神が目を逸らす時
「……お? いつのまにかいつもの場所」
ふと気が付くと、僕はどこまでも続く真っ白な世界に立ってた。つまりは女神様との逢瀬の場だ。邪神降臨の日から女神様は夢の世界に出てこなかったけど、どうやらついに僕の悪行に我慢ならなくなったみたいだね?
「出会い頭の暴力だな! よし、来い!」
だから僕は背後を振り返ると共に身体を縮め、頭を両腕で覆って防御態勢を取る。女神様は股間を狙ってきたりはしないから、守るのは頭部だけで十分だ。まあ少し前に女神様は僕の股間を別の意味で攻撃してて来たけどね? ハハッ。
「……あれ?」
なんて暴力を振るわれる覚悟を決めてたのに、待てど暮らせど一向に打撃は来ない。腕を退けてチラリと正面の光景を見ると、一応そこには愛する女神様がいたよ? でも僕に暴力を振るう気は無い、っていうか元気も無いみたいで、体育座りして項垂れてる。一体どうしたんだろうね?
「ちょっと女神様、どうしたのー? いつもの挨拶変わりの打撃は?」
「……悪いが、今はそういう気分にはなれぬ」
女神様の口から出てきたのは、かなり沈んだ感じの重い声音。顔を覗き込んでみれば滅茶苦茶悲痛な表情で涙を流してたよ。
これはたぶんアレだ。僕が世界中にエクス・マキナをバラ撒いてるせいで、死人がたくさん出たせいなんだろうなぁ。過剰にならないようにある程度気を付けてはいたけど、それでも数えきれないほどの死人が出たし、数百の小さな村とか集落が滅びたしね。
「もしかして、人々が死ぬ様をたっぷりと見ちゃってた感じ?」
「うむ……お主は一定以上の規模の村や街しか確認しておらんじゃろうが、わらわはあらゆる場所を確認しておった。故にあのエクス・マキナが村や集落を攻め滅ぼし、我が子たちを殺し尽くす瞬間も幾度と無く目の当たりにした……あの時の我が子らの恐怖に歪んだ顔が、悲痛な叫びが、頭から離れぬのじゃ……!」
「ふーむ……」
どうやら繊細でお優しい女神様は、人々の死の瞬間が頭から離れず苦しんでるみたいだ。この事態を招いたのは他ならぬ自分自身だからこそ、余計に苦しみが強いんだろうね。僕自身はクズが幾ら死のうが全く心は痛まないけど、慈愛に溢れた女神様はやっぱり傷ついちゃうのか。難儀な性格してますね?
「やっぱり女神様は繊細だなぁ? 自分からこの茨の道を選んでおきながら、そんなに嘆き悲しむなんて」
「や、やかましい……お主のような、心を持たぬ異常者とは違うのじゃ……!」
「僕だって心はあるんだけどなぁ? ほら、泣いてる女神様を慰めようと頑張ってるし」
「それはわらわの身体に触れる口実を得るためじゃろう。何の見返りも無しにお主が泣きじゃくる女子を慰めるなどとは信じぬぞ」
「うーん、信用されてない。まあ実際八割方当たってるから困る……」
頑張って慰めようとしてるのに、女神様は全く心と身体を任せてくれない。全てを僕に預けてくれれば、サキュバスとだって渡り合えるくらいのテクニックで昇天させて、何もかも忘れさせてあげるのになぁ。
どうすれば慰める事ができるか考えようとした僕だけど、その前に女神様は僕の発言が気になったみたいだ。チラリと顔を上げて怪訝な瞳を向けてきたよ。
「……残りの二割は何じゃ?」
「あ、気になる? 残りの二割は、女神様に笑っていて欲しいっていう気持ちだよ。女神様の笑顔はとっても可愛くて癒されるからね」
「まともな事を言いおって……わらわは信じぬぞ?」
「これは嘘じゃないのになぁ……」
ぷいっとそっぽを向く可愛らしい女神様。そんな愛らしい反応をする辺り、ほんのちょっとだけど慰めにはなったみたいだ。
ちなみに女神様に笑っていて欲しいって気持ちはマジだよ。普通に可愛い女の子の笑顔って大好きだもん。見てると心が癒されるし、その笑顔が曇り絶望に染まる時を考えるだけでドキドキするもんね!
「……それで? 女神様はどうしたいの?」
「どうしたい、とは……?」
「世界平和を実現するための、この非道な行為。やっぱりやめて欲しい? 女神様がどうしてもって言うなら、やめても良いよ?」
「……じゃが、一度やめれば……」
「そうだね。一度やめたらもう再開は無理かな。できたとしても自然な形で再開するのがまず不可能だから、変な疑いを持たれて世界平和は更に遠ざかると思う。でも僕は、女神様が望むのならそれでも構わないよ?」
ニッコリと笑いかけながら、僕はそう口にする。
実際女神様がやめて欲しいって言うなら、僕はやめたって構わない。世界平和を目指してるのは達成すれば女神様を僕の女にできるからで、大層な信念があるわけでもないしね。ただ中止する場合、女神様を手に入れられるチャンスが遠ざかるからそれなりの補償はしてもらうけどね?
「わらわは……」
女神様は僕の甘い言葉に顔を上げ、迷うような表情を浮かべる。
そりゃあこれ以上哀れな人々が惨たらしく死んでいく様を見なくて済むんだから、この提案に惹かれるのは当然だ。自分が可愛い奴なら一も二も無く飛びつくだろうね。僕だってそうする。
「……いや、駄目じゃ。ここでやめれば、命を散らした我が子たちが報われん。その死を無駄にする事などわらわには出来ぬ。甘言でわらわを惑わすのはやめよ」
とはいえここにいるのは、駄女神だけど責任感だけはしっかりある女神様。ほんの少しの迷いだけで僕の誘惑を振り払い、涙の痕が残る目でキッと睨みつけてきた。
うんうん、さすがは僕の女神様だ。そうじゃないと面白くない。
「甘言とは酷いなぁ。これでも心配してるのに」
「どの口が抜かすか。この口か。この無駄に回る口か?」
「いひゃいいひゃい」
誘惑に乗って来るか僕が試したのも気付いたみたいで、女神様は僕の両頬をグイグイ抓り上げてくるよ。とにかく元気が出たなら何よりだね、アッハッハ。
「……提案なんだけどさ、女神様はしばらく世界を見るのをやめといたら? これからどんどん惨たらしい光景が増えるし、その度にそんな嘆き悲しんでたら耐えられないよ?」
「それは確かに尤もじゃが……わらわは罪深き存在じゃ。故にこの苦しみと向き合い甘受する事こそが、贖罪になるのではないか?」
「それは罪悪感を少しでも払拭したいっていう女神様の自己満足だと思うよ? 本当に贖罪がしたいなら罪を犯した事実も苦しみも未来永劫抱えて生きなきゃ。楽になっちゃいけないんだよ」
女神様は贖罪のためにも凄惨な光景から目を逸らさず、直視するべきだって考えてる。でもそれは違う。女神様の性格を考えるに、その光景を見ない方がより苦しみを覚えるはずだ。僕が殺る時は容赦なく殺るって事は知ってるだろうし、しばらく世界を見なければどれほどの虐殺が起きてるか不安で不安で堪らなく胸が苦しいはずだ。それこそ実際に人々の死に際を見て、最後を看取るよりも強く激しくね。
だから本当に贖罪をしたいなら、自分がより苦しむ道を選ぶのが筋だと思うんだ。女神様は罪悪感に塗れて苦しんでる姿も可愛いし、できればそうして欲しいな? これからも世界を見てる方がよりそういう反応を見られそうだけど、何度も何度も衝撃的な光景を見せる事になるだろうし、その度に心を痛めてたら女神様壊れちゃうよ。だからここは目を背けて耳を塞いで自責の念に苦しんでて欲しい。
「……お主がまともな事を言うとは、驚きじゃな……確かに、わらわは楽になりたかったのじゃろう……」
やっぱり罪悪感を少しでも軽くしたいって気持ちがあったみたいで、女神様は自嘲気味に呟く。人々の死を看取るのが贖罪になるって思ってたんだろうなぁ。残念ながらそれはただの自己満足だよ。
「……うむ。わらわはお主の言う通り、しばらく目と耳を塞ぎ、お主の成果を待とうと思う。そうしてお主に殺される罪なき人々の痛みと悲しみを想い、ただひたすらに胸を痛める。それこそがわらわに相応しい罰じゃろう」
騙され――じゃなくて納得した女神様は、一つ頷くとようやく体育座りをやめて立ち上がった。まあ真面目で責任感の強い女神様ならこの提案に乗ってくると思ってたよ。びっくりするくらいクソ真面目なのに、やる事成す事上手く行かないのが本当に可哀そう……。
「そっか。でも必要な時に女神様とお話できないのはちょっと困るな。こっちから呼び出しとかできない?」
「ふむ……確かに何か問題が起こった時に困るか。仕方ないのう。少ししゃがむのじゃ」
言われて僕は女神様の前に跪いた。左脚を前に出して右ひざを着き、姫に使える騎士が如く恭しく……あれ? 何かこの状況デジャヴるな? 僕、前に女神様に跪いた事あったっけ。何だろ? 頭の片隅がもの凄くムズムズする……。
「おっほ」
なんて記憶を掘り出そうとすると、女神様が僕の額にチュッと唇を落としてくるんだから堪んないね。思わず変な声出ちゃったわ。
「……これで良し。お主が眠りに着く時、わらわに会いたいと強く願えばここで会えるようにしてやったぞ。とはいえ何の理由も無く頻繁に呼び出すようなら殴り倒すがの」
どうやら女神様は今のキスで僕との繋がり的なものを作ったみたいで、僕が会いたいと願えば会えるようにしてくれたらしい。よーし、これで殴り倒されることを覚悟すれば毎晩でも会えるな!
でも、うーん……二回目のデジャヴだ。本当に何だろ? もしかして僕、記憶に障害でもあるんかな? さすがにそろそろ偶然として片付けられないレベルだぞ……。
「えー? 成果が無くてもたまには顔が見たいし、そういう理由はダメ?」
「……まあ、たまになら良い」
「やったぜ」
とにもかくにも、たまになら顔を見たいって理由で会う事を許可してくれた。その時にはどれほどの非道と虐殺を働いたのかを懇切丁寧に語って、女神様の罪悪感をこれでもかと刺激してあげないとな! 女の子は苦しむ姿が一番可愛いんだ……!
「良いか、クルスよ。わらわはしばらく全てから目を逸らす。お主の悪行の数々からもな。最早お主の行動にケチをつける気は無いが、くれぐれもやりすぎるでないぞ? わらわが求めているのは世界平和であって、滅亡では無いのだからな?」
「任せろ!」
「無駄に良い返事をしているせいで余計に不安じゃなぁ……うーむ、誰かこの腐れ外道のストッパーになってくれぬものか……」
僕が渾身の笑顔で頷いたっていうのに、女神様は酷く不安そうな表情をしてたよ。少しは僕を信じてくれたって良いじゃんかよぉ……。
え、日頃の行いが悪い? うるせぇ、マジレスすんな。しばくぞ。
この章はもう一話あります。あと閑話もあります。
コイツ監視してなくて大丈夫? って思われそうですがその辺は大丈夫です(たぶん)