全身鎧と犬獣人
※新キャラ二人登場
冒険者ギルドに足を踏み入れた途端にちょっとした血生臭いイベントに遭遇したけど、僕とセレスは何も問題無くギルドの奥へと通された。手首切り落とされた野郎は僕がちゃんと治癒してあげたからね。結果的にケガは無かったという事で納得してもらったよ。向こうも可愛らしい小娘に手首斬り落とされたなんて情けない事喧伝したくないだろうしね。
そんなわけで、僕らはギルドの応接間と思しき部屋に通されたんだけど――
「――これはまた。現地集合で期日ギリギリに来て団体行動の輪を開始前から乱した挙句、本日の呼び出しにも時間ギリギリに到着。しかも女性を隣に侍らせているとは、随分と肝が据わっていますね?」
部屋の中に入るなり、先客の一人が皮肉たっぷりに声をかけてきた。
ソファーに腰掛けてこっちを睨んでるソイツは、ぴょこんと立った犬耳が特徴の犬獣人だ。しかも銀髪碧眼の生意気そうなショタだね。その手の嗜好のお姉さんとかが喜びそうな感じだ。背格好はミニスと同じかやや高いくらいかな。身体つきは魔術師のローブ着てるから分からんけど、まあ細身だとは思うよ。これで筋肉ムキムキだったら詐欺だろうし。
しかし初対面でこんな皮肉塗れの声をかけてくるとか喧嘩売ってんのかな? なまじ正論なだけに性質が悪い。
「これは申し訳ない! いやぁ、僕も本当はもっと早くに向かおうと思ったんですがね? 愛する恋人たちが寂しがってしまって、慰めるのに少々時間がかかってしまったんですよ。呼び出しの場に遅れてしまったのは、この素敵な女性と肩を並べて歩く時間があまりにも幸福で手放しがたくて、つい歩みを遅らせてしまったのが原因ですね。いやぁ、本当に申し訳ない。しかし立派な男性なら僕の気持ちも理解できるでしょう?」
イラっとしたけど真っ当に反論できなかったから、とりあえずこっちも皮肉を込めた謝罪をしてみた。
どうせこんなショタっ子なら男らしさとかそういうのに憧れてるんだろうし、遠回しに『お前は立派な男じゃないから理解できないだろ?』って伝えたってわけ。開口一番に皮肉百パーセントを繰り出す辺りその辺の感覚は鋭いみたいで、整った顔が一瞬引き攣ってたよ。ちなみに『素敵な女性と肩を並べて歩く』の時点で、隣のセレスが変な声出してた。
「ほぅ……? なるほど、ジョークの才能もあるようですね? 実に面白いですよ。まるで僕が立派な男性ではないと言っているように聞こえますから」
「まさか! そんな無礼極まる事を初対面の人相手に口にするはずがないでしょう? まあ初対面で皮肉たっぷりに罵ってくるような、残念な人間性の人にはそう聞こえるかもしれませんがねぇ……?」
「ははっ。やはりあなたはジョークの才能があるようですね?」
「そりゃあもう。人をおちょくるのは大得意ですよ?」
ニッコリ笑いながら応える僕、引き攣った笑顔で答える銀髪碧眼犬獣人ショタ。こっちはまだまだ余裕だけど向こうは我慢ならなくなったみたいで、明らかな敵意と戦意を滲ませながらソファーからゆっくりと立ち上がった。
お、言葉では勝てないから暴力に訴えるつもりかな? 自分から仕掛けて来ておいて幼稚な奴だ。皮肉と遠回しな罵倒の応酬はこちらの勝利だね! やーいやーい!
『――そこまでだ。喧嘩はやめろ』
もちろん暴力でも負けるつもりは無かった僕だけど、残念ながらそっちの勝負には移らなかった。何故かというともう一人の先客が仲裁してきたからだ。
窓際に立ってたソイツは、赤黒い全身鎧を纏った露出度ゼロの暑苦しそうな奴だった。表情どころか瞳すら窺い知れないヘルムも装着してるから、声がこもって聞こえてドスの利いた恐ろしい感じの声音になってるよ。
そしてコイツ、ヘルムからデカくてネジくれた角が出てるし、鎧の背面にはかなり大きめのコウモリ染みた翼もあるし、先っぽが矢印みたいになった長い尻尾も生えてる。全身鎧の割には意外と細身だけど、身長がたぶん百八十以上あるから威圧感が半端ない。何か魔王より魔王っぽいな?
『遅刻を責めるのは尤もだが、ソイツにもソイツなりの理由があるのだろう。それにお前の言い方も悪意がありすぎる』
「で、ですが……!」
全身鎧が僕を擁護したせいか、犬獣人ショタは悲しそうに狼狽えてる。威圧感あるせいで怒られてるように感じてるのか、犬耳がしゅんと垂れてるよ。やーいやーい! しょんぼりしてやんのー!
「クルスくんもだよ! 普通に遅れてごめんなさいで良いじゃん! 何で皮肉に皮肉で返すかな!?」
「だって、喧嘩売られたんだもん……」
心の中で小馬鹿にしてたら、僕は僕で何故かセレスに怒られた。
初対面であんな皮肉たっぷりの事言われたら、そりゃあ皮肉で殴り返すしかないじゃんよ。僕悪くない。悪いのアイツ。
「だってじゃないの! ほら、ちゃんと謝る!」
残念ながらセレスは僕の味方じゃないみたいで、まるで聞き分けの無い子供を躾けるような剣幕で謝罪を促してくる。
僕は悪くないけど、恋人たちに尻に敷かれてる風を装ってるわけだし、ここはその情報に真実味を持たせるためにもセレスには逆らわないようにするのが得策かな? ちゃんとセレスの言う事聞いた方が好感度は上がりそうだし。
「ごめんなさい」
「……いや、僕も少々言い過ぎた。すまない」
それに先に謝った方がより人間出来てそうだし、先行謝罪をさせてもらった。犬ショタも鎧の人に言い含められたみたいで、後行謝罪をしてきたよ。残念だったな、僕の方が謝罪は速かった!
「よしよし! ちゃんと謝れるクルスくんは偉いよ!」
なんて心の中で勝ち誇ってたら、何故かセレスが嬉しそうに僕の頭を撫でてきた。何で僕が撫でられる方なんだ? 普通逆じゃない?
ていうかさりげなく今の際どかったな。もし僕が魔獣族の振りをするにあたって変身じゃなくて幻覚を見せる手法を取ってたら、角に触れられない事で正体がバレかねなかったぞ……。
とりあえずちょっと肝を冷やしたから、温めるためにも大人しく頭を撫でられたよ。僕の頭を撫でて何が楽しいんですかねぇ……。
「それに、その……あたしの事が素敵とか、一緒に歩く時間が幸せとか……嘘でも結構、嬉しかったよ?」
満足したのかしばらくして撫でるのをやめたかと思えば、今度は恥ずかしそうにもじもじするセレス。思い出したように乙女みたいな反応ぶっこんでくるの止めて欲しい。股間に悪い。
「いや、それは嘘じゃないよ。実際君は可愛いし、一緒にいて楽しいしね。ただそれをこんな形で口にするのは良くなかったか。ごめんね?」
「――っ!」
「……おや?」
肝を冷やしてくれた仕返しにこっちも頭を撫でようとしたら、セレスは弾かれたようにバックステップして僕の魔の手から逃れた。しかもちょっと怯えた顔して。
何だろう。ちょっとショックだ。僕の手そんなに汚かった? 確かに洗い流せないほどの血で汚れてるのは否定しないけど、それは比喩的な意味で物理的には綺麗なのに……。
「あっ、そ、その、ごめんね? 頭撫でられるのは、ちょっと嫌なんだ……」
「……そうなんだ。まあ、深くは聞かないよ。女の命の髪に勝手に触ろうとした僕が悪いしね?」
内心めっちゃ気になってるけど、好感度を考えると無理やり聞き出す事は出来ない。
ただ何となく予想はつくよね。さっき冒険者ギルドに入った時、セレスは腕を掴んできた野郎には氷のように冷たい反応をしてた。そして今は頭を撫でられかけた瞬間、怯えて後退った。つまりこれは男からの肉体的接触を怖がってると考えて差し支えない。
要するに父親あたりから虐待でも受けてたんじゃないかな。ちなみに解析で調べたら処女だったので膜は無事っぽいです。
『……もう良いか? ひとまず自己紹介をしたいんだが』
「あ、はい。大丈夫です」
何か変な雰囲気になってたから声をかけづらかったのか、鎧の人が控えめに声をかけてくる。
まあセレスの反応の原因が何にせよ、向こうから話してくれるまで待つしか無いね。好感度はそこそこ高いし、もう少し上げればその内自分から話してくれるでしょ。
というわけで、僕らはソファーに腰掛けてひとまず自己紹介タイムに移りました。ていうか四人しかいないのは何故? 調査依頼は結構な人数で向かうはずなのに、作戦会議にこれしかいないって……出席率あまりにも低くない?
『俺はAランク冒険者のカレイド。こっちがBランク冒険者のラッセルだ。よろしくな?』
「……よろしくお願いします」
鎧の人がカレイドと名乗り、隣に座る犬ショタをラッセルと紹介する。
ふんふん、AランクとBランクか。セレスもAランクで僕もAランク(元)だし、もしかしてこの作戦会議は出席率が低いんじゃなくて、単純に高ランク冒険者でだけ行われるのかな?
「僕はクルス、Aラン――違う、降格したんだった。Cランクの冒険者です。こっちは気の良い女友達でAランク冒険者のセレステルです。お互い危険な調査依頼に身を置く事になりますし、仲良くやりましょう」
「あたしがセレステルだよ。よろしくね!」
さっきの怯えは無くなったみたいで、明るい笑顔で自己紹介をするセレス。
というかさっきは僕に触れられるの嫌がった癖に、ちょっと距離が近いんだよなぁ。ほとんど肩が触れ合った状態だし、ほぼ密着状態じゃないか。そっちから触るのは良いってか? あぁん?
『クルス……その名前、どこかで聞き覚えがあるな?』
「今年の闘技大会優勝者の名前ですね。まさか、あなたがあのクルスなのですか?」
カレイドは顔見えないから分かんないけど、ラッセルは驚いたような顔で僕を見つめてくる。
やっぱ僕の顔はあんまり知られてないんだなって。まあ闘技大会の時は魔術師のローブ着てフード被ってたし、今は落ちぶれた盗賊みたいな恰好してるせいでいまいち記憶が繋がらないんだろうね。もう最初からこの落ちぶれ盗賊の格好で大会出てれば良かったな……。
「まあ確かに優勝者ではありますね。エキシビジョンで情けなく負けましたけど」
『それは仕方ないだろう。何せ相手がバール様だ。にも拘らず、あそこまで圧倒し善戦したお前の戦いぶりにはとても感動した』
「そうそう! 凄かったよね、あの戦い!」
「ええ。近年稀に見る素晴らしい戦いでした。途中幾つか眉を顰める戦いがあった事は否めませんが……」
「どの戦いを言ってるのかは何となく分かる。でも僕は悪くない。向こうが悪い」
ラッセルのジト目から逃れるように視線を逸らし、責任を擦り付ける僕。たぶんミラやメスガキを相手にした時の事言ってるんだろうからね。でもミラは杖をペロペロしないと引っ張り出せなかったし、メスガキはクソ生意気だったからお仕置きしただけ。うん、やっぱり僕は悪くない。
『……ところで、先ほど冒険者ランクが降格したと言っていたな。理由を聞いても良いか? お前の言う通り、俺達は仲間として危険に身を置き共に行動する事になる。その仲間が背中を預けられないような人間では困る』
「良いですよ。実はですね――」
「違うよ! クルスくんはとっても誠実な男の人なんだよ! だって冒険者資格が剥奪されるのを覚悟で、ギルドの指示に背いて恋人たちの安否を確認するために街の中を駆けずり回ったんだから! それに昨晩は一緒の部屋に寝泊まりしたのに、あたし何にもされてないし!」
尤もな発言だったから素直に答えようとしたら、何故かセレスが割って入ってきてさも美談のように語ってくれた。
どうやら僕が最低の屑にでも見られたことが我慢ならなかったみたいだ。カレイドを若干睨みつけるようにして、言わなくて良い事まで口にしてたよ。これ本人気付いてないな?
「……セレス。気持ちは嬉しいんだけど、一緒の部屋に泊まってる事は言わなくて良いんだよ?」
「あっ……!」
さりげなく指摘してあげると、途端に顔を赤くして口元を押さえるセレス。
そりゃあまあ、男と一緒の部屋に泊まってるって断言したようなもんだからねぇ。その反応もやむなしだ。しかし相変わらず純な乙女のような反応していらっしゃる……。
『……そうか。立派な男? なんだな?』
「カレイドさん、違います。恋人がいるのに他の女性と寝泊まりしている最低の男です。あと闘技大会での一件を見るに、彼には最低でも四人の恋人がいます。女性関係に大変だらしがない男です」
断言できないのかちょっと疑問形で答えを返してくるカレイド。そして容赦なく罵倒しながら、冷めた瞳で僕を見てくるラッセル。
うーん、旅を共にする仲間たちとのファーストコンタクトがこれかぁ。これ信頼関係を築くのは厳しそうだな……。