好感度稼ぎ
「ここがあたしが使ってる部屋だよ。一人用だからちょっと狭くてごめんね?」
なんて微妙に恥ずかしがりながら言うセレスに、僕は宿屋の一室に通された。
野宿が嫌なら自分の部屋に泊まるか、っていうセレスの提案を蹴る理由は無いし、もちろんお言葉に甘えさせてもらったよ。幾ら僕に対して妙に好意を抱いてるとはいえ、仮にも男を自分の部屋に泊めるっていうのはちょっと予想外で面食らったけどね。
しかしこれがバレたら後で犬猫がうるさそうだなぁ。アイツら鼻も良いし勘も鋭いから……。
「ここがセレスの部屋……へぇ?」
通された部屋は、まあなんて事も無い宿の一室だった。めぼしいものとか恥ずかしいものも特に無い無機質な部屋だったよ。これが本当の自室だったらまた違ったんだろうけどね?
「君、何か悪い顔してる。先に言っておくけど、変なものは置いてないから探しても無駄だよ?」
「やだなぁ。年頃の女の子が隠してる物を暴いてやるぜグヘヘ、なんて考えてないよ?」
「……やっぱり君には野宿してもらおうかなぁ?」
「ごめんなさい。本当にただの冗談なんです。野宿しなくて良くなった嬉しさにはしゃいじゃってるだけなんです」
「全くもうっ……君はお調子者だなぁ?」
頭を下げて誠心誠意の謝罪を繰り出すと、セレスは笑って許してくれた。ツッコミも鋭く、心も広い。そして笑顔が素敵な可愛い美少女。これで真の仲間の適正さえあれば良かったんだけどねぇ……。
まあそれでも好感度を上げておいて損は無いよね。つまりこの部屋で真っ先にすべきはアレだ。
「さて、それじゃあまずは一番大事な事をやっておこうか」
「え? 何するの?」
「もちろん契約だよ。僕が君に不埒な真似をしないっていう契約を結べば、君も安心できるでしょ?」
答えると共に、僕は契約内容を書き記すためのスケッチブックを空間収納から取り出す。
まあ要するに『寝床を提供してもらうだけで下心はありませんよー』って事を、口だけじゃなく魔術契約で以て行動で示そうってわけ。分かりやすい誠実さの証拠で好感度爆上がりさ。元々手を出す気は無いし。
「いや、それは確かにそうだけど……別にそこまでする必要ないんじゃないかな?」
「君はもうちょっと自分の見た目とかを客観的に見た方が良いよ。明るく元気で可愛らしい美少女なんだから、良い人面して近寄ってくる男は警戒しなきゃその内痛い目を見るよ?」
「か、かわ……そ、そんな、言い過ぎだよ……!」
などと自分を客観視できてない美少女は顔を赤らめ、満更でも無さそうに頬を緩める。
ていうかマジで警戒心薄いな? 僕が提案しないと契約って選択肢は出てこなかったんじゃなかろうか。幾ら僕のツラが無害っぽくても限度があるだろ。何せ女が四人もいるんだぞ? まあ尻に敷かれてる節があるから大丈夫だって思ってるのかもしれないが……。
「いいや、違うね。実際そんな風に照れた反応もかなり可愛いし。というか普通に言い寄られた事だってあるんじゃない? あ、ていうかすでに恋人がいる可能性もあったか。マズいな、だったら僕は野宿するしかないじゃないか……」
「い、いないよ、そんな! 恋人なんて!」
さりげなく恋人もいない乙女だという情報をゲット。いやまあ予め魔法で調べてるからその辺は知ってるけどね? ちなみに解析の結果によると処女だそうです。やったね!
「そりゃあ言い寄られたりした事なら結構あるよ? でも、あたしに言い寄ってくる男は大抵あたしの事を馬鹿にして『俺の女にしてやるよ』的な事言う奴ばっかりなんだよ。あたしが女だから自分より弱いって下に見てて、あたしの冒険者ランクも身体を売って手に入れたものなんだろって言ったりして……」
そして胸の前で人差し指同士をいじいじしながら、そんな遍歴を語ってくる。
なるほど、なまじ一人で活動してる冒険者だからか変な風に絡まれる事があったみたいだね。そのせいか自己評価が多少低いみたいだ。角、翼、尻尾の三点セットが揃ってるにしてはやたらフランクで親しみやすいと思ってたけど、どうやらそれが原因だったらしい。
「そっか。見る目の無い馬鹿ばっかりだったんだねぇ。女だから弱いとか考えるなんて、そいつらさては童貞の万年低ランク冒険者だな? 本当に女の子が弱かったら僕は尻に敷かれてないわ。そいつらにうちのバケモンみたいに強い女共をけしかけてやろうか」
「あはははっ! 闘技大会優勝者の君が恋人たちには敵わないんだ! ちょっと意外だ! あははははっ!」
「えぇい、笑うな! 恋人が四人もいると、色々と肩身が狭いんだよ! まあ、あと一人くらいは恋人を増やしても良いって言われてるけど、遊びならしばくとか叩きのめすとか色々言われてるし……」
お腹を抱えて笑うセレスに対して、ぼやくようにあと一人分なら空きがあると遠回しに教えてあげる。好感度上げてもこれ以上恋人増やせないっていう状態ならあんまり意味無いし、向こうも想いを抑えようとしちゃうかもしれないからね。
とはいえどのみち真の仲間適性が無いと仲間にはなれないけど。良くて協力者か、都合の良い女止まりかな?
「おっと、話が逸れたね? ともかく君は魅力的な女の子だ。そして僕は若いオス。間違いを起こしちゃう可能性はゼロじゃないから、先に契約で縛っておこうよ。僕が変な事をすると後で君にも恋人たちにもしばかれそうだし……」
「あははっ、君って随分心配性なんだね? 分かった。君もその方が安心できるみたいだし、契約しちゃおっか?」
何にせよセレスも契約の必要性は理解してくれたみたいで、目尻に涙が浮かぶほど笑いながらも頷いてくれた。
え? それじゃあ襲いたくなったらどうするんだって? どうしても性欲が抑えられなくなったら屋敷に戻ってクソ犬と致すよ。アイツなら僕が命令すればどんなプレイでも喜んで従うしね。変態だけど便利な女だぁ……。
内容を決めるのに五分くらいかかったものの、契約はつつがなく終了した。
契約の内容は『クルスはこの部屋の中ではセレステルに対し、合意無く性的な触れ合いを行わない事』っていうとっても単純で抜け穴ありそうな内容だ。ちょっとそこらの路地裏に連れ出せばそれだけでもう襲えるって事だしね。
とはいえ向こうがこれをほぼそのまま提案してきたわけだから、特に拒否する必要も無かったよ。特にわざわざ『合意無く』って部分を付けてきた辺り、全面禁止しちゃうとそれはそれで困ると思ってるんじゃないだろうか。まさか出発までの三日間に僕を堕とす算段でもついていらっしゃるんです……?
「――よし。それじゃあ僕はちょっと街を見て回って来るよ。あ、セレスは何時くらいに寝る予定?」
「え? そうだね、十一時くらいかな?」
「分かった。じゃあ十時四十五分くらいまでは外で過ごしてるよ。その方が君も羽根を伸ばせるだろうしね」
「えっ!?」
驚きに目を丸くするセレスを尻目に、僕はさっさと部屋の扉に歩み寄って行く。
何かこのまま部屋でずっと過ごしてるとあの手この手で遠回しに誘惑されそうで怖いから、さっさと退散する事にした。曲がりなりにも契約を結んで誠実な対応を見せたのに、堕とされてそういう展開に流されるのははっきり言ってちょっと悔しいしね。ここは誘惑されないように逃げ出すのが賢い選択だ。
「それじゃあね。バイバーイ」
「あっ、ちょっとクルスくん! 別にそこまで気を遣わなくても――」
慌てた様子で僕を追いかけようとするセレスの姿を尻目に部屋を出て、周囲を確認。どうやら周りには誰もいない様子。他の部屋も全部埋まってるんだろうけど、少なくとも宿の廊下に人の気配はない。
つまりは今ここで姿をくらましても問題無し! というわけで消失で不可視化! 更に転移で部屋の中に戻る!
「……行っちゃった……もうっ、変な所で誠実な人だなぁ?」
案の定というか当然というか、部屋にこっそり戻った僕の目の前には、出ていく僕を呼び止めようとしてたセレスの姿があった。ちょっと不満気に見えるのはもっと一緒にいたかったからかなぁ? この乙女め。グヘヘ。
「それにしても……さすがに部屋に泊めてあげるっていうのは大胆過ぎたかな? まさか向こうから警戒しろなんて言ってくるとは思わなかったよ……おまけに契約まで結んで絶対変な事はしないって証明してくるし……」
僕に間近で覗かれてるなんて知らないセレスは、一人でぽつぽつ呟きながらベッドにゴロンと横になった。
というかアレだ。契約内容で禁じられてるのが『合意の無い性的な触れ合い』だから、覗きは別にオッケーなんだな。今気づいた。やっぱ魔術契約は気を付けないとハチの巣みたいに穴だらけになるな?
「クルスくんにはもう恋人が何人もいるけど、あと一人くらいなら大丈夫って言ってたなぁ……でも、何人か怖い恋人がいるんだよね……」
枕をぎゅっと抱きしめ、何やら顔を赤くして難し気な顔で呟くセレスさん。
おやおや、その言い方から察するとやはりこれはもしかして……?
「うーん……面倒な人を好きになっちゃったなぁ……」
はい、来ました! 僕に惚れてます! やったね!
クッソ恥ずかしい自意識過剰な勘違いじゃなくて本当に良かった! マジで!
クルスに唯一真っ当な恋愛感情を向けてくれてる貴重な子。普通の作品なら間違いなくヒロインになれたんだろうけどなぁ……。