創世記
むかーしむかーし。あるところに、カントナータという名の女神様がいました。
女神様はその尊いお力で以て、一つの世界を創り出しました。その世界に女神様が付けた名は、イデアーレ。自然の恵みに溢れ、澄んだ水と空気に満ちた素晴らしい世界です。
その世界に女神様は様々な動物や植物を生み出し、更に人間を生み出しました。最初は数が少ない人間たちでしたが、天敵もおらず争いの無い平和な世界です。人類は瞬く間にその数を増やし、地に満ちていきました。知識や技術も凄まじい勢いで発展させて行き、女神様もご満悦になるほどの目覚ましい進化を遂げました。
しかしそんな栄華を誇る人類の絶頂期に悲劇が起こります。この世界にはあらゆる生物の生命の源である、魔力というエネルギーが溢れていました。本来ならよほど高濃度にならなければ生物には無害なのですが、何の因果かそれが原因で一部の動物が突然変異を起こしたのです。
突然変異を起こした動物は非常に獰猛になり、また強靭な肉体と想像を絶する生命力を得て、あらゆる生物に襲い掛かりました。それはもちろん人類も例外ではありません。多くの人間たちがその動物――魔物の手にかかり、命を散らして行ったのです。
その事態を重く受け止めた女神様は、人類を救うために新たな生き物を創り出しました。魔力を用いて癒しの奇跡やある種の超常現象を引き起こす術である魔法を扱う、人類の味方。天使です。
天使たちの活躍により、人類は絶滅の危機から救われました。そうして人類と天使は手を取り合い、平和な時を過ごしていったのです。
「――というわけで、絶滅の危機に瀕していた人類は天使の力によって救われ、平和と安寧を取り戻したというわけじゃ。ここまでで何か質問はあるか?」
一区切りついたとでも言いたげな感じに話を一旦切る女神様。
なるほど。どうやら女神様が創った世界は魔法の存在する世界らしい。それに人間だけでなく天使とかもその世界に生きているみたいだ。この後の話で滅んでいなければの話だけど。
「じゃあ一つ。何でわざわざ天使を創って人類を助けさせたんですか? 女神様なら指パッチン一つで魔物の半分くらいは減らせそうな感じなんですけど」
「うむ。実際それくらいは容易いのじゃが、我ら創世の女神の内では一度創り出した世界から直接何かを排除することは厳禁とされているのじゃ。しかし新たに創り出すことは禁止されておらぬからな」
「あー、だからわざわざ天使なんて創ったんですね」
どうやら女神内でのルールで直接の手出しが認められていなかったらしい。まあそういうのが認められてたら人類の危機なんて訪れないだろうしね。人類を脅かしそうなものは全部排除しちゃえばいいだけだし。
「うむ。そういうことじゃ。他に何か質問はあるか?」
「じゃあ一つ。人類が魔物のせいで絶滅の危機に瀕していたらしいですけど、もしかして人間は魔法とか使えなかったんですか?」
「うむ。そのようには創っておらんかったのだ。今では天使の血も混じったせいで、大半の人間は魔法を使えるようになっておるがな」
「ほぅ、血が混じった……つまり天使を孕ませることだってできる、と……」
なるほど、それは朗報だ。人間と天使が愛し合っても愛の結晶が生まれないなんて悲劇だからね。天使もちゃんと子供を授かることができるなら、僕としても嬉しい限りだよ。あ、変な意図はないよ?
「あー、お主ならそういうことを考えると思っとったよ……まあよい。続けるぞ?」
「はーい」
何でか軽蔑するような冷たい瞳を向けてから、話の続きを始める女神様。
しかし好みの幼女が蔑む目つきをしてる姿はゾクゾク来るなぁ。こう、その表情を恥辱と悲しみと絶望に染めてあげたくてどうしてもね……。
天使たちの活躍により、平和と安寧を手に入れた人類。天使との間に子を為し世代を重ねることで人間の中にも魔法を使える者が現れるようになり、人類と天使の暮らしはますます発展していきます。
しかし発展が度を過ぎてしまい、人類はまたも絶滅の危機に瀕してしまいました。しかも今度は天使までもが絶滅の危機です。今回は魔物のせいなどではなく、発展しすぎた事による人口過剰、それによる食糧不足などが原因でした。
女神様は当然彼らに手を差し伸べようとしました。食料を創り出して与えることなら簡単です。ですがそれでは根本的な解決にならず、依然として人口の増加に歯止めがかかりません。この問題を解決するには人口を減らすしかないのです。
女神様は大いに苦悩しました。愛する人間と天使たちの数を減らす、つまりは殺さなければいけないからです。とはいえそれをしなければ人口は増える一方。病死や魔物との戦いでの死亡に期待しようにも、すでに人間も魔法を使えるようになっています。放置していても問題の解決はありえないでしょう。
やはり決断するしかない。覚悟を決めた女神様は断腸の思いで新たに生き物を創り上げました。動物に似た姿を持ち、動物を従えることができる存在――獣人です。
獣人は人間よりも力強く、肉体も強靭であり、また野生の鋭さを兼ね備えた生き物。そして極めて動物に似通った存在です。当然ながら人類と天使は獣人たちを魔物が更に突然変異を起こした存在だと思い込み、戦いを仕掛けます。そう、戦争です。女神様は戦争によって人口を減らそうと考えたのです。
しかしここで女神様は大きなミスを犯してしまいます。獣人も魔法を使えるようにするのをうっかり忘れてしまったのです。その結果、獣人は魔法を使える二つの種族に蹂躙され、滅亡の危機に瀕してしまいます。
事態を重く見た女神様は、慌てて獣人の味方となる種族を創り上げます。もちろん今回はちゃんと魔法を使えるようにするのを忘れません。そして新たに創り上げられた生き物が、天使と対を為す悪しき存在――悪魔です。
人間と天使からなる聖人族、獣人と悪魔からなる魔獣族。四つの種族、二つの勢力による戦いは苛烈を極め、数多くの死者が全ての種族に出てしまいました。しかしそのおかげで聖人族の人口の問題が解消され、世界の均衡は保たれたのです。
「――というわけで、聖人族の人口問題を解決しようとした結果、新たに二つの種族を誕生させてしまったのじゃ。ここまでで何か質問はあるか?」
「はい。女神様っておバカなんですか?」
再度の質問タイムに入ったところで、僕はそんな質問を投げかけた。不敬かもしれないけど知ったこっちゃない。だって神様なのにうっかりミスするとかそれもう神様じゃないよね。しかも何か途方もなく回りくどいことして悪化させてる気がするし。
そもそも二つの種族の食糧問題を解決するために新たに二つの種族を創って、良く問題が解決したよね。どの種族もごっそり人口減ったんじゃない、これ?
「ち、違うのじゃ! 女神内でのルールで色々決まりがある故、こういった手段しか取れなかったんじゃ!」
女神様は傷ついたような顔で必死に訴えてくる。
僕が言ってるのは回りくどい手段の方じゃなくて、どっちかっていうとうっかりミスの方なんだけど、まあ何か下手に突っ込むと可哀そうだから掘り下げるのは止めておこう。話じゃなくて女神様の身体には突っ込みたいけどね。この女神様本当に可愛くてさ……。
「まあそういうことにしておきます。それで質問なんですけど、獣人ってがっつり獣ですか? それともちょびっとですか?」
「お主が何を考えているのかは何となく分かるが……喜べ、ちょびっとじゃ。猫耳とかウサ耳とか色々おるぞ」
「よっしゃ!」
それは素晴らしい。さすがに動物がそのまま二足歩行になったみたいな獣人じゃ萌えられないからね。僕はそこまで上級者じゃない。
しかし小さなお手々で耳を形作って説明する女神様は可愛いなぁ、ちくしょう……。
「さて、ここまでが話の前座じゃ。重要なのはここからじゃぞ」
「え、まだ続くんですか?」
「当然じゃ。ここまでがいわば創成期じゃぞ。文章で言えばまだ起承転結の起の部分じゃ」
「長話嫌いなので巻けません?」
「お主、神を敬う気持ちが欠片もありはせんな……」
うーん、目の前の可愛らしい女神様に対する好感度なら滅茶苦茶あるんだよなぁ。
本当ならそんな女神様の長話くらい朝までだって付き合ってあげたいんだけど、この女神様ったら心に染み渡る鈴の音のような癒される声をしてるせいで眠くなってくるんだ。あー、女神様に膝枕してもらって子守唄歌ってもらいたいなぁ!
「女神様が『お願い、わらわのお話聞いて?』って小首を傾げつつ上目遣いに可愛らしく言ってくれれば敬いますよ」
「うむ、分かった。お主が救いようのない阿呆だということが分かったぞ」
段々と女神様も僕に慣れてきたのか、最早呆れた様子すら見せない。なるほど、僕と女神様は通じ合ってるんだね!
「自分で言うのも何ですけど、どうしてこんなのを転生させようとしてるんですか? ちょっと考え直した方がいいですよ?」
「まあ、そこにも深い理由があるのじゃ。じゃから、その……お願い、わらわのお話聞いて?」
「――っ!?」
ここでまさかのリクエスト通りの愛らしい所作! そんな即死しかねない不意打ちを食らって、僕は心臓に激痛を覚えた。杭を打たれたように激しく痛むのに、でも決して不快じゃない。むしろ心地よさすら覚える胸の痛み。
ちくしょう。この女神様、なかなかどうしてあざといじゃねぇか……!
「ふはははははははは! 何じゃ、顔を赤くしよって! うむうむ、お主もなかなか愛い反応をするではないか! はははははははは!」
胸を押さえて顔の熱さに俯いてしまう僕の反応がお気に召したみたいで、女神様は大笑い。
いや、というか本当に大笑いしてるな、この人。目の端にじんわり涙を浮かべて、お腹抱えて膝をついてるよ。図らずも神に膝をつかせてしまった……。
「はいはい。そういうのはいいですから、続き行きましょう続き」
「ははははは――はー、そうじゃの……では場も温まったところで、本題に入るとするか……」
さっきまで大笑いしていた女神様だけど、ここで唐突に雰囲気が変わった。
見た目通りの幼い少女の雰囲気じゃない、身動きを取ることすら躊躇ってしまうくらいの神聖で厳かな圧力を感じる。決然とした瞳から放たれる光は、見ているだけで思わず背筋を伸ばしてしまいそうになるほどだ。やっぱりこう見えても人間とは存在の格が違う、れっきとした神様なんだね。
「……ぷっ!」
「思い出し笑いするな。ちょっと敬いそうになったのに」
でもそんな状態でまた噴き出して笑い出したから、威厳とかそういうものはどっかに吹っ飛んでったよ。まあ親しみやすい神様っていうのもそれはそれでいいよね。にしてもこの女神様、本当に襲いたくなるなぁ……。