ピグロの街
「ここがピグロの街か……」
今後の方針を仲間たちに伝えてから、二週間と三日後。予定通り、僕は聖人族の街と魔獣族の街が融合した新たな街――魔獣族の街の名で言えばピグロを訪れた。
今回は一人で来たからツッコミ役も不在でかなり寂しいんだけど、この街の様子はその寂しさに拍車をかけるレベルでおかしかった。
「喧騒が全然聞こえないな? むしろ空気がピリピリしてる感じだ」
普通は街中っていうのは喧騒が聞こえるものなのに、まるで水を打ったように静まり返ってて酷く不気味だった。まばらだけど人はいるのにゴーストタウンかってほどに静かなんだよ。その上で空気が張り詰めてて居心地が悪い。何なんだこの街……。
「アレって……エクス・マキナの残骸か?」
不気味な街を歩きながら融合地点を見に行くと、そこには腰の高さ辺りまで積み上げられたエクス・マキナの残骸がズラリと並んでた。それこそ融合した地点の地面のひび割れを覆い隠すように、どこまでも長く。
そして残骸を境に、距離を取って魔獣族の兵士たちと聖人族の兵士たちが警戒と歩哨をしてる。もしかしてこれ、国境線? エクス・マキナの残骸を国境線代わりにしていらっしゃる?
「……まあ、一時期に比べれば遥かにマシかな? 睨み合ってても衝突は起きてないみたいだし」
僕が頑張って創ってるエクス・マキナをこんな用途で使ってる事にちょっと腹は立ったけど、奇跡的に一時休戦になってるから特別に許してあげる事にした。
実際最初期の混乱と混沌を目の当たりにした身としては、この街全体が休戦状態になってるなんて奇跡みたいに思えるからね。まあこの街は二日に一回くらいの頻度でエクス・マキナに襲撃させてるから、敵同士で争ってる暇も余裕もないってのが実情だろうけどさ。
「おい、貧弱な猿共。何こっち睨んでんだよ、あぁん?」
「訂正。衝突が起きそう」
なんてクズ共でも休戦できるって事にちょっとした感動を覚えてたのに、ガラの悪い魔獣族が国境線の向こうの聖人族に喧嘩腰で声をかける。これにはその魔獣族の仲間と思しき奴らも顔色変えるし、国境線の向こうでは聖人族の兵士たちが殺気立つ。
「おい、やめろ! 面倒事を起こすな!」
「うっせぇんだよ、腰抜け共が! あの変な魔物と戦うために、あんな弱っちぃ奴らと仲良しこよししてんのか? 魔獣族の誇りも忘れたペット野郎共がよぉ?」
「何だと、貴様!? 同族とはいえ許せんぞ!」
そして何故か魔獣族同士での喧嘩が始まり、殴り合いにまで発展する。蛮族かな?
「ははっ。見ろよ、仲間割れしてやがる。所詮は畜生だな?」
「あんな低能どもの事は気にすんな。俺たちは任された仕事をしようぜ」
喧嘩を売られたはずの聖人族たちはその野蛮な姿を嘲笑い、呆れて何事も無かったかのように各々の仕事に戻ってく。
うーん。当然と言えば当然だけど、この街の全員が休戦状態に納得してるわけじゃなさそうだな。それでも何も考えずに殺しに行ったりしないだけまだマシか。この街にいる奴らは世界平和に一番近い所にいるな? とはいえ元々距離が遠すぎて他と比べても五十歩百歩だけど。
「……さて、宿屋を探しに行こう。マイホームがあるから宿屋に泊まるのは久しぶりだな?」
とにもかくにもこの休戦状態はギリギリ大丈夫そうだから、僕は国境線を離れて宿屋を探しに歩き始めた。
邪神の城周辺の調査に出発するのは三日後だから、それまでの宿を探さないといけないんだよね。でも今回は女連れじゃないから大きな音とか声を立てる予定も無いし、宿の主人に苦情言われたりはしないでしょ。
だから今回は防音がしっかりしてそうな所を探す必要も無いし、一人だから部屋の大きさを気にする必要も無い。部屋探しも楽で幾分軽い気持ちでいられたんだけど――
「うーん……どこも閉まってるか満員だ。このままじゃ野宿になっちゃう……」
見かけた宿屋は全部営業停止してるか、満員で空きが一切無かった。他は純粋に建物が壊れてて使えないとか、あるいはそもそも宿の人間がいない感じだ。
怒りたいところだけど、元を辿れば全部僕のせいだから怒るに怒れないんだよなぁ。建物壊れてるのはエクス・マキナが破壊したからだろうし、営業してない宿は宿の人が死んだ、あるいは敵種族との休戦に我慢ならず出て行ったかの二択だろうし……。
「まあ仕方ない。ひとまず宿の確保は後回しにして、先に冒険者ギルドに向かおう。最悪空き家を無断拝借すれば良いし」
やむなく宿は後回しにして、僕は冒険者ギルドへと足を向けた。
もしかしたらギルドの方で寝床とかを提供してくれるかもしれないし、駄目だったら住民が逃げた家を拝借すれば良いしね。怒る家主がいなければ誰も文句は言わないでしょ。
「……ようこそ。冒険者ギルド、ピグロ第一支部へ」
冒険者ギルドに足を踏み入れると、受付嬢の若干投げやりな歓迎の言葉に出迎えられた。
街の中はかなりピリピリとした空気が漂ってたけど、ギルドの中は外に比べればまあまあマシって所かな? でも首都で利用してた冒険者ギルドに比べれば雲泥の差だ。絶対的に人が少なくて閑散としてるし、依頼が貼られた掲示板の前に人だかりはない。ギルド内にいる奴らは全員併設されたバーで酒を呷ってるしで、正直冒険者ギルドがまともに機能してるようには思えないね。
受付嬢が投げやり気味な対応なのもそれの裏付けだし、実際かなり暇そうだ。さすがに受付でずっと突っ立ってるだけじゃやってられないんだろう。
「本日はどのようなご用件ですか?」
「邪神の城の調査依頼を受けた冒険者です。ここに到着したらまずは顔を出せと言われましたので」
「そうですか。では冒険者プレートを拝見致します」
暇そうな受付へ行くと冒険者プレートの提示を求められたから、素直にそれを渡す。
ちなみに僕の冒険者プレートはすでにCランクの物に変更されちゃってる。冒険者ギルドからの罰則の一つで降格しちゃったからねぇ。まあ元々ランクなんてどうでも良いから、プレートがちょっと安っぽい素材と色になった程度で何も困りはしないが。
「……ああ、これで全員ですね。すみません、少々お待ちください」
「ん? あ、はい」
ちょっと気になる事を言い残し、受付嬢は冒険者プレートを持って奥に引っ込んだ。
何だろ、全員って。まさか邪神の城周辺調査の依頼を受ける冒険者たちがこれで全員って事? 僕が最後に来たって事? みんな意外と素早く行動するじゃん。感心したわ。
しかしこの予想が本当なら営業してた宿屋が全部満員だったのも頷ける。たぶん早めに来た奴らが宿を取ってるから空きが無いんだろうなぁ。こういう時だけ素早く行動しやがって、クズ共め。
「――お待たせ致しました。確認が取れましたので、ご返却いたします」
「ありがとうございます」
なんて腹が立ってるのはおくびにも出さず、戻ってきた受付嬢から冒険者プレートを返してもらう。
本当は僕もそれなりに早くこの街に向かおうとしたんだよ? でも僕はもりもりと消費されてくエクス・マキナの製作をしないといけないし、そこまで余裕は無かったんだわ。それに何より、長い間離れ離れになるからその分じっくり触れ合いたい(濃厚接触含む)って奴らが多くてね……。
「調査出発は三日後です。ですがその前に概要や行動指針の話し合いが必要なため、明日十三時頃にもう一度お越しください」
「分かりました。ところで僕、泊まる場所が無いんですがギルドで用意してくれたりしませんか?」
「しません。日数に余裕があったはずなのに出発三日前というギリギリに来たあなたの落ち度です。この遅さにギルドマスターも少々お冠です。諦めて野宿でもしてください」
「酷いよぉ……」
ダメ元で聞いてみたらやっぱり駄目だった。何なら冷たくぶった切られた感じ。でも正論だから食い下がる事すらできないという……もう悲し気な表情を作って同情を誘うしかないわ。でもこの受付嬢は淡白な感じだから効き目は薄そう。
「……どうしてもと言うのなら、救護室のベッドをお貸しします。ただし利用できるのは重傷者のみなので、内臓の二、三個が破裂してからいらしてください」
「それ致命傷なんだよなぁ。その傷なら救護室のベッドより棺桶の方が寝心地良さそう」
「フフッ」
やっぱり効かなかったけど、黒いジョークに小粋な返しをする事で受付嬢をクスっとさせる事には成功した。
いや、だから何だって話だけどね? 受付嬢の好感度上げても意味ないんだよ。生憎と僕のヒロインになるにはキャラが濃いか頭がイカれてなきゃダメなんだ。
「まあそういう事なら仕方ないですね。自分で何とかします。お騒がせしました」
「お力になれず申し訳ありません。またのお越しをお待ちしております」
ちょびっとだけ好感度は上がったみたいで、さっきよりは暖かい声をかけてくれる受付嬢。
しかしギルドでも宿は用意してくれないかぁ。どうしよ? やっぱその辺の空き家を無断で拝借するしかないか……?
容易に想像がつくかもしれませんが、常に敵種族とエクス・マキナの襲撃を警戒しているため、この街は相当ピリピリしています。あとこのお話からしばらく真の仲間たちは不在です。
そして答え合わせの修正箇所ですが、セレスが口にした台詞。
「うん、足並み揃えるために遅めなんだ。一旦あの聖人族の街とくっついた街――ミザールに集合して、そこから皆で出発するから。今は乗合馬車もちょっと乗れるか怪しいしね……」
このセリフの街の名前の部分を「ミザール」から「ピグロ」に変更してあります。ミザールっていうのはハーフ&ハーフの片割れ、聖人族の街の名前でした。どうやら街の名前を間違えたまま書き進めてしまった様子。あんまりこういう修正はしたくないのですが、ゴリ押しや後付けでどうにもならない名称の間違いなので修正しました。申し訳ない……。