投下作戦
「――きて、起きてークルスくん。交代の時間だよー?」
身体をゆさゆさと揺らされ、僕は眠りから目を覚ました。
邪神討伐の旅に出発してから、今日で大体二週間。セレスとの交代での仮眠と警戒もすっかり慣れたもんだ。目を開ければ優しい笑顔で僕を覗き込むセレスの姿が目に入って、寝覚めはかなり良い気分だしね。
「ふあ……もうそんな時間かぁ。じゃあ今度は僕が警戒する番だね」
「うん、よろしくね。それじゃ、おやすみなさーい」
「うん、おやすみ」
僕が寝袋から起き上がると、セレスはにっこり笑いながら自分の寝袋に入って目を閉じる。手を伸ばせば触れられる距離に無防備に横になっちゃってまぁ……ガードが堅いわけじゃないだろうし、単純に僕を信頼してるんだろうなぁ。というか僕の方にも、ちょっとくらいなら悪戯しても怒らないだろうって信頼もあるし……。
しかし悪戯なんてしてる場合じゃない。何せ今からエクス・マキナたちにこのキャンプ地へ襲撃を仕掛けさせるんだからね。そして僕は襲撃をさせつつそれに対抗するっていうマッチポンプ的な行動を取らなきゃいけないし、正直他の事に気を取られてる余裕が無いんだわ。
そんなわけでまだ若干寝ぼけた頭を魔法で完全に覚醒させ、計画を脳裏で着々と進めていく。このキャンプ地に存在するテントの半分くらいに目標を定めて、っと……これで良し。さあ、あと数秒したら開始だ! 三、二、一――
「――危ないっ!」
「はえっ!?」
そして僕は寝袋ごとセレスを抱え、テントの外へと飛び出る。腕の中で変な声が上がったけど気にしない。
次の瞬間、上空から降ってきたエクス・マキナ(結晶型)がテントに直撃し、跡形も無く粉砕した。もちろんそれは僕のテントだけの話じゃない。このキャンプ地に存在するテントの半数を、次々と降ってくるエクス・マキナが潰してる。高所から質量物を落下させるっていう単純かつ効果的な襲撃でしょ? エクス・マキナはこの程度じゃダメージも受けないし。
「な、何だ!? 何か降ってきたぞ!?」
「敵だ! あの歯車のバケモンだ!」
キャンプ地のそこかしこから聞こえてくる悲鳴や怒声、そしてテントが壊れたり何かがぐちゃりと潰れる音。目論見通り、襲撃を察する事ができた奴はいないっぽいね。落下してくるエクス・マキナたちは空気抵抗をゼロにする事で風切り音も無くしてるから、耳が良い程度じゃ潰されるまで分からないだろうよ。
「夜襲かぁ。しかしまさか上空から降って来るとは思わなかったなぁ……」
僕の仕業だけどそんな事はおくびにも出さず、さも驚いたような反応をしておく。こういう地味な積み重ねも馬鹿に出来ないよね。僕ってコツコツ頑張るタイプだし。
「クルスくん、空間収納が開けない! 近くに黒い奴もいるよ!」
僕の腕と寝袋の中から抜け出たセレスが、焦った様子で周囲を見回しながらそう伝えてくる。稀に見かける黒いエクス・マキナは耐久力が非常に低い代わりに、両種族の同時攻撃でしか倒せず、周囲では魔法が使えないって事はすでに広く知られてるからね。
まあ言われなくても配置した本人である僕は知ってるけどな! いかん、この状況が面白くて笑いそうになる……!
「なるほど、面倒な。よし、ひとまずセレスはこれを使って」
「うん!」
とりあえず僕は予め出してた自分の<隷器>の一つをセレスに投げ渡す。短剣だけどセレスなら問題無く扱えるはずだ。
ちなみにこの短剣型の<隷器>、刀身がもの凄い汚い色してる。具体的にはまるで血錆びみたいな色だ。<隷器>は敵種族の肉体を使って作られてる事、そして血錆び色の刀身って情報があれば、どんな風に作られてるかは自ずと想像がつくよね……マジで怖いなぁ……。
「一旦コイツは無視して黒い奴を探しつつ、聖人族奴隷を集めよう。幾ら<隷器>があるって言っても両種族がいた方がやりやすいしね」
「確かあっちの方に見張りの聖人族がいたはずだよ! 行こう!」
そうして僕らはテントを潰したエクス・マキナは無視して、黒いエクス・マキナの排除と仲間集めを最優先に動く。セレスがしっかり僕に従ってくれるから色々な意味でやりやすくて助かるよ。好感度を上げてたのは無駄じゃなかったね。
「――黒い奴発見! 何かちょっとデカいな!?」
周囲からのエクス・マキナの攻撃を躱しつつ走り回り、キャンプ地の中心でついに見つけた黒いエクス・マキナ。
ここに来るまでに結構な数の魔獣族や聖人族奴隷の死体があったけど、コイツの周りにも結構いるなぁ。コイツはあくまでキャンプ地の中央に落としただけだからテントは潰してない。役目は強化した効果範囲でキャンプ地全体の魔法を封じる事だからね。
それでも周りが死屍累々って事は、無謀にも挑んで死んだ馬鹿な奴らがいっぱいいるってことだね。こんな連携のれの字も知らないようなクソザコ冒険者たちが、マジで倒せるとでも思ってたんだろうか……?
「クルスくん、合わせて!」
黒いエクス・マキナが放つ風の弾丸を、セレスは高く飛び上がって回避する。そのまま黒いエクス・マキナの真上へ身体を躍らせると、身を捻って短剣を素早く振り被り――
「やああぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
いつもの獲物と違うとは思えない華麗な一閃で以て、エクス・マキナを切りつける。もちろん僕はちゃんと連携を取れる子だから、その一撃に合わせて自分の短剣でエクス・マキナを切りつけたよ。
多少デカくて魔法無効化の範囲が広くても、基本は耐久貧弱に設定してある黒いエクス・マキナ。僕ら二人が多少深く切りつけただけで、あっという間に機能停止してその場に崩れ落ちた。クソッ、ただでさえ在庫が不足してるのに……!
「うん、今は空間収納使えるよ!」
「じゃあ今の内に武器や<隷器>をたっぷり出しとこう。無いと困るけどありすぎて困ることは無いしね」
「うん!」
不足してる在庫をさらに自分の手で追い詰めなきゃいけない怒りを胸の内に隠し、代わりにセレスと一緒に空間収納にしまってた武器や<隷器>をありったけ出しておく。もう黒いエクス・マキナは出さないけど、それを知ってるのは僕だけだからね。あー、二役同時にこなさないといけないのマジ面倒……。
とにもかくにも、僕とセレスはキャンプ地中央を起点にして生き残りを探しつつ、エクス・マキナの殲滅に乗り出した。普通の武器と<隷器>があれば一人で倒せるし、殲滅自体はかなりあっさり進んだよ。
問題は生き残りだけど……これは目論見通り――じゃなくて残念な事に、そこまで多くは無かったね。魔獣族が七人、聖人族奴隷が六人って所。まあ大抵の奴らはテントの中でお楽しみになってる所をエクス・マキナに潰されたからね。魔獣族はさておき、そいつらに無理やりエッチな事をされてる最中に死んじゃった聖人族奴隷はちょっと不憫かな?
『――お前たち、無事だったか』
それはさておき、しばらく殲滅と救助を頑張ってキャンプ地中央に戻ると、そこには僕らと同じように生き残りを何人か連れたカレイドとラッセルがいた。
ちなみにこの二人が生きてるのは意図的なものだよ。あえてコイツらのテントにはエクス・マキナを落とさなかったんだ。死なれたら実質僕とセレスだけで邪神討伐に行かないと行けないしね。それもうその場でタイマンした方が早そう。
「テントの上に変な物降ってきて危うく潰されかけたけどね。そっちは大丈夫だった?」
「僕たちのテントは大丈夫でした。しかし道中での様子を見るに、直撃した数は非常に多いようですね。運悪く潰された、と言うよりも狙って引き起こした事なのでしょう」
「クルスくん、生き残ってるのは今ここにいる人たちだけなのかな……?」
セレスは周囲の生き残りに目を向けながら、不安げにそう尋ねてくる。
今この場にいるのは高ランク四人を除けば、魔獣族が十二人。そして聖人族奴隷が十人だ。半分どころか三分の一くらいはゴリっと死んだね。やったぜ。
「……みたいだね。随分被害がデカいなぁ」
『そして性質の悪いことに、俺達はエクス・マキナの大群に包囲されている。見ろ』
カレイドの言葉に従い、全員がキャンプ地の外に目を向ける。
遥か遠くにあったのはうぞうぞと蠢く大地のシルエット――に見えるほど、大量に密集してこっちに近付きつつあるエクス・マキナの大群だ。別の方向を見ても見えるものは変わらない。このキャンプ地を取り囲むように包囲して、ゆっくりと陣形を縮めて来てるんだ。
何人かの魔獣族が悲鳴を上げたり腰を抜かしたりしてるけど、もちろん僕には驚きは無い。だって全部僕の仕込みだし……。
『さすがにあの数が押し寄せてくれば、全滅は免れん。出来る限り早く対策を決めなければ――』
「何を呑気におしゃべりしてんだよ! さっさと逃げようぜ! 見ろ、あそこは数が少ねぇからきっと突破できるぞ!」
半狂乱になってる魔獣族の冒険者がカレイドの台詞に被せつつ、包囲網の一部を指差す。他はエクス・マキナがこれでもかと密集してて一部の隙間も無いのに、そこだけはまばらで向こう側の景色がある程度見えるくらいに密度が低い。
馬車で突撃すればきっと抜けられる。この状況なら思わずそう希望を抱いても仕方ない光景が広がってた。
「やめておいた方が良いですよ。あそこまであからさまに数が少ないのは絶対に罠です」
「うるせぇ、クソガキ! 自分が賢いつもりかよ!」
「少なくともあんたよりは賢いよ。あんな見え見えの罠に自分から突っ込もうとするなんて馬鹿じゃないの?」
「んだと、このアマ!」
冷めた目で罠だと教えてあげる優しいラッセルとセレスに、生き汚い魔獣族の冒険者は声を荒げてブチ切れる。
恐ろしい事にこの反応はコイツ個人だけじゃなくて、他の魔獣族の冒険者たちもほぼ同じだって事だ。あれだけ見え見えで露骨に包囲の数を減らしてるんだから、ほんのちょっとでも考える頭があれば罠だって分かりそうなもんだけどなぁ? 焦りと恐怖でだいぶ視野が狭くなってるのか、あるいは素でこんな馬鹿なのか……。
「じゃあテメェらはどうするってんだよ! このまま奴らにやられんのを待つのか!? あぁ!?」
『……進むしかないだろう。どのみちすでに道程の半分以上を消化している。むしろ邪神を倒さずにここから逃げ帰ろうとすれば、たちまち執拗な追撃を受けて全滅するだろうな』
冷静なカレイドは僕の予想通りの答えを出してくれた。
そう、すでに邪神の城にほど近い距離だ。ここからなら帰り道の方が長いし、尻尾を巻いて逃げようとすれば容赦なく追撃されるっていうのは僕が太鼓判を押してあげよう。実際あっちの露骨に包囲が薄い場所を用意したのは、ここで邪魔な雑魚冒険者たちを離脱させて皆殺しにするためだしね。
「そりゃあお前らの勝手な想像だろうが! ここで逃げるんなら手は出さねぇかもしれないだろ!」
などと勝手に邪神を優しい人認定して、そんな博愛精神溢れる心を持っていると決めつけてくる雑魚冒険者。
心配しなくて良いよ、そんな可能性は微塵も無いから。例え逃げようと残ろうと、お前らは一人残らず殺すから。
「はい、はい。どうせ平行線なんだから無駄な会話はやめよう。進む人と、戻る人、ここで別れようじゃないか」
とはいえ話が長引いてきたし、割って入ってさっさと結論を出させる事にした。とはいえ聞かなくたって答えは分かってるけどね。
「俺らは戻るぜ。これ以上命を賭けられるかよ」
「そうよ! 楽な依頼って言われたから受けたのに、こんなの想像してなかったわ!」
「死にてぇならお前らだけで死にやがれ! 俺らを道連れにすんじゃねぇ!」
当然の如く、雑魚冒険者たちは尻尾巻いて逃げ帰る事を選択。まあいられても正直邪魔だから、僕としては願ったり叶ったりだ。
「そっか。じゃあ奴隷の大半と馬車も僕らの以外全部渡すから、好きにして良いよ」
「クルスさん、さすがにそれは……!」
僕の答えに、さすがにラッセルが難色を示す。
主に聖人族奴隷を渡す事が受け入れ難いんだろうね。コイツらは少なくとも雑魚冒険者たちよりは役に立つし、エクス・マキナが大量に現れた時は<隷器>だけじゃ手が足りないし。純情なラッセルくんは間違っても性奴隷がいなくなるから、なんて事は無いでしょ。
『いや、それでいいだろう。元々戦力面ではコイツらに期待などしていない。奴隷たちを渡すのは少々痛いが、中途半端な所で裏切られ逃げられるよりは遥かにマシだ』
「そうだね。さすがにこういう人たちに背中は預けられないよ」
「……確かに、そうですね。分かりました。僕も賛成します」
カレイドもセレスも僕に賛成してくれたし、少し複雑そうな表情だけどラッセルも頷いてくれた。こんなチキン野郎共を連れて行くくらいなら、奴隷たちの大半を渡してでも帰って貰った方がよっぽど良いって感じかな?
そんなわけでめでたく満穣一致。僕ら高ランクは包囲を突き破って先に進む事が決定し、雑魚冒険者たちはここで逃げ帰る事になった。聖人族奴隷十人の内、六人を渡す事になったよ。あの奴隷たちも殺さなきゃなぁ……。
「――あばよ、テメェら! 精々俺らが逃げられるように敵を引きつけとけよ!」
「はいはい、さよなら。たぶんもう二度と会うことは無いよ」
そうして、雑魚冒険者たちは馬車を駆って包囲の薄い場所へと突撃して行った。エクス・マキナから散発的に魔法による攻撃が放たれるけど、数はびっくりするくらい少なめにしてあるから余裕で突破して行ったね。
ま、アイツらの処分は後にして、今はこっちだ。この包囲網を抜けるために、皆と力を合わせて頑張ろう!