ヴィオ
⋇時系列ちょっと戻る
「……で、それは何なのよ?」
時は少し遡って十二時間ほど前。面白い事をするために皆を引き連れて地下四階の実験室に場所を移すと、ミニスが真っ先に口を開いた。僕が意味深に取り出して指で弄んでるとっても面白い物――白い指輪が気になるみたいだねぇ?
「これはねぇ、可哀そうなヴィオくんの遺骨から作られた指輪だよ。あのウサギ娘が付けてたのを見せて貰った時、咄嗟に魔法で複製したんだ。それでコピーを返してオリジナルは貰っておいたってわけ」
「骨で作った指輪ー!?」
「えぇ……何のためにそんな事……」
「え? だってこれがあればヴィオくんを蘇らせる事ができるからだよ。さしもの僕も無から死者を蘇らせる事は出来ないから、唯一残った本人の欠片であるこの指輪を失敬させてもらったんだ」
驚くリアと引き気味のミニスにそう答えつつ、指輪を机の上にコトリと置く。
万能な魔法と無限の魔力のせいで命の値段がガバガバになってきてる僕だけど、限界や無理が存在しないわけじゃない。その一つが『死者を生き返らせるにはその人物の身体の一欠片でも良いから必要』っていう条件。魂は降霊術で引っ張ってこれるから良いんだけど、肉体はどうしても本人のものが必要なんだ。
会った事のある人物なら魔法で手元に持ってくることはできるかもしれないよ? ただ僕はヴィオ君と実際に会ったことは無いからねぇ。それに火葬されたって言ってたから灰ももう撒かれちゃったんだろうし、そもそも処刑は三十年前だ。そんなに前だとヴィオ君の身体の一欠片だろうと手に入れる事は不可能だろうし、そう考えちゃうせいで魔法のイメージに悪影響が出て本当に無理になるってわけ。
しかし、あのウサギ娘が身に着けてた指輪は何とヴィオ君の大腿骨から削り出して創った指輪。正真正銘本人の一欠片。うん、それを知ったら手に入れるしかないよなぁ? そう、あの時の仕込みとは複製品を創り出して本物と入れ替える事だったんだよ。気付いてた人はいるかなー?
「つまり主は彼を蘇らせ、彼が生前成しえなかった欲求を今度こそ満たさせてあげようと考えているわけだね~? 何と優しいんだ~! ますます惚れ直したよ~!」
「そういう事。あとは牢の看守が欲しかったから、そのお仕事を任せようかなって」
尻尾振りながら抱き着いてくるトゥーラを手で押しのけつつ、蘇生させる理由を補足する。
実際の所、ヴィオ君を蘇生させるのは同情が四割、三人娘を苦しめるためが四割、牢の看守をしてもらいたいなって気持ちが残り二割だ。看守に関しては放っておくと不眠不休で仕事してるベルには任せられないし、かといってミラには向いてないしね……。
「やめなさいよ、そんなの。屑はそのまま死なせておいた方が良いわよ」
「何て酷いことを言うんだ、ミニス。そんな子に育てた覚えはないぞ?」
「育てられた覚えがそもそもないんだけど? ていうかあんたみたいなクソの極みが私の父親面するのやめてくれる? 不愉快」
「……ごめんなさい」
わりとガチの冷めた声で怒られて、とりあえず僕は謝っておいた。まあ僕みたいなのが父親とか絶対嫌だろうなって。ミニスの父親は普通に子煩悩の良い父親だったから余計にね。
「……それはともかく、できればあのクソムカつく三人娘の心をへし折ってやりたいからね。そのためにはヴィオっていうピースが必要不可欠かなって思ったんだよ。死んだはずの元恋人のイカれ野郎に拷問されるってシチュエーション、なかなかグッと来ない?」
「来ない」
「んー……リアはちょっと分かんない」
「あたしは何となく分かる」
「よく分かる~!!」
同意を求めると、それぞれが大体予想通りの答えを返してきた。トゥーラは本気でそう思ってんのか、はたまたただ僕に同意してるだけなのか分からんなぁ……。
「まあそういうわけで、早速試そうか。完全蘇生――いや、先に契約をしないとだから、まずは再生をかけて契約、最後に蘇生か。じゃあまずは再生」
「うわ……」
「おー、少しずつ人の形になってくー……」
とりあえず指輪に再生の魔法を行使すると、実に面白い光景が始まった。指輪から湧き出るように骨が広がって、それが大腿骨を形作ったかと思えばあれよあれよと右足を形成、そして骨盤やら背骨やらを再生して、そこから瞬く間に綺麗な骨格標本が完成した。
もちろんこれで終わりじゃなくて、元となった大腿骨を中心にして肉や内臓がどんどんと湧き出てくるんだから凄いよね。ただなかなかグロい光景なせいか、ミニスなんかちょっと顔を青くしてるよ。ただまあヴィオ君の下半身の辺りが完全に再生したら逆に顔を赤くしてたけどね。理由は察して?
「そして――契約」
ヴィオ君の身体が完全に再生した所で、一方的な奴隷契約を結ぶ。ついでに空間収納からデカい布切れを取り出して身体にかけてあげた。裸だからね。色々見えてるからね。
「よし、最後に完全蘇生。目覚めろ、ヴィオ君」
下準備を全て終えた所で、満を持して蘇生の魔法を行使する。さあ、愛する女たちに裏切られ、自らの真の欲望も満たせず非業の死を遂げた悲しき人間のお目覚めだ!
「――っ、ああぁ!?」
「お、生き返ったな?」
「さすがは主~! かつての凶悪犯が現世に蘇った~!」
「おはよー!」
数秒ほどの間を置いて、ヴィオはこの世に戻ってきた。机の上で弾かれたように身体を起こして、悲鳴とも産声ともつかない声を零す。蘇生の成功にギャラリーも大盛り上がりだ。ミニスだけすっげぇ嫌そうな顔してたけど。
「……あれ、ここは……? 確か僕は、ギロチンにかけられて処刑されたはずじゃ……?」
どうやら死の直前までの記憶がしっかりあるみたいで、ヴィオは周囲を見渡したかと思えば自分の首を擦りながら呟く。
ちなみにヴィオはショタ寄りの少年って感じかな? 茶髪に金色の瞳を持つ実に優しそうな少年だ。少し細めでなかなか見目も良い感じ。僕同様に人当たりの良い顔つきしてるし、一部のお姉さんたちにはかなり需要がありそうだ。犬耳と犬尻尾も生えてるしね。
「チッ、また一人称が僕か。キャラ被るからやめて欲しいなぁ?」
「あんたほどヤバいキャラはそうそういないわよ……」
ただ僕としては一人称が同じなのがちょっと気に入らなかった。ミニスがオンリーワンだって太鼓判を押してくれたとはいえ、被ってるのは何か嫌だなぁ。正直どっかのショタ大天使も僕と一人称被ってるから気に入らない。
「やあ、どうも。僕はクルス。君を蘇らせてあげた大恩人にして、稀代の悪党で下劣な畜生さ。よろしくね?」
それはともかく、一人称が気に入らないからってせっかく蘇生させたヴィオを片付けるわけにもいかない。だからとりあえずフレンドリーな挨拶をしておいたよ。向こうの人間性も屑だって事は分かってるし、仮面は被らず素のままにね。
ヴィオは少しの間僕や周りにいるミニス達に困惑気味の視線を向けたけど、状況は何となく飲み込めたみたい。一つため息を零すと、真っすぐに僕へと視線を向けてきた。
「……僕はヴィオと言います。信じられない話ですが、確かに僕は蘇生させられたようですね。首を刎ね飛ばしたギロチンの感触を覚えていますし、頭部を失った首から大量の鮮血が迸っている光景が最後に目に焼き付いています」
ふむ……丁寧な言葉遣い、プラス三十点。理解が早い、プラス四十点。大恩人である僕への敬いが感じられる、プラス三百点。これは一人称が被っててもまあ許せるかな? 手の平返すようでちょっとアレだけど。
「話が早くて何よりだ。ちなみに君が処刑されてからもう三十年くらい経ってるよ。君が建てた屋敷も今じゃ僕の物になってるしね。あ、返せって言われても返さないよ?」
「三十年……はっ!? そうだ、僕の恋人は!? 僕の大切な人はどうなったんですか!?」
ここで突然、ヴィオは目の色を変えてガバっと僕に迫ってきた。きゃあっ、襲われるー!
でも即座にキラとトゥーラが無言で圧力を放ちながら間に割って入ってきたから、ヴィオが僕を襲う事はなかったよ。そもそも僕に対する敵意は欠片も見られないし、二人もそれが分かってるからか、ただ割って入っただけで敵対行動は取って無かった。ちょっとでも敵意を見せてたら躊躇なく攻撃してリスキルしてただろうけど。
「大切な人って、君を裏切ったビッチ三人の事? アイツらならすこぶる元気だよ。地下牢と拷問部屋付きの君の屋敷を買った僕に、Sランク冒険者の肩書きを駆使してしつこく絡んできたしね。ちょうど今夜お礼参りに行く予定」
ヴィオの恋人といえばあの三人娘だ。お話の中でもそうなってるし、実際あの三人娘も認めたくない過去とはいえ恋人だった事は否定してなかったしね。
しかし何か聞いてた話と違うなぁ? 蘇って最初に知りたかった事が恋人たちの安否? 君そんなまともな人間なの? 正直ちょっとがっかりだなぁ。もっと血も涙もない僕の同類だと思ったのに……。
「ということは、リリィは――リリアナは、元気に暮らしているんですね? 良かった……」
「……?」
ヴィオは僕の答えに、本気で安心したように震えた声を零してる。
おかしいな? この様子だとまるで本当に心の底からアイツらを愛してるみたいに見えるぞ? ていうか、リリィ……リリアナ……? 誰だ、それ。聞き覚えあるような無いような……?
「……私の同族」
「お、そうそう。ウサギ娘だな。元気にしてるよ? この僕に喧嘩を売ってくるくらいには元気で活力に満ちてる感じだったよ。しかし何でウサギ娘単体なの?」
何だか色々とおかしい気がして、僕はそれを尋ねた。蘇生直後で記憶が混濁してるのかって思ったけど、受け答えはかなり明瞭だし意識もはっきりしてるからね。何か僕の知ってる情報と真実に齟齬があるんだろうか?
「……かつての仲間たちがあなたにご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ありません。そして僕を蘇生させてくださった事、感謝してもし切れません。これほどの罪と恩を重ねていますが、それでも恥を承知でお願いします。どうか……どうかリリアナだけは、見逃して頂けないでしょうか?」
「ふむ……?」
ヴィオは机から降りると、躊躇いなく僕に土下座をかましてウサギ娘の助命を乞い願ってくる。恋人は他にもあと二人いるはずなのに、そっちは凄くどうでも良さそうに見える。天秤にかけてウサギ娘だけでも助けて貰おうと切り捨てた、ってわけでもなさそうだ。これはちょっと予想外の状況だな……。
「……何やら深い事情がありそうだね。とりあえず話してみなよ。事と次第によっては見逃しても構わないし」
「ありがとうございます、クルス様。実はリリアナは――」
そうしてヴィオが語った真実。それはあまりにも甘く、そして美しいものだった。それこそトゥーラとリアが感動して泣きそうになり、キラでさえ感心した様子を見せて、僕もちょっと泣きそうになったくらいにね。
そういうわけで、ウサギ娘だけは助けて今までの無礼も水に流してあげる事にしたよ。あんな話聞かされたらしょうがない。あ、ちなみにミニスは困惑と軽蔑が半々って感じの反応してたよ。まあミニスだし仕方ないか……。
以前やってた仕込み = コピー品とのすり替え