決意表明1
⋇時間がかなりぶっ飛ぶ
そうして、三ヵ月の月日が流れた。
うん、分かるよ。突然すぎで驚いてるよね? でもこの三ヵ月に特筆すべき事はあんまり無かったし、面白みに欠けるから飛ばしても別に良いかなって。ちまちま下準備とか裏工作とかしてるだけだしね。毎日エクス・マキナを創れるだけ創っては空間収納に放り込んで従順な生体兵器を増やしたり、邪神としての振る舞いや言葉遣いや戦い方を練習したり、勇者召喚までの期日を早めるために聖人族の国の鉱山に魔石ぶち込みに行ったり、表向きの冒険者としての生活を続けたりとなかなか忙しかった。
とはいえ屋敷に住み始めた当初よりは忙しくなかったね。めでたく僕の協力者となったヴィオが地下牢の看守や日常的な雑務をしてくれてるし、その恋人であり真実の愛の持ち主のリリアナもメイドとして屋敷で働いてくれてる。人員が増えたおかげで表向きの生活はわりと楽になったよ。相変わらずミラはびくびくしてて泣きそうになってたけど。
何はともあれ色々と忙しない日々を送りながら二ヵ月半。そこでついに聖人族の国の鉱山に仕込んだ魔石が無事に発見され、予定通り勇者召喚の魔法陣に使うことが決定された。そして魔力が満ちた勇者召喚の魔法陣を使って、異世界から勇者を召喚する儀式が行われるのが明日。同時に邪神が降臨する日もまた明日だ。勇者召喚と邪神降臨の因果関係はネタバレになるから教えない。察しの良い人なら気付きそうだけどね。
「――いよいよ明日、邪神がこの腐りきった世界に降臨する。世界は大きく動き始めて、誰も彼もが逃れようのないうねりに巻き込まれる。そして、それは僕らも例外じゃない。一度動き始めてしまえば、僕らも二度と後戻りできない」
決行の日を前日に控え、僕は邪神の城の玉座の間に真の仲間たちを集めた。黒白の玉座に腰かけて仲間たちを見下ろしながら、ちゃんと台本を用意して練習してきた演説を口にする。こういうのは形や雰囲気が大事だからね。頑張って考えてきました。
「これまで数々の準備を入念に重ね備えてきた。作戦を考え見直し意見を交わし、世界平和を実現するために邁進してきた。備えは十分だと自負してるけど、何事にも絶対は無い。必ず何かしらの不確定要素や、あり得ない偶然が重なって予想や作戦を覆される理不尽が巻き起こる……」
ここで玉座から立ち上がり、仲間たちに背を向けて黄昏るような空気を漂わせる。
目的はともかくとして、世間一般から見れば僕らは間違いなく悪だからね。そして悪っていうのはどんなに頑張っても最終的に理不尽に倒されるのが世の定め。まあ最終的には倒されなきゃいけない立場になるわけだからそれは良いんだけど、中途半端な所で倒されちゃ意味が無いからね。できる限り備えるのは当然よ。
「それでも、僕は君たちと一緒なら実現できると信じてる! こんな救いようのない世界に平和をもたらすという荒唐無稽で驚天動地な女神様の願いを、僕らみんなで力を合わせて叶えよう! 僕らの深い絆の力で、この世界に平和をもたらすんだ!」
たっぷりと背中で嘆きを語った所で、僕は仲間たちの方を振り向く! そして天に向かって拳を突き上げ、僕らの絆の力で困難に立ち向かう事を叫ぶ! よし、台本通りにできたな!
「うおおおぉおぉぉぉぉ~!!」
「わーっ!!」
僕の演説に感極まったのか、トゥーラも拳を天に突き上げて雄たけびを上げる。何ならリアも声を上げながら両手を高く掲げてぴょんぴょん飛び跳ねてくれた。
うんうん、そんな反応してくれるとしっかり考えてきた甲斐があるよ。
「……茶番は終わったかい?」
「臭すぎて鼻が曲がりそうになったわ、今の演説……」
「絆の力とかクソみたいな事言いだしてどうした? 熱でもあんのか?」
「酷いよぉ……せっかく徹夜して考えた演説だったのに……」
その二人に比べて、他の奴らの何とノリが悪い事か。レーンは茶番とか言い放つし、ミニスはもの凄い不快そうな顔をしてるし、キラに至っては純粋に僕の事を心配してくれてるよ。そんなに僕がまともな演説すると違和感凄い? 僕だってイ●デペンデ●ス・デイの大統領みたいな演説したいもん……。
「貴様が似合わぬ綺麗事を並べ立てているのだからこの反応も当然だろう。むしろあの二人だけでも続いてくれた事に感謝するがいい」
「酷いよぉ……!」
何ならブラザーであるバールまでこの反応。チクショウ、今度演説の機会がある時はもっと魂を揺さぶるような内容考えてきて度肝を抜いてやるからな! 僕だってやればできるんだぞ!
「それで、邪神降臨を明日に控えて私たちを呼び集めた理由は何だい? 先ほどの寒い演説を聞かせるためだったと言うのなら、一発殴らせてもらうよ」
「そこまで酷かった……? それはともかく、みんなを呼び集めた理由は改めて意気込みを聞いておきたかったからだよ。これから世界が滅ぶ寸前までかつての同胞たちを苦しめないといけないんだ。それを躊躇わないほどに固い意思を持ってる君たちの強さを、もう一度再確認したくてね?」
スッと<カドゥケウス>を取り出したレーンにちょっとビビりつつ、僕は玉座の鎮座する場所から皆と同じ高さまで降りる。僕らは仲間であって上下関係は無いからね。目線も同じじゃないと。
とにもかくにも、今日ここに皆を集めたのは言わば一人一人の決意表明を改めて確認するため。何せ邪神降臨は明日なんだ。ここで自らの原点を振り返るのも雰囲気が出て実に良いと思う。魔王に挑む勇者が決戦前日とかにヒロインとイチャラブデートするのと似たような味わいが出るからね。まあ僕は勇者か魔王かで言えばどう考えても魔王だし、何なら魔王より酷い存在なんだけどさ。
「何だ、要するにあたしらが途中でケツまくって逃げる腰抜けじゃねぇかを確認したいわけか」
「大体そんな所。本音を言うと僕はそんな奴はいないって信じてるんだけど、皆もそう思ってるかは別だしね?」
キラの答えが大体あってたから頷いておく。
僕自身はコイツらを仲間にするにあたって色々と話を深い所まで聞いたし、大義や信念や執着って感じのクソ強い感情を持ってる事も知ってるから、途中で良心の呵責に耐えられなくなるような軟弱な奴はいないって知ってる。まあ真の仲間になる前に折れたどっかのお花畑大天使なら知ってるけど、アレは例外だから脇に置いておこう。
問題なのは僕じゃなくて他の仲間たちがどう思ってるかだ。一応仲間になる経緯は説明するようにしてるけど、あくまでもあっさりとしか説明してないからね。コイツ途中でヘタれそうって思われてる奴がいないとも限らない。そういう訳で、この場で改めて原点を振り返り話して貰おうと思ったわけ。
「……良いだろう。では、まずは最初に君の仲間となった私からかな?」
納得いったように頷き、前に出るのはレーン。特に指示はしてないのに玉座に至る階段を登って僕らを見下ろせる位置に上り、ローブの裾を翻してこっちを振り返った。うーん、女の子に見下ろされるのはあんまり好きじゃないなぁ……。
「――正直な所、私には世界平和を求める気持ちはあっても、狂おしく願う熱意は無い。感情の擦り切れた私にはそんな激しい感情は残っていないからね」
などとレーンは口を開き、話し始める。感情擦り切れたって申告する割には長話ぶった切った程度でキレるよね? 早速ツッコミどころがあって口を挟みたいところだけど、僕はツッコミ役じゃないから我慢しました。
「だが、感情が薄くなったからこそ私は気付いた。本能の如く定められた敵と争い、手にかけ、その血を浴びる日々がいかに無益で虚しいものかという真実に。このまま争いを続けていても、得られるものなど何も無い。待ち受けるのは滅亡と虚無だけ。故に私は世界に平和をもたらすため、クルスと手を結んだのだ」
全員を見渡して語っていたレーンが、ここでチラリと僕に視線を向けてくる。
うんうん、初志貫徹してて何よりだね。初めて会った時から一切ブレてなくて安心しちゃうよ。一目で僕が尋常ならざる存在だと見抜いて脅しに来たあの時のやりとりが、まるで昨日の事のように鮮明に思い出せるね?
「すでに夥しい血と狂気に汚れたこの身なれば、躊躇う事など何もない。必要とあらば、どのような悪事にも手を染めよう。世界を平和にするために」
最後にそう締めたレーンに対し、僕を始めとして皆が拍手を送った。ちょっと拍手の熱がだいぶまばらだけど、まあ一応全員拍手してるんだからそれは見逃そう。どうせこの中に真っ当な気持ちで世界平和を目指してる奴なんて村娘くらいしかおらんし。
「オッケー。感情が薄いかどうかはちょっと疑問が残る所だけど、とっても胸に響いたよ。じゃあ次」
「ってことは、順番的にはあたしか」
「違うよー。真の仲間になったのはリアの方がちょっと先だもん」
レーンと入れ替わりに玉座の前に上がろうとしたキラだけど、その服の裾をリアが引っ張って止める。
確かにこの二人だと真の仲間に加わったのはリアの方が僅かに早いね。その時点だとキラはあくまでも勇者としての僕の仲間だったから。
「ほぼタッチの差じゃねぇか。まあ良い、確かにお前が先だな。じゃあ譲ってやるよ」
「ありがとー、キラちゃん!」
相手が別段ヘイトを抱いてないリアだからか、キラは素直に引き下がる。これがミニスだったら殴り飛ばして無理やり先を奪ったんだろうなぁ……一応ちょっとミニスを認めた事もあって理由も無いミニス虐はやめたっぽいけど、逆に言えば理由があれば今でも普通にやるし……。
何にせよ今度はリアの番。キラにお礼を口にしたリアは大きな翼を羽ばたかせて、そのまま玉座の前へと――あっ、こら! 何故土足で玉座に立つ!? せめて靴を脱いで立て!
「――えっとね、リアは世界平和なんて本当はどうでも良いんだ。ただリアを苦しめたサキュバスたちに復讐する力を手に入れるために、ご主人様と取引しただけだから」
玉座に土足で立った事に度肝を抜かれてると、更に度肝を抜かれる事を口走るリア。
いやまあ、これに関しては別段驚かないけどね? だって最初からこんなんだったし。ただそれのみを考えてた奴なのは最初から分かってたしね? 一番付き合いが短いバールでさえ全く驚いてないし。
「最初は何もかもそのためだったし、こんなおかしな人の奴隷はちょっと嫌だなーって思ってたんだよ? でもご主人様はリアが忘れてた温もりや優しさを感じさせてくれたし、ちゃんと約束通りに力をくれたし、リアを立派なサキュバスにしてくれた。いつもいっぱい愛してくれて、リアにたくさんの幸せをくれたんだ。だからその恩返しに、ご主人様のお手伝いをしたいの」
しかしここでうっとりと、サキュバスらしい恍惚の笑みを幼女フェイスに浮かべてそう言い放つ。そのあまりの色気といつもの無垢な表情のギャップに、さっきの発言ではピクリともしなかった奴らが少しだけざわついたよ。僕も下半身がちょっと反応しました。ステイステイ。
「それにご主人様もカルナちゃんも、キラちゃんもトゥーちゃんもミニスちゃんも、そしてバーちゃんも、みんな大切なリアの家族だもん。だからリアは、皆が世界平和のために頑張るなら一緒に頑張るよ! みんなで平和な世界を作ろうね!」
「バーちゃんはやめてくれ……」
玉座の上で拳を振り上げて高らかに言い放つリアに、バーちゃんことバールが絞り出すような切ない声でそうお願いする。
うん、リアは何故かバールの事をバーちゃんって呼ぶんだよ。これにはバールも整った顔を苦々しく歪めて参ってる。百歩譲ってちゃん付けは良いとしても、そんなおばちゃんみたいな呼び方は嫌だろうねぇ……。
「うんうん、僕らが家族っていうのはこそばゆいけど満更でも無いね。ある意味運命共同体みたいなもんだし。はい、それじゃあ次」
「よし、次こそあたしだな」
「わーっ!?」
キラは玉座の前に飛び乗ると、そのままリアの身体を持ち上げて僕の方に投げてきた。リアは変な声を上げて飛んできたけど、どちらかと言えば放り投げるような感じだからキラにしては相当優しいね。これがミニスなら壁に向けて全力で叩きつけられてたに違いない。
とりあえずリアをキャッチして隣にリリースしてから改めてキラの方を見ると、あろうことか玉座にドカリと腰かけてたよ。こら、そこは僕の席だぞ。座るならせめて拭いてから座れ。リアが土足で上がったんだし。
「――別にあたしは大層な願いなんて何もねぇ。世界平和なんてクソくらえだ。むしろあたしとしては全面的に戦争してる方が歓迎だぜ。戦争は合法的に人を殺せる最高の環境だからな?」
そして口にするのは僕の目的を真っ向から全否定する戦争賛歌! あーもうっ、現状ではまともに世界平和を願ってるのがレーンしかいないよ。これは確かに絆の力がクソみたいとか言われても仕方ない……。
長かったので二分割。どう見ても纏まりの無い無法者の集団。
三ヵ月も飛んだのは最低限必要なお話は済んだから。そもそも前座が長いし……