セレスの嫉妬
⋇ここから12章です。異常者の出番が少ない貴重な章。
「……分かっちゃいたけど、やっぱ暇だなー」
ついに邪神討伐の旅に出発した、僕ら魔獣族の冒険者たち。残念ながら嫌いな馬車の旅、しかも周りにいるのは本当の仲間じゃないという状況も相まって、僕は退屈で早くも死にそうになってたよ。
まだ出発から三時間も経ってないのにこの暇さ。読書で時間を潰そうにも集中が続かない。馬車はそれなりに揺れるから読みにくいしね。
「そうだねー。この辺はエクス・マキナも出ないみたいだし」
隣の席でそう同意を示すのはセレス。ただセレスは同意してくれてるけど、そこまで手持ち無沙汰には見えないな。というか僕の隣に座れてるからか、例え暇でも結構充実してそうに見える感じだ。恋する乙女は時の流れにすら打ち勝つ……!
「邪神の城に到達するまでどれくらいの時間がかかるのかな? あんまり長い間この暇な時間が続くとかなり苦痛なんだけどなぁ」
「大体二十日くらいじゃないかなぁ。でもそれはあくまでも距離のみを考えた日数だから、絶対これより時間かかるよ」
「うーん、だとするとマジで暇だなぁ……」
さすがに今は読書の気分でも無いから、他にやれる事が全くない。いや、本当はやりたい事とかやるべき事とかはいっぱいあるんだけど、ここではできないんだよね。あー、人目も気にせずエクス・マキナを創りたい。世界規模で放ってるのに生産してるのは僕だけだから、供給が追い付かないんだわ。
最近はこの世界のクズ共もあしらい方に慣れて来たみたいで、バカスカ壊してくれちゃうしよぉ? テメェら生産者の気持ち考えた事あんのか? あらゆる攻撃に対して完全な耐性を持つ無敵のエクス・マキナを送りつけてやろうか? あぁん?
「少しは時間を有効に使おうとは思わないのですか? 暇なら武装の点検くらいしたらどうでしょうか」
なんて暇さ加減に足をブラブラさせてると、対面に座るラッセルが厳しい声でそう助言してきた。自分でも言ってる通り、ラッセルは苦無みたいな投擲具の手入れをしてるよ。
ちなみにこの馬車に乗ってるのは僕ら高ランク冒険者たち四人だけ。ただしカレイドはご自慢の翼を羽ばたかせて周囲の警戒とやらに出てるから、今は実質三人だ。なお、馬車の御者をやらせてる聖人族奴隷は数に含めないものとする。
「そんな事言われたって、僕はお前と違ってそんなに武器は持ってないし。精々剣と短剣と杖くらいだから、そんな頻繁に手入れをする必要も無いんだよ」
などと返す僕だけど、実際の所はそもそも手入れなんてした事無い。だって魔法で保護してるから基本的に劣化しないもんね! コスパ最強だぜ!
「というか、本当にいっぱい武器持ってるよね。短剣に針に苦無に……そんなに必要?」
「生憎と僕は誰かさんのように、無駄遣いできるほど膨大な魔力を持っているわけでは無いですからね。手数が多いに越したことは無いんです。暗器で魔法の発動地点を指定したり、魔力を浸透させた暗器を発動の媒体にする事で、魔力も節約できますからね」
「ふーん。せせこましい事してるなぁ。家計簿を切り詰める主婦みたい」
「ちょ、ちょっとクルスくん……!」
僕の的確な発言にちょっとイラっとしたのか、苦無に何かを塗ってたラッセルの手がピタリと止まる。さすがにこれにはセレスも横から口を挟んできたよ。でもそんな涙ぐましい魔力の節約を見せられたら、主婦みたいだって思うのも仕方ないじゃん? むしろある種の誉め言葉だよ。
「……いえ、そういう事をしている自覚はあります。同ランクの冒険者と比べ、僕の魔力が圧倒的に低いのは事実ですからね。魔力弱者である僕は出来る限り魔力を切り詰め節約しないといけないんです。そうでもしなければ、より高みを目指す事など夢のまた夢ですから」
少し頬を引きつらせながらも、ラッセルは素直に主婦みたいだという指摘を認めた。うん、認められるのは良い事だ。
しかし不思議だ。魔力弱者だって事を理解していながら、何で爪に火を点すような真似をしてまで冒険者やってるんだろうね? しかもBランクだし、今の発言からするとそのランクでも満足してない感じだ。向上心があるのは良い事だけど、どうして無理してそこまでするのかな?
「……もしかして、Sランクの冒険者になるのが夢だったりする?」
「ええ。ですがそれは僕の夢の半分ですね。もう半分は――」
ラッセルはそこで言葉を切って、ついさっきまでカレイドが座ってた隣の席に視線を向ける。やたらに綺麗で力強い、無駄に輝く目でね。あー、何となく察した。
「――カレイドさんのような、強く逞しい男になる事です。それこそ、あの人と肩を並べて戦えるような男に」
「あっ、ふーん……」
予想通りの答えに、思わず意味深な生返事を返した。いやだって仕方ないよ、これ。ショタっ子が強そうな男に憧れるのは当然かもしれないし、カレイドは人間性も割とできてるから理解はできるよ? ただ、ねぇ……強く逞しい男、ねぇ?
「……ふん。あなたも僕を馬鹿にするんですね。僕には無理だと」
ちょっと意味深な反応を蔑みと取ったみたいで、ラッセルは拗ねたような顔で僕を睨みつけてきた。残念ながら僕はストレートだから、ショタっ子にそんな顔されても毛ほども響かないんだわ。
「いや、そうは言ってないよ。そうじゃなくて、強くて逞しい男ならここにいるじゃん? 僕には憧れないの?」
「よくもまあ自分でそんな事を口に出来ますね……あなたに憧れる事はできません。僕が憧れているのは力や腕っぷしだけでなく、その精神性も含まれているので。あなたは精神性が対象外です」
「なかなか酷い事を言われた気がする……」
「日頃の行いが悪いからだよ、クルスくん」
まだ出会って日も浅いのに人でなしと断定された気分で、ショックを受けてがっくりと肩を落とす。セレスが慰めるように僕の肩をポンと叩いてくれたけど、残念ながらフォローはしてくれなかった。僕ほど世界の平和のために邁進してる善人はいないのになぁ。ちくせう。
「……ともかく、僕は憧れのカレイドさんに一歩でも近づくために、出来る事は何でもするつもりです。せせこましいと断じられようが、小賢しいと嘲笑われようが、弱い僕が強くなるためにはそれしかないのですから」
ショタ顔でキリっと真面目な表情をして、そう言い切るラッセル。自分が弱い事を理解していて、その上で高みを目指してるのか……なかなか立派じゃないか。初対面の印象悪かったからちょっと見直したよ。
「立派な志を持ってるねぇ。うちのアホ共に聞かせてやりたい……」
「あ、あたしだって夢はあるよ! その、ここではちょっと、言えないけど……」
頭の中が狂ってる真の仲間たちを思い浮かべてため息を零す僕と、何やら意味深に恥じらいながら僕をチラチラと見てくるセレス。どうせ僕のお嫁さんになるのが夢だとか言うんでしょ? あまりにも普通の可愛らしい夢で泣けてくるね。
「じゃあそんな君にプレゼントだ。強さを得るための一助くらいにはなるでしょ」
何か期待のこもった目で見てくるセレスは無視して、空間収納から取り出したとある物をラッセルに投げ渡す。それをキャッチしたラッセルは驚きに目を見開き犬耳をおったてながら、受け取った物をしげしげと眺めてたよ。
「これは、素晴らしい純度の魔石ですね……」
本人が感嘆のため息交じりに口にした通り、僕が渡したのは魔石だ。大きさは拳大だけど、魔法で創った物だから混じり気一切無しの純度百パーセントの魔石だ。
ちなみにこれは今この場で創ったわけじゃなくて、定期的にレーンにあげないといけないやつだからストックが大量にあるんだわ。<カドケゥス>を手に入れてもまだ魔石を求める欲しがりさんで困ってるよ。
「さっきのせせこましい発言のお詫びにあげるよ。お前なら使いどころも間違わないだろうしね」
「……そういう事なら、有難く受け取っておきます」
ラッセルは少し嬉しそうに微笑みつつ、魔石を空間収納にしまい込んだ。心なしか声音も若干柔らかくなってる気がするね?
正直敵に塩を送る形になるから少し迷ったけど、少なくとも今は僕たちは仲間だ。それなら信頼関係を築くためにも、この程度の贈り物は許容範囲でしょ。どのみちあんな魔石一個で出来る事なんてたかが知れてるし。
「むー……」
多少とはいえ信頼を深める事が出来て満足感を覚えたのも束の間。隣から聞こえる唸り声に視線を向ければ、そこには不満気に頬を膨らませたセレスの姿があった。その目はどちらかと言えばラッセルの方に向けられてるし、心なしか羨ましそうにも見えるね。
「どうしたの、セレス?」
「えっ? あ、な、何でもないよ?」
疑問に思って声をかけると、セレスはわざとらしい笑顔を浮かべて誤魔化してくる。何だろ、僕がショタと仲良くしてるのが気に入らないのかな? 意外と独占欲強め?
「僕に魔石をプレゼントした事が少々気に入らないのでしょう。魔石は宝石の一種としても扱われますからね。気になっている男性が自分の目の前で、同性とはいえ他の人に宝石を贈ったのならば当然の反応ではないですか?」
「ちょ、ちょっとラッセルくん!?」
首を傾げてると、ラッセルが推論を述べてくれた。そしてそれが正しいのは、顔を真っ赤にするセレスの反応から一目瞭然だ。
どうやら仲良くしてる事じゃなくて、魔石をプレゼントした事が気に入らなかったらしいね。そりゃあ自分の気になってる男が目の前で他の奴に宝石をプレゼントしたら、微妙な気分にもなるだろうよ。
「なるほどね。そこまで女の子の心の機微が分かる辺り、どうやら立派な男性じゃないって皮肉った事も間違いだったかな」
「いいえ、少なくとも強さや外見が男性的では無いのは事実ですからね。気にしていないわけではありませんが、先ほどの魔石でチャラにしてあげましょう」
「それは助かったよ。さすがにセレスの目の前で魔石を二個も三個もお前にプレゼントするのはマズそうだからね」
「驚きですね。あなたはどちらかと言えばわざとそうして、反応を楽しむ類の人間では?」
「ハハハ、違いない」
どうやらラッセルの方も僕と信頼関係を深める事ができたと感じてるみたいで、意外とあくどい顔をして軽口を叩いてくる。
まあ野郎とそこまで仲良くしたくはないけど、この旅はそれなりに長くなりそうだし仲良くなっておくに越したことは無いよね。その方が過ごしやすい空気になってストレスも緩和されそうだし。何にせよ、この調子でラッセルだけじゃなくカレイドとも親交を深めていこう。
「うー……! 二人が仲良くなったのは良い事だけど、何か納得いかない……!」
なお、すでにほぼ攻略済みのセレスは僕らが仲良くしてる光景にちょっと思う所があるみたい。軽口を叩き合う僕らに対して、羨望とも嫉妬とも取れる反応をしてたよ。意外と嫉妬深いのかな、この子……?
12章。雑魚冒険者たちと奴隷たちを引き連れ、邪神の城へと向かう馬車の旅。果たして何人生きて帰れるか。そしてセレスの恋の行方は!?