つまらない戦い
⋇バトル回
⋇暴力描写あり
ついに戦いの火蓋が切って落とされた、高ランク冒険者三人VS低ランク冒険者四十四人の戦い。低ランク側は人数もいるっていうか人数しか取り柄がないわけだし、まずは三人を囲むように移動するのが定石かな? 幾らセレスたちが強くても、全方位から攻撃が加えられたらそれはかなりウザったいだろうし。
実際クズ共の中で攻撃に移ろうとしたのは最前面の十数人だけで、残りは左右に散って移動しようとしてるね。少しは考える頭があったか。まあ四十四人が一ヵ所にいたら後ろの方はまともに攻撃できないもんね。単に攻撃しやすい位置に移動しようとしただけかもしれない。
ただクズ共の行動は圧倒的に遅かった。汚い言葉を吐く前に、攻撃を繰り出す前に、移動のための一歩を踏み出す前に、誰よりも速く動いた奴がいた。
「――行くよっ!」
それは細身の長剣を手にしたセレス。猛烈な暴風を撒き散らして一瞬でクズ共の左翼に肉薄したかと思えば、華麗かつ無音の剣捌きで擦れ違いざまに斬撃を放ってく。
やっぱり速い。予め動体視力その他を十倍くらいにしてないと捉えられなかった速度だ。何せあまりに速すぎてクズ共は斬られた事にすぐには気付けてないしね。
「――これで八人!」
そしてセレスがクズ共の集団から数メートルほど離れた場所で残心。それと同時にセレスに斬られた哀れな八人のクズ共の手足が、思い出したようにボトリと落ちて鮮血が噴き出す。
一瞬で八人を仕留める。うん、こりゃあ低ランクのクズ共じゃ百人いても相手にならんわ。
「ぎ、ギャアアァアァアァ!!」
「腕が!? 俺の腕がああぁぁ!!」
「いてぇよおぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
ようやく斬られた痛みを認識したクズ共が、倒れ伏して悲痛な叫びを上げ始める。さっきまで散々偉そうな態度取ってた癖に、手足の一、二本落とされただけであんな風に転げ回って叫び回るとかマジ? やる気が足りなくない?
「な、何だよ今の……お前見えたか?」
「い、いや、全然……」
「嘘だろ? 一瞬で八人もやられたぞ?」
挙句の果てに一瞬で八人やられた程度で、他の奴らは完全に手を止め足を止め委縮してる。しかも大多数はセレスたちから注意を逸らして、血を噴きながら転げ回ってる八人に視線を向けて恐れおののいてる。
仲間でもない単なる同業者がやられた程度で相手から注意を逸らすってマジ? コイツらマジで程度低すぎん?
「隙だらけだ。三下どもめ」
「ぐっ!?」
「ぎっ!?」
「ぎゃっ!?」
無論そんな隙を見逃して貰えるわけも無い。気が付けば三人の屑の身体には、ラッセルが投げた小さな短剣が突き刺さってた。しかもその内の一人は鎧を着てるのにその隙間を狙って当ててる。十メートルくらいの距離あるってのに良くそんな場所当てられんな?
「凍りつけ。デルタ・フリーズ」
「ギッ――!?」
「うあっ!?」
そしてラッセルは追撃の魔法を放つ。一拍の間を置き、爆発したかのように冷気が広がって複数のクズ共を胸の辺りまで氷漬けにして無力化した。巻き込まれて完全に無力化されたのはおよそ十二人、そして身体の一部だけ凍りついた軽傷なのが数人ほど。それでもほぼ一瞬でセレス以上に敵を無力化したね。
ただ一つ気になるのはさっきの氷の魔法の範囲。不思議な事にクズ共に刺さった短剣三本を線で結んだみたいに、その内側の範囲で氷の魔法が炸裂したんだよ。刺さった三人も巻き込みつつね。もしかしてあの暗器は魔法の範囲指定のためのものなのかな? 何だってそんな面倒で手間がかかる真似を……。
「う、嘘だろ!? たった数秒で半分近くやられたぞ!?」
「怯むな! 全員で魔法ぶっ放せば勝てる!」
僕がちょっと首を傾げてると、ようやくまともな危機感を覚えたクズ共が本格的に動き出す。
とはいえセレスが集団の後ろに回った状態だからもう一気に囲むことはできないし、自然と前後のセレスとラッセルを警戒するように集団は密集してく。それに対して二人は警戒をしつつも、自然体で立ってるだけで何もしない。だってもう何もする必要が無さそうだから。
「待て!? 鎧の奴がいねぇぞ!?」
そう、最後はカレイドの番。注意散漫になってたクズ共は最後の最後まで全く気が付かなかったけど、横で見学してる僕は気付いてた。全身鎧で重苦しそうなカレイドが軽やかに天高く飛び上がり、振り上げたその巨大な戦斧からバチバチと電気を放っている姿を。
『――轟雷戦斧』
「ギャアアアァアァアァァァァッ!!」
そして天高くより電撃を纏った戦斧の一撃が振り下ろされる。
直撃すればさすがに即死コースなせいか、カレイドが斧を振り下ろしたのは地面。でも破壊力と殲滅力は先の二人に比べても抜きん出てる。まるで巨人がハンマーでぶっ叩いたみたいに轟音と共に地面が抉れて地割れが巻き起こり、衝撃波と稲妻が周囲に迸る。
当然クズ共がこれを食らえば余波でも無事では済まない。土煙が去った後には死屍累々な光景の中に悠々と佇むカレイドの姿がそこにあった。残ってるクズ共は最早数人ほどで、揃って腰が抜けてる感じだ。明らかに戦意が欠片も残ってない。
「こ、降参! 降参だ! 俺たちの負けだ!」
「わ、私たちが悪かったわ! ごめんなさい!」
予想通り、流れるような降参宣言が出て戦いが終わる。意識が残ってるクズ共は高ランク冒険者の力ってものがようやく分かったみたいで、恐怖に恐れおののているよ。
でもなぁ、これたぶん実力の三割も行ってないんだよなぁ。何せクズ共は結局一回も攻撃できなかったから、まともな戦いにならなかったもん。低ランク冒険者にしてももうちょい粘れよ……これじゃうちのウサギ娘の方がまだまともな戦いできたろうに……。
「お疲れ、三人とも――って言うほど疲れてる?」
「全然だね。下位の冒険者たちとは聞いてたけど、ここまで手応え無いなんて思わなかったなぁ……」
死屍累々の光景の中を悠々と歩いてきた三人に声をかけると、セレスが呆れたようなため息と共に答えた。
まあマジで対応が酷かったもんねぇ。結局セレスは最初に八人斬り伏せただけで、それ以降は剣を構えて牽制しかやる事無かったみたいだし。そもそも十五秒もかからずに戦いが終わったしなぁ。
「本当に彼らを連れて行くんですか? 周りの者たちが傷を負った程度で動揺して動けなくなる程度の練度しかない、一般人に毛が生えたレベルの方々ですよ? 今からでもギルドマスターに直談判するべきではないでしょうか」
次に苦言を呈してきたのはラッセル。そして百パーセントの正論だね。こんなクズ共連れてっても足手纏いにしかならない。正直エクス・マキナ相手に戦えるかどうかも疑わしくなってくるレベルだ。マジでギルマスに直談判したい。
『むぅ……確かにこの程度とは少々予想外だな。それに俺たちの力をクルスに見せられたとも到底思えん……』
この結果にはカレイドもクズ共の評価を大幅に下方修正してる。
実際僕に実力の三割も見せられてないだろうからね。でも一応どっちがボスかを分からせるっていう当初の目標は達成できたから良しとしとこう。
「ギルドの指示だし仕方無いんじゃない? 途中で死ぬような奴らならそれまででしょ――治癒の雨」
とりあえず放置しとくと死にそうな奴もいるから、クズ共を魔法で治癒してあげる事にした。あんなクズ共を一人一人治療して回るのも面倒だしそんな義理も無いから、周囲一帯に治癒の効果がこもった光の雨を降らせる事でね。晴れてるのに雨が降ってる……狐の嫁入りってやつ? そういやウチのメンバーには狐いないな?
「うわっ、すご……」
「何て贅沢な魔力の使い方を……」
ついでに治癒の雨の範囲内に収めてあげたセレスたちは、僕の魔力大盤振る舞いな治癒に目を丸くしてた。まあ僕は無限魔力だし? セコセコ節約なんてする必要ないんですよ、フフフ。
『俺たちの勝ちだ。賭けの内容は覚えているな? 明日から始まる調査以来の最中、俺たちの指示に大人しく従って貰うぞ』
「あ、ああ、分かったよ! 従ってやるよ!」
治癒が進んで死に体だったクズ共がよろよろと起き上がり、カレイドの有無を言わさぬ言葉と圧力にビビり散らかしながら従う。
余談だけど、今回の賭けの内容に関しては魔法ではなく書面での契約だったりする。ちょっと人数多すぎるせいで契約の魔力も馬鹿にならないそうだし、この人数だと契約魔術でも不確定要素が多すぎるからね。
しかしどいつもこいつも高ランク冒険者の肩書きを舐め腐ってたのが分かる豹変ぶりだ。こんな血生臭い世界に生きてるんだし、パッと見で強さとか分からんもんなのかな? まあ僕も分かんないがな!
「けど――俺らが負けたのはお前らだ! ソイツは別だぜ!」
「ん? 僕?」
などと心の中で恥ずかし気も無く断言してたら、唐突にクズ共の一人に指を差される。人に向けて指を差すな、タコ野郎。
「戦いもせず横で見てただけの奴に従うつもりなんか無いぜ? テメェも俺たちと戦えよ。もちろんさっきと同じ条件でな!」
「そうよそうよ! 私たちを従わせたいなら、あんたも戦いなさいよ!」
そして賛同するような野次がどんどんと沸き上がる。
うーん、治癒の雨に治癒だけじゃなく疲労の回復効果も持たせたのが裏目に出たか? 完全復活しつつあるクズ共が戦意と敵意の漲った目で僕を睨んでくる。さっき手も足も出せずにコテンパンにやられた癖に、この自信は一体何なんだろうね? 鳥頭だって三歩歩く前までの事は覚えてるんだぞ?
「ちょっと君たち! 今誰が君たちの怪我を治してあげてるか分かってて言ってるの!?」
「もちろんだぜ。こんなスゲェ魔法を使えるんだ。一人で俺ら全員を相手にするくらいわけないよなぁ?」
「そうそう。高ランクの強さってもんを教えてくださいよ?」
「力を持たないばかりか、悪知恵だけは無駄に働くクズ共め……!」
セレスの詰問にヘラヘラ笑いながら答えるクズ共に、ラッセルが怒りに歯をギリっと食い縛る。
なるほどね。どうやら僕がこんな無駄に贅沢かつ超広範囲な治癒の魔法を使ったから、魔力をかなり消費したと思ってるらしい。だから今度こそ全員で、それも僕だけを相手にすれば勝てると考えてるんだと思う。確かにラッセルの言う通り悪知恵だけは働くみたいだ。
でも悲しいかな、女神様から常に魔力を供給される僕は元気モリモリです。普通の高ランク冒険者だったならともかく、相手が悪かったな?
『……どうする、クルス?』
「ん? 別に良いけど……殺しちゃダメなんだよね?」
『そうだな。気絶、無力化、手足の一、二本程度が妥当な所だろう。いけるか?』
「んー……まあ大丈夫じゃない? さすがにその後の治療は誰かに頼る事になるだろうけど」
本当は何の問題も無いけど、ちゃんと僕にも限界はあるって偽りたいから一応治療は丸投げしておいた。さすがにどれだけイカれた規模の魔法を行使しても平然としてたら、あらぬ疑いをかけられそうだからね。いっそリアを見習って重い戒律を課してるって事にするのも良いかもしれない。
「ならばそれは僕たちが請け負います。精々力の差を見せつけてやってください」
「コテンパンにしてやって良いよ! あたしたちが頑張って治療するからね!」
「分かった。でも治療の手間を払う必要がある奴らとも思えないし、なるべく傷つけずに無力化するよ」
治療はラッセルたちが引き受けてくれたけど、僕はできる限り怪我を負わせない方向で行く事にした。うっかり殺しちゃったら負けっぽいからね。そしたらこの二人はクズ共の奴隷コースだし、さすがにうっかりでそんな目に合わせるのはちょっと興奮……じゃない、気が咎める。
「おいおい、この人数相手に一人で勝てると思ってんのかぁ? もう魔力はほとんどねぇんだろ?」
「まさか魔法も抜きに俺たちに勝つつもりかぁ? 舐められたもんだぜ」
クズ共はもう勝った気でいるみたいで、ニヤニヤ笑いながら僕を挑発してくる。
しかしこんだけド屑で民度も最底辺なのに、僕に対して『ニカケ』の差別発言は飛んでこない。これは最低限の誠実さが残ってるわけじゃなくて、単にクズ共の中にも何人かニカケの奴が混ざってるからかな。
まあ例え言われたって僕はニカケどころか悪魔ですら無いから、全くダメージは受けないんですがね……でも真面目なラッセルと僕に惚れてるセレスはキレそう。案外それを危惧して口にしないだけなのでは?
「はいはい、三下の台詞は聞き飽きたからさっさとやろ? 聞いててこっちが恥ずかしくなってくるよ」
「んだとぉ……?」
「ふざけやがって……叩きのめしてやる……!」
とにもかくにも、これ以上世紀末以下の民度の奴らと付き合ってるのは正直疲れる。だからさっさと面倒な時間を終わらせるために早々に片付ける事にした。ちょうど怪我を負わせず無力化する方法も決まったからね。
そんなわけで僕は杖を取り出し、クズ共は最初から僕を円形に囲んで準備完了。ただでさえ一対四十四な状況なんだし、今更陣形程度で卑怯とは言わないよ。そもそも一発で終わるし。
『では、合図は俺が出そう――始めっ!』
「――重力圧」
「があっ!?」
「ぎっ……!?」
開始宣言と同時に僕が放ったのは、高重力場を作り出す魔法。倍率はおよそ二十倍。クズ共は突然自分の身体が重くなったように倒れ、地面に縫い付けられて動かなくなった。まあいきなり重力が二十倍になったんだし無理も無い。
ちなみにこれくらいの倍率なら死なないって事は実験済みだから大丈夫。具体的には地下牢にぶち込んでる悪魔っ子と女狐相手に色々試したからね。とはいえさすがにこれがずっと続くと身体に異常をきたしかねないから、あと五秒くらいで解除しないと駄目かな。アイツらは仮にもSランク冒険者だったから、倍率を上げて行ってもなかなか耐えてくれたし。
「……つまんねー」
面倒は速攻で片付いたけど、あまりにも呆気なくてクッソつまらない戦いだった。
別に僕はバトルジャンキーってわけじゃないよ? でもこんだけ手応えが無いと血沸き肉躍る戦いがしたくなってくるなぁ……後で屋敷に帰ってトゥーラと組手でもしようかな?
組み手の後はもちろんプロレス(ベッドの上で)