バトルロイヤル
⋇再びバトル回
クズ共に格の違いを分からせて素直にした後、明日からの事をたっぷり言い聞かせてから顔合わせと作戦会議はお開きとなった。
とはいえ低ランク冒険者たちがあまりにもクズ過ぎたせいで、カレイドたちも最低限の仕事だけこなせばそれで良いって感じの結論になったみたい。クズ共にはエクス・マキナが出てきた時の戦闘だけを任せる事になったよ。普通の魔物との戦いとか、野営の見張りとかは連れて行く聖人族奴隷を使えば良いしね。むしろ奴隷たちの方が色んな意味で働きに期待できる。
『……不完全燃焼だな』
そんなこんなでクズ共が解散して逃げるようにいなくなった後、カレイドが何やらぽつりと呟いた。
どうやらクズ共があまりにもクズで雑魚だったから、いまいち戦いを楽しめなかった様子。意識的なのか無意識的なのか、行き場の無い戦意が電気となってパチパチ迸っててちょっと近寄り難い。
『数だけは多いから少しは楽しめると思っていたが、蓋を開けてみれば雑魚の集まり。クルスに俺たちの実力を碌に見せる事もできず、戦いと呼べるものになっていたかも怪しい。行き場のない闘争心が胸の中で渦を巻いている感じだ』
「分かる。正直僕もつまらんかった。もう少しまともな戦いがしたかったよ」
胸の中で渦を巻いてるっていうか鎧の表面で迸ってる感じだけど、僕も概ね同意した。あんな蟻を踏み潰すよりも爽快感の無い戦いじゃあ心底つまらんかったしね。命のやり取りってほどじゃなくとも、もうちょっとまともな戦いがしたい。
『……ならば、やるか?』
なんて思ってたら、カレイドが僕の方に顔を向けて尋ねてきた。フルフェイスの鎧兜だから表情とか目付きとかはさっぱり分からないけど、絶対ワクワクした顔してる気がする。どうやら僕となら満足のいく戦いができると思っていらっしゃるようで。戦闘狂がよぉ?
「良いね。やろうか? こっちはいつでも準備オッケーだよ」
とはいえ僕も今はそんな気分だから、喜んで頷いた。
そもそもカレイドたちの実力はあんな雑魚処理程度じゃいまいち把握できなかったからね。こうなったらもう自分で戦って把握するしかないかなって。
「二度も大規模な魔法を使っておいて何故そこまで余裕なんですか。あなたの魔力量は一体どうなっているんですか……?」
「あたしの数十倍は軽くありそう……あたしだってわりと多い方なんだけどなぁ……」
やる気十分の僕らに対して、ラッセルとセレスはちょっと引き気味。この二人は別に戦闘狂ってわけじゃなさそう。
でもどうせならこの二人の実力も確認したいし、できれば二人とも戦いたいんだよなぁ。ダメ元で誘ってみようか?
『お前たちもどうだ? あの程度の戦いとも呼べない一方的な蹂躙では、昂った闘志が鎮められないだろう?』
「僕たちは最初から闘志を燃え上がらせていたわけではないので……しかし、僕たちの力を彼に見せるという目的が達成できていない以上、ここは参加した方が良さそうですね」
「そうだね。別にあたしは戦うのが特別好きってわけでもないけど、ちゃんと実力をクルスくんにも知って貰わないと駄目だよね」
なんて思ってたら普通にカレイドが二人を誘って、二人もそれを承諾した。どうやら実力を見せきれなかったから、今度こそ僕に真の力を見せてくれる様子。ついさっきまでは引いてた癖に、今は二人とも戦意が迸ってますね……。
「よっしゃ、四人対戦だ! 自分以外は全員が敵のバトルロイヤルの始まりだぜ!」
そんなわけで、勝負形式はバトルロイヤルになりました。とりあえず全員倒せば良いっていうシンプルな形だね。
三人ともなかなかの実力者だし、これはかなり楽しい戦いになりそうだ。さーて、どんな武器使おうかなー?
『よし、これで準備は完了だ。負傷は奴隷に治癒を任せればいい。俺たちは全力でぶつかりあうだけだ』
およそ三十分後、大乱闘の準備は完了した。どうやらマジで全力を出すみたいで、戦いの後の治療すらできなくなることを想定して、カレイドは冒険者ギルドに行って聖人族奴隷を借りてきたんだよ。
何で冒険者ギルドに奴隷がいるのかって思ったけど、明日からの邪神討伐の旅には奴隷も与えるって言ってたしね。たぶんすでに用意されてたんだと思う。まあ日頃から下働きを奴隷に任せてるっていう節もあるか。
「この場で最も弱いのは恐らく僕でしょうが……簡単に負けるつもりはありません。僕の実力を身体に刻み付けて差し上げます」
「やだ、エッチ」
「気持ち悪い反応をしないでください。余裕を見せていられるのも今の内ですよ」
なかなかの戦意を見せるラッセル。軽口を叩いても真剣な目で睨みつけてくるだけだ。コイツもたぶん全力でやるつもりだな……。
「それじゃあ、あたしも今度こそ本気を出そうかな。手加減はしないよ、クルスくん。ていうかむしろそっちが手加減してね?」
「よし、全力でボコしに行くぞ」
「酷いよ! あたしこれでもか弱い女の子なんだから、ちょっとは加減してよぉ!」
笑顔で手加減を求めてくるセレスに、僕はもちろん拳を握りながら笑顔で返す。全力でボコるって言ったらか弱い女の子を装ってポコポコ殴り掛かってきたよ。確かに子猫のパンチくらいの威力しかない駄々っ子パンチだけど、この子さっきは一瞬で八人の手足を斬り落としてたからねぇ……どう見ても油断を誘ってんなって……。
『全員、仲が良くて何よりだな。それでは――準備は良いか?』
「はい、問題ありません」
「いつでも良いよ?」
「オッケー」
カレイドの声に、全員が軽く距離を取ってそれぞれの獲物を構える。カレイドはクソデカい戦斧を振り上げた状態で、ラッセルは懐に両手を入れた状態で、セレスは長剣の切っ先を地面に向けた自然体で。そして僕はシンプルな長剣を構え、油断なく全員を警戒する。
さっきと違って人数はたった四人。この四人でスクエアを描くようにして、隣り合う人とは十メートルほど距離を取って睨み合ってる。この肌が泡立つようなピリピリした空気……うーん、堪らない。さっきの雑魚共じゃ味わえない緊張感のある空気だ。
『よし。では開始の宣言をしろ』
「はい、かしこまりました! それでは――開始です!」
そしてカレイドが冒険者ギルドから連れて来た聖人族奴隷(洗脳教育済み)に指示を出すと、奴隷は晴れやかな笑顔で戦いの開始を口にした。
はい、突然ですがここでクイズです。バトルロイヤルの鉄則とは何でしょうか?
弱い奴から全員で叩き潰す? うん、それは確かに正解だ。でも今回はちょっと事情が違う。弱い奴を真っ先に全員で狙うっていうのは、全員の強さに隔絶した差が存在しない場合だ。全員の強さにそこまで大きな差が無いなら、まずは邪魔になる者を排除する方向に走るのは当然だよね。
ただし今回は僕という、ある意味異常で特異な存在がいる。闘技大会で優勝した強さを持ち、膨大な魔力を持っている(ように見える)飛び抜けて強大な存在だ。そんな奴がバトルロイヤルにいるなら、他の奴らはどう行動するか分かるよね? 答えはもうちょい後で!
「――ふっ!」
真っ先に動いたのはセレス。切っ先を地面に向けて構えず自然体に見えてたけど、それはどうやら油断させるためのブラフだったらしい。恐ろしい瞬発力で大地を蹴ったかと思えば、暴風を伴って一気に僕へ突っ込んできた。
そして弓矢の如く引き絞ってた長剣の切っ先で、僕に向けて猛烈な勢いの突きを――うひぃ!?
「ちょいちょい! 明らかに攻撃が致命傷狙いなんだけど!?」
あまりの勢いに少しビビりながら、眉間に迫った殺意漲る一撃を剣の腹で受け止める。致命傷っていうかどう控えめに見ても殺す気の一撃だったよ。これで僕に惚れてるってマジ? もしかして君、愛は破壊とか言う修羅の人だった?
「大丈夫! クルスくんならこれくらい余裕!」
「実際防いでるから何とも言えないなぁ――っと!?」
信頼溢れる微笑みと共に鍔迫り合いから引き下がったセレスに反撃しようとしたけど、横合いからカレイドの戦斧による一撃が迫ってきてそっちに対処せざるを得なかった。大気を引き裂いて迫るギロチンみたいな刃は受け止めるのが辛そうだから、そのままバク転するように飛んで躱したんだけど――
「デルタ・アースニードル」
そんな呟きと共に、着地点となる地面に突然土の針山ができる。このまま着地したら両足がオシャカになっちゃう。
もちろんこんな鬼畜な真似をしたのはラッセルだ。何か見当違いの方向に短剣投げてるな、とは思ってたけど最初から僕の着地狩りをするつもりだったのね。見ればやっぱり短剣で形作られた三角形の間で魔法が発現してる。
「ここだぁ! ゲイル・スラッシュ!」
『はあっ!!』
その上、バク転で宙を舞ってる僕に対して猛烈な追撃が放たれる。セレスが風の刃を飛ばしてくるし、カレイドに至っては躱された一撃でそのまま身体を回転させてもう一発。しかも今度は戦斧からバチバチ電気を放ちながら。
うん、ここまでされればさっきのクイズの答えはもう分かるね? 正解は全員で協力して僕を潰す、でした!
「いや、殺意高いな!? 苛めか!?」
普通ならヤバすぎる状況だけど、満を持して反射神経その他を六十倍に加速してた僕にはまあ何とかなる範囲だ。
そんなわけであからさまな苛めにちょっと傷つきながらも、こっちは蹴りで風の刃を放ってセレスの風刃を相殺。その反動で空中でもう一度宙返りを決めると共に飛距離を伸ばし、剣山みたいになってる着地点を外れてカレイドの一撃も避ける。
とはいえ戦斧から放たれてる電撃はちょっと離れた程度じゃどうにもならないから、服の一部を金属のワイヤーに変化させて地面に打ちこんで何とか対処した。こんな即席アースで対処できるかは甚だ疑問だから、電撃を地面に逃がしてるふりをしてさりげなく魔法で無効化させてもらったよ。
「吹っ飛べ、苛めっ子共め! 暴風!」
そして何とか無事に着地した僕は、着地狩りを決めようと突っ込んでくるカレイドとセレス、そしてラッセルが投げてきた二本の短剣を猛烈な風の魔法で吹っ飛ばした。あくまでも風で吹き飛ばすだけで殺傷能力は無いから、二人とも軽く宙返りを決めて地面に降り立ったよ。
本当はこっちも容赦なく追撃しようと思ったんだけど、ミニスカートで宙を舞ってたセレスを見るのに忙しくて動けませんでした。薄い緑のレース素材か……。
『さすがだ。闘技大会優勝者の称号は伊達では無いな』
「全員で攻めても余裕で捌きますか。やはり一筋縄ではいきませんね」
「ううっ、ちょっと興奮して来たかも! 観客席で遠くから見てるんじゃなくて、直にクルスくんと戦えるなんて!」
幸い僕の邪な視線には誰も気付かなかったみたいで、それぞれ僕の対応に昂ったり警戒を強めたりしてる。もちろん戦意は些かも衰えてないばかりか、むしろさっきより増してる感じだ。そして三人は明らかに僕だけを狙ってるんだから始末に負えない。
「何なの、君ら? 示し合わせたように三対一とか酷くない? バトルロイヤルなら弱い奴から狙うのがセオリーでしょ?」
『確かに。だが飛び抜けた強者がいるのなら話は別だ。全員で協力して真っ先に潰す。そうしなければ一人勝ちされてしまうからな』
「カレイドさんの仰る通りです。僕たち全員であなたを潰します。覚悟してください」
「ごめんね? でも君が強いから仕方ないよね?」
何とか三人の結託を崩せないかと思ったけど、向こうもこの状況での最適解はしっかり理解してるみたいだ。裏切りの色は欠片も見せず、三人で協力して僕を仕留める気満々だ。連携も取れてて状況も読める。さっきのクズ共とは雲泥の差だなぁ……。
「クソぅ! 僕が勝ったら覚えてろよ!」
やむなく僕は真っ向から捻じ伏せる事を決めて、改めて剣を構えた。
苛めみたいな今の状況にちょっと納得はいかないけど、場合によっては邪神としてこの三人を相手にするかもしれないんだ。その予行演習と考えればちょうど良い機会だね。やってやるよオラァ! 覚悟しろ!