半分くらいは本心で言ってる事だよね。お互いに好きな人と二人きりでいられて幸せ、ついでに甘酸っぱい空気も堪能できて楽しい。この子、案外良い性格してるのでは?
「余計なお世話です! 全く……カレ――ンさんも、そう思いますよね?」
「……俺と二人きりは嫌なのか?」
「えっ!? あっ、いえ、そういうわけではないですが……!」
賛同してくれるかと思いきや、ほんの少し傷ついたような表情を見せるカレン。これにはラッセルもタジタジだ。うーん、見てて愉快な光景だね。ご飯二杯はいけそう。
「ニヤニヤ」
「ニヤニヤ」
「えぇい! その薄気味悪い笑いを今すぐやめてください!」
「わー、怒ったー!」
「逃げろー!」
セレスと二人でニヤついてたら、さすがにラッセルも我慢の限界に達したらしい。あろうことか料理道具の包丁を手に取り、親の仇でも見るような目でこっちに走ってきたよ。二人でだばだば走って逃げるけど、ラッセルの顔は茹でダコみたいに真っ赤だから怖くも何ともないな! やーい、純情ショタ!
ラッセルとカレンが今まで通りに接するようになってから、更に数日が経過した。その間、僕らはまるで本当の冒険者パーティのように、時に面白おかしく騒ぎながら馬車の旅を続けてた。
生きて帰れるかも分からない邪神討伐に向かってるのに危機感が足りない気もするけど、これはどっちかっていうと生きて帰れるか分からないからこそって感じもする。黒幕の僕はともかくとして、セレスたち三人はこの一瞬をできるだけ楽しもうって気概が感じられるよ。悔いは残さないように、って感じかな?
そのせいかセレスは以前にも増して僕にくっついてくるし、心なしかカレンは以前よりもラッセルに絡んでる気もする。さすがは恋する乙女とサキュバスだ。積極性が違うね?
「――みんな、見てみなよ。遂に見えて来たよ?」
そうして、ついにその時がやってきた。馬車の向かう遥か先の地平線、そこにぽつんと豆粒のように小さな、でも確かに存在感を主張する何かが姿を現し始めた。さすがに地平線の所にあるから、詳細は良く見えない。
でもそれが何かは設置した僕自身が一番良く知ってるし、この旅の最終目的地なんだからセレスたちも見当はついてるはず。実際僕が荷台の上からみんなに声をかけると、酷く真面目な顔をした三人が一斉に荷台に上がってきたよ。あ、御者は奴隷にやらせてるから問題無いよ?
「……アレが、邪神の城なんだよね。あそこに潜む邪神を倒せば、あたしもついに……!」
「ついにここまで辿り着いたか。すでに目視できる距離。ここで油断せず、むしろこれまで以上に警戒して行くぞ」
「地平線までの距離はおよそ五キロほど。この調子なら一時間もしない間に城に到達できるでしょう。見えてくるとほぼ一瞬という感じですね」
三人は遥か遠くにそびえる邪神の城を見据えながら、思い思いの感想を零す。セレスは僕にチラチラと視線を向けつつ頬を染めながら、カレンは切れ長の瞳を鋭く細めながら、ラッセルは助かる事に到着時間をざっと算出しながら。
なるほど、一時間くらいで到着か……だとすると最後の襲撃の場所まであと少しだな?
「邪神のお城かぁ……お宝とかあるのかな? あるなら何とか手に入れたいよね!」
「邪神を倒した後なら、それも良いだろう。今回の依頼は割に合わない仕事だからな。それくらいの褒美があっても罰は当たらないはずだ」
「そうだね。特に僕は旅立ちの直前に無駄な出費をしたから、その分も取り返さないといけないし。あと女たちを養わないといけないし……」
「それなら何故あのような無駄な真似をしたんですか……」
真面目な空気はセレスのお宝発言で一瞬で霧散し、最終的に僕への呆れとなって集中する。みんなが呆れてるのは雑魚冒険者たちを従わせるために、僕が金貨をバラ撒いた事だろうね。僕自身もそれを引き合いに出したわけだし。
実際ある程度雑魚冒険者たちの統率は取れたから無意味ってわけじゃなかったけど、そいつらが全滅した今となっては完全に無駄になっちゃったよね。渡した金貨を返して欲しいくらいだよ。あと利子として魂を寄越せ。
「……馬車を止めろ。今日はここで野営にする」
「え? もう目と鼻の先なんだから、このまま突撃しちゃうのも良いんじゃないかな? あと数キロで着けるんだし」
突然カレンがここで野営にすると言い出し、御者をさせてる奴隷に命令を出す。逆らえない奴隷は仕方ないけど、僕としてはこのまま行った方が良いんじゃないかな? まだ日は十分に高いし、一時間くらいで到着できるんだしさぁ。
「俺もそれは考えたが、ここまで二度目のエクス・マキナによる襲撃が無かった。あるとすれば確実にここから城への道中で仕掛けてくるだろう。それを乗り切るためには万全の状態で無ければ厳しい」
「……そうですね。休憩中に仕掛けられる可能性もありますが、休息を取って体力も魔力も満ちている状態の方がまだマシでしょう」
どうやらカレンもラッセルも、エクス・マキナによる二度目の襲撃を警戒してるみたい。万全の状態で挑むためにここで夜を明かしたいらしい。
チッ、目的地が見えて油断するかと思ったのに。ちなみに二度目の襲撃はすでに計画済みだし仕込み済みだから、二人は実に正しい判断をしてるよ。
「そうそう。それに誰かさんたちはもうちょっと親密なお話とか色々したいだろうしねー? くふふっ」
「な、何ですかその笑いは!? そういうあなたこそクルスさんと親密なお話とやらをしたいんじゃないですか!?」
「えっ、したいけど?」
「なっ……!?」
妖しい笑いを零したセレスはラッセルに反撃を受けるが、ビックリするくらいに恥ずかしげもなく返すから逆にラッセルが顔を赤らめる。諦めな、君じゃ恋する乙女には勝てないよ……。
「あたしはちゃんと自分の気持ちを理解してるし、受け入れてるもーん。素直になれない子や自分の気持ちも良く分かってない子とは格が違うんだよ!」
そして何故かラッセルに対し挑発を重ねるセレスさん。そういう自分もまだ告白してないじゃん、なんてツッコミを入れるのは野暮なんだろうか。生憎と僕はボケ担当だからなぁ。
「フッ……その割に告白自体は済ませていないのですね? 一体どの口でそんな恋愛上級者のような台詞を口に出来るのでしょうか。確かにこれは格が違うと言わざるを得ませんね?」
「あーっ、言ったなー!?」
しかし生真面目でツッコミ役なラッセルはしっかりそこを指摘してツッコミを入れる。挙句皮肉を叩き込むとかいう高レベルな返しをする。これには自分で挑発した癖に逆切れしてたよ、セレス。
「……それじゃあここで野営をしようか。もしかしたら最後の時間になるかもしれないんだし」
「ああ、そうだな……」
「このー! カレンのおっぱいいつもチラチラ見てる癖にー!」
「み、見てません! 事実無根です! あっ、耳を引っ張らないでください!」
荷台の上で取っ組み合いを始める二人を尻目に、僕とカレンはさっさと野営の用意を始めた。でも僕の『最後の時間になるかもしれない』って言葉はかなり効いてるらしく、カレンは荷台の上で犬耳を引っ張られているであろうラッセルにしばらくじっと視線を向けてたよ。寂しそうな、それでいて暖かみがこもった複雑な視線をね。
とっても仲が良い冒険者パーティです(一人黒幕)