村娘、神との邂逅
⋇ミニス視点
「ん……んっ!? あ、あれ!? 何ここ!? どこ!?」
ふと気が付いたら、私は見た事も無い場所に立ってた。そこは見渡す限り白一色の、どこまでも続いてるように見える純白の世界。空も地面も全部真っ白で、あまりにも綺麗で眩しくて目が痛くなるくらいのおかしな場所。
何で私こんな所にいるの? 確か私、少しの間里帰りを許されて故郷に戻ってる道中のはずよね? それで夜になって野宿になったから、リアと一緒に寝ようと二人で横になった所までは覚えてるけど、そこから何があったらこんな場所に移動してんのよ……?
「――なけなしの信力で以て接触できるか試してみたが、まさか本当に実現できるとはのう。お主、本当にこんな駄女神を心から信仰しているのじゃな……」
「えっ?」
突然可愛らしい声が後ろから聞こえてきて、私は反射的に振り返る。
後ろにいたのはとっても可愛い女の子だった。身長はレキよりちょっと大きいくらいかしらね? 綺麗な長い髪は輝く金色で、青い瞳も宝石みたいに素敵だわ。良いとこのお嬢様みたいな見た目の子だけど、その身体を包んでるのは何だか凄い肌触り良さそうな真っ白なローブ。これはお嬢様っていうより、もっと偉い感じの何かに見えるわね。
そして私のそんな印象は間違ってない。私はこの子――この人が誰かを知ってる。実際に会ったことは無いけど、以前クソ野郎が頭に直接記憶を流し込んできたし、毎晩のように思い浮かべて祈りを捧げてるから、忘れたり見間違うなんて事は絶対に無い。
「め、女神、様……?」
そう、私の前に立ってるのは女神様。この世界を創り出したとっても偉い存在で、心が壊れそうになってた私を助けてくれた大恩人。私が信仰を捧げる唯一の人。
「うむ、その通り。わらわこそがこの世界を創り上げた神――カントナータじゃ。こうして直に顔を合わせ、話をするのは初めてじゃのう。ミニス?」
「あ、わっ、は、初めまして! め、女神様におかれましては、お日柄も大変よろしゅく――!」
噛んだ! まさか女神様に会えるなんて思ってなくて、混乱しながらもできる限り丁寧な挨拶したら噛んだわ! 女神様の前でこんな失態するとか泣きそう! ていうか舌が痛くて涙出てきた……! でも女神様の前で痛みに悶える情けない姿なんて見せられないわ……!
「無理に難解な言葉を使う必要は無いぞ? どうせわらわは駄女神じゃからな。クルスに接する時のような話し方で構わぬ」
でも女神様は私のあまりにも無様な姿を苦笑しただけで、全然気にした様子は無かったわ。しかももっと砕けて接して良いって言ってるし、何ていうか偉い人特有の傲慢な空気みたいなものが全然無い。さすが女神様、お心が深いわ……。
「い、いえ、そこまではさすがに無理です……」
「なんじゃ、固い奴じゃのう。クルスなら喜んで砕けた言葉を使い始めるというのに」
「あの……幾ら女神様でも、アレを基準にされるのは、ちょっと……」
「……それもそうじゃな。すまぬ」
「いえ……」
やっぱり女神様もあのクソ野郎には思う所があるみたいで、何だかお互い変な空気になったわ。まあクソ野郎から聞いた話だと、相手が女神様だっていうにも拘わらず色々変な接し方してるらしいし当然よね。今でこそ真の仲間に迎えられた私も、前は魔法の実験台とかにされてたし……。
それはさておき、女神様が望むならある程度は言葉遣いを軽くしても良いかもしれないわね。もちろん失礼にならないように敬語は使うけど、ただの村娘の私は完璧な敬語なんて使えないし……。
「あ、あの、女神様! 私、女神様とお会いする事ができて、本当に光栄です!」
「おお、そうか。わらわのような駄女神と会えた程度でそこまで喜んでくれるとは、素直に嬉しいのう」
この世界を創り上げたっていうもの凄い存在なのに、女神様はどこか自虐的。嬉しそうに笑ってるけど、何だか少し悲しそうにも見える。やっぱりクソ野郎から聞いた通り、やる事成す事があんまり上手く行かないせいで自分に自信が持てないみたい。
本当は否定してあげたいけど、この世界が争いに満ちた醜い世界なのは事実なのよね……だから私が何を言っても、きっと女神様の自己評価は変わらないと思う。どれだけ私が女神様を尊敬して崇拝していようと、二十年も生きてない私の言葉が女神様の心に響くとは思えないわ。
「……女神様。こうして顔を合わせる事ができたので、是非お礼を言わせてください。ありがとうございました。あのクソ野郎から科せられた、レキを蘇らせる対価を肩代わりしてくれて……本当に、ありがとうございました!」
だから私は余計な事は言わず、ただ感謝の念を込めたお礼を口にして頭を下げた。私が故郷で虐殺をしなくて済んだ、そのお礼を。
いつもお祈りの時にお礼をしてるけど、できればちゃんと直接伝えたかったのよ。まさか本当に会えるなんて思ってなかったから、さっきはちょっと混乱しちゃったけど。
「礼など良いのじゃ。そもそもわらわがクルスをあの世界に送り込まなければ、お主の妹があのような目に合うはずも無かったのじゃからな」
「……確かにそれは否定しません。でも、そのおかげで私は生きて故郷に帰る事ができました。愛する家族にまた会うことができました。だから、女神様には本当に感謝しています。ありがとうございました」
そう、女神様があのクソ野郎を送り込んでこなければ、たぶんレキはあんな目に合わなかった。だけどそれだと、そもそも私は聖人族たちに襲い掛かった時に返り討ちにあって殺されてたと思う。あるいは殺された方がマシな状況に落ちて、ただひたすらに苦しめられるか……どちらにせよ、もう二度と家族に会うことは出来なかった。
だからこうして家族と会えて、家族の安全をクソ野郎と取引できて、予想外に何の不自由もない暮らしをさせて貰えてる今は、本当に奇跡のような幸せな状況。女神様への感謝の気持ちは、嘘偽りなんて一欠片も無いわ。
「ああ……本当に良い子じゃのう……」
私の混じり気の無い感謝の気持ちが伝わったみたいで、女神様は泣きそうなくらいに嬉しそうな顔をしてた。
自分に自信を持てない女神様には、下手な慰めの言葉よりも素直な感謝の気持ちがよっぽど胸に響いてくれたみたい。良かった、そこまで嬉しそうにしてくれるなんて……でも、私は……。
「……私は、良い子なんかじゃないです……妹を救うためとはいえ、村の人たちを皆殺しにしようとしたんですから……」
感動してくれた女神様には悪いけど、私は良い子なんかじゃない。愛する妹を救うために、生まれ育った村の人たちを皆殺しにしようとしたんだから。
そして今はあのクソ野郎が働く色んな悪事や殺人を見て見ぬふりをして、自分だけはほとんど不自由無く暮らしてる。こんな私は悪い子どころか、ただの人でなしのクズでしかないわ。女神様に褒めて貰えるような出来た人間じゃない。
でも女神様は一つ苦笑すると、私の頭にそっと手を伸ばして優しく撫でてくれた。その慈愛に溢れた撫で方がお母さんに頭を撫でられてるみたいに思えて、何だか凄く泣きそうな気分になってきたわ……。
「……仕方あるまいよ。愛する者を救うためなら、人は何でもするものじゃ。善人悪人は無関係じゃ。それにお主は葛藤と罪の意識を抱え、大いに苦しみながらもそれを決めた。罪悪感も無く人を殺すような者こそ、真の悪人じゃ。お主は違うじゃろう?」
「それは……そう、ですけど……」
クソ野郎たちは人を殺しても欠片も罪悪感を覚えない真の悪人。でも私は違う。結局誰も殺さずに済んだけど、実行に移す前から発狂しそうなくらいに苦しんだ。そして未遂に終わった今でも時々良心の呵責に苦しんでる。
だから確かに、私は真の悪人じゃない。でも許されて良い人間でもない。それが分かってるから、女神様の優しい慰めの言葉を受け入れることは出来なかった。
「自分を許せないと言うのなら、わらわがお主の罪を許そう。色々とダメダメな女神じゃが、これでも神の端くれじゃ。そんなわらわがお主の罪を赦し、そして断言しよう。お主は紛れも無く良い子じゃとな?」
「っ……!」
だけど女神様が私を抱きしめて、そんな事を言うんだから耐えられるわけなんて無かった。
この世界を創った女神様が、直々に私の罪を赦してくれる。人でなしな私をどこまでも優しく抱きしめて、慈愛を以て包んでくれる。自分を許す事なんて出来ないはずなのに、他ならぬ神様に許された私は何もかもから救われた気分だったわ。
「め、女神、様ぁ……! うわああぁああぁぁあぁんっ!!」
「よしよし。辛かったのう……」
絶対の存在から赦しを得られた私の目から、今まで抱えてた罪悪感や鬱屈した気持ちが涙となって零れ落ちてく。激しく揺れ動く感情に堪えきれずに抱き着いて泣きじゃくる私を、女神様はただ優しく抱きしめて頭を撫でてくれた。
クソ野郎は私の気丈な部分を特に気に入ってるから、こうして子供みたいに泣きじゃくる事なんて出来なかった。もしそんな弱い部分を見せたら真の仲間から実験動物に戻されて、家族のための取引も白紙に戻されるかもしれないから。
でも、幾ら気丈に取り繕っても私はただの子供。ずっとずっと辛かった。ずっとずっと苦しかった。抑え込んで耐えてた分、女神様の溢れる慈愛に堪えきれなくて、私は火が付いたように泣き続ける事しか出来なかったわ。もう無理、女神様優しすぎて信仰心爆上がり……。
「……落ち着いたかの?」
「うぅ……は、はいぃ……」
しばらく女神様の腕の中で泣き続けて、ようやく涙と嗚咽が収まった頃。胸に抱えていた苦しさが拭われてもの凄いスッキリした気分だけど、代わりにあまりの羞恥に消え入りたい気分だったわ。
だって女神様に抱き着いて延々泣きじゃくるとかあまりにも子供っぽいし、しかも女神様に抱きしめて貰って頭を撫でて貰うっていう慰めまでさせちゃったわけだし……うー、私の馬鹿! 罰当たり!
「今度は妙に顔が赤いが、まあ落ち着いたようなら何よりじゃ。できればもう少しお主を慰めてやりたいところなのじゃが、かなり無理をしてお主に接触しておる故もう時間がほとんど残されておらん。本題に移っても良いかの?」
「あ、は、はい! お手数おかけしてすみません。どうぞ」
何だかんだで私が泣き止むまでずっと慰めてくれてた女神様だけど、実はわりと時間制限があったみたい。それなら待たずに本題に入ってくれれば良いのに……女神様ヤバいくらい優しいわね。たぶんこの優しさのせいで色々失敗してるんじゃないかしら……?
「うむ。実はのう、お主に頼みたい事があるのじゃ」
「頼み、ですか……?」
「うむ。お主にはクルスが勢い余って世界を滅亡させる事が無いよう、ストッパーになってもらいたいのじゃ。必要な犠牲の範疇ならば最早致し方ないが、さすがにやり過ぎて絶滅させる事は避けなければならん。お主にはその辺りのさじ加減も監視して貰いたいのじゃ。そしてあやつが明らかにやり過ぎそうな場合には、何とかそれを止めて欲しい」
「私が、ストッパー……?」
女神様が私に頼んできたのは、クソ野郎が行き過ぎた暴虐に走らないよう歯止めになる事。
もちろん女神様のお願いなら、私は何でも受け入れるわ。溶岩の中に飛び込めって言われてもまあやるけど、何でよりにもよってただの村娘の私にこんなお願いしてきたのかしら? あのクソ野郎本人にやり過ぎるなって言った方が早いし確実な気がするけど……。
「えっと……女神様の言う事ならアイツも聞きそうな気がするんですけど、どうして私に頼むんですか?」
「恥ずかしい話じゃが、わらわはあやつに騙されて理不尽な契約を結ばされてしまった故、あやつの行動を縛る事ができん。言葉で願う事はできるが、確実ではない上にあやつのいかがわしい要求に応えねばならん」
「女神様騙すとか何やってんの、アイツ!? 最悪の詐欺師ね!?」
肩を落として居心地悪そうに呟いた女神様に、私はウサミミがピンと立つくらいに驚いた。どうもあのクソ野郎、女神様を騙して理不尽な契約を結ばせるっていう神をも恐れぬ所業をやらかしてたみたいだわ。
しかも何か、女神様の頼みを聞く代わりにいかがわしい事をするとかそういう図式になってるし……何なのアイツ? どこまでゲス野郎なの? 最初からあのクソ野郎の評価は地の底だけど、更に見下げ果てて今は地下に潜ってるわよ?
「契約内容を深く吟味しなかったわらわの浅慮が招いた結果じゃ。まあ、あやつの人間性が捻じ曲がっている事は否定せんがな……ともかく、わらわが頼れるのはお主しかおらん。お主とあやつしかわらわを信仰している者もおらぬしな……ハハッ、相変わらずの駄女神加減じゃのう? わらわよりお主の方がよほどしっかりしておるしなぁ……」
「め、女神様……」
女神様は更にがっくりと肩を落としたかと思えば、ちょっと心配になるくらいに暗い発言をし始める。今度は私が抱きしめて慰めてあげたいところだけど、さすがにそれは不敬が過ぎるしやれないのが辛いわね……。
「……わらわの頼みを、聞いてくれぬか? 尤も、わらわはお主にできる礼など何も無いのじゃが……」
「もちろんです! 任せてください! いざとなれば身体を捧げてでも、あのクソ野郎を止めて見せます! どうせもう綺麗な身体じゃないですし!」
下手に慰める事もできない私は、せめて女神様の期待に応えたくて力いっぱい頷いた。あのクソ野郎はかなりスケベな所あるし、私が一生懸命に奉仕でもすればある程度は言う事を聞いてくれると思う。
まああんなクソ野郎に心を込めた奉仕をしないといけないのはもの凄い屈辱だけど、どうせ私の純潔はだいぶ前に奪われてるし、定期的に抱かれてるし、正直今更失うものは無いわね。不快な気持ちを少しの間我慢すれば良いだけだし、女神様のためになるっていうならその甲斐もあるってものよ。
「き、気持ちはありがたいのじゃが、もう少し自分を大事にした方が良いぞ……? こやつ、少々狂信の節があるのう……」
私の答えに、女神様は何故か微妙な笑顔を浮かべてぽつりと何かを呟いてた。前半はともかく後半は良く聞こえなかったけど……まあ、女神様のために頑張れば問題無いわね! 任せてください、女神様! あのクソ野郎がやり過ぎそうになったら、私の全てを捧げてでも止めて見せます!
これで11章は終了です。本物の女神様に会えてテンションと信仰心爆上がりのミニスちゃんと、思ったよりも狂信者染みているミニスにちょっと引いてる女神様の図。
次章は引き続き犬ショタと鎧と恋する乙女たちと一緒の旅です。その都合上、真の仲間たちの出番は無し。あの異常者たちが好きな方々には申し訳ない……。
とりあえず次話からは閑話なので、読み飛ばしも可です。