閑話:クルスVS真の仲間たち2
⋇前半クルス視点、後半レーン視点
⋇残酷描写あり
⋇暴力描写あり
「ヒャッハ~! 主と拳での語り合いだ~!」
マグロ――じゃなくてミサイルのように突っ込んだ事で距離を詰める事が出来たはずの僕は、今現在は全力で風を切り疾走しながらバチバチの接近戦を繰り広げてた。
正面から嵐のような拳撃と蹴撃を叩き込んでくるのはご存じ変態クソ犬、トゥーラ。残念な性癖と性格からは想像もできないほどに、その一撃一撃はヤバいくらいに研ぎ澄まされてる。攻撃自体の鋭さはもちろん、僕を内部から爆殺する事を狙って衝撃を流し込んでくるんだから始末に負えないね。
とはいえこっちも同じ技術をインストールさせて貰ってるし、衝撃支配で更に精度と衝撃の強さを強化してるからこっちの方が有利。そう思ってたんだけど――
「目玉を寄越せ! テメェの目玉もコレクション行きだ!」
僕の集中の半分は背後からの攻撃に割かれてるから、どうしても防戦一方になるしかない。背後から攻めてくるのはご存じサイコパスの殺人猫、キラ。両手に装着した鋭い鉤爪を閃かせ、僕を殺そうと容赦の無い神速の連撃を見舞ってくる。
二人とも距離が近すぎる上に手数が多すぎるせいで長物は使えないから、僕はこれらを素手で捌いてるんだよ? 時に躱し、時に受け流し、時に受け止めて。もちろん受け止めた時には衝撃を操作しないと切り飛ばされたり爆発させられるから、衝撃操作の技術と魔法も全力行使だ。とはいえ防戦一方なのはコイツら二人だけのせいじゃないが。
「溢れる力を――エンハンス・ストレングス。何よりも速く――エンハンス・ヴェロシティ」
その証拠に、バールが犬猫コンビに強化魔法をかける。瞬間、叩き込まれる連撃の速度と重さが何倍にも跳ね上がる。こっちも自分の時間を操るっていういまいち影の薄い異能をこっそり使って、反射神経や思考速度を更に引き上げる事で何とか対応する。
でも正直今の強化倍率は八十倍近い。反則臭い反面、これだけやっても反撃の糸口が掴めないんだから手に負えないね。
「――マッド・スワンプ」
「ぐうっ……!」
おまけに僅かでも足を止めればレーンが僕の足元の地面に悪さしてくるから、周囲を駆け回りながら殴り合いを続けるしかない。今も背後からの首狩りと正面からの回し蹴りをその場で回避した途端、両脚がそこだけぬかるんだ地面に沈み込む。
今のは地面を泥沼にするような魔法だったけど、他にもやたらめったら固く硬化したり、躓く様に僅かに段差を創ったり、果ては僕と同じように摩擦を弄ったりと実に嫌らしい妨害をしてくれてるよ。クソが!
「……いや、これ私必要? ちょっと混ざれる気がしないんだけど?」
そして一人何もする事の無いミニスがぽつりと呟く。
戦いの前は僕を殺すって息巻いてたはずだけど、まるで地獄みたいな様相の激しい戦いが巻き起こってるからね。メンタル以外はわりと普通な村娘に参加できる規模の戦いじゃないよね、これ。
「私は接近戦はからっきしだからね。最後の砦になってくれるだけでも安心感が違うよ」
「はあ……まあ、あんたなら身を挺して盾になるくらいはしてあげるわよ」
「それは心強いが、君はもう少し自分を大切にした方が良いんじゃないかい?」
「それ今更じゃない?」
というか、何かちょっと目を離した隙にレーンとミニスが絆を深めてるんですが? 僕もその間に入りたいなぁ? そして二人纏めて抱いて仲良く白く汚したい……でもちょっと今忙しくてそんな邪な想像を繰り広げる暇がない! そんな事してたら死ぬ!
「オラオラ、どうしたクルス! 口数少なくなってるぜ!?」
「やかましい! こんな状況で呑気にお喋りしてられるか!」
太腿を狙うキラの鋭い爪撃を片手で逸らしつつ、回し蹴りでトゥーラを牽制し、足元や周囲に気を配ってレーンとバールからの妨害と攻撃を警戒する。
もう一度滑る鎧を使えば、少なくとも犬猫の攻撃は気にしなくて良くなる。でもすでにレーンの前で一度見せちゃったから、向こうも対策はもう用意してそうだなぁ。そう考えるとむしろ使うと致命的な隙を晒すまである。
というかそもそもの話、この戦いを始めた理由は新しい魔法を開発するためだ。既存の魔法に頼ってちゃ意味が無いし、ここからは一度使った魔法は使用しないという縛りを加えて頑張ろう。
「――どりゃあっ!」
そういうわけで、ひとまずこの挟まれて連撃を叩き込まれてる状況を打開するため、地面に思いっきり足を打ち付ける。言わば震脚だ。そうして衝撃を余さず叩き込み、地面を砕き割って犬猫の足場を崩そうとしたんだけど――
「あま~いっ! とりゃ~っ!」
トゥーラが僕と同じように震脚を地面に打ちこみ、恐ろしい事に叩き込んだ衝撃を完璧に相殺しやがった。チクショウ、このクソ犬が!
だが今ので閃いたぞ! コイツは確かに衝撃を操る術は神業レベルだけど、対応できるのはあくまでも一つの衝撃に対してだ! なら複数の衝撃を一度に叩きこめば対処しきれまい!
「これならどうだ!? 衝撃合奏!」
「おお~っ!? やるじゃないか~!?」
同じ衝撃が複数重なる武装術を即座に編み出し、再度地面を踏み砕く。
トゥーラはさっきと同じように相殺しようとしてたけど、さすがに一回で五回分の衝撃を相殺するのはまだ無理みたいだった。僕の狙い通り相殺はされず、地面が僕を中心に蜘蛛の巣状に砕けて捲れ上がる!
「――だ~が~、足元が多少不安定になったところで私たちの攻撃は緩まな~いっ!」
「大人しく目玉を寄越しやがれ! 大切に保管してやるからよ!」
「クソがっ! 接近したら接近したでウザすぎる!」
しかし武闘派の二人には全く通じなかった。捲れ上がる地面とその破片の中を踊る様に舞いながら、変わらぬ連撃を前後から放ってくる。もちろん遠距離から魔法で妨害を仕掛けてくるレーンとバールも同様で、舞い上がった砂煙や土の塊に干渉して目潰しや攻撃を放ってくる始末。
なにくそと自分を中心に暴風を生み出して犬猫を吹き飛ばそうとするも、二人して爪撃や手刀で風を切り裂いて物理的に無効化してくるんだからやってられない。これは妨害を仕掛けるよりも滑る鎧みたいな自分に作用させる魔法で攻撃をいなした方が良いかもしれない。摩擦はもうやったし見抜かれてるだろうから、今度は――
「――これだ! 幽体化!」
故に僕が編み出し使ったのは、新たな防御魔法。以前からたまに使ってた透過の魔法を、どんな攻撃もすり抜けてしまう最強の防御魔法として新生させた。しかも浮遊の魔法と組み合わせる事により、滑る鎧の足裏だけは無防備という弱点を完全に潰した無敵の防御魔法だ。これならどんな魔法も攻撃も怖くないぜ!
「むっ、すり抜けた~!?」
「チッ、うざってぇ真似しやがって!」
その証拠に、犬猫の攻撃が僕の身体をすり抜けて空振る。二人とも無駄だって分かってるはずなのに、ムキになってそのまま追撃を放ちスカスカと連続で空振る姿がとっても滑稽だ。猫じゃらしにじゃれる猫みたいで可愛いですねぇ?
「ハーッハッハッハッ! どうだぁ! これならお前らの攻撃なんか痛くも痒くも無い――」
「――貫け」
「ごばあっ!?」
なんて愉快になって高笑いした瞬間、僕の腹を何かが貫いた。衝撃と激痛に目を見開いたのも束の間、口からバケツをひっくり返したみたいな量の血がドバッと溢れ出す。
見れば僕の腹にはぽっかりと穴が開いていて、そこの空間が妙に揺らいで歪んでた。揺らぎの範囲と大きさから察するに、バリスタでぶっ放すデカい矢みたいなものが空気で形成されて僕の腹を貫いてる感じだ。
しかし何故こんなぶっといモノが僕を貫いてるんだ? 今の僕はあらゆるものを透過する存在で、空気に触れる事なんて――いや、そういう事か!?
「――解放」
「ごああぁっ!!?」
気付くのが一瞬遅かったせいで、圧縮された空気の槍が腹の内で炸裂するのをモロに食らった。あまりの威力に僕の胴体は千切れ、下半身と泣き別れになる。
これほどのダメージを受けたのはこの世界に来て初めてかもしれない。そこまでのダメージを叩き込んできたのが、初めてできた仲間ってマジ? 何にせよ種が割れたならそれを無効化しなくては。いや、その前に回復しないと死ぬから治癒を――
「――なっ!? 魔法が、使えない……!?」
千切れた衝撃で宙を舞いながら治癒の魔法を使おうとするも、不思議な事に魔法が一切使えなかった。しかもいつの間にやら幽体化の魔法も切れてて完全に無防備。どういうこったこれは!?
「持って十秒だ。今の内に仕留めろ」
などという声にめまぐるしく回る光景の中視線を向ければ、そこには僕に手を向けて何らかの魔法を発動してると思しきバールの姿。
おいおい、もしかして僕の魔法を無効化してらっしゃる? 完全に封殺して殺す気じゃんか。何そんなマジになっちゃってんの?
「愛する主の命をこの手で奪う! これぞ最高のセックスだね~っ!」
「ぐほっ!?」
そして次の瞬間、目の前にトゥーラの気持ち悪いニンマリ顔が広がる。猛烈に嫌な予感を覚えるとほぼ同時、僕の胸に鋭い拳が撃ち込まれた。咄嗟に衝撃を操作して抵抗しようとするも、衝撃支配が使えない上に空中っていう衝撃の逃がしようがない場所にいる以上、心臓や脳が即破裂しないように他を捨てるくらいしかできなかった。
そのせいでまだ上半身に残ってた内臓の幾つかが弾け飛び、肉が裂けて骨が飛び出る。あー、身体中痛い!
『これでトドメだ! 死にやがれ!』
そして最後に僕の目に映ったのは、まるでヴェノ●のような様相をした恐ろしい姿のキラちゃん。どうやら愛する男に手加減とかは一切してくれないみたいで、下手な刃物より鋭い両の鉤爪を輝かせ、僕を細切れにする勢いで振り下ろし始めた――
「……やったか?」
油断なく<カドケゥス>を構える私の隣で、バールがぽつりと呟く。
黒い獣の姿と化したキラが目にも止まらぬ爪撃を繰り出し、クルスの上半身を汚い肉片に変えた後。私たちはクルスが地面に血だまりを描き動かなくなってからも、しばしの間警戒を解かなかった。
とはいえ魔法の無効化をずっと維持しているのは土台無理な話。バールがそれを打ち切って数秒経過してからも動きが見られない事で、ようやく私たちは警戒を解いた。
「……そのようだね。少々手こずったが、私たちの勝利で間違いないようだ」
<カドケゥス>が生み出す魔力で自身の魔力を回復しながら、私はようやく一心地つく。
正直かなり不安だったが、何とかクルスを倒す事ができたようだ。何せ彼は女神より授けられた無限の魔力を持つ化物。やろうと思えば一撃でこの星を消し飛ばす事すら可能なのだ。そんな相手をたった五人で、それも一人も欠けることなく無事に倒す事ができたのだから、少々興奮で胸が高鳴っているほどだ。
旅の始まりの頃ならともかく、それなりの戦闘経験を積んだ今のクルスを相手にするのは大いに不安だったのだが、今回の戦いの目的が実戦的な魔法の開発である事が幸いしたね。そのおかげで理不尽な広範囲高威力殲滅魔法を叩き込まれることも無く、弱点の無い無敵の防御魔法を使われる事も無く、れっきとした戦いになっていた。まあ本人は無敵の防御魔法と言い張っていた辺り、慢心と言うか油断と言うかおふざけが抜けきっていなかったが……。
「うへへ~、私の全身を濡らす主の返り血でイきそうだ~……!」
何にせよ私たちの勝利であり、周囲にはどことなく弛緩した空気が漂い始めた。特にクルスの返り血を全身に浴びたトゥーラの様子はかなり酷い。むしろ血を自分の肌に塗り込むように撫で擦りながら、とても正気とは思えない淫靡な笑みを浮かべている。
彼女なら返り血を避けることなど容易かっただろうし、恐らく意図的に浴びたのだろう。やはりクルスの女は大概頭がおかしいようだ。
「チッ、もうちょい粘ってくれんじゃねぇかって思ってたのにがっかりだぜ。つーかお前ら、何ですり抜けてる状態のアイツに普通に攻撃当てられてんだ?」
などと多少不満げに尋ねてくるのは、千切れたクルスの下半身に腰掛けて休んでいるキラ。どうやら彼女としてはクルスが足掻く事を望んでいたようだ。さすがにそこまで望んだわけではないが、私も少々拍子抜けしたような気持ちなのは否めないね。
「確かにクルスは攻撃を透過し、一見どのような攻撃も通用しないように見えた。しかし彼は普通に呼吸をしていたし、こちらの動きや話し声もしっかりと捉えていた。つまり少なくとも大気中に含まれる酸素や窒素、それから光や音などは無効化していないと当たりをつけたわけだよ」
クルスが最後に使った、アストラル・ボディという名のあらゆる攻撃を透過する防御魔法。恐らくキラとトゥーラの攻撃を凌ぐ事、そして摩擦をゼロにする防御魔法と同じ弱点を残さない事を最優先に考えた結果、その辺りの事は意識していなかったのだろう。故に無意識的にそれらは無効の範囲外とされ、一部の攻撃は透過できなくなってしまった。
私が彼の腹をぶち抜いたのは大気を圧縮して形作った槍だが、厳密には大気中の酸素のみを用いて創り出した槍だ。彼はアストラル・ボディの発動中も呼吸をしていた。つまり酸素は間違いなく取り込んでいた。だからこそ彼の透過の防御魔法を貫通する事ができたというわけだ。
「あの一瞬でそこまで見抜くとは、その慧眼には驚かされるな。温度を固定する魔法で抵抗される事を考慮し、発火させるのではなく圧縮した酸素を解放する事で追撃した事も実に思慮深い。できれば敵に回したくはない女だな、貴様は」
「それは私の台詞だ。十秒も魔法を無効化できる上、血液を飲めば魔力が凄まじい勢いで回復して行くなど、反則も良い所だろう」
試験官に封入された血液をワインの如く優雅に飲み下していくバールの姿に、私は若干恐ろしいものを感じながら答えた。先程ほぼ魔力が底をついていたはずだというのに、すでに半分ほどまで回復している。血液を摂取すれば魔力が回復していく、吸血鬼と言うのは随分羨ましい種族だね。
などと考えていると――トントン、と私の背中が軽く突かれた。振り返ってみれば、そこにはミニスが立っていた。血生臭い戦いに怯え怖がっているのだろう、顔が見えないほどに縮こまり俯いている。
「……大丈夫かい、ミニス?」
「うん、大丈夫よ。心配してくれてありがとう。あんたは優しいわね」
「そうでもないさ。幾ら戦争とはいえ、私は君より幼い子供を殺した事だってあるからね」
それも嬉々として殺し、残酷に死体を辱めた事も数えきれないほどだ。子供の死体や苦しむ姿は、敵の冷静さを乱すには最高の材料だ。理由の無い憎悪と敵意に狂っていた頃の私が、憎き魔獣族を殺すために利用した事は数知れない。ミニスに他意は無いだろうが、そんな私が優しいなどと皮肉にしか聞こえないね。
「それでも私にとって、あんたはとっても優しい女だわ。本当にありがとう、レーン」
長らく異常者たちの中で過ごしていたミニスにとっては、そんな私でも心優しい人間に見えるらしい。私の胸に顔を埋める形で、ぎゅっと抱き着いてきた。ウサギの耳が顔を撫でるので少々くすぐったいが、この暖かさと素直な気持ちは悪い気がしないね。
「……?」
そうしてミニスを抱き返していると、私はとある異変に気が付いた。クルスの死体が消えていないのだ。直前に彼が準備したところによると、この戦いで死を迎えた者の身体は観客席に転移し、そこで再生・蘇生が自動的に行われるとの事だ。
しかし彼の死体は細かな肉片になった上半身も、斬り飛ばされてキラの椅子になっている下半身も消えていない。あの状態で生きているとは思えないが、まさか何か手違いがあったのか……?
「――か、はっ!?」
そんな不安を抱いた瞬間。突如胸に衝撃が走り、私の口から鮮血が零れ出た。そしてまるで貧血でも起こしたように眩暈を覚え、身体がふらつく。
何だ、何が起きた? 何故私は血を吐いた?
「――保険として残基を増やしておいてマジで助かったぁ。ようやく一人仕留めたぞ。いや、正確には二人か」
「っ……!?」
混乱する私の腕の中で、ミニスが顔を上げてニヤリと笑う。いや、違う。これは、この酷薄で嫌らしい笑みは――
「さあ、第二ラウンドの開始といこうか!」
彼女の――いや、彼のその宣言と共に身体を二度目の衝撃が突き抜け、私の意識は急速に闇へと落ちて行った。
おや? ミニスの様子が……?