閑話:クルスVS真の仲間たち3
⋇ある意味TSか……?
「これで残るは、あと三人」
レーンの胸を貫いた右腕を引き戻し、手にこびり付いた真っ赤な血をペロリと舐めながら呟く。
支えを失ったレーンの身体はそのまま地面に膝を付き、力なく崩れ落ちて大きな血溜まりに沈む。その直前に光を失ったレーンの瞳が僕に向けられたけど、そこに映り込んでたのは僕じゃなくてミニスの姿。
そう、これがミニスミサイルが飛んできた時に仕込ませて貰った保険。万一僕が死んだ場合、ミニスの身体に魂を移して活動を可能とする驚愕の魔法だ。一口に言えば憑依魔法って感じだね。
「馬鹿な!? 貴様、まさか……ミニスの精神を乗っ取ったのか!?」
「まあ大体そんな認識で正解かな? まさか仕込んでおいた保険を使わされるとは思わなかったけどさ」
端正な顔を驚愕に歪めるバールにミニスの可愛らしい声で答えながら、僕は手足を振ったり拳を握ったりして身体の調子を確かめる。うん、悪くない。むしろ最高だ。僕とミニスの相性はバッチリだね!
この憑依魔法に関してはぶっつけ本番で試したわけじゃなくて、元々実験は何度も繰り返してた。従順な死体兵を創る時に判明した、他人の身体に別人の魂を入れると拒絶反応を起こす事とか、転生を繰り返してるレーンは毎回脳みそが別物なはずなのに今までの人生を覚えてる事とか、色々興味深い事があったからね。それらを調べる内に創り出した魔法が、この憑依魔法――肉体略奪だ。
「……つまり、今の主はミニスの姿になっていると考えて良いのかな~?」
「姿になっているっていうか本人なんだよなぁ。ミニスの精神は邪魔だからちょっと奥の方に押し込んでるよ。分かりやすく言うなら、そうだねぇ……ミニスが建てたマイホームに僕が押し入り、拘束して部屋に監禁してマイホームを奪い取った感じかな?」
魂って概念が分からないせいでちょっと困惑気味のトゥーラに対し、分かりやすく説明してあげる。
もちろんミニスの魂が表に出てると邪魔でしか無いから、肉体の奥底に封じ込めてるのも肉体略奪の効果の一種だ。他にも憑依先の脳みその記憶が全部流れ込むとマズいから、それを防ぐ効果もある。
ちなみに僕自身の記憶に関してはレーンの例から察してた通り、魂にも記憶が刻まれてるみたいだから一切手を加えてない。文字通り身体を乗り変えたみたいな感じで利用できてるよ。
「この外道がよぉ。とんでもねぇゲス野郎だな、テメェ?」
「その割には滅茶苦茶嬉しそうな顔してない……?」
僕の説明で全てを理解したキラは、何故かニンマリと嬉しそうに笑いながら罵倒してくる。
たぶんアレだ。もっと戦えるから嬉しいんだろうね。決して合法的にミニスの身体を痛めつける事ができるから昂ってるわけではないと思いたい。いや、たぶんそっちなんだろうな……。
「私は主がどのような姿になっても愛するよ~! せっかく女の身体になったのだから、主にも女の喜びを教えてあげようじゃないか~? ウヘヘヘ~」
「悪いけど僕にそっちのケは無いよ。ていうかお前そっちもイケたのか……」
身体は間違いなくミニスの物なのに、トゥーラは平然と僕に対して嫌らしさ全開の発情した目を向けてくる。どうやら見た目と性別が変わったくらいじゃ僕から離れたりはしない様子。あまりにも嬉しくて思わず一歩後退りしちゃったよ。ハハハ。
「何にせよこれならまだまだ舞える! 覚悟しろお前ら!」
状況説明を終えて、僕は再び意識を戦闘モードに切り替える。
貧弱な人間の身体からその三倍くらいの身体能力を持つ獣人の身体に乗り換えたから、すこぶる身体が軽い。ただ身長はもちろん、お手々も小さいし手足も短いから違和感が凄いな? まあその辺は根性と魔法でカバーしよう。
「クッ! レーンが脱落してしまったのが痛いな……!」
「真祖の吸血鬼が弱音吐いてんじゃねぇ! あたしらで何とかすんだよ! あたしに力を寄越せ――ブラック・ビースト!」
「そうとも~! 君も男なら不屈の精神を見せたまえ~! ストラグル・インカ~ネイションッ!」
端正な面差しを歪めるバールに対し、殺る気満々の犬猫の闘志は一切揺らぐことは無い。キラは再びヴェ●ム化し、トゥーラも身体能力の強化を解禁。自分たちも身体能力を引き上げる事で、僕がミニスの身体に入った事でフィジカルに生まれた差を何とか縮めようってわけか。頑張るねぇ。
「フッ、この我がそのような叱咤を受けたのは生まれて初めてだな……」
犬猫の罵倒と叱咤を受け、何やらさも愉快とでも言いた気に微笑を浮かべるバール。まあ二千年くらい前から生きてる年長者だし、実質魔王よりも強いし、そんな存在に罵声や叱咤を浴びせる奴はいないだろうねぇ……。
「良いだろう。ならば貴様ら、しばし時間を稼げ。さすれば吸血鬼の真祖たる力をとくと示してやろう」
おかげでバールも調子が出てきたみたいで、何やらワクワクする事を口にしながら新たな血液入りの瓶を取り出す。
これは時間を与えればもの凄い技の一つでも見せてくれるって事かな? せっかくだし見てみたいなぁ。じゃあしばらくは放っておいて、僕は犬猫と遊ぶ事にするかな。
「さあ、かかってこい。僕を接近戦で仕留めるなら、この身体に慣れてない今がチャンスだぞ?」
というわけで戦いの続きをするため、構えを取って某マトリッ●ス世界の救世主が如く手でクイクイっと招いて挑発をした。途端にキラもトゥーラも快感を覚えたかのようにぶるりと震えるんだから始末に負えないね。この変態共が。
「お言葉に甘えて~! ヒャッハ~!」
「おっと、甘い――なぁっ!?」
正面から突っ込んでくるトゥーラから距離を取ろうと、僕はその場から跳び退いて――想定の十倍以上の距離を跳んだ事で目を丸くした。
身体能力の強化倍率はミニスの身体を乗っ取る前から変わってない。つまりこの十倍以上の差は紛れも無くミニスの肉体のスペックの影響だ。さすがは脚力に関してはぶっちぎりでイカれてるウサギ獣人。まだ肉体が完成してない少女時代でこれとか完璧にぶっ壊れてるな?
ちょっとスペックがアホすぎてまずは把握しないと話にならないし、着地した僕はトゥーラから逃げる形で飛んだり跳ねたり走ったりして身体能力の把握に努めた。
「うっわ、凄い身体能力。特に脚力イカれてるよ、マジで」
そしてやっぱり身体能力はイカれてる。幾らミニスがロリの村娘でも、素の僕だと勝てる要素が一切無かった。たぶん膂力でも負けてるんじゃないかな、これ。腕相撲でも勝て無さそう。
あとね、やっぱり脚力がヤバい。魔法の強化込みとはいえ、力を込めてジャンプしたらこの地下闘技場の天井に危うくぶち当たる所だった。というかジャンプで地面が抉れて衝撃波が周囲に広がったんですが……ミニスちゃんメンタルだけじゃなくて肉体もお化けじゃない?
「ちなみに身体を変えても魔力は健在だ! 氷柱の嵐!」
少し距離を取った僕は自身の左右に百を超える鋭い氷柱を生み出し、それを犬猫目掛けて撃ち出した。
本来のミニスちゃんなら碌に使えない魔法も、肉体を借りてるだけの僕になら問題無く使用できる。そもそも魔力とは魂から生産されるエネルギーだから、肉体が変わった程度じゃあ何ら影響はない。女神様と魂で繋がってる僕はなおさらだね!
『食らうかよぉ!』
「あま~いっ!」
さすがに音速とまでは行かないけど結構な速度で撃ち出したのに、犬猫は二人でそれを弾き受け流し打ち砕いてく。さすがっすねぇ。
とはいえこの魔法でダメージを与える気は欠片も無い。ミニスちゃんの身体の本領は脚力だからね。やっぱ仕留めるつもりならそれでやらないと面白くない。だから僕は氷柱の数々が目隠しになってる間に馬鹿げた脚力で跳躍。容易く天井に達する所で身体を反転させて天井を踏んで、そこから眼下の犬猫目掛けて突撃した。何か音の壁を突き破った気がするけど気のせいでしょ。
「食らえ渾身のウサギ踵落とし!」
そして放つは全力全開の踵落とし。グルンと回転を加えた上で放つ、身体能力を強化した兎獣人の踵落とし――って熱い、熱い! 当然のように音速を越えたばかりか足が赤熱してる! ちょっとやり過ぎた、この一撃!
『――舐めんなぁ!』
あまりに派手な一撃だからあっさり気付かれたみたいで、氷柱を捌いてたキラが飛び上がって鋭い爪で迎撃を試みてきた。そんなもんまともに食らったら足がスライスされちゃうね。というわけで可愛らしい靴に硬質化の魔法をかけて迎え撃つ! 摩擦熱で燃え上がる破壊不能な一撃を食らえ! あっちぃなあもうっ!
『がああぁぁぁぁっ!?』
キラの奮闘虚しく、僕のウサギ踵落としは容易く迎撃を返り討ちにして地面に蹴り落とした。キラの鉤爪と接触した瞬間、周辺に尋常でない衝撃波が広がってたよ。僕ら空中にいるのに、軽く地面が捲れ上がって弾け飛ぶくらいだからね。地面に叩きつけられたキラはデカいクレーターを地面に作り上げてたし。
まあその一撃を正面から迎え撃って、地面に叩き落されたとはいえ形を保ってるキラちゃんも凄いよね。ヴェノ●装甲のおかげかな?
『ク、ソ、がぁ……! その見た目であたしを、見下ろしてんじゃねぇ……!』
しかしさすがに身体を貫いた衝撃は甚大だったみたいで、キラは反動で更に宙を舞う僕を睨みつけてくるだけだ。脳震盪でも起こしたのか思うように動けないっぽいね。そもそも肉片になって無い事が驚きのレベルなんだが。
それはさておき、見下ろすなと言われると見下ろしたくなるのがサディストの性。当然サディストである僕もその作法に従わなきゃね。というわけで僕は空間を固めて足場を創る魔法を即興で使い、宙に降り立ち――
「……ザーコ♡ ザーコ♡」
頑張ってメスガキ風の笑いをしながら、クレーターの中心からこっちを睨み上げるキラを挑発した。僕は今ミニスの身体を乗っ取って女の子の姿になってるし、どうせならやってみようと思ったんだ。メスガキ式挑発が抜群に効くのは、闘技大会で嫌ってほど思い知らされたからね。
とはいえ相手は男では無く、一応は女のキラ。そこまで通用はしないかなぁ――
『――クッソがああぁああぁぁぁぁぁぁっ!!』
「うわブチ切れた」
とか思ってたら予想を遥かに上回る効き目だった。たぶん僕の身体がミニスのだから、ミニスに挑発されたように感じたんだろうなぁ。ブチ切れたキラはヴェ●ム装甲の背中から無数のぶっとい触手を何本も創り出し、僕に向かって恐ろしい勢いで伸ばしてきた。なるほど、それなら動けなくとも関係ないか。
「やだ♡ こんなおっきいのに貫かれたら分からされちゃう♡」
『死ねえぇぇぇぇぇっ!!』
殺到する無数の触手を、宙を蹴る武装術で以て空中を駆け回りながら躱す。おまけにメスガキ式挑発をもっかいやったら触手の数が倍になりました。ちょっと反省。
「私も主に罵られた~いっ!! とりゃ~っ!」
「それはいっつもしてるだろ。まだ足りないのか、お前は?」
そんな欲望全開のシャウトと共に宙に躍り出たのは、ご存じ変態クソ犬トゥーラ。僕と同様に宙を跳ねるように駆け回りながら、鋭い一撃を叩き込んでくる。それだけ見れば無限の魔力を持つ僕の方が圧倒的に有利に見えるけど、実際の所はこっちが不利だ。何せ僕は十を越える数のぶっとい触手群を躱しながらトゥーラとバチバチ殴り合ってるしね。
それにトゥーラは触手を足場にして衝撃を逃したりもしてるし、あろうことか自身の背中に触手の叩きつけをわざと受け、その衝撃を拳や蹴りに乗せて放つっていう心底馬鹿な真似までしてくる。ただでさえ触手に逃げ場を塞がれつつなのに、こんな神業で絶え間なく攻撃されると辛い。しかも僕はミニスの身体に不慣れだし。
「むっ、誘い込まれたかな?」
空中を駆け回りながらトゥーラと殴り合う僕は、やがて誘い込まれるように触手の檻の中に追い込まれた。それに気付いた瞬間、触手は一気に縮まる様に殺到してきて、僕の身体を雁字搦めにして拘束した。
やだ、触手プレイとかマジ勘弁――いや、でもミニスに対して触手プレイとか良くない? やべぇ、今度やってみようかな。実は体内貫通とか一度やってみたくて――
『今だ! ぶち殺せ!』
「その命、もらい受ける~っ!」
なんて馬鹿な事を考えてたせいで拘束から逃れる時間を逃し、気付けば必殺の一撃が頭上から迫ってた。トゥーラが天井を蹴り砕いて真下に突撃、重力に加えて更に幾度も宙を蹴る事で爆発的な加速を得て、大気の壁を突き破りながら恐ろしい貫手を繰り出してきた。
貫手っていうかもう完全に一本の槍みたいな姿だよ。これさすがに衝撃を受け流すのは厳しそうだ。かといって今から触手の拘束に対処してたら間に合わない。
「転移門」
というわけで、僕は頭上とまた別の場所の二ヵ所の空間に穴を開けて繋げた。こう、ドクター・スト●ンジが手をクルクルして創り出すアレを思い浮かべて貰うと分かりやすいかな。遠く離れた場所に移動できるポータル。
えっ? 転移ができるのに何でわざわざそんなものを創る必要があるのかって? そりゃあ君、これをくぐるのは僕じゃなくて、上から突っ込んでくるトゥーラだからだよ。
「うお~っ!?」
『何やってんだクソ馬鹿がぁっ!』
そして空間を繋げた先は、クレーターの中心で触手を操ってたキラの頭上。爆発的な加速を得てたトゥーラは攻撃を止められず、キラが慌ててヴェノ●装甲から弾き出されるように脱出して躱した。
次の瞬間、結構な強度を誇るはずのヴェノ●装甲があっさりとぶち抜かれて弾け飛んだばかりか、そのままトゥーラの腕は地面にするりと突き刺さって肩まで地面に沈み込んでたよ。余計な破壊はほぼ起こさずにね。どんな貫通力だよ、それ。
何にせよキラがヴェ●ム装甲から離脱し、なおかつトゥーラがぶち抜いたおかげで、僕を戒める触手も力なくドロドロと溶けるように消えていったよ。触手プレイが終わって安心したようながっかりしたような気分で僕が地面に降り立つと、ちょうどキラとトゥーラが罵り合いながらクレーターの縁に上がってくる所だった。まあ危うく貫かれかけたキラが一方的に罵ってるだけだけど。
「この野郎、同士討ちで死んだらただの馬鹿じゃ――ぐっ!?」
「いやいや、すまない――ぬはっ!?」
「……ん?」
クレーターの縁に上がってきた二人が、唐突に身体をビクッと揺らして小さな喘ぎを零す。何だろう、僕はまだ何にもしてないぞ?
「て、テメェ、何、を……!」
「さすがに、二人同時は、意図的じゃ、ないかな~……?」
二人は途切れ途切れにそう呟き、震えながら自身の背後を振り返る。その責めるような視線の先にいたのは、鋭い目付きでこちらを睨むバールの姿。
でも僕が気になったのはバールの姿より、背後を振り返った犬猫の背中に血で形作られた矢が突き刺さってる事だった。位置的に間違いなく心臓を貫いてて、どう見ても致命傷だ。実際二人は碌に辞世の句を詠む事も出来ず、力を失ってクレーターの中へと倒れゴロゴロと転がって行った。
「……え、マジで何やってんの?」
まさかの味方殺しに、さすがの僕もドン引きだ。やったのは僕じゃないし、血液で作られた矢って時点でバールの仕業なのはほぼ確定。
しかしわざわざ残り二人の味方を自分の手で片付ける理由が分からない。まさか僕とタイマンしたかったんだろうか? それとも一人になるとステータスが上がるタイプ? ラスボスか何か?
「闇に閉ざせ――ダーク・ワールド」
「うわ出た。そういえば今は夜だったか」
そしてバールは闘技大会でも使った周囲を夜に塗り替える魔法を使ってきた。ここは地下だけど夜だから強化されてるみたいで、一気に地下闘技場全体に闇が広がり、一寸先も見えない暗黒空間が形成される。すぐそこに犬猫が転がり落ちて行ったクレーターがあるのに、もうどこにあるのかも分からない感じだ。
「これで舞台は整った。以前は星を生み出すという馬鹿げた魔法で敗れたが、まさか貴様が今回も同じ手法を使うという芸の無い真似をするつもりは無いだろう?」
「むぅ。そう言われたら確かに使う訳には行かないな?」
早速太陽を生み出し闇を払おうとした僕だったけど、そんな挑発を受けたら使う訳にもいかない。やむなく周囲に火の玉を幾つか生み出す程度にして光源を確保するものの、足元も碌に見えやしない。
ここは視界を暗視状態に切り替えるべきか? いや、でもそれをするとたぶん周囲の闇が襲ってきた時に目視じゃ判別できないんだよなぁ。さて、どうするか……。
「では、覚悟しろ。我が力の本領、とくとその身に刻み込んでくれる!」
「その言葉、ちょっとエッチに感じちゃうなぁ……」
闇の奥から響くバールの声と、周囲から殺到する攻撃の感覚に、僕は思わず場違いな事を呟きながら構えを取った。ミニスちゃんの身体に刻み込まれちゃう……!
凄いどうでも良い事ですが、クルスの魂とミニスの肉体の相性はバッチリです。何故なら魔法の実験台にされまくって何度もクルスの魔力を浴びたからね!