邪神の城へ向けて
セレスが実はニカケでしたと告白してきた翌日。遂に邪神討伐の旅に出発する日が訪れた。
結局セレスは僕にニカケだった事を明かしただけで、変装というか偽装は変わらず続けるみたいだ。誰にも言わないでってお願いされたから、誠実な僕は無条件で秘密を守ってあげる事にしたよ。当たり前じゃないか?
ただセレスはあっさり了承された事にちょっと拍子抜けしてたっていうか、微妙に残念そうな反応してたね。自分じゃあもう偽装をやめられないから、僕が周囲にバラす形で無理やり偽装を止めて欲しいのか、はたまた秘密を守る代わりに僕に何か求められたかったのか……セレスの性格を考えるにたぶん後者だな。『秘密をバラされたくなかったら、その身体でしっかりご奉仕してくれよなぁ? グヘヘ』的な展開を期待してたんじゃなかろうか。
考えてみればセレスと結んだ契約もお互いの合意が無ければエッチな事は出来ないって類のものだし、セレスは透け気味のネグリジェをこれ見よがしに着てたし、もしかして僕が手を出すことを期待してたのかな? しかしそんな事したら角はともかく尻尾は偽装なのが確実にバレるだろうし……あっ、もしかしてそれも織り込み済み? 僕に好きに身体を貪らせる代わりに、僕の女っていう欲しかった立場を手に入れ、なおかつ偽装っていう秘密を守って貰うために僕から襲い掛かったっていう事実も手に入れようとしてたって事? うわ、怖い。恋する乙女計算高すぎだろ。これはちょっと気付かなかった事にしよう……。
『いよいよ出発だな。お前たち、準備と覚悟は良いか?』
そして、遂に出発の時。街の外に集った僕らに、カレイドがそう尋ねてきた。コイツいつでも全身鎧着込んでんな?
「もちろんです。カレイドさんにこう言うのも何ですが、ここに至ってそれを聞くのは少々失礼ですよ?」
『ハハッ、すまないな。お前たちにはかける必要のない問いだった』
「まあそれでも聞きたくなるのは分かるよ。特にアレを見た後じゃちょっとね……」
ラッセルの言う事も尤もだけど、それでもカレイドがわざわざ尋ねてきた理由は理解できた。何せこの場にいるのは僕ら四人だけじゃない。冒険者ギルドから与えられた聖人族奴隷がおよそ二十名もいて、それに加えて――
「あー、たりぃ……ったく、何で俺らがこんな事……」
「全くだぜ。途中でバックれようかなぁ、俺……」
「ヘッ。邪神だか何だか知らねぇが、今なら弱体化してるって話だろ? 今なら俺達でも倒せんじゃね?」
「あんた天才じゃん! だったらウチらで倒して手柄を頂いちゃうってのはどう?」
相変わらず頭空っぽでクズの極みみたいな低ランク冒険者が四十四人もいる。こんな奴らと何十日も命の危険がある旅に出ないといけないんだ。そりゃあ旅の直前だろうと本当に覚悟できてるか聞いてくるよ。
ていうか、気のせいかな? 数人足りない気がするんですけど……これは何人かバックレましたね。敵前逃亡は銃殺って知らない? 探し出して殺してやろうか。
「……本当にこんな奴ら連れてくの? やる気が微塵も感じられないんだけど?」
『仕方あるまい。ギルドからの指示だ。それにエクス・マキナの大群を相手取る事になった場合は、奴らも多少は役立ってくれる事だろう』
「戦ってる最中に背中を刺されなきゃね……」
僕個人の人間性とかはさておき、こんなクズ共には信頼が欠片も置けないね。真の仲間たちでさえ契約で縛ってる僕だぞ? こんな見えてる地雷にチリ一つ分でも信頼を抱くことなんてできるわけないじゃん? ほぼ敵と同義だよこんなの。容赦なく殺せるだけまだ敵の方がマシだわ。
「大丈夫だよ、クルスくん。君の背中はあたしが守るから!」
なんて心配してると、セレスが自分のそこそこの大きさの胸を叩いて自信満々にそう告げてきた。
まあセレスならわりかし信頼できるしその辺は大丈夫かな。それに実はニカケだっていう隠し事を僕には打ち明けたせいか、かなりスッキリした表情で最高に調子が良さそう。お肌もツヤツヤでプルプルしてるし、集合した時にラッセルに色々疑われたくらいだよ。僕はまだ手を出してません。
「では、カレイドさんの背中は僕が守ります。安心してください」
セレスの発言に触発されたのか、ラッセルはカレイドにこれでもかと自己主張する。あまりにも分かりやすすぎるから突っ込まなかったけど、コイツのカレイドを見る目がキラキラしてて憧れの人を見るそれなんだよなぁ。ショタ犬は全身鎧の男らしい人に憧れているようで。ちょっと笑える。
『頼もしい事だ。そうは思わないか、クルス?』
「そうだね。君らだけは信頼が置けるから幾分マシだよ。アイツらに背中を預けたいとは思わないし」
『しかし、奴らにも少しはやる気を出して貰わなくては困る。ここは一つ、出発前に声でもかけたらどうだ?』
「えー? 僕がやるの?」
セレスとラッセルの頼もしさにほっこりしてたのも束の間、カレイドがなかなか厳しい仕事を課してきた。あんな奴らに声をかけろって、何を言えば良いの? クズはとっとと死ねって言えば良い?
『この中ではお前が一番強いのだから、お前が声をかけなければ意味が無いだろう』
「僕の演説ってかなり不評だったから、正直自信ないなぁ。向こうも興味無いだろうし……」
「大丈夫! あたしはちゃんと聞くよ!」
以前に真の仲間たちの前でした演説は大不評だったから自信が湧かないっていうのに、セレスがそれはもう健気な光を湛えた瞳で僕を真っすぐ見つめてくるんだよ? 期待が重すぎてゲロ吐きそう。
「本当に真っすぐでひたむきで眩しいね、君……惚れ惚れするよ」
「ふあっ!?」
仕返しにそれっぽい台詞で反撃。ニッコリと微笑みかけながら『惚れ惚れする』って口にしただけで、セレスは顔を真っ赤にして飛び跳ねる。うーん、この純情な反応が堪らない……。
「演説、演説かぁ……アイツらが聞く耳持つような演説……」
それはさておき、演説だ。真の仲間たちにさえ大不評だったのに、こんなクズ共に僕の演説が高評価を受けるなんて事はありえない。もっとレベルを落として、婉曲な表現とか比喩はできる限り使わず、クズにも分かりやすい言葉で伝えないといけないな。
「よし、これでいこう」
しばし考えた後、僕は魔法で地面から土のお立ち台を生成した。話を聞いてもらうためにはまずは注目されないといけないし、高い所に登るのは当然だよね。あらよっと。
「――はい! どうしようもないクズの皆さん注もーく!」
「いきなりの喧嘩腰!」
『だが効果的だ。全員がクルスに視線を向けたぞ』
「視線だけでなく殺意も向けてますがね」
とりあえず注目を集めるために、クズ共に向けて大声で『お前らはクズだ』って事をはっきりと伝えた。途端にクズ共の敵意満々な視線が僕に向けられる。
でも何か悔しそうな視線が多いのは、実際僕に手も足も出ないクズだったからなんだろうねぇ。さすがに敵わない相手につっかかるほど低能で学習能力が無い救いようのないクズではなかったか。
「安心して良いよ。君たちみたいな頭空っぽのクズには難しい仕事は頼まないし、欠片も期待してないからね。クズはクズなりに最低限自分の仕事さえしてくれれば良いんだ。それすら出来ないなら生きる価値の無いゴミクズ以下の何かだからね? スライムの方がまだ役に立つよ」
「何だとこの野郎!?」
「言わせておけばつけあがりやがって!」
クズにも分かりやすい言葉を使って、直球で伝えたのにお気に召さない様子。攻撃こそ飛んでこないものの、向けられる殺意の数と強さがめっちゃ増えた感じ。まあうちの殺人猫の殺意に比べればそよ風みたいなもので、感じるのも難しいくらいの殺意だけどさ……。
「文句があるなら相手になるよ? この剣を見て、それでも挑む気になるならね?」
相手をする価値も無い、でも絡まれるのも面倒。そういうわけで僕はもう一度実力の違いを分からせるために、空間収納からとあるブツを取り出した。貰ってからずっと死蔵してたし、こういう場面でくらいは使わないとね。
「あれは、闘技大会優勝の剣……!?」
「マジかよ!? じゃあ、アイツが……!」
僕が取り出したブツ――装飾ゴッチャゴチャで目が痛くなる黄金カラー、実用性皆無の闘技大会優勝トロフィー代わりの剣。幾らクズでもこれを僕が持ってる意味に気付いたらしく、息を呑む気配が漂ってくる。
というかこれを見て気付くって事は、やっぱり誰も僕が優勝者だって事に気付いてなかったんだなって。確かにあの時は魔術師のローブ着てフード被ってたし、今は落ちぶれた盗賊みたいな恰好してるから分からなくても仕方ないけどさぁ……名前は同じなんだし気付けよ。それとも案外クルスって名前はこの世界じゃありふれてるのかな……?
まあ何にせよ、これで僕の実力を思い知ってくれたに違いない。だからここからは大人しく僕の話を聞いて――
「テメェがあのハーレムクソ野郎か!! 死ね!」
「ふざけやがって、ぶっ殺してやる!」
「死ね! くたばれ! 俺にも女を寄越せ!」
「……あれー? 何故にこんな展開に?」
大人しくなるかと思いきや、クズ共の多くが武器を取り出して今にも襲いかかってきそうな状態になってる。
おかしいな? 僕としてはこの剣で黙らせて大人しくした後、高々に掲げて『僕についてこい!』的なノリにしようと思ったんだけど……何か親の仇でも見る目で睨んできてる奴らが大勢いるんですが……?
「そりゃああれだけ挑発しまくったんだから、正体明かしたらそうなるよ……」
「むしろ何故何事も無く進行できると思ったのかが不思議ですね。頭は大丈夫ですか?」
『悪いが俺も二人と同意見だ』
「えー……」
セレスたちもこの展開が当然だと思ってるみたいで、誰もフォローしてくれない。
嘘でしょ? まさかこのクズ共、僕に散々煽られ挑発されたのをまだ根に持ってるの? 何ヵ月前の話だと思ってるんですかね? それにお前らクズ共に彼女がいないのは僕のせいじゃないと思うよ? あ、クズ共の中に少しだけ混じってる女たちも、彼氏がいないのは自分がクズなせいだからね?
しかし、うーん……どう収拾つけるかな、これ。
「仕方ない。プランBだ」
考えるのも面倒になってきた僕は、最終手段に訴える事にした。そして空間収納から物を取り出す振りをしながら、魔法でとある物を創り出して引きずり出す――あ、重いっ! まあ量と素材を考えれば当然か!
「はい、ここに大量の金貨があります。最低限自分の仕事をこなしてくれた人たちにはこれを差し上げます。そしてこれは前金だ受け取りやがれ!」
そう、ブツとは革袋に入った金貨(偽造)。一抱えくらいあるからクッソ重くて、ちょっと身体能力を強化しないと持ち上げるのが厳しかったよ。とりあえず五倍くらいに身体能力を強化した僕は、革袋の中身を撒き散らすようにクズ共に向けて振るった。
「ヒューッ! テメェはムカつくがぶっ殺すのは後にしてやるよ!」
「おいコラ、それは俺のだ! 盗むんじゃねぇよ!」
「ちょっと! 私の方にも投げてよ!」
あれだけ僕に対して敵意を見せてたクズ共も、降り注ぐ金貨に目の色を変えて集めようとしてる。地面に落ちた金貨を拾うために無様に這い蹲ったり、みっともなくジャンプを繰り返して降ってくる金貨をキャッチしようとしたり、実に醜く見るに堪えない光景が繰り広げられてるよ。
とはいえこのおかげでクズ共の目的統一もできたし、多少はやる気も持ってくれたみたいだから問題無しだ。偽造金貨だから僕の懐も痛まない、クズ共はお金を得られて幸せ。誰も損しない素晴らしい解決方法じゃない?
「最終的にお金の力で無理やりに解決した……」
「醜いですね。彼を含めて全員が……」
『金で言う事を聞かせるというのは悪い手では無いが、採算は取れるのか……?』
とはいえさすがにかなり強引だったせいか、セレスたちはちょっと呆れ気味だったよ。こんなクズ共に言う事聞かせるならこうするしかないじゃん? 文句あるなら君らがプランCを考えてくれよ……。