カット&ヒール
⋇残酷描写あり
⋇暴力描写あり
「なるほどねー。聖人族の皮で覆った手甲とか、聖人族の血を塗った剣とかでエクス・マキナを攻撃すると、それは聖人族の攻撃って認識されるんだ――とうっ!」
「ガアアアァアアアァァア!!」
一切の音を伴わないセレステルの斬撃に腕を切り飛ばされ、聖人族奴隷が悲鳴を上げて転げまわる。
サブマスが教えてくれた、エクス・マキナを素早く討伐する方法。それは聖人族の身体の一部を用いて武器を作り、それを手にして魔獣族が戦う事だった。
どうやら聖人族の身体の一部を魔獣族がエクス・マキナに叩きつけた場合、それは聖人族からの一撃と判定されるみたい。だから二刀流を扱う魔獣族が右手に普通の剣、左手に聖人族の骨を削り出して作った骨剣とかを手にして戦えば秒で倒せるらしい。エクス・マキナの創造主でありイカれ野郎の僕もびっくりの外道極まる手法だよ。こんな卑劣で人道に反した行いができるなんて、最早脱帽するしかないね。
「治癒――最初にそれに気付いた奴は一体どうやって気付いたんだろうね? 聖人族奴隷の千切れた腕を鈍器にして殴りかかったりしたんだろうか?」
「あははっ、それ酷い絵面だね! とりゃっ!」
「ギャアアアアァアアァアァ!?」
というわけで、僕らは素材の採取のためにカット&ヒールを繰り返してる。聖人族奴隷の腕を切り落としてたのはそういうわけがあったんだね。そりゃあ一人丸ごと使うより、治癒して何度も素材を取る方がコスパ良いもんね。倫理観とか諸々おかしいけどね?
「絵面と言えばここもなかなかいい勝負だよね――治癒」
もう何度目かもわからない治癒を使って、聖人族奴隷の腕を綺麗に再生する。多少は加減して、大体数秒くらいで完全に再生するようにしてるよ。切った腕は加工場の奥の方で色々処理をしてるみたい。あまりにもイカれてて僕でも見たいとは思わないけどね。
ちなみにミニスはあまりにもバイオレンスでクレイジーな光景に耐えられなくなったみたいで、気付いたらいなくなってた。まあ一般村娘には刺激が強すぎる光景だよね……。
「ふうっ、疲れた……ちょっと休憩しよっか? 君の方も魔力だいぶヤバくなってきただろうしね」
良い仕事をしたって感じに煌めく笑顔で額の汗を拭うセレステル。だけどやってたのは拷問紛いの外道行為なんだよなぁ。その癖僕を気遣う優しさがあるとか意味分からん。こんなんミニスでなくとも頭おかしくなるわ。まあ僕は元からおかしいからあんまり影響はないが。
「そうだね、そうしようか。さすがにちょっとむせ返るような血の臭いで気分も悪くなってきたよ」
「あっ、じゃあ私飲み物買ってきてあげるよ! ちょっと待っててね!」
「え、ちょっと?」
セレステルは剣を空間収納にしまうと、笑顔で僕に手を振りながら加工場を出て行った。これには僕も面食らったね。今は首都が大量のエクス・マキナに襲撃を受けてる最中なのに、そんな状況下でお店がやってると思ってるんだろうか?
まあいなくなったらなったで好都合だ。サブマスは別の仕事でこの場を離れたし、加工場の人たちは聖人族の腕を加工するのに忙しそうだし、仲間たちに連絡を取るなら今だね。そんなわけで僕は床に伸びてる聖人族奴隷二名の意識を魔法で落すと、周囲に遮音の結界を張ってから携帯電話を確認した。
どうやら拷問の最中にキラからの着信があったみたいだ。しかも履歴を見る限りでは十分くらい前。ちょっと失敗したな。表向きの顔は大切だけど、それにかまけて本命をおろそかにしてたら目も当てられない。
「もしもし、キラ? 何かあった?」
『おせぇよ、タコ。連絡したらさっさと出やがれ』
「ごめんごめん。ちょっと野暮用で手が離せなくて。まあ手は何回も宙を舞ってたけど」
『はぁ?』
電話したら途端にキラから罵倒を受けた。宥めるためにもちょっと上手い事言ってみたけど、こっちの状況が分からないキラはさっぱり理解してないっぽい。ドスの利いた一声を返してきたよ。マジすんません。
「ごめん、気にしないで。それで何かあったの?」
『あー、あの根暗な竜人魔将覚えてるか?』
「竜人魔将……ああ、あの胸元のガードが堅い子ね」
思い出すのは根暗な所より、胸元のガードの固さ。最初から勇者として敗北しなきゃいけなかったとはいえ、どう頑張ってもお胸が拝めなかったのが印象に残ってるよ。鉄壁過ぎてめっちゃ悔しかった。次やりあう時は絶対にひん剥いてやる……。
「覚えてるよ。アイツがどうかした?」
『何かアイツ、エクス・マキナを一人でどんどん切り伏せてるぞ。交互に攻撃とかそういうの一切してないぜ? どうなってんだ?』
「あー……そういやそういう技術があったんだっけ。忘れてたわ……」
早速やらかした僕は、一人頭を抱えて嘆く。
あの竜人魔将ルキフグスは魔法こそあまり使わなかったけど、魔法を無効化する魔法を刀の刃に沿って展開するっていう小細工を使う奴だった。そしてその刀の一撃は僕が常時展開してる防御魔法すらバターのように切り裂ける代物だ。そりゃあエクス・マキナにだって特攻があってもおかしくない。
こんな大事な事を忘れてたとか、駄女神様を馬鹿にできないかもしれないね? でも半年くらい前にちょっとやり合った相手の事を覚えておく方が難しいんだわ……。
「今からじゃちょっと改良が間に合わないな……よし、国境にエクス・マキナを五百体くらい追加で送っておくよ。なるべく分散して襲うように指示しておくけど、あまりにも魔将が暴れるようならまた連絡よろしく」
『あいよ。次からはさっさと電話に出ろよ』
ちょっと不満気に頷きつつ、キラが電話を切る。それと同時に僕は魔法で国境の様子をざっと把握し、エクス・マキナ五百体を増援として召喚した。なるべく国境の砦に沿って広がるようにね。幾らルキフグスが強力な魔将でも、基本は刀で戦う対人戦特化のスタイルだ。広範囲にエクス・マキナを散らせば一人では限界があるはず。
「うーん……やっぱり表向きの活動をしつつ、裏で同時に行動するのは無理があるか……?」
その後も他に電話をかけて状況を確認していく中で、遂にその結論に到達する。
やる前から厳しそうだとは思ってたけど、実際やってみるとかなり無理がある。さっきだってキラからの緊急連絡に出られなかったし、同じ轍を踏む前にさっさと裏の活動に集中した方が良いかもしれない。
そのためには表向きの活動を犠牲にしなきゃいけないけど、こっちは取り返しがつかないでもない。優先順位を考えればどうするべきかは明白だね。
「よし、ここは何か理由を付けて自由行動させてもらおう。大切な仲間と連絡がつかない、とかならイケるかな?」
方針を決めた僕は早速帰り支度を始めた。冒険者ギルドから招集を受けておいて途中でバックレるとかかなりアレな行動だし、下手すると結構な罰則を与えられるかもだけど……まあ冒険者なんて所詮は隠れ蓑だもんな! 異世界のお約束としてやり始めただけで、冒険者としての資格を失っても何も困らん!
「――お待たせー! お店開いてなかったから、一回お家に戻って飲み物取ってきたよ。一緒に飲も?」
なんて思いつつ帰り支度を進めてると、ちょうど終わった所でセレステルが戻ってきた。やっぱりお店はやってなかったみたいで、わざわざ自宅に戻って飲み物を取って来たらしい。オレンジ色の液体が揺れる瓶を二つ手に持ってニコニコしてるよ。ここでバックレるのはちょっと申し訳ない気がするね……。
「ごめん。僕、ちょっと急用が出来たから行かなきゃ」
「えっ? 急用?」
まあ申し訳ない気がしても別に躊躇う理由にはならないし、僕は躊躇なくそれを口にした。とはいえせっかく持ってきてくれたんだから、目を丸くするセレステルの手からジュースを一本貰いました。あ、冷えてて美味しいオレンジジュースだ。もちろん毒の有無は先に確かめたさ。当然だろぉ?
「実は仲間たちと連絡が付かないんだよ。この状況だし、もしかしたら万が一の事もあるかもしれないからね。手遅れになる前に探さないと」
「そっか、それは心配だね。君は恋人が何人もいたし、心配になるのも当然だよね」
「いや、それは……」
適当にそれっぽい理由を口にすると、セレステルはあっさりと理解を示してくれた。そして恋人が何人もいる事を肯定してくれるという……闘技場じゃ死ぬほどブーイングを受けたのになぁ? この子、ちょっと良い子過ぎん?
「でも、良いの? この事態にギルドから与えられた仕事を放りだすなんて、冒険者ランクを降格させられるかもしれないよ? もしかしたら降格どころか、剥奪だってあり得るかも……」
怒るどころか、むしろ心配までしてくれる始末。この優しさが胸に響くね? ただこの事態を引き起こしてる張本人が目の前にいるのに気付いてない滑稽さに、腹を抱えて笑いたくなってくるよ。
それはさておき、一般魔獣族からすればセレステルの懸念も尤もだ。せっかくAという高ランクに達してるのに降格を食らう、あるいは冒険者資格そのものの剥奪。今まで高給取りだったのに突然下働きに回されるか、クビにされるかみたいなもんだね。
「望むところだよ。自分の大切な物を捨ててまで、地位や権力にしがみつく気はさらさら無いからね」
とはいえ僕にはあまり関係の無い事だから、出来る限りカッコよくて印象が良くなる感じの答えでお茶を濁しておいた。自慢の人当たりの良い笑顔を浮かべてね?
だって僕はお金も好きに偽造できるし、例え冒険者資格を剥奪されようが金策には困らないんだわ。別に高ランク冒険者の肩書きも興味無いし。どっかのクソ犬が無理やりAランクにしただけで。
「っ……!」
幸いな事に僕への好感度が謎に高いセレステルは、嘘八百と素敵な笑顔に見事に騙されてくれたっぽい。胸を突かれたようにドキッとした顔をして、小さな喘ぎを零してたよ。この子もなかなかチョロいようで。
「それじゃ、そういう事で。後で事情を聞かれたら、君は必死に止めたけど僕が無理やり出て行ったって言っていいからね」
「あっ、ちょ、ちょっと待っ――」
セレステルは赤い顔で何か言いかけてたけど、その辺僕には何の興味も無いからさっさと加工場を出る。残念ながら僕のヒロインになるにはどっかイカれた所が無いと駄目なんだよ。ミニスは一種の例外だね。
「――よっしゃ、自由の身だ!」
そんなわけでフラグをへし折り、外の世界へと繰り出す。エクス・マキナが攻めてきてるせいで、街は未だに騒がしい。そこかしこから怒号や破壊音が聞こえるし、何か略奪みたいな事をしてる民度最低辺の魔獣族も見かける。
もちろん僕はそれら一切合切スルー。こっそりと裏路地に入り、消失で姿を消す。さてさて、ここからどうしようかな?
「――っと、早速電話が。マジで忙しいなぁ、もうっ!」
なんて今後の方針を考えてたら、タイミングの良い事に携帯に電話がかかってきた。液晶を見ると相手はキラ。まさかルキフグスが暴れてるの? やだなぁ……。
「もしもし、キラ? 何かあった?」
『ああ。魔将がスゲェ暴れてる。一太刀で数匹ずつ屠りながら駆け回ってるぜ。この調子じゃ援軍も早々に全滅だな』
「はーっ……あの野郎、僕がチマチマと作ってきたエクス・マキナを雑魚のスライムみたいに処理しやがって……!」
予想通りの嫌な報告に、思わずクソデカため息を零す僕。五百体も送ったのに早々に屠るとか勘弁してよ。これはもう遠隔でのやり取りじゃ駄目だ。現地に赴いて対応しないと処理が追い付かなくなっちゃう。
『みたいっていうか、元々雑魚のスライムじゃね?』
「やかましい。今から僕はそっち行く――転移」
キラのツッコミを一蹴して、僕は即座に転移魔法を行使する。目的地は魔獣族側の国境の砦付近。はてさて、あの根暗竜人胸元ガード魔将はどれだけ暴れ回ってるのかな?
一見ずる賢くて備えもしっかりするキャラに見えるけど、部分的にどっか抜けてるキャラを確立しつつある主人公