初めての魔物狩り
⋇多少のグロ描写あり
「行くぜっ!」
常人なら間違いなくそのままぶっ倒れているくらいのとんでもない前傾姿勢で疾走して、気色悪いカマキリ軍団に接近していくキラ。バランス感覚はもちろん、その速度も尋常じゃない。反射神経や動体視力を常時三倍に加速してる僕でも、間近だと反応しきれないかも。
猫は猫でもチーターとかピューマみたいなレベルだね、アレ。見た感じ魔法を使ってない素の身体能力みたいだし、人間よりも身体能力が高いっていう事前情報には偽りなしみたい。さすがの女神様もこの程度の情報は間違えなかったかぁ。
『キシャアァァァッ!!』
迫ってきたキラに対して、軍団先頭のカマキリが奇声を上げながら――いや、カマキリってあんな声上げるの? いやまあ、僕の世界のカマキリとはだいぶ違いそうだし気にしなくてもいいか。
とにかくカマキリが奇声を上げて右の鎌を水平に振る。遠目で見てもとんでもない切れ味してそうなのが分かるよ、あの鎌。草刈りに便利そう。
「はっ。食らうかよ、そんなの」
その一撃をキラは余裕で回避した。
どうやってかって? もちろん飛び上がって――じゃなくて更に前傾になってだよ! もう地面這ってるみたいな状態なのに何で倒れてないわけ? 体幹が異常すぎる。
更には常人ならバランスを取ることすらできない状態で両手を振るって、袖の中から鋭い鉤爪を取り出す。今思ったけど何かアレに似てるな。袖に仕込んだ小さい銃……スリーブガンだっけ?
「オラァっ!!」
そして極限まで前傾になった身体をバネにした、凄い勢いの飛び上がるような一閃が走る。でも爪は三本だから厳密には三閃だね。
『ギ、キィ……!』
首のあたりに三本の筋が走ったかと思えば、紫色の血を噴き出しながらカマキリの頭と首の輪切りが地面に落ちてく。
それでも元は昆虫だけあって生命力はとんでもなく高いみたいで、頭だけで何かもがいてたよ。しかしどんな身体の構造してれば血が紫色になるんですかね……。
「何だよ、弱っちぃな! もう少しあたしを楽しませろよ!」
巧みに返り血を避けたキラが、あろうことか未だ蠢いてるカマキリの頭部を残りのカマキリに向けて蹴り飛ばす。何て奴だ、お前に人の心は無いのか!?
『シャアアァァァァァッ!!』
とか思ってたら頭を投げつけられたカマキリが躊躇いなく頭を切り飛ばした! お前ら仲間意識とかそういう感情はないわけ!? 僕にだってちょっとくらいはあるんだぞ!?
「ヘッ、隙あり」
『ギッ……!』
あーほら、悪いことするから鎌を振った隙を突かれた。
しかも今度は頭を横に三等分する一撃。ちっちゃな脳みそやら複眼やら、色んな液体やらがグチョグチョ宙を舞って汚いったらない。これが美少女のならちょっとは綺麗って感じるのに……。
いやでも、そんな汚い光景を作り出したキラ自身は綺麗だな。頭部を失ったのにがむしゃらに暴れてる胴体をわざわざ切り刻んでいく姿なんか、まるでダンスを踊ってるみたいに輝いて見えるよ。舞い散る紫の血飛沫を軽やかに避けながら、どこか狂的な笑みを浮かべて血に塗れた鉤爪を振るい踊るキラの姿……これはもしかして、エッチなのでは……?
「……なあ、あんたは行かないのか?」
「えっ? いえ、一人で充分かなと思いまして」
そんな風に僕が新たな性癖を開拓してると、御者が控えめに尋ねてくる。
もちろん僕はあんな気色悪いカマキリたちと戦うのはごめんだったから、荷台を降りたその場から一切動いてないよ。あまつさえ体育座りしてキラの雄姿を眺めてるからね。後続の馬車も止まってるけど、そもそもレーンたちは降りてすらいないし。
「まあ確かにあの子一人で十分そうだけど……しかし、鉤爪か。そういや昨夜、またブラインドネスが出たらしいな」
「ブラインドネス……?」
何か聞きなれない言葉が出たな。何だっけ、盲目って意味だったかな? あくまで僕が分かる言葉に翻訳された状態での言葉だから、実際はもうちょっと違う意味かもしれないけど。
「何だ、知らないのか? 幸せな奴だな。最近王都を賑わせてる連続殺人鬼だよ。昨夜も三人殺されたらしいぜ」
「えっ、マジで!?」
凄い奇遇だね。僕も昨夜三人殺ったとこだよ。
つまり分かっているだけでも、首都では昨晩に六人も死人が出たってことか。物騒な街だな、全く……。
「ああ、マジだ。凶器は鋭利な鉤爪で、一息に殺した時もあれば、嬲る様に切り刻んで殺したことだってある。最大の特徴は、遺体から両目を抉り出してることだな。恐ろしいったらないぜ」
「両目……なるほどね。だからブラインドネスか」
「ああ。何のために両目を抉り出してるのかは知らんが、狂った奴の考える事なんてわかりたくもないな。さっさと捕まって欲しいぜ」
全くだね。そんなおかしな奴がいたら、世界が平和になっても女神様が安心できないじゃないか。よし、首都に戻ることがあれば捕まえて始末しておこう。
「おい、何サボってんだ! ほら、残り三体はお前の分だ! とっとと片付けちまえよ!」
「げっ!?」
僕がゴミ掃除の予定を立ててたら、あろうことかキラはカマキリ三匹に道を譲った。
キラに攻撃を仕掛けて反撃されて潰されれば良いのに、さすがに目の前で同族が三匹惨殺されたせいでそんな気は湧かないみたい。カマキリだけど脱兎みたいな勢いでこっちに向かって走ってきた。この野郎、何てことしやがる……!
「お、おい、来たぞ! 何とかしてくれ!」
「くそっ、こうなったらもう自棄だ! ぶっ殺してやる!」
やむなく応戦を決めて、腰の鞘から二本の短剣を引き抜き構える。
よりにもよって武器が短剣だから、あの気色悪いカマキリに接近しなきゃいけないのが悲しい。もういっそ魔法で遠距離から全部倒しちゃおうかな? でもここには一般人がいっぱいいるから、それはマジで耐えられなくなった時の最後の手段にしよう。うん。
でも可能な限り近づきたくない!! だってキモイんだもん!!
「――爆破!」
だから僕は右手の短剣に『爆破』の武装術を込めて、力の限りぶん投げる。
どうせ短剣は魔法で作ったものだから、ぶっ壊れても惜しくない。むしろあのカマキリの血に塗れた短剣なんか捨てた方が良いと思う。正直寄生虫とかウィルスが心配だし。そういえば寄生虫もあのサイズなのかな……?
「まず一匹っ!」
短剣をその身体に受けたカマキリは、短剣諸共木っ端みじんに爆散する。
正直言って汚い上にグロかった。昨晩殺った女の子たちの時は凄く綺麗だったのになぁ。まあ虫畜生に美少女のような美しい散り方を期待するだけ無駄か。
「――大地の槍!」
そして次は魔法。昨晩見た魔法を参考にした、地面に干渉して鋭い大地の槍を作り出して敵を貫く節約系魔法だ。それをカマキリの進行方向から、斜め上に突き上げる形で発生させる。脱兎の如くキラから逃げてたカマキリは、哀れにも上半身を大地の槍で消し飛ばされたよ。ざまーみろ!!
「二匹目っ!」
これで残るはあと一匹。本音を言えば魔法でさっさと片付けたいけど、コイツくらいは接近して倒さなきゃ勇者としての示しがつかない。
クッソ、誰だよ僕を勇者なんかにしたの! 女神様だよ、チクショウ! いつか絶対後ろからズッコンバッコンしてヒィヒィ言わせてやる!
『キシャアァァァァァァ!!』
「おっとぉ!?」
目前に迫ってきたカマキリが振り下ろす鎌を、短剣で受け止めるんじゃなくて滑らせるようにしていなす。
冷静に考えてみれば昨晩、メスゴリラの一撃を正面からまともに防御したのは馬鹿の極みだったね。僕が元気っ子から奪って身に着けた武術は、速度と手数と技量で勝負するタイプの武術。それなのにわざわざ正面から受け止めたんだから、もう何やってんだって感じだよ。でも咄嗟の事だったからつい、ね。それに幾らメスゴリラ相手でも女の子に力負けするなんて屈辱だし……。
「うんうん、なるほど。こんな風に捌けばいいわけだな」
ついでだから少し捌き方を練習させてもらう。上からの一撃を斜めに逸らして身をかがめて躱し、斜めからの一撃をかち上げるように逸らして躱す。
正直このカマキリの一撃はめっちゃ大振りで直線的だからあんまり参考にならない気がするけど、やっておいて損はないはずだよね。
ただ結構腕に来るな、これ。魔法で身体能力も常時三倍くらいにしてる上、今は攻撃を受け流してるだけなのにビリビリ来るよ。これ振り下ろしをまともに正面から防いだら、また足が地面に埋まりそう。足元が石畳さんじゃなくて草地だから余計にね。
「よし! ある程度練習もして満足したから、お前はもう用済みだ!」
しばらく練習台になってもらったけど、もうコイツから得られるものは何も無さそうだからすぐさま殺す方向にシフトする。だって目の前にクソデカくてキモイ複眼がギョロギョロしてるんだもん。これ以上はちょっとキツイです。
『ギシャアァアアァァァ!!』
そんなわけで、振り下ろされた鎌の一撃に攻撃で返す。
謎金属で出来た僕の短剣は武装術を付与しなくても切れ味は抜群。カマキリの右の鎌を半ばから綺麗に切り飛ばして、返す刀で根元から切り飛ばす――うっわクッソ汚い色の血が顔に飛んでくる! 回避回避!
「これでトドメだ! 斬撃!」
一旦返り血を後ろに飛んで避けてから、今度は武装術を付与した短剣で薙ぐ。狙いはカマキリのでかい頭に反してか細い首。
元々切れ味抜群な上に、更に『斬撃』の概念を付与させられた短剣での一撃だ。カマキリの首を斬り飛ばしたにも拘わらず、僕の腕には全く何の手応えも感じられなかったよ。まだ豆腐を切った方が手応えあるんじゃないかな?
ふっ、またつまらぬものを切ってしまった……なんてね?
『キシャアァァァァアアアァァァ!!』
「おわああぁぁぁぁああぁぁぁぁぁぁぁ!!?」
とかカッコつけてたら頭が! カマキリの頭部が! きったない血を撒き散らしながら僕の顔面にいいぃぃぃぃぃ!! あああぁぁぁぁぁぁぁああぁぁぁぁっ!!