対抗の一手
⋇残酷描写あり
⋇暴力描写あり
「うわー……」
「おー……」
「うっ……!」
加工場の中の凄惨な光景を見て、僕とセレステルはドン引き。ミニスは二の腕辺りから血を噴き出しながら叫びのたうつ聖人族の姿に、顔を青くして吐きそうになってた。
しかし本当にこれは何だろう? 奴隷同士の痴情のもつれとかそういう感じの事件かな? 悶えてる聖人族奴隷の男の傍に、血塗られた手斧を持って返り血に塗れた聖人族奴隷の女が立ってるし。めっちゃ顔青くて震えてる辺り、カッとなってやってしまった感も漂ってるしね。
とはいえそれはこの場にいるのがこの奴隷二人だけの場合の話。何か解体作業をしてるギルド職員はともかくとして、少し離れた場所にスーツみたいな堅苦しい衣装に身を包んだ犬獣人の男が立ってるから、たぶん違うでしょ。アレがサブマスかな?
「サブマスー、何やってんのー? 体罰にしてはちょっとやり過ぎじゃない?」
やっぱりサブマスだったみたいで、セレステルは床に飛び散った血飛沫を避けつつ近寄って行く。無邪気で真っすぐな女の子って思ったけど、この光景を見てそんな軽口叩ける辺りしっかりこの世界の人間だね?
「いえ、これは体罰ではありませんよ。それより、あなた方がこちらの増援でしょうか?」
「あ、はい、そうです。何か魔力量に自信のある人か、治癒魔術が得意な人はこちらへ行くように言われました」
「ふむ、たった二人ですか。まあいないよりはマシでしょう。私もそろそろ辛い所でしたからね」
などと口にしつつ、サブマスは床に落ちてる切り落とされた腕を汚いものを摘まむように拾って、職員に投げつけるようにして渡す。神経質っぽい喋り方もしてるし、潔癖症か何かかな?
「では誰でも構いませんので、これの腕を治癒して元通りにしてください」
そうして床で転げ回って悲鳴を上げてる聖人族を指差し、治療を要求してくる。
一体何がしたいんだろう? 体罰じゃないなら何で腕を切り落としてるんだろうか。しかも周囲に飛び散った血飛沫の量を鑑みるに、もう何度もやってるんじゃないか?
「じゃあレディファーストって事で、どうぞ?」
「任せて。かの者の負傷を癒せ――ヒール!」
体の良い言葉でさりげなく面倒を押し付けると、セレステルは特に気にした様子も無く引き受けてくれた。短い詠唱付きの魔法を用いて、聖人族奴隷の欠損した腕を治癒する。
とはいえさすがに僕がやるような超高速での再生は難しいみたいで、地を這う蛇みたいな速度の再生だった。これは少し時間がかかりそうだね? 魔法を行使したセレステル本人も同意見みたいで、少し渋い顔をしてたよ。
「さすがにこのレベルの欠損はちょっと時間がかかるかな? その間にあたしたちの仕事について教えてよ」
「ええ、もちろんです。結論から申しますと、あなた方にはここでこれの欠損の治療をして頂きたいのです」
そして仕事の内容を聞いたセレステルだけど、返ってきたのは意味の分からない拷問行為の片棒担ぎ。別に嫌ってわけじゃないけどやる気が出ないよ。何故に男を痛めつけないといけないの? 僕はホモのリョナラーじゃないよ? リョナラーであることは否定しないが。
「それは構いませんが、そもそも何故体罰でもないのに奴隷の腕を叩き切っているんですか? あまつさえわざわざ治療を施す意味が分かりません」
「そうだよ。加虐趣味なら仕事終わって人目に付かない所でやってよ。今国がどれだけ大変な状況か知らないの?」
「ハハッ、残念ながら男をいたぶって楽しむ趣味はありません。これはその大変な状況を打開するために打ち立てている一手なのです」
「これが、ですかぁ……?」
どう見ても拷問してるようにしか見えないんだよなぁ? ついでに言えば腕を切り落とすのは聖人族の女奴隷の仕事っぽいから、こっちもこっちで同族の腕を切り落として血を浴びるっていう拷問を受けてるようなもんだ。
一体何がどうしてこの国を襲うエクス・マキナたちへの対抗策になるのかさっぱり分からん。緊急事態に発狂していらっしゃる? 精神分析する?
「あなた方はあの邪神とやらが召喚した、エクス・マキナという魔物の概要はもうご存じで?」
「うん。さっきギルマスから配られた紙に書いてあったよ」
「結構、それなら話は早い。あのエクス・マキナとやらは、赤い光を放っている時は魔獣族の、青い光を放っている時は聖人族の攻撃に対して完全なる耐性を得るという、非常に煩わしい性質を持っています。更に一度有効打を受けるとその耐性が切り替わるという、厄介極まる性質も持っています。そしてこの耐性はおよそ五分経過する事でも切り替わります。ここまでは良いですね?」
「はい」
もちろん僕はセレステルと共に頷いた。何せ僕が創り上げたわけだからね。そりゃあよーく知ってるよ。サブマスもまさかエクス・マキナの創造者にご高説垂れてるとは思わないでしょ。
「時間経過で耐性が切り替わるので魔獣族単体でも討伐できそうに思えますが、どうも高威力の一撃を見舞おうと一定の損傷に抑える性質も持っているようで、魔獣族単体では討伐に非常に時間がかかります。では、素早い討伐を行うためにはどうすれば良いでしょうか?」
「はいはい! 聖人族の奴隷を引き連れて戦う!」
僕が答えようとする前に、セレステルが手を挙げ率先して答える。うんうん、口には出せないけど創造者として応えよう。正解だ。
しかしどうやらサブマスにとっては違ったらしい。外れとは言わなかったけど、首を横に振ってた。馬鹿な、創造者たる僕にも分からない正解があるだと……?
「それも正解の一つです。しかしもう一つ答えがあります。それは――おっと、腕が再生したようですね。ではもう一度お願いします」
「もう……もう、許してください……!」
ここで聖人族奴隷の腕が完全に再生したからか、サブマスは話の途中にも拘わらず血塗られた斧を手にした聖人族奴隷に声をかける。
でもさすがに何度も同族の腕を切り落とし、その血を浴びてきた聖人族奴隷はこれ以上はやりたくないらしい。斧を手放すと、涙ながらにサブマスに懇願を始めたよ。
「はあっ……いちいち命令をするのにも疲れました。それに人手も増えましたし、そんなに嫌ならあなたの望み通りにしてあげましょう。命令です。跪いて、右腕を水平に伸ばしなさい」
「ひっ!? い、嫌……やだ……やめて、ください……!」
命令を出されては逆らえず、聖人族奴隷は命じられた通りその場に膝を付き、右腕を水平に伸ばす。顔を青くして恐怖に震えながらね。どうやら今度は切り落とす側から切り落とされる側になるらしい。
まあ今床に伸びてる方の聖人族は色んな意味で限界っぽいしね。具体的には貧血とか。
「では、これの腕を切り落としてください」
「っ!?」
予想通りの指示を飛ばしてくるサブマスに、ミニスだけが驚愕に息を呑んだ。僕とセレステルは何となく予想ついてたから特に反応はしなかったよ。いや、セレステルは空間収納から細めの長剣を取り出してたけどね。
「どうする? クルスくんやる?」
「遠慮しておくよ。さすがに最初から怯えてる女の子を痛めつけるのはつまらないし」
「そっか。あの闘技大会で戦った悪魔の女の子みたいな跳ねっ返りじゃないとやる気出ないんだね。じゃああたしがやるよ。えいっ」
「いっ――ギャアアアァアアァアァアアッ!?」
そして、一閃。セレステルの鋭い斬撃が聖人族奴隷の腕を二の腕から切り飛ばした。悲痛な叫びと鮮血が噴き上がるけど、僕が一番興味をそそられたのはセレステルの一刀だ。
不思議な事に斬撃を放とうと身体を動かした瞬間から剣を振り終えたその瞬間まで、セレステルの動きからは一切の音が聞こえなかった。衣擦れの音も無く、刃が空気を裂く音も聞こえない。足音と骨肉を断ち切る音は聞こえたけど、言ってしまえばそれだけだ。とても静かな神速の一太刀だったよ。これは何か秘密がありますね……。
「さて、話の途中でしたね。エクス・マキナの討伐を素早く行う方法の一つは、聖人族の奴隷を連れて戦う事です」
「それでそれで? もう一つは?」
「もう一つは――」
そこでサブマスは言葉を切り、床に落ちた聖人族奴隷の女の腕を手に取った。手首の部分を掴み、まるで剣でも握るような形に――あっ、おい? もしかしてそういう事?
「――聖人族の肉体の一部を素材に武器を作り、それを用いて魔獣族が単身で戦う事です」
うわー、マジでそういう事じゃん。つくづくこの世界のクズ共は僕の予想を超えて来るなぁ?
安定のクルスも引くほどの一般人によるおぞましい外道行為