野宿は嫌
「さて、どうしよう。このままじゃ野宿するしかないな?」
冒険者ギルドを出た後も少し宿屋を探してみたけど、やっぱりどこも閉まってるか満員だった。着々と野宿、あるいは空き家への不法侵入っていう選択肢が現実的になってきて焦っております。転移で屋敷に戻って寝泊まりするっていう方法もあるにはあるけど、それにしたってこの街での宿を取って無いと不審に思われそうだしね。ヤベェよ、ヤベェよ……。
「……仕方ない、ダメ元でちょっとやってみるか」
なので僕はやむなく非常手段に打って出る事にした。成功する可能性は限りなく低いけど、物は試しだ。それに相手の反応も見たいから完全に無意味ってわけでもない。
「すみませーん。少し良いですか?」
「何だ、貴様は! 下がれ!」
そんなわけで、僕は国境線のエクス・マキナの残骸越しに聖人族の兵士たちに声をかけた。即座に武器を向けられて警戒されちゃうのが悲しいね? 僕は元勇者なんだぞ?
何にせよあんまり刺激する気も無いし、両手を広げて無手である事をアピールした。
「落ち着いてください。僕に敵意はありません」
「……ふん、そのようだな。それで? 汚らわしい魔獣族が何の用だ」
「実は僕、宿屋が満員で泊まれないんです。ですから、そちらの街の宿屋を使わせて頂きたいのです。構いませんか?」
そう、非常手段っていうのはこれだ。この街は魔獣族の街と聖人族の街がハーフ&ハーフでくっついてる状態だから、国境線を越えれば向こうにも宿屋があるんだよ。
もちろんこっちと同じで全ての宿屋が営業してるわけじゃないだろうけど、冒険者が集ってるこっちの街に比べれば多少の余裕はあるはず。だからダメ元でちょっと聞いてみたんだけど――
「何だと!? ふざけるな、畜生が! 貴様のような奴を泊める宿など我が国には存在しない!」
「駄目ですか? もちろん騒ぎは起こしませんし、料金は宝石や貴金属などで色を付けてお支払いしますが」
「くどい! いいか、一歩でもこの街に入ってみろ? その邪魔くさい角を叩き切った上で、晒し首にしてやる!」
交渉の余地は一切無し。兵士たちはエクス・マキナの残骸越しに剣やら槍やらを突き付けてくる始末。
ダメ元だったから特に悲しさは無いし、敵種族への反応も見れたから無駄ではなかったけど、ここまで話も聞いてくれないとはびっくりだよ。これは兵士たちにもお金あげたとしても無理そうだな。
「やっぱり駄目か。すいません、お騒がせしましたー……」
無理だってはっきり分かったし、僕は踵を返して来た道を引き返した。
全く、少しは考えてくれても良いのにね? お金払うっていっても通貨は違うから、ちゃんと宝石とかの現物支給をするつもりだったのに。あ、もちろん偽造した偽物ですが。
「……いや、待て。宿屋でなくても良いというのなら、場所を用意できるぞ?」
「え、本当ですか?」
なんてちょっとふて腐れてたら、兵士の一人がそんな声をかけてきた。思わず振り返った僕は反応した事を後悔しちゃったよ。だって兵士の顔に浮かんでたのは面白がるような最低の笑みだったもん。
「ああ。その名も――豚小屋だ。貴様ら薄汚い畜生共にはピッタリの宿だと思わんか? ハハハハハハ!」
兵士はそう言い切って笑い、他の兵士たちも腹を抱えて笑い出す。
これお前みたいな奴には豚小屋がお似合いだって言いたいだけで、豚小屋にすら泊める気は無いよね。いや、さすがに豚小屋に泊まるくらいなら野宿の方がなんぼかマシだけどさ。
「……そうですか。じゃあお仕事頑張ってください」
何にせよ無理だと分かったので、ニッコリ笑顔を浮かべてその場を立ち去った。
え、あの対応にムカつかないのかって? そりゃムカつくよ。でも僕、本当は魔獣族じゃないし、かといって聖人族でも無いしね。それに何より、ムカつくからって報復しちゃうとこの街がヤバいから。ここギリギリで成り立ってる街だから。
まあ次にエクス・マキナに襲撃させる時は、聖人族の街側に気持ち多めに送り込むくらいはするけどね? ムカつくし。
「仕方ない。もうその辺の空き家を借りるか」
結局これしか無いから、僕は良さげな空き家を探して街を歩いた。
家主がいないのは勿論の事、エクス・マキナに破壊されてないっていう点も重要だ。加えて泥棒と勘違いされないよう、出入りが目立たない場所にある家屋がベストだね。
そんな物件を探して街を歩く事およそ十五分、ついに裏通りの方に良さげな物件を見つけた。小さな一戸建て。家族で住むには狭そうだけど、一人で暮らすには十分な大きさの一軒家だ。魔法で調べた感じ、二週間以上誰も帰って来てない。つまりはエクス・マキナに襲われて死んだ人の家なのかな? 可哀そうに、誰だか知らないけど君の住んでた家は僕が有効活用してあげるからね?
「よし。それじゃあ失礼して……」
玄関前に立った僕は不法侵入を行う前に、まずは周囲の目を魔法で調べた。今からやるのはわりとガチめの犯罪行為だからね。見られてたらちょっと困っちゃうよ。具体的には口封じとかしなくちゃいけなくなる。
「……おや?」
そんなわけで調べた結果、周囲に通行人は誰もいなかった。でもその代わり、建物の陰から僕をじーっと見つめてる視線を一つ発見した。
何でそんな見られてるのかと思ったけど、冷静に考えたら僕は人のいない一軒家の前で棒立ちになってる怪しさ抜群の男だ。泥棒を企んでるように思えても仕方ないはず。だからこんなじーっと見られてるんだろう。
泥棒は企んで無いとはいえ不法侵入は企んでるし、このまま声をかけられたりしたらややこしい事になるな? 仕方ない。ここは尾行に気付いててあえて怪しい行動を取っていた、って事にして脅かしに行こう。というわけで、視線の主の背後へ転移。
「動くな」
「――っ!?」
そうして僕は一瞬で視線の主の背後に回り羽交い絞めにして拘束すると共に、腰の鞘から引き抜いた短剣をその細い首筋に当てて――あれ、何か柔らかい感触と良い匂いがする。ていうかこの視界いっぱいに広がるライムグリーンの髪とポニーテールに見覚えがあるような……。
「ご、ごめんなさい! つけ回しててごめんなさい! 出来心なんです!」
そして焦りの滲んだ良く通る可愛らしい声にも何か聞き覚えがある……っていうか、こいつアイツじゃん。セレスじゃん。何でこの街にいんの?
「セレス? うわ、ごめん。てっきり暴漢か何かが隙を狙ってるのかと思ったんだ」
「はぁ……はぁ……! こ、殺されるかと思ったぁ……!」
すぐに拘束を解いて解放すると、セレスは崩れ落ちるようにその場に四つん這いになって荒い呼吸を零してた。その様子がちょっとエロくてムズムズするな? さっき拘束した時に感じた柔らかい感触もたぶん胸に触っちゃったんだろうし。あの感触からすると隠れ巨乳な節があるな……。
「いや、マジでごめん。ここ治安悪そうだからてっきりヤベー奴の類かと思ってさ」
「ああ、うん。いいよ。そう勘違いされても仕方ない事してたのは事実だから……」
しばらくして落ち着いたのか、立ち上がって膝を手で払うセレス。
ていうかさっきと今の発言から考えるに、マジで僕の事尾行してたっぽいね。一体いつからつけられてたんだろう。そして何で僕を尾行してたのか。あと何でセレスがこの街にいるのか。聞きたい事がいっぱいでちょっと混乱して来たぜ。
「それで? 何で僕を尾行してたの? ていうかそもそも何でセレスがこの街にいるの?」
「あー……言ってなかったけど、実はあたしもあの依頼を受ける事になってたんだよ。あたしの罰則はそれで相殺する感じだから、断れないしね?」
尾行に対しての問いはスルーして、セレスはこの街にいる理由のみを答えてきた。
どうやらセレスも邪神の城周辺調査の依頼を強制的に受けさせられてるらしい。そんな事屋敷でお喋りしてる時は一言も口にしてなかったのになぁ。もしかして僕が気に病むと思って黙ってたんだろうか。
「へー、そうだったんだ。ごめんね? 僕のせいで」
「良いんだよ、別に。君は人として正しい事をしただけなんだから」
「そっか、ありがとう。そう言われると救われた気分だよ。で? 何で僕を尾行してたの?」
「……えーっと……それは、その……」
当然流す気は無い僕は、もう一度尾行の理由を尋ねる。
どうやら後ろ暗い所があるみたいで、セレスは気まずげに視線を逸らして言い淀む。心なしか顔も赤い。まさか想いを寄せてる男を見かけたからつい追いかけちゃったとか、そんなピュアな恋する乙女みたいな行動だったりする?
いや、ないな。僕の周りにそんなまともな子が寄ってくるわけがない。
「そ、それより、君はこんな所で何をやってたの?」
往生際の悪いセレスは話題を変え、再度質問をスルーしてくる。
うーん、これはやっぱり答えたくないんだろうなぁ。もう一回くらい突っ込めば無理やり吐かせる事ができるかもだけど、今はセレスの好感度を上げたいからここは乗せられて忘れた事にしてやろう。幸いにも不法侵入の現場を見られたわけじゃないからね。
「……実は寝泊まりできる場所を探してたんだ。宿は全部空いてないから、もう野宿するしかないんだよ。それだったら家主のいなくなった空き家で寝泊まりしたいなぁって思って」
「そ、そっか、だからさっきも国境で……いや、幾ら何でもそれはダメだよ。不法侵入だよ? 火事場泥棒と勘違いされて捕まっちゃうよ?」
納得したように頷いたかと思えば、真面目な顔で良識を説いてくるセレス。
言ってる事は尤もなんだけど、ストーカーしてた分際でそれを言う? しかも発言から察するに、さりげなく国境で僕が聖人族と話してた場面も見てるな? 最低でも十五分以上前から僕を尾行してるって事か。ストーカーがよぉ?
「だって野宿が嫌なんだもん。野宿するくらいなら捕まる危険を冒してでも空き家に不法侵入させてもらうよ」
「変な所で男らしいね!? 何でそんなに野宿を嫌がるの!?」
「虫がね……嫌いなんだ……」
「あー……そうなんだ。ちょっと意外かも……」
虫が嫌いって発言を特に馬鹿にするでも無く、少し同情的な目を向けてくる。
もしかしてセレスも虫が嫌いだったりする? ナカーマ?
「それにもう空き家使うしか選択肢がないんだよ。冒険者ギルドの救護室に泊まるには内臓幾つか弾けさせないと駄目みたいだし。でもセレスが駄目って言うならもうそれを狙うしかないかな? すい臓、胆のう、腎臓の一つくらいならギリ大丈夫か……?」
「大丈夫じゃない! 致命傷だよ!」
ちょうど切らしてた鋭いツッコミを入れてくるセレスに、ちょっとほっこりした気持ちになる僕。今は孤独な一人旅だから、ツッコミ役が不在で寂しかったんだわ。やっぱツッコミ役がいると安心してボケられて最高だね。
「だってそうしないと野宿になっちゃうし……」
「だからって、そんな……あー、うー……!」
セレスは僕の発言を頭ごなしに抑えつける事も無ければ、無視する事も無く真面目に取り合ってくれてるみたいだ。どうすれば良いのかを必死に考えるように、頭を抑えて唸ってるよ。でもそこまで必死に考えても良いアイデアなんて出ないと思うけどなぁ? 宿の宿泊客やその辺の家の住人を追い出すとかそのくらい?
「さすがにそんな怪我を負わせるわけにも行かないし、かといって知らない振りする事もできないし……うん、しょうがないよね!」
しばらく唸ってたセレスはやがて決意の決まった表情で顔を上げた。そして僕に真剣な眼差しを向けて来たかと思えば、何故か頬を染めて恥ずかしそうに視線を逸らしたよ。反応や表情がころころ変わって面白いなぁ。
「その……良かったら……あたしの部屋に、泊まる……?」
なんて思ってたらとんでもねぇ事言い出したぞ、この生娘。僕としては野宿しなくて良くて願ったり叶ったりなんだけど、一人の女の子としてそれはどうなんだ……?
三度出現したセレス。セレスも邪神の城周辺調査に一緒に行くので、ここからはそれなりに長い付き合いと出番があります。
クルスでさえ驚くような大胆な事をする女の子。それが恋する乙女だ。