決行当日3
⋇隔日投稿なので本当は昨日投稿しなきゃいけなかったのですが、曜日を勘違いしていたせいで忘れてしまいました。真に申し訳ありません。焼き土下座するので許してください(ミニスが)。
ようやく日が昇り、皆で朝食も済ませた後。僕は転移で別の街へパパっと移動した。訪れたのはかつて僕が闘技大会で優勝した街、アロガンザ。その中心にある怪しげな中世風の居城だ。何でかっていうとここに真の仲間の一人がいるからだね。
「やっほー、調子どう?」
魔法を駆使して警備も何もかもをスルーして、ダイレクトに寝室に顔を出す。すでに日が昇ってるにも拘わらず、寝室の中はかなり暗い。でもそれも仕方ない。何せ部屋の主、ていうか城の主は吸血鬼だからね。日光は天敵なんだ。
「良いわけが無かろう。このような日差しの強い時分に、吸血鬼たる我が活動を強いられるのだぞ? 貴様らの尺度で言えば真冬の丑三つ時に薄着で吹雪の中に放り込まれるようなものだ」
「わー、ちょっと機嫌悪ーい」
寝室の暗闇の中から姿を現したのは、長い金髪に真っ赤な瞳をした白い肌のイケメン。この男こそ僕の真の仲間の一人であり、また現状で仲間内唯一の男。魔獣族を守護する使命を帯びた魔将の一人、真祖の吸血鬼バール・ツァーカブだ。今日は作戦決行の日だから、吸血鬼だけど朝から起きてもらってる。そのせいかちょっとご機嫌斜めだね。
え? ヴィオくんは男じゃないのかって? アイツは厳密にはベルと同じ、仲間ではなくて協力者だからね。真の仲間で男なのはバールだけだよ。
「悪いとは思うけどこれは仕方ないんだよ。そもそも勇者召喚を行うのが真昼で、それを決定したのは聖人族のお偉いさんたちだからね。こればっかりは僕にもどうにもならないよ」
別に僕が意地悪だから昼夜逆転を強いてるわけじゃない。作戦開始が勇者召喚の義式と同時に始まるっていう都合上、こっちで細かい時間を調整する事ができなかったんだ。バールはそのせいで割を食った感じだね。だから不憫に思った僕が、予めバールの疲労や睡眠不足に魔法で対処してあげたっていう裏事情もあったりする。
「それで? 準備は出来てる?」
「うむ。我はすでに準備万端だ。物理的にも精神的にも問題ない。問題があるとすれば、貴様の方こそ大丈夫なのか?」
「そこなんだよねぇ……リハーサルは何度もしたけど、今回は前回とは規模も内容も桁違いだし、不確定要素もあるし、その場その場の対応も求められるからさぁ……」
バールに問われて、僕は思わず顎に手を当てて考え込む。
前回っていうのは、邪神としての挨拶をした時の事だ。あの時は一方的に世界の人々に語り掛けるだけで、ぶっちゃけ一方通行だからそこまで大変でも無かった。
でも今回は違う。何せ邪神の復活を演出してエクス・マキナを世界中にバラ撒き、しっかりと必要な脅威を与えられてるかを観測しつつ適度に攻めていくんだ。真の仲間たちの協力を得てるとはいえ、実際に脅威の調整ができるのは僕のみ。そして攻めるのは街一つとかではなく、この世界全体。どれだけ大変かは分かってくれると思う。
「でも今更後にも引けないし、頑張ってプラン通りに進めるよ。多少のアドリブは出るかもしれないけど、まあ本筋に影響は無いと思う。とりあえずできるだけ変なボロが出ないように頑張るよ」
「フッ。惚れた女のためにここまでするとは、今の我には理解できぬ感情だな」
「女にトラウマあるもんねぇ、君……」
女神様を手に入れるために頑張る僕に対して、バールは複雑な表情を浮かべる。浮気に托卵、その他諸々で女に対するトラウマを植え付けられてるからなぁ、コイツ……だからって死体に走るのはかなりぶっ飛んでる気がするけど。
「まあ貴様の女神への強い偏愛と捻じ曲がった執着を以てすれば、大概の無理は通す事が出来るだろう。精々情け容赦の無い冷酷な邪神らしく振舞う事だな?」
「それが出来ると良いんだけどねぇ? ほら、僕って顔の通りに心優しい人間だからさ」
「まだ時間に余裕はあるのだろう? ならば少し付き合え。実は昨日、とても見目麗しい少女の死体を手に入れてだな……」
「完全にスルーして流れるように死体へ誘導していくぅ……」
一見キャラが薄く見えるバールも、やっぱり間違いなく狂人。僕のジョークを完全にスルーしたかと思えば、氷漬けの死体を空間収納から取り出してきたよ。はいはい、またゾンビもどきにして欲しいのね。僕は暖かい身体の方が好きだけど、理解はできなくもないからやってあげるよ、全く……。
「――よっ、と。到着」
バールの所でしばらくお茶をした後、僕は転移で聖人族の国の首都に存在するとあるお家へと移動した。そろそろ刻限が近付いてるから、心なしか緊張してきたなぁ?
「お、相変わらずの置物発見」
リビングに顔を出すと、窓際にとっても美しい置物があった。エメラルドの如く煌めく緑色の長い髪、そして巨大な二対四枚の翼を誇る天使の女性――聖人族を守護する使命を帯びた大天使、ハニエル・ネツァクその人だ。物憂げな瞳が窓の外に向けられてる様は神秘的だし、青い法衣を胸元の豊かな膨らみが押し上げてる様は実にハレンチだ。
「やっほー、ハニエル。調子どうよ?」
「………………」
僕は朗らかに声をかけたけど、ハニエルは光を失った緑の瞳を僕にゆっくりと向けてくるだけで、特に何も声を返してくれない。感情を失ったように無表情だ。
まあそれも当然の事かな? だってコイツはこの世界じゃもの凄く珍しい誰にも敵意を持たない純粋無垢な存在で、僕はそんなハニエルの身体を操って殺人を犯させた挙句、実はそれが初めての殺人じゃないって事を思い出させて心をぶっ壊しちゃったからね。
ただ、これでも時間が癒してくれたのか一時期多少はマシになってたんだよ? でも僕がここを訪れる度に面白半分で心を抉ったせいか、未だにこんな感じなんだよね。家主に怒られるんだけどどうしても面白くてやめられなくてさ……。
「今日から遂に、僕は本格的に活動を始めるよ。聖人族も魔獣族も、分け隔てなく蹂躙して虐殺を重ねていくつもりなんだ。ちょっと世界が血と絶望と悲哀に塗れるかもしれないけど、それは平和のために必要な犠牲だから仕方ないよね?」
「っ……!」
とりあえずそう声をかけると、ハニエルの光を失った瞳が明確に揺れ動いた。心が壊れても理想で頭がいっぱいの天然なのは変わらないみたいで、僕の発言にほんの僅かに瞳に光が戻る。
「……やめて、ください……そんな事は……しないで、ください……!」
そして腰かけていた椅子から転ぶように床に身を投げ出し、そのまま僕へと這いずってきて足元に縋りついてくる。こんな酷い様になっておきながら、未だ心は愛と優しさに溢れたまともな人間。ミラとは別の意味でこの世界が生きにくそう。
「悪いね? これは平和のために必要な事なんだよ。お前も平和になった世界を見れば、僕の行いが正しかったって事を理解してくれるはずさ」
「待って……! 駄目です……! もう、もうあんな酷い事は――あっ……」
何を言っても平行線なのは分かってるし、縋りついて必死に止めようとしてくるハニエルの意識を魔法で落とす。そのままハニエルを抱えてソファーにでも寝かせようと思ったんだけど、思った以上に身体が軽くてびっくりしたよ。
デカい翼が四枚と巨乳があるのに、まるで羽根のように軽いぞ? さては心労で食事も喉を通ってない感じかな? 一体誰がそこまでハニエルを追い詰めたんだ……。
「……どう考えても彼女は君の真の仲間になり得ないと思うんだが、それでも手放しはしないのかい?」
ハニエルをソファーに寝かせた所で、背後からそんな声をかけられる。見ればリビングの入り口に、野暮ったい魔術師のローブを身に着けた一人の少女が立ってた。
その女の子はここの家主にして、最初にできた真の仲間――レーンだ。今日も綺麗な銀髪と冷めた青い瞳が美しいね?
「そうだね。ここまで愚かだと逆に可愛く思えてくるし、手放すにはちょっと惜しいかな?」
ハニエルはこの世界ではとっても貴重な、誰に対しても敵意を抱いていない、誰とも分かり合えると信じてる頭お花畑の理想論者。
僕としてはそんな現実を見ない愚か者は頬を引っぱたいて汚い現実を見せてやりたいところだけど、ハニエルはすでにその段階は通り過ぎてる。何せ二度も人殺しをさせたわけだからね。ただそれでも頭はお花畑なんだから、最早感心するレベルだよ。愚かすぎて可愛いし、これくらい突き抜けてるなら別の利用価値がある。
「コイツの思想は今の世界ではさておき、平和になった世界にこそ必要なものだからね。平和を実現するまで役に立たないなら、せめて平和を維持するために頑張って貰おうかなって。今はクソの極みの役立たずだけど、未来に期待を抱いてるんだよ」
「言い方に悪意がありすぎるが、私も概ね同意見だ。彼女の居場所は、今の世界には存在しない。血に塗れた平和への道を歩くには、彼女の心はあまりにも綺麗で純真に過ぎる」
「そういう事。さすがにハニエルを真の仲間にするのは、この三ヵ月でもう諦めたよ……」
実はハニエルを真の仲間にしようと、これまでとっても頑張ってた。メンタルケアと洗脳のために、何度も顔を合わせて話し合いをしたんだよ? でも全然効果が無かったっていうか、その度に僕が心を抉って悪化させたっていうか……まあ、そういうわけで真の仲間にするのは諦めました。
とはいえ貴重な存在なのは確かだから、コイツには平和になった世界を統治する役目をあげる事にしたんだ。元から両種族が手を取り合い仲良く暮らす世界を望んでた奴だし、その役目に相応しい奴はコイツ以外には誰もいないしね。だから結局コイツは手放さないってわけ。この巨乳を捨てるのは惜しいしね? もみもみ。
「……そんな事より、大事なのは今だ。レーン、準備はオッケー?」
「もちろん。君の方こそ大丈夫なのかい?」
「……大丈夫!」
逆に問われ、ほんの僅かな間逡巡してから力いっぱい答えた。
即答できれば良かったんだけど、わりと臨機応変な対応が必要になる場面が出てくるからね。そこら辺は事前準備じゃどうにもならないし、感じた緊張が僕の口を塞いできたわけだよ。
「少し間があったのが気になるが……まあ、良いだろう。元より世界平和という無理難題を実現するために動くんだ。何もかもが予定通りに上手く行くとは思っていないよ。何せ女神ですら世界を思い通りにする事はできなかったのだからね」
でもレーンの言葉に、僕の緊張は僅かに緩む。
考えてみれば僕は力を授けられた特別な存在とはいえ、女神様に送り出されただけの普通の人間だ。女神様当人でさえ平和にできなかった世界を平和にしようとしてるんだから、むしろ失敗しても何もおかしくない。同時に女神様が僕を責められる理由もどこにも無い。はー、ちょっと気分が楽になった。
「それもそうか。じゃああんまり気負わず緩く行こう」
「緩すぎるのも問題はあると思うが、まあ変に固くなるよりはマシか……?」
緊張を拭った僕に対して、ちょっと不安げな瞳を向けてくるレーン。緊張しててもしてなくても文句言うのか、お前……難しい奴だな?
「……よし。行くぞ、レーン」
「ああ。行こう」
とはいえ、もう時間は刻一刻と迫ってきてる。そろそろヘラヘラ笑ってられなくなってきたから、気を取り直した僕はレーンを引き連れて外へと向かった。目指すは王城、勇者召喚の義が執り行われる場所だ。
さあ、ここから破滅への序曲が――違う、平和への序曲が始まるぞ! 平和!