決行当日2
食堂へと転移した僕を最初に迎えてくれたのは、若干スパイスの利いた美味しそうなスープの匂いだった。これはたぶん胡椒かな? 鼻がちょっとピリピリするから胡椒はあんまり好きじゃないんだけどなぁ。
とはいえ僕の食事だけ別に作らせるのも申し訳ないし、何より僕以外の奴らは洋風の食事に慣れてる。普段からちょくちょく和食を作るように命じてあるから仲間たちもそれに付き合わせちゃってるし、ここは我慢して食べるべきだね。
「やっほ。朝食の準備進んでる?」
「ひっ!?」
ひとまずキッチンに顔を出して声をかけると、途端に恐怖に引き攣った声を出すミニスカの巨乳メイドが一人。
ただ声をかけただけなのに死ぬほどビビりながら恐る恐る視線を向けてくるのは、薄い青色の髪と水色の瞳が綺麗なニカケ悪魔、ミラ。側頭部に一本だけ生えてる小さな角と、本人の臆病な気質とは正反対に主張しまくってる巨乳が印象的な女の子だ。
元々は闘技大会の本戦で僕と戦った不可視化の魔法を使いこなす厄介な奴だったけど、色々あって今はメイドとして働かせてるんだ。本人の強い希望(死ぬより酷い目に合うよりはマシ)もあったし。
「あ、ご、ご主人様……! も、申し訳ありません……! 朝食は、ま、まだ、出来上がって無いです……!」
僕の姿を認めた途端、顔を真っ青にしてビビり散らかしながら何度も深く頭を下げてくる。もういっそ気の毒になるくらい怯えながらね。
え? 僕が気の毒なんて感じるわけがない? そりゃ尤もだ。でもこんな反応が数ヵ月以上も続いてるんだから、さしもの僕でも気の毒になるわ。その内心臓が止まるんじゃないかってヒヤヒヤしてるよ。まあそうなったら蘇生してあげるだけだから、そこまで困りはしないが。
「それは別に良いんだよ。まだ朝食の時間じゃないしね。僕はちょっとメイドたちの働きぶりを見に来ただけだから」
「そ、そうでしたか……」
怒られるとでも思ってたのか、ミラはここでようやくホッとした様子を見せる。ミラは従順だから今まで何も酷い事はしてないし、何なら性的に手も出してないのに何でこんなに怯えるんだか……やっぱりメスガキ茨盆栽を目の当たりにしたのが、相当トラウマになってるんだろうか……。
「……ところであの二人の姿が見えないけど、どこ行ったの? まさか後輩に仕事を押し付けられてるとかじゃないよね?」
「ち、違います……あの二人には、お買い物をお願いしました……まだ穏やかな今の内に、日持ちしない食料品を備蓄しておこうと思いまして……」
「なるほどね。まあ今日からは市場が荒れたり食糧難になったりする事も考えられるしね。ギリギリになって日持ちしない物を買い溜めするのは賢い判断だよ」
今日は邪神降臨の日。そしてエクス・マキナを世界中にバラ撒く日でもある。まず間違いなく流通やら何やらにも影響が出るし、今の内に買い溜めするのは賢明な判断だ。まあ僕は魔法で何でもかんでも創り出せるから、ぶっちゃけ買い溜めは必要ないんだけどさ。
でも表向きの生活を続ける上では、普通に暮らしてる様子の偽装は必要だ。だから買い溜めもできればした方が良い事。そこに気付いて自主的にやってくれるなんて、とっても出来た素晴らしいメイドだ。だから僕はミラの頭を優しく撫でて褒めてあげたよ。
「……っ!」
「何でここまで怯えるかなぁ……」
でもミラは頬をポッと染めるどころか、顔どころか唇も真っ青にしてプルプル震えてる。逃げたり抵抗したら何をされるか分からないとでも思ってるのか、凍り付いたように動かない。まるで抜き身のナイフで頬を撫でられてるみたいな反応だぁ……。
「怯えるなとは言わないけど、もう少し慣れても良いんじゃない? これまで僕がお前に酷い事した事あった?」
「な、ない、です……」
「そうそう。だからできれば可愛らしく笑って欲しいなぁ?」
「こ、こう、ですか……?」
散々怯えられてちょっとイラっときたのが声音に出てたのか、やっぱりミラはビビり散らかしながら僕の言葉に従い、笑顔を浮かべる。
でも……これ笑顔かな? めっちゃプルプルしてて顔真っ青、ボタボタ涙が零れてるし、呼吸もかなり浅くて速い。まるで頭に銃口突きつけられて、笑わなきゃ殺すとか言われた時に浮かべる笑顔みたいな感じだぁ……。
「あー……うん。頑張って練習していこうな?」
「は、はい……頑張ります……」
これ以上絡むとミラが緊張と恐怖のあまり失神しそうだし、やむなく会話を打ち切った。
普通に従順だしメイドとしてもまあまあ優秀なんだけど、このビビり癖がなぁ……僕以外とはわりと普通に会話出来てたりするのがまた傷つく。もうミニスと同じ要領でたっぷり愛してやれば少しはマシになるかもしれんな? 途中で恐怖と緊張のあまり死ぬかもしれんけど……。
「――こらこら、リリィ? 今は仕事中なんだから、あんまりくっつくのはダメだよ?」
「大丈夫です。私たちのご主人様は、この程度で目くじらを立てるような心の狭い方ではないです」
なんて考えながら食堂の方に戻ろうとすると、ちょうどエントランス方面に続く扉が開いて二人の少年少女が入ってくる所だった。
一人は執事服を纏った茶髪で金色の目をした犬獣人の少年だ。僕と同じ優しい顔付きをした、自己犠牲系優男主人公に見える感じの実に親近感の沸く男の子だよ。そしてもう一人はメイド服に身を包んだ瞳も髪も桃色のウサギ獣人の少女。少年にべったりとくっついて、とっても幸せそうに笑ってる。少年はクソ真面目に引き剥がそうとしてるけど、やっぱり嬉しいのか頬がちょっと緩んでる。
一見とっても微笑ましいカップルに見えるけど、その実態はかなりドロドロしてるんだよなぁ。少年の方は拉致監禁、婦女暴行、殺人未遂を何人分か同時にやって、三十年前に処刑されたイカれた犯罪者――ヴィオ。そして少女の方は犯罪者ヴィオのかつての仲間で、恋人でもあったSランクの冒険者――リリアナ。
今の光景を見ると信じられないかもだけど、本当はリリアナはヴィオなんてクソ野郎だの何だの言ってたし、大いに貶してたんだよ? でも僕が興味本位でヴィオを蘇生させて本人から話を聞いた所、リリアナはヴィオ自身の手で愛と一部の記憶を封じられてるって事が分かったんだ。だから二人を引き合わせ、記憶の封印を解いた。その結果があの熱烈なカップルだ。三十年越しの再会に燃え上がる愛。ロマンチックだなぁ?
「確かにそうだけど、同時にご主人様は僕らの恩人でもあるんだ。もう二度と会えなかったはずの僕らを引き合わせてくれた恩に報いるためにも、仕事は真面目にやらないとダメだよ?」
「さすがはヴィオ。とても真面目です。ますます惚れ直しました」
「わっ!? こら、リリィ!?」
恩がデカいせいかわりと真面目に働こうとするヴィオに対して、リリアナはぴょんと抱き着いてスリスリと頬ずりを始める始末。ウサミミをヴィオの頭に絡めるようにして、実に濃厚な触れ合いをしてますわ……そして怒りつつもヴィオくん満更でも無さそう。顔デレデレになってらっしゃる。
「やあ、二人とも。仲睦まじくて何よりだね?」
このまま放っておくと主にリリアナが食堂でヴィオを襲い始めそうだし、ここらでひょっこりと顔を出した。別にヤっても構わないけど食堂ではちょっと困るんだわ。
「あっ――こ、これはご主人様! 申し訳ありません、お見苦しい所をお見せしてしまって……!」
途端にリリアナを引き剥がし、深く頭を下げてくるヴィオ。気持ちは分からないでも無いけどちょっと堅苦しいなぁ? 同じ穴のムジナ同士、仲良くしよ?
「良いよ良いよ。何たってお前らは真実の愛で結ばれた恋人たちだからね。そんな二人にイチャつくなって言うほど野暮じゃないよ」
「さすがです、ご主人様。海よりも広い度量の持ち主です。クソ生意気で死んで当然だった私たちをその場で殺さなかっただけはあります」
「本当は何度も殺したいと思ったけどね……」
嬉しそうなリリアナには悪いけど、愛と記憶を封印されてた頃のリリアナはクッソ無礼で何度殺したいと思ったか分からないくらいだ。
でも愛なんていうクソデカ感情を封印されてたらほぼ別人になるのも仕方ないし、何よりコイツは真実の愛の持ち主だ。相手の良い面も悪い面も全て受け入れ、その上で死が二人を分かつまで愛して愛して愛し抜く。そんな尊いものを見せられたら、今までの怒りは水に流すしかないよ。
「まあそれはともかく、仕事中にイチャつこうが別に構わないよ。そんな堅苦しい規則を強制する気も無いし、むしろ僕はそういうの嫌いだし。本当に必要な時だけ真面目にやってくれればそれで十分だよ」
「寛大な配慮、痛み入ります。本当にもう、どうやって恩を返して行けば良いのか……」
「執事とか看守とかやってくれればそれで良いよ。これからは色々忙しくなるし、お前らの協力は正直助かるからね」
何せこれでメイド三人、執事一人だ。少なくとも表向きの生活を続ける上では滅茶苦茶助かる。
あ、そうそう。看守で思い出したけど、もちろん地下牢にはリリアナの元仲間の二人、女狐と悪魔っ子がちゃんといるよ。リリアナが完全にこっちの味方だから、僕に不利になるような証拠や備えは全て抹消してくれたおかげで何の問題も無し。
その上で冒険者としての依頼の最中、遺伝子改造――じゃなくて突然変異で生まれた強力な魔物に襲われて死体すら残らないほど蹂躙された……って感じのカバーストーリーも僕ら共々演じたし。あとはリリアナを僕が助けて、それでリリアナは僕への疑いを捨てて、恩返しにメイドとして働くように――ってな感じだ。そして同時期に入った執事とくっついたって事でハッピーエンド。まあ地下牢で頻繁に拷問されてる悪魔っ子と女狐、そしてSランク冒険者を実質三人も失った国にはバッドエンドだろうけど。
「分かりました。しかしそれだけでは多大な恩義に釣り合わないのは事実です。荒事に人手が要りようなら、いつでも仰ってくださいね? さすがに奥様たちほどではありませんが、それでも腕に多少の覚えはありますから」
そしてヴィオはニッコリと微笑みながら、実に頼もしい事を口にしてくれた。あと奥様たちっていうのはキラとかトゥーラたちの事ね。僕は正直微妙な呼び方だと思ってるけど、特にトゥーラは大絶賛でしたよ。ええ。
「もちろん私も協力は惜しまないです。ヴィオと一緒にいられるのなら、どんな悪事にも手を染めます。誰だろうと、何人だろうと、血祭りに上げてやるです」
「ありがとう、リリィ。僕も同じ気持ちだよ。一度は離れ離れになったんだ。もう二度と、この手は離さないからね? ご主人様のために、二人で一緒に手を汚そう?」
「はいです。血で汚れて引っ付いて離れなくなるくらいに、一緒に汚しましょう」
「リリィ……」
「ヴィオ……」
そうして二人は僕の事なんか目に入らなくなったみたいに、お互いを熱い目で見つめ合う。
良いなぁ。なんて純粋で美しい愛情で結ばれた恋人たちなんだろう。変なのしか周りにいない僕としては凄く羨ましいよ。リア充爆発しろ!
「いやぁ、素晴らしい。これぞ真実の愛だよね。そうは思わない、ミラ?」
「は、はい……そう、です……ね?」
あまりの素晴らしさに僕はキッチンの方のミラに同意を求めた。
でもミラはこの尊さを理解できなかったみたいで、かなり引き気味で引き攣った笑顔を浮かべて頷いてきたよ。やっぱりミラが愛を知らないおぼこだから理解できないんだろうか。これはその内徹底的に愛を身体に刻んでやるべきか……?
⋇クルス邸の使用人たち。
メイド長=神話生物
メイド1=貴重なまとも枠
メイド2=ヤンデレ
執事=拷問癖
地獄みたいなラインナップですが普通に回っているし、仕事もしっかりこなしているので問題ありません。メイド1の胃とメンタルが常に悲鳴を上げていますが些細な事です。