レーンとデート1
「――というわけで、海水浴デートにやってきました!」
レーンに<カドゥケウス>をプレゼントした翌日。ギラつく太陽の光に照らされながら、僕は白い砂浜で人目も気にせず叫んだ。どうせ僕とレーン以外誰もいないしね。
そう、今日はレーンとデートだ。そして内容は海水浴デート。だから邪神の城を作るために訪れた別大陸の砂浜にいる訳なんだけど、これはどっちかっていうと僕とレーンの立場や種族の問題って所が一番大きい。
だってレーンは聖人族だから魔獣族の国じゃデートできないし、逆に僕は元勇者で顔が知られてるから聖人族の国じゃデートできない。魔法で顔を変えるなり変身するなりすれば問題は解決だけど、僕はレーンとデートしたいのであって別の女の姿をしたレーンとデートするのは何か違う気がするんだ。かといって僕が別人に化けるのも、別の男とレーンがデートしてるみたいで許せないし……まあそういうわけで、人目を一切気にしなくて良い無人島デートになったわけだよ。
「一体どういう訳なんだ。そもそもここはどこだい?」
「ここは別の大陸だよ。お前らが普段暮らしてる大陸から東の方に大体五千キロってところかな」
「別の大陸だって? 大きさはどれくらいだ? 知的生命は存在するのかい? どんな魔物が存在しているんだ? 他にも大陸は存在するのかい?」
「うぉう」
とりあえず場所の説明をしたところ、強い日差しに若干辟易してたはずのレーンさんは一気に目の色を変えて迫ってきた。今にも僕を押し倒さんばかりに鋭い目をしてるよ。やだもう、積極的だなぁ?
「ちょい待ちちょい待ち。圧が凄い。今日はデートに来たんだから知的好奇心を満たすのは後にして?」
とはいえ今日は記念すべきレーンとのまともな初デートだから、知的好奇心は一旦脇に置いて貰う事にした。
ちなみにまともじゃないデートを入れるとこれが二回目だね。一回目は聖人族の国で初めての殺しを行った時のアレ。そもそもアレってデートにカウントして良いのかなぁ……?
「ならばさっさとデートを終わらせようじゃないか。人の心も情緒も持たない君なら、砂浜を一緒に歩きでもすれば十分だろう?」
「どんだけ僕の事人でなしの冷血漢に見てるの? さすがにその程度でデートとか今どき初心なガキでも考えないわ」
何か僕の事を感情の無いサイコパスにでも思ってるみたいで、レーンはそんな酷い言葉をかけてきた。砂浜一緒に歩いた程度でデート終わりとか、体目的のナンパ野郎でももうちょいロマンあるわ。
そしてサイコパスでも無く、体目的のナンパ野郎でもない僕はちゃんとデートの事を色々考えてるし、その準備もしてあるぞ?
「とりあえず海ときたら水着だ。というわけで、水着に着替えてください。今ここで」
「第一に、水着など持ってきていない。第二に、さすがに君の目の前で着替えるのは抵抗がある」
「安心しろ、水着は予め僕が持ってきた」
その準備した物である、女物の水着を空間収納から砂浜にどさどさと出した。海に行くんだから水着を用意するのは当然だよなぁ? 若干レーンの頬が引きつったのがちょっと面白い。
それと銀髪クール系スレンダー美少女のレーンには意外とどんな水着でも似合いそうだから、持ってきた水着は多種多様だ。ちなみにこれは全部魔法で創ったやつ。本当は買おうと思ったんだけど、昨日デートが決まった時点じゃもう夜遅くてお店閉まってたからね……。
「ほら、いっぱいあるよー。ビキニにマイクロビキニにブラジリアンビキニに……」
「何故そんな布切れ同然の露出度の高い水着ばかりを持ってくるんだ。せめて普通の水着を持ってきてくれ」
「じゃあこの旧スク、新スクとか」
「何故胸元に私の名前が書いてあるんだ。それも何故そんなに子供が書くような幼い字体なんだ」
色んな水着を勧めてみるけど、どうにもレーンはお気に召さないみたいだ。手渡そうとした水着をムッとした顔ではたき落してきたよ。心配しなくてもサイズはピッタリだぞ? ちゃんと改めてスリーサイズを魔法で調べて創ったやつだからな!
「えぇい! 何でも良いから早く着替えるんだ! 今ここで! その柔肌を晒すんだ! さあ!」
わがままなレーンに対して、言葉を荒げて着替えるように促す。着替えてくれないと裸が見られないだろ! いい加減にしろ!
なんて思ってたら、レーンはいつの間にか無言で<カドケゥス>を取り出してた。おやおや、何でそんなものを取り出してるのかな? そして何故それを僕に向けてるのかな?
「分かった。では着替えるために邪魔なものを排除するとしよう――タイダル・ウェイブ」
「あーっ!? 波に攫われるー!」
レーンが行使した津波の魔法によって、僕は襲い掛かってきた大波に絡めとられる形でそのまま海に引きずり込まれた。チクショウ、何てことしやがるんだ。<カドケゥス>を手に入れたせいでツッコミが馬鹿みたいに派手になってやがる……。
「あー、酷い目にあった。沖まで流した後に渦巻に沈めるとか殺意高すぎだろ。僕じゃなかったら死んでたぞ」
しばらくして何とか砂浜に帰還した僕は、濡れた衣服を魔法でささっと乾かしながら毒づいた。
ただ単に大波で流すだけかと思ったら沖まで運ばれて、巨大な渦巻で深海深くまで叩き込まれるとかいうとんでもなく殺意の高いツッコミをされたよ。戻って来る途中にクソデカいクラゲやサメに襲われて大変だったわ、全く……。
「レーン、もう着替えたー? って、おおーっ……」
「何だい、その反応は。そこまで驚くようなものでもないだろう」
しかしそんな不満も、砂浜で待ち受けてたレーンの姿を見たら完全に吹っ飛んだ。何故ならそこにいたのはしっかり水着に着替えた銀髪クール系スレンダー美少女だったからね! しかも着込んでるのは黒のビキニ! 真っ白な肌に黒の水着のコントラストが太陽よりも眩しいぜ!
まあビキニ系かスク水系しか用意してないからこうなるのも当然とはいえ、これは嬉しいね。しかも何だかんだで恥ずかしいのかちょっと顔が赤いし、露出度が高すぎて我慢できなかったのか腰にパレオ代わりの布を巻いてるのもまたよろしい。
「いやいや、これはなかなか素晴らしいですよ。スレンダーな身体にビキニ。そして高い露出度を誤魔化す様に腰にパレオを巻いてるのとかもう最高だね。チラチラ見えるビキニがまるでパンチラみたいな背徳感がある」
「……分かった。じゃあ外そう」
「外したら普通にビキニで普通にエロい」
「………………」
僕の感想にパレオを外そうとしたレーンだけど、再度の感想に無言でその手を止めて僕を睨んできた。男の子って生き物は大概どんな状況からでもエロスを見出す生物だからね。パレオ一枚の有り無しなど究極的には変わらんのだよ。
「よし! それじゃあ水着に着替えた事だし、早速海でデートとしゃれこもう!」
と宣言しつつ、僕も魔法で水着にパパっと着替える。普通のトランクスタイプの水着とパーカーっていう何の捻りも無い格好だけど、野郎の水着なんてどうでもいいから問題ないよね? まあ、どう見ても女の子にしか見えない男の水着なら一定の需要はありそうだけど。
「私と君がデートなど、それぞれ一番縁遠い言葉じゃないかい? 私にはデートの何たるかなど分からないし、君にだって理解できるようなものではないだろう?」
「僕を舐めてるな? こう見えても僕はリアとのポイント制デートで七百八十点を取った優等生なんだぞ」
「百点を超えているんだが、一体何点満点なんだい……?」
自信満々に点数を申告したら、控えめにツッコミを入れられて黙るしかなかった。そうだよね、点数の上限が分からないと高得点かどうかも分かんないもんね……。
「ま、まあとりあえず砂浜を一緒に歩いてみようか。人がいないからか綺麗なもんでしょ?」
「なるほど、知的生命体は存在しないのか。道理でこれほどまでに美しい海と砂浜が広がっているんだね」
誤魔化すように砂浜を見渡しながら言うと、好奇心旺盛なレーンはこっちに釣られてくれた。ゴミなんて一切存在しないキラキラと輝く砂浜にしゃがみ、砂を掴んで粒子の細かさを確かめるみたいにサラサラと落としてる。
「しかし流木すら見当たらない辺りが少々不思議だ。デートの場として君が環境を整えたのかい?」
「いや、たぶん海流の問題じゃないかな。さっき泳いで戻ってきた感じだと、沖の方に向けて海流が出来てるみたいだし」
砂浜に波は押し寄せてるけど、海流自体はむしろ沖に向かって流れてる。だから流木はもちろん、ゴミもこの浜には流れ着かないんだろうね。海流のせいで浜に泳いで戻って来るの大変だったよ、マジで。
「なるほど。では少し試してみようか――ウィンド・エッジ」
一つ頷いたレーンは陸の方の森に目を向けると、その内の樹木の一本の枝に向けて風の刃を放った。スパンと枝が切り落とされて、木の葉を散らしながら地面に落ちる。突然の環境破壊に驚く僕を尻目に、レーンはその枝を拾いに行って再び僕の所に戻ってきた。まあ森林破壊なら邪神のお城を建てるために散々やったし別に良いか。
「よし。クルス、これを海の方に投げてくれ」
「何がしたいのかは分かったけど、何故そこまでするのかが理解できない」
枝を僕に押し付けてくるレーンに対して、僕はそんな声をかける。
何を考えてるのかは分かるよ? 本当に海流の問題でこの浜にゴミが流れつかないのか確かめるために、この枝を投げて確かめようって考えてるんだよ。でもさっき僕が海流云々って説明して理由は分かってるはずなのに、わざわざ試そうとする気持ちがちょっと理解できない。もしかして僕、信用されてない……?
「この浜辺から流れたものが沖に出てそのまま帰らないのか、それともこの大陸の別の浜に流れ着くのか気になるじゃないか。純粋な知的好奇心だよ。さあ、投げたまえ」
どうやらそういう事でも無く、純粋に海流の行き先が気になるらしい。確かに根性で逆らって泳いで来ただけで、海流の行き先に関しては知らないからね。
「しょうがないなぁ、もう。投げれば良いんだね?」
信頼云々とは別問題だと分かってちょっと安心した僕は、素直に枝を受け取った。
ただここでどうにも悪戯心が芽生えちゃってね? 素直に枝を投げるわけにも行かなくなっちゃんだよ。
「――死ねええぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
そんなわけで、意味も無く魔法をフルに使って全力で投げた。もちろん投げられた枝は音の壁を容易く突き破った挙句、摩擦熱で一瞬で塵になった。にも拘らず投げた衝撃だけは砂浜の砂を巻き上げてぶっ飛ばすレベルだから、まるで僕は『無』を投げたような感じだ。
まあ最高に無なのはレーンの視線なんですがね? 衝撃にパレオと髪を揺らめかせつつ、完全に棒立ちで冷たい視線で僕を見てるぅ……。
「……君に頼った私が馬鹿だった。自分で投げる事にするよ」
そう口にして、レーンは再び枝を魔法で切り落とした。そして自分で枝を手にして僕に見向きもせず、波打ち際に歩いてく。
果たしてレーンの細腕でどれくらいの距離を投げられるんだろうか。魔法で強化はするんだろうけど、それにしたって碌に飛ばせるとは思えないね。
「……ふっ!」
レーンは枝を両手に持ってバットの如く大きく振り被ると、小さく気合の声を上げて振り抜いた。それなりの勢いで投げ出された枝はブーメランのように回転しながら、海に向かって飛んでいき――
「火球」
僕の放った青い火球に包まれ、『ジュッ!』と音を立てて塵になった。
いやぁ、思わず放ってみたけどまさか普通に当たるとは思わなかった。精々人の頭くらいの大きさの火球だったんだけどな。もしかして僕って射的の才能ある? なんて思いながらちょっと得意げに視線を向けてみると、レーンはいつのまにか<カドケゥス>を取り出して僕に向けて構えてた。あっ、この光景さっき見たやつだ!
「……分かった、もう良い。木片を投げるのはやめるよ。代わりに君自身を海に流して調べて来てもらおう――タイダル・ウェイブ」
「あーっ!? 今日二回目ー!」
反論や言い訳をする時間も与えられず、僕は再度大波に捕らわれて沖の方に流された。もちろん渦潮もセットだし、何なら渦は一回目よりも大きく速度もマシマシだった。
クソぅ。やっぱり<カドケゥス>を手に入れたせいでツッコミの規模が破滅的に上昇してる……。