楽しい晩ごはんの時間
「それじゃあ、いただきまーす!」
時は流れて夜。おいしそうな晩御飯を前にして、僕はお行儀よく手を合わせる。
あ、晩御飯って性的な意味じゃなくて普通に晩御飯ね。今夜のメニューはパスタとかパンとかスープとか……また随分と洋風だなぁ。米を持ってこい、米を。
ハニエル曰く、ロリサキュバスは身体を洗ってる内にそれはもう元気になっていったらしいよ。でも白目を剥いてやたらに気持ち良さそうな悲鳴を上げながら痙攣して、意識を失ってはまた悲鳴を上げつつ目覚めるっていうのを何度も繰り返したとかなんとか。ハニエルはテクニシャンだなぁ?
そのせいで深い眠りに落ちたみたいで、意識が戻るのを待ってたら晩御飯の時間になっちゃったよ。こんなに長い間意識が戻らないなんて、きっと劣悪な環境から救い出されて気が緩んだんだろうね?
「クルス。ハニエルの姿が見えないが彼女はどうしたんだい? まだ正門での出来事を気に病んでいるのかな?」
フランスパン的な何かを頬張る僕の横から、レーンがいつも通りの平坦な声音で尋ねてくる。ちなみにレーンだけじゃなくてキラとクラウンもいるよ。
皆で仲良く食事をするっていうのも勇者パーティっぽいって思ったから、宿の食堂での晩御飯に皆を誘ったんだ。この場にいないのは付きっきりで奴隷の看病してるハニエルだけだよ。しかしこのフランスパン、滅茶苦茶固くて歯が砕けそう……。
「あー、部屋で僕が買ってきた奴隷の看病してるよ。ちょっと死にかけの奴隷を大銀貨一枚で買ったからね」
「うわ、やっす。あんた、それ絶対不良品掴まされたでしょ?」
「魔獣族なんて丈夫なのが唯一の取り柄じゃねえか。なのにそんな死にかけの役立たず買ってどうすんだよ?」
対面に座るキラとクラウンが、肉をモリモリ食べながら呆れの視線を向けてくる。もちろん周りに人がいるからキラさんは猫を被っていらっしゃったよ。素を知った身としては何かムズムズしてくる反応だなぁ。
それはともかく、アイツを選んだのはアイツが一番面白かったからだもん。どんな用途の奴隷を買うか迷ってたのに、情報を調べたら迷わず選んじゃうくらいには面白かったよ。できればその理由、じゃなくて原因を聞きたいからさっさと目を覚まして欲しいんだけどなぁ。
「まあちょっと考えがあってね。それより皆は今日どこ行ってたの? 僕は奴隷市場巡った後奴隷の看病をハニエルに押し付けて、楽しくショッピングしてたよ」
「分かり切っていたことだが酷い男だね、君は……」
あれ? レーンがゴミを見るような目を向けてきてるぞ。さては僕が必死に噛み千切ろうと頑張ってるこのクッソ固いフランスパンを狙ってたな? 食いしん坊め!
「あたしは武器屋冷やかした後、近くの森で魔物狩りしてたよ。やっぱり狩りって楽しいよね!」
「俺は酒場で酒飲んで、色っぽいねーちゃんをナンパしたり色々と楽しんでたぜ。まあ収穫はなかったけどな……」
「私は本屋や魔術ギルドを回って、魔法に関する書物を色々と集めていたよ。知識ならそこそこあるんだが、書物として形に残しているものは多くないからね」
どうも三人は三人で色々と楽しんでたみたい。冷やかしは止めてあげろとか、真昼間から酒飲むなとか色々言いたいことはあったけど、個人的にはそんなことよりレーンの一日が気になる内容だった。
「知識があるなら何でわざわざ集めてんの? これ以上詰め込まなきゃいけない魔法の知識なんてないでしょ?」
転生の魔術を創り上げて、魔法の神髄を極めんと四百年間も転生を繰り替えしてるレーンだ。今更本で学ぶような内容なんて無いと思うんだよね。その八倍くらい長く生きてるって言っても、戦いを徹底的に避けてきたハニエルよりもたぶん詳しいだろうし。
とか思って聞いたんだけど、何やらお気に召さない質問だったみたい。レーンはどこかムッとした可愛い顔になった。やめろよ、宿屋なのにテント張っちゃうだろ……。
「何を言っているんだ、君のために決まっているだろう。君が私の長話は聞きたくないと言うから、わざわざ町中を駆けずり回って紙媒体を集めたんじゃないか。見たまえ、『魔法基礎理論』『魔法応用理論』『武装術の基本』『魔法陣とその可能性』――」
などなどタイトルを読み上げつつ、レーンはテーブルにクソデカい書物を次々と積み重ねていく。何だお前、僕のためにそこまでしてくれるとか健気かよ……ていうか何冊あるんだよ!? テーブルがミシミシ言い始めたぞ!
「いや、あの、気持ちは嬉しいけど、そんな凶器になりそうなデカくて分厚い本いっぱい読むなら長話の方が良いです、はい」
「……つまり、何かな? 今日の私の行動は全て無駄になったということかい? 一日かけてこれほどの量を集めたと言うのに、その頑張りが全て無に帰したということかな?」
おっと、何やらレーンさんが歪んだ笑みを浮かべていらっしゃる。心なしか眉もひくひく動いてるぞ。さすがに街中駆けずり回った一日が無駄になったら怒るわな。僕だって怒る。
「そうなるのかなぁ。あ、でも僕は長話が嫌いなだけでレーンの声自体は好きだよ? 耳に心地いっていうか、何か安心できる声だからね」
「……そんな見え透いたお世辞で、私の機嫌が直るとでも思っているのかな? だとしたら君はとてもおめでたいね」
おや? 今反応が少し遅かったような気がするぞ? それに何故か僕から視線を逸らしている。この反応はもしやアレですかね?
「お、何か照れてるね」
「照れてなどいない。私がこんな醜悪な下種に惚れるなどありえないことだよ」
レーンの対面に座るキラには表情が見えたみたいで、ニヤニヤ笑いながらそれを指摘してた。
何だよもう、素直じゃないなぁ。というか醜悪な下種って照れ隠しにしてもさすがに酷くない?
「誰も惚れただのなんだのとは言ってねえよなぁ、クルスよぉ?」
「だよねぇ? それなのに惚れたって言葉が出てくるってことは、これはもう意識しちゃってるよねぇ?」
珍しくもクラウンと意見があう。
やっぱりレーンは僕のことが大好きなんですねぇ? 可愛い奴だなぁ。そんなに僕のことが好きなら抱いてやってもいいよ? 今夜一緒に大人の階段上る? ついでにハニエルも交えて三人でやる?
「――って、うおおおぉぉぉおおぉおぉぉっ!?」
何てことを考えてたら僕は飛び上がる羽目になった。
何故って? そりゃ食べてたフランスパン的な何かの生地の中から、おぞましいフォルムをした蜘蛛がこんにちはしたからだよ。シェフを呼べ! 殺す!
「おやおや、生娘のような悲鳴を上げてどうしたんだい勇者様? まさかそんな小さな蜘蛛が怖いのかな? これはまた随分と情けない姿だね?」
隣を見れば、酷く小馬鹿にしたような笑みがこっちに向けられてた。そして視線を外した一瞬でパンの中の蜘蛛も消えてる。さてはコイツがパン生地の一部を蜘蛛っぽく変化させやがったな?
ごめん、シェフ。君は悪くなかったよ……。
「こいつすっげぇ性悪だ……!」
「そう? あんたとドッコイってとこじゃない?」
「何だ、やっぱお似合いじゃねぇか。けっ、見せつけてくれやがって……」
こんな非人道的な悪戯を働いたレーンに対して、キラとクラウンは僕とお似合いって感想を零す。
そんな馬鹿な。僕はこんな酷いことを誰かにした覚えなんてないのに、どうして性悪な女狐とお似合いなんて言われなきゃいけないんだ。こんなに心優しい顔した勇者様なのに。
まあレーンはからかわれるのが嫌みたいだし、とりあえず今はからかうのを止めよう。決して昆虫が怖くて屈したわけじゃないぞ? うん。
「ああ、そうだ。そういやこの街にはあとどれくらい泊まるんだっけ?」
「二泊三日だよ。勇者様が二泊したいと言うものでね。まあ街を見て回るのが目的なんだろう。さすがに一日では回り切れないからね」
キラの問いにレーンが答える。コイツ宿で部屋取る時に話聞いてたんですかね?
別に一泊でも良かったかもなんだけど、奴隷を買うし色々後ろ暗いこともするつもりだから二泊三日が一番かなって思って。ほら、僕は勇者なのに短剣しか扱えないから、それを何とかするために、こう……ね?
「しかし明後日には出発かぁ。アイツそれまでに目覚めるかなぁ?」
それに一番の問題はあのロリサキュバスかな。まさかあんな瀕死の奴隷を買うことになるとは思わなかったからね。
まあ今は健康になってるらしいからそこはいいんだけど、いつ目覚めるのか分からないっていうのがちょっとねぇ? 明日になっても目覚めなかったら無理やり叩き起こすかぁ。
「ていうか、あんたは一体何のために奴隷買ったの? 性処理用?」
「どうして一番にそんな用途が出てくるんですかね。僕を何だと思ってるの?」
「鬼畜外道の畜生だと思っているが?」
「サイコ野郎?」
「あー……まあ、見た目詐欺なとこはあるな」
「えぇ……」
僕の裏の顔や本性を知ってるレーンはともかく、そこまで裏を見せてないキラにまでサイコ野郎とか言われたよ。クラウンでさえ見た目詐欺とかいう聞き慣れた感想を言いやがる。
何でだ、僕が一体何をしたって言うんだ。ちょっと欲望のままに喋って行動してるだけじゃないか。ちゃんと他人に共感することもできるし、少なくともサイコじゃないぞ。
とはいえ性処理用奴隷って考えなかったわけでもないよ? でもあのボロ雑巾染みた見た目じゃ萎えるし、そこは今の見た目次第だね。穴があれば良いってわけでもないし。僕はそこまで節操なしじゃない。
ただ実はあのロリサキュバスも真の仲間になれる可能性があるんだよね。だから性処理用にするべきかどうかは今でも迷ってたりする。でも貴重な処女ロリサキュバスだし、据え膳食わぬは男の恥って言うでしょ? マジで悩むよ、これは……。
「――勇者様! 勇者様! あの子が目を覚ましましたよ!」
「お、そりゃよかった」
僕が仲間たちからの評価に首を傾げてると、宿の二階からハニエルが嬉しそうな顔をしてそんな報告をしてきた。思ったよりも早かったね。無理やり目覚めさせる必要が無くなって何よりだよ。
「でも今は晩御飯の真っ最中だから、食べ終わったら行くよ。それまでその子の相手をしてあげて?」
「はい、分かりました!」
そう指示を出すと、素直に頷いて顔を引っ込める。
魔獣族と聖人族って犬猿の仲だけど、あの二人に限っては大丈夫だからそこは心配してないよ。そんなことより今は食欲が優先だ!
「あの様子なら正門での出来事はもう気に病んでいないようだね。奴隷で受けたショックを奴隷で忘れさせるとは、つくづく君は下劣で度し難い真似をする男だよ」
「そこは普通優しい男って言う所じゃない……?」
少なくともそんな罵倒を受ける場面じゃないはずなんだけどなぁ。ハニエルのせいで荷物落とした奴隷、裏路地で死体になってたのを見つけたことも本人には教えてないし。
あ、ちなみにそれはもうボコボコで顔も手足も指もひしゃげてて酷い有様だったよ。あんなことするとか本当に頭おかしいよね、この国の人間。可哀そうだったから傷を治して綺麗な身体にしてあげたよ。今は僕のゾンビ兵作成の実験体として異空間の中にいるけどね!