突破に向けて
「……それで、あたしたちはどうしようか。やっぱり、全員で正面突破?」
去って行くクズ共の馬車たちをしばしの間見送ると、気を取り直すようにセレスが脳筋な解決方法を提案してくる。
でもそれも仕方ないかな。だって邪神の城方面の包囲は毛ほども薄くしてないもん。包囲が開いてるのはクズ共が去って行った方向、つまり今まで歩んできた道の方だし、結局は包囲してるエクス・マキナを何とか打ち破らないといけないからね。
「僕はそれでも生き残る自信あるけど……コイツらはちょっと疑問だよね。それに馬車が壊されるのは正直避けたいし」
言いつつ、僕はコイツら――聖人族の奴隷たち四人と、逃げ帰らずに残った雑魚冒険者三人に視線を向ける。
そう、何でか知らないけど雑魚冒険者の内の男三人はこっちに残ったんだよね。正直全員で逃げ帰ってくれた方が纏めて処理できるから有難かったのになぁ。
『とはいえ、進む事を決めたからにはそれに近い事をしなければならないだろう。ラッセル、何か策はあるか?』
「そうですね……ちょうどこちらには魔力量に自信のある方がいますし、彼に頑張ってもらいましょう。少々残酷な事をしなければなりませんが、策はありますから」
「誰の事やろなぁ……」
「君だよ、君!」
頼りになるラッセルくんの前ですっとぼけてみると、途端にセレスがツッコミを入れてくれる。ちょうど切らしてたから有難い。
ていうかやっぱり僕の事か。残酷な事って何? 僕に何をやらせるつもりなの、この子……?
「おい、言った通り死体を集めてきたぜ」
などという雑魚冒険者の一人の声と共に、僕の目の前に死体が六つどさりと置かれる。それは胴体が千切れた聖人族奴隷の死体だったり、頭部が無い魔獣族の死体だったりと、最早手の施しようも無く完全に死んでるのが明らかな死体だ。
「ご苦労様です。これだけあれば足りるでしょう。あなたたちはもう馬車の荷台に乗って待機していてください」
「分かった。後は任せたぜ」
ラッセルの言葉に素直に従い、三人の雑魚冒険者たちはそそくさと馬車へ向かっていく。ショタっ子に命令されても文句言わずに従い、あまつさえ役割が済んだならさっさと待機する。雑魚にしてはなかなか優秀じゃないか。
「……しかし、三人くらいこっちに残ったのはちょっと意外だなぁ。てっきり全員逃げ帰ると思ったのに」
「有象無象と逃げ帰るよりは、僕らと一緒に先に進む方が生き残れると判断したのでしょう。そこを考えられるだけ、まだ賢い方だと言えるかもしれませんね」
足早に歩き去って行く三人の背中を眺めつつ、僕とラッセルはそう言葉を交わす。
確かにその辺を考えられるなら、少なくとも逃げ帰った奴らよりは賢いかもしれない。ただ僕らについてきた方が生存率は確かに上がるんだけど、あの三人は僕らが邪神討伐に来たって事知らないんだよなぁ。それを知ってたらたぶん残らなかったと思うよ? 何にせよ、あの三人は邪魔だから早々に消しておこう。
「では、説明したとおりにお願いしますね。この作戦はあなたが鍵なんですから」
「了解。まあ生者を冒涜するよりは死体の冒涜の方が罪悪感も少ないよ」
こくりと頷いた僕は死体の一つを引きずり上げると、その全身を切り刻んで残ってる血を絞り出した。その血は地面に掘った大きな穴に注ぎ込み、ある程度絞ったら死体を放り捨てまた別の死体から血を絞り注ぎ込む。
エクス・マキナの襲撃によってそこそこの数の死体が出来てるから、一体あたりの量は少なめでも血の池が出来るほどに溜まってきた。むせ返る様な血の臭いにちょっと鼻が曲がりそうになってきたよ。女の子のならともかく、これ大体野郎の血だしなぁ……。
え? 何イカれた事してるのかって? 大丈夫、これはラッセルくんの指示だから僕が突然イカれたわけじゃないよ。
『クルス、そっちは順調か?』
「うん。死ぬほど血生臭い事を除けばね。もうそろそろ良い感じに混ざるよ」
穴の中に絞り出した血液を剣でかき混ぜてると、カレイドが僕の様子を見に来た。予めカレイドも納得済みの行動だから、僕の行為や血の池、そして血を絞り出されて干からびた死体の山を見ても特に何も言わない。
とはいえラッセルが作戦を説明した時には、多少難色を示したけどね。でもこれが一番理に適った策なのは理解してたみたいだし、反対自体はしなかった。雑魚冒険者を肉盾にしようって提案してきた事からも考えるに、やっぱりラッセル君の方が現実主義者ですね。
『それは良かった。だがこちらは少々悪い知らせだ。どうやら逃げて行った奴ら、俺達の馬車の車軸を壊して行ったようだ。アレでは馬車は動かん』
「……予想以上にクズだったね。そこまでするとは思わなかったわ」
相変わらず僕の予想を上回ってくれるクズさ加減に、思わず血の池をかき回す腕を止める。
ここですぐさま逃げ帰るだけじゃ飽き足らず、先に進む僕たちの妨害をして囮にするとか……やっぱり極限状態に陥ると人間の本性が出るんだなって。しかし肉盾にしようとしてた奴らに囮にされるとは皮肉な話だ。ちょっと笑える。
『どうする? これでは走って突っ切るしか無いが……』
「んー……壊されたのは車軸だけなんだよね? じゃあそこだけ補強しておいて。車輪が回転しなくても良いから、とにかく車輪で自立できるようにしておいてくれる?」
『……何か考えがあるようだな。分かった、奴らに急ぎ補修させる』
名案が浮かんだ僕はそれだけ指示を出すと、血の池をかき回す仕事に戻った。聖人族の血と魔獣族の血が混じった混合血液をぐーるぐる。ミニスがいたら任せたい仕事だなぁ? むせ返るような血の臭いに顔を青くして涙目になりながらも、頑張って血の池をかき回すミニスの姿が見たい……そして途中で突き落としてやりたい……やりたくない?
「……さて、準備は完了だ。全員、心の準備は良いかな?」
およそ十分後。キャンプ地跡を包囲するエクス・マキナたちの攻撃射程に入る寸前、ようやく全ての準備が完了した。まあ準備って言っても馬車の車軸の補強や、僕がやってた血液かき混ぜだけなんだけどね。
「うん! クルスくんと一緒なら、怖くないよ!」
ぐっと拳を握り、覚悟の決まった笑顔で力強く答えてくるセレス。これ絶対僕の事を悪人とか思ってないだろうなぁ。本当は僕こそ邪神で、しかもこの状況に皆を追い込んでる張本人なのにさぁ……あー、本当に愉快!
「覚悟は出来ていますが……結局、馬車はどうするのですか? あなたの言う通り車軸の補修はしましたが、車輪は回転しませんよ?」
「こうするのさ――摩擦支配」
首を傾げるラッセルに対し、僕は馬車の車輪に向けて摩擦をゼロにする魔法を使った。正確には四輪の内の前輪二個にだけ。車輪全部に使うとつるつる滑ってそれはそれで馬も引っ張りにくいだろうからね。あくまで車輪の半分だけにしたってわけ。
え? もっと長ったらしい魔法名じゃなかったかって? うん、実は長かったから変えたんだ。そもそも前の魔法名――摩擦抵抗消失のままだと摩擦を完全に消失させるってイメージがデカすぎて自由が効かないから、自由に弄れるイメージが湧くように変更したってわけ。こっちの方が短くて言いやすいしね。
何にせよ、これなら車輪が動かなくても一切関係ない。馬車から雪上の犬ぞりになった感じかな? しかし犬ぞりか……うん、雪が積もったら犬ぞりレースとかで遊ぶのも良いかもな。クソ犬にそりを引かせて。
「これは……闘技大会で見せた魔法ですか? もしや摩擦を奪っているのですか?」
『なるほど。これなら車輪が動かなくとも問題は無いな』
車輪を触らせて効果を実感させると、ラッセルとカレイドは感心したような声を零す。
個人的にはちょっと触っただけでしっかり効果を理解してるコイツらにこそ感心したいね。何にせよこれなら問題無く馬車を走らせる事ができるってお墨付きを貰えたし、僕としても一安心だ。
「でも、大丈夫なの? クルスくん、これをずっと維持しないといけないんだよね?」
などと唯一の問題を心配そうに尋ねてくるのはセレス。
うん、実はそこが問題なんだよなぁ。とはいえ無限の魔力を持つ僕が魔力枯渇なんてありえないから、困ってるのはどの程度の魔力を使ったら枯渇した演技をするかとかその辺だね。正直異世界転生でステータスありとか個人的には理解できないけど、実際体験してみると魔力ことMPだけは数値で表せるようにして欲しかったかもしれない……。
「魔力についてはしばらくは大丈夫。ただこれわりと繊細な魔法だから、ちょっと集中力が厳しいかな。たぶん最初の一発とこれの維持しかできないと思うから、防御とかは君らでよろしくね」
「分かった、それじゃあ馬車の右側の防御は私に任せて!」
『では、俺は左側を担当しよう。問題はあの黒いエクス・マキナだが……』
「それは自分と奴隷たちに任せてください。発見次第、速攻で仕留めさせて頂きます。万が一あのエクス・マキナの範囲内に入ってしまうと、馬車が止まってしまいますからね」
役立たずの雑魚冒険者とは違い、しっかりと自分たちで役目を考えていくセレスたち。
うんうん、有能だし信頼できる良い奴らだよなぁ。これこそ異世界でできた信頼のおけるパーティって感じ? 実際は正直おままごとしてる気分だし、邪神っていう不純物が混ざっちゃってるから何とも言えないな……。
「みんな心強いねぇ……よし、それじゃああの包囲網を突破しに行こうか。このくらいの窮地は凌げないと、邪神に勝てるとも思えないしね」
「うん! 頑張ろう、クルスくん!」
『そうだな。俺たちは邪神を倒すための旅の最中なのだ。こんな所で倒れるわけにはいかない』
「そうですね。僕たちが力を合わせれば、この程度の困難は軽く突破できると信じていますよ」
などとセレスたちは、長年苦楽を共にした冒険者パーティのような台詞を口にする。好意に満ちた笑顔で両の拳を握るセレスに、腕を組んでガショガショ(鎧の音)と頷くカレイド。そして少し得意げな笑顔で信頼を口にするラッセル。
僕が普通の魔獣族で、普通に冒険者やってるだけの普通の男なら、同じく何か気の利いたセリフの一つや二つ口にしたくなる所だろうね。だから僕も実際口にしたよ。
「うん。僕も君たちの事、心から信じてるよ?」
とはいえ実際は邪神とか破滅をもたらす救世主とかの裏事情があるせいか、びっくりするくらいに皮肉めいたセリフになった気がするね。まあみんなは何も気付いてないみたいだし別にいっか!
もちろんクソ犬はそりを引けと言われれば喜んで引きます。私はやるぜ~! 私はやるぜ~!
それと誤字報告でクソ長ルビ摩擦消失魔法のルビが長すぎて反映されていなかった事が判明したので、その辺を直しました。カクヨムの方だと反映されてたので見逃してしまった……このお話でクソ長ルビ魔法の名前が改善されたので、ある種奇跡のタイミングの誤字報告でした。ありがとうございます。




