カドゥケウス
三人娘のはた迷惑な電撃お宅訪問から一週間が経過した。
幸いな事にまた屋敷に突撃してくるなんて事も無くて、至って平和そのものだ。まあ冒険者としてのお仕事をしにギルドに行くと、何故かウサギ娘か女狐の姿を良く見かけるんだけどね。アイツらいつもは冒険者ギルドの本部を利用してるらしいし、何度も支部で見かけるとか明らかに僕を監視してるな? まだ疑ってるのか、やり辛い。
「おっと、電話だ。相手は――カルナちゃん」
そんな折、夕食後に部屋でゴロゴロしてると、レーンから電話がかかってきた。
いつもはこっちから朝、昼、そして夜の三回かけてるのに、向こうからかかってくるなんて珍しいな? 何か火急の用でもあるんだろうか? もしかして聖人族の国で発見された大量の魔石の件かな?
『――私だ。今日は良い知らせと、とても良い知らせがある。どちらから聞きたい?』
「じゃあ良い知らせの方からお願い」
『魔石の正確な量が判明したよ。あの量ならば次の勇者召喚は最速で五ヵ月ほどに縮まるはずだ』
やっぱりその事だったみたいで、レーンは簡潔に結論だけを述べてきた。
ていうかやれば簡潔に話せるじゃないか。何でいつも無駄に長話をする? いつもそれくらいに縮めて要点だけを話せよ、全く……。
「五ヵ月……五ヵ月かぁ。まだちょっと長いかな?」
『その反応、やはりもう少し早く召喚を行って欲しいのかい?』
「まあそりゃあね。こっちは着々と準備を進めてるし、そこまで長いとちょっと気が緩みそうでさ……」
現状、僕は邪神としての活動を始めるために様々な準備を精力的に行ってる。毎日やってるエクス・マキナの製造はもちろん、邪神の見た目や戦い方とかの設定を考えたり、本格的な活動を始めた後の計画にまで手を伸ばしてるよ。
ただそれらが役立つのが五ヵ月も先になるって考えると、どうにも勢いが無くなっちゃうんだよね。具体的に言うと五ヵ月も先なら少しくらいサボっても良いやろ、って気持ちになっちゃう。僕としてはそういう気の緩みはズルズル続いていっちゃうと思ってるし。
『それならば、君がこちらに来て魔法陣に魔力を注げば良いんじゃないかい? 自分の手で行うならば調節も容易いはずだろう?』
「どうかねぇ? 僕は無限の魔力を持ってるから、魔力だけを注ごうとするとうっかり全部満たしちゃうかもしれないよ」
『なるほど。確かにその可能性もあるか……』
レーンが解決案を出してくれたけど、それはちょっと危なそうだから拒否しておいた。
僕は女神様から無限の魔力を供給されてるだけであって、元は技術もクソも無い一般人だからね。何なら最初から魔力の無い世界に住んでたし、正直魔力だけを繊細に扱える自信が欠片も無い。魔法として使うならイメージ次第でどうとでもなるだろうけど、魔力単体を使うのはちょっとヤバそう。保有量が無限に近くて限りなく膨大だから、爪の先程度の魔力を出そうとしてその一万倍の魔力を放出するとか普通にありえそうだよ。
『では少々遠回りになるだろうが、魔石を創り出して鉱脈に埋め込み、それを発見させるというのはどうだい?』
「回りくどいなぁ? でも更に期間を縮めるならその手法しか無いか。やる時はそれでいくよ」
レーンが出してくれた代案ならまあいけそうだから、今回は頷いておいた。やるとしたら聖人族の国に行って鉱山に入って鉱脈を見つけ、魔石を作って埋め込むとかいう地味で面倒な作業をしなきゃいけないけどな!
「それで? とても良い知らせの方は?」
『フフ、聞いて驚きたまえ――ついに、<ウロボロス>の調整が完了した!』
「あ、ふーん。すごーい」
『フフッ、そうだろう。分かってくれるかい』
とても良い知らせとか言うからちょっと期待してたのに、僕にとっては凄くどうでもいい知らせだった。とはいえレーンからするともの凄く嬉しい事みたいで、声だけでも上機嫌になってるのが分かったよ。僕の淡白で心底どうでも良い返事に気付けないくらい機嫌が良いっぽい。
『ついては君の手で<ウロボロス>に魂を封じ込めて貰いたい。たっぷりと私の魔力に馴染ませてあるから、今度こそ問題無く扱えるようになるはずだ』
「良かったねー。じゃあやっておくから空間収納経由で送っておいて?」
『いや、それはダメだ。万が一が起こる可能性を想定すると、手渡しの方が間違いが無い。君が私のところに来て、その場で魂を込めてくれたまえ。今すぐに』
「えー? やだー、面倒くさい」
やたら熱のこもったお願いに、僕は当然拒否を示した。
だってレーンったら電話越しでさえテンションアゲアゲだよ? どうせ魂を封じ込めて真に<ウロボロス>が完成したら、興奮した魔術狂いのマシンガンの如き長話とか実験に付き合わされてるのは目に見えてる。思わず拒否するのも仕方ないでしょ?
『良いからさっさと来い』
「……はい」
でも途端に底冷えするようなガチのトーンで命じられたら、逆らう事はできませんでした。決して怖かったわけじゃないよ? 本当だよ?
「……来たよー」
数分後、僕はレーンのお家へと転移してすぐさまリビングへと顔を出した。相変わらず窓際には置物花畑大天使が座ってるけど、この際それは置いておこう。今にも壊れそうな人を前にするとどうしても壊したくなっちゃうからね。僕は崖に指でぶら下がってる人を見ると、指を一本一本踏みつけてやりたくなる性質なんだ。
「やっと来たか。電話が終わってから二分も経っているじゃないか。一体どこで油を売っていたんだ」
「どこで油を売ってたっていうか、お手洗いでちょっと液体を出してたっていうか……」
わりとすぐに来たのに何故か怒られる謎。ちょっとトイレ行っただけじゃないか。だったらここで漏らせばよかったのか? おぉん?
「まあそんな事はどうでもいい。さあ、これを見たまえ」
促されるままリビングにあるテーブルまで向かうと、そこには一本の杖が置かれてた。
デザイン的には<ウロボロス>を踏襲しつつも、かなり大幅な改良が施された一品だ。元の方では頭の部分に魔石と、それを包むように蛇を象った装飾があった。でも今ここにある杖には魔石が無く、代わりに大きな書物をはめ込むためのギミックが搭載されてる。一応蛇の装飾は残ってるけど、前のが螺旋を描くようにしてお互いの尻尾を噛み合ってたデザインだったのに対して、こっちは純粋に蛇が二匹絡みついてるって感じだ。ついでに杖自体の色も金色から銀色に変えられてる。どうやらよっぽど僕のデザインがお気に召さなかったらしい。
「……めっちゃデザイン変わってるなぁ?」
「金色はあまり好みでは無かったからね。カラーリングを変更させてもらったよ。それから<アーカイブ>を取り付けるために、この部分にも手を加えさせてもらった。疑似的な無限の魔力を実現できるのなら、そもそも魔石などいらないだろう」
「別にそれは良いんだけど、このデザインだともう<ウロボロス>じゃないなぁって……」
確かウロボロスっていうのは尾を噛む蛇を表す言葉だ。この二代目<ウロボロス>は尻尾を噛んで無いからその言葉を名前にするのは相応しくないと思う。細かい所だけどそこがどうにも気になっちゃうね。
「そうかい? ならば新しい名前を付ける必要があるな。君なら何と名付ける?」
「そうだねぇ……<カドゥケウス>かな?」
少し悩んだ後、僕は新たな名前を捻り出した。というか他に蛇に纏わる名前が出て来なかったんだよね。あと出てくるのは精々バジリスクくらいだし。
まあちょうど蛇が二匹いるし、カドゥケウスがピッタリでしょ。本来は絡み合った二匹の蛇を表す言葉だったような気がするけど。
「ふむ、良い響きだ。では今からこれは<カドゥケウス>だ。さあ、早速<カドゥケウス>に魂を封じ込めてくれたまえ。その後は君の力で不壊の性質を付与するんだ」
「はいはい、分かりましたよ。倫理観欠如した魔術狂いめ」
そして二代目<ウロボロス>こと<カドゥケウス>を手に持ち、僕に差し出してくるレーン。
傍目から見ると落ち着いてるように見えるんだけど、滅茶苦茶上機嫌で興奮してるのが手に取る様に分かるね。これから何の罪も無い無辜の人々の魂を杖の中に封じ込め、永遠に燃料として扱うって事なのに一切躊躇いを見せないもん。目先の欲求に取りつかれた狂人は怖いなぁ?
まあ別に僕には忌避感とか罪悪感とかそういうの無いし、遠慮なく罪のない魂をドバーっと<カドゥケウス>に注ぎました。封じ込められた魂も仲間がたくさんいるから寂しくないでしょ? 僕って優しい……優しくない?
「――よし、完了。おまけして魂五十人分をぶち込んだぞ」
「おお……これが……」
ついに完成した<カドゥケウス>を前に、レーンは感嘆の吐息を零した。掲げるようにして眺めたかと思えば軽く振り回したり、色んな方向から眺めたりして目を輝かせてる。まるで欲しいゲーム機をサンタさんから貰った子供みたいな反応だぁ……。
「どう? 疑似的な無限魔力はちゃんと機能してる?」
「………………」
そう尋ねると、途端に真剣な顔つきへと変わるレーン。そうだよね、ここが一番大事なところだもんね。
レーンはそのまま<カドゥケウス>をぎゅっと握りしめると、数秒ほどの間を置いてから一気に天へと突きあげた。瞬間、杖の頭から撃ち出されるようにして眩い光が飛び出してきて、天井にぶつかって弾け散る。でも弾け散った光はそのまま消えず、粉雪と化して部屋の中に降り注いだ。心なしか部屋の気温まで下がった気がするね?
「……ああ、使える。これは、実に素晴らしい……!」
どうやら魂が生産する魔力を自分の物として問題無く扱えてるらしい。弱めの竜巻を発生させて、舞い上がる雪の中でグルグル回るレーンはテンション最高潮って感じだ。そんなに喜んで貰えるなら五十人分の魂を集めた甲斐があるってもんだよ。犠牲になった人たちも嬉しいだろうねぇ?
「良かった良かった。生産される魔力の量とか速度はどれくらい?」
「そうだね……私の持つ魔力の百分の一程度の魔力が、一秒に一回生産されるという所かな。無限の魔力と言うにはさすがに足りないが、実質私の魔力の回復速度が格段に向上したようなものだね」
「たった百分の一? 魂五十人分でその程度なの?」
どうも魂の力は思ったよりカスだったみたい。五十人から搾り取っても、レーンの魔力量を完全に回復するには二分近くかかる計算だ。となると一秒で完全回復まで持っていくには五千人の魂が必要ってわけだ。ジャッ●・ス●ロウ五十人分かぁ……。
「言っておくが、これは大いに驚嘆すべきだ。本来ならば魔力の完全回復には安静状態で数時間はかかるところだ。それをたった百秒足らずで全回復に持っていけるほどの魔力が生産されている。魂の力というのは実に素晴らしいね」
とはいえレーンさんはこれでも大いに満足してるっぽい。上気した頬を嬉しそうに若干緩めて、意味も無く風や火や光を生み出しながらはしゃいでる。僕としては魂の力があまりにもショボすぎて興醒めって所だよ。
ただス●ロウ五十人分でふと思ったけど、もしかすると魂にも質ってものがあるのかもしれないな。より高純度で洗練された強い輝きを放つ魂なら、少ない数でもより多くの魔力を生み出すとかあるのかもしれない。ミニスの魂なら一人で千人分くらいはいきそうだし。
とはいえさすがに真の仲間の魂を永久電池にするわけにもいかないし、強そうな魂を持つ奴なんてそうそう見かけない。そもそも意思が強ければ魂も強いとは限らないし、実験や研究は難しそうだ。ひとまず今は雑魂で我慢しよう。
「まあ、何にせよお望みの物は手に入ったね? じゃあ今度はこっちの望みを聞いてもらおうかな? フフフ」
<カドケゥス>に上機嫌だったレーンだけど、僕がそう声をかけると途端に嫌そうに瞳を細めた。確かに楽しんでた所に水差したのは否定しないよ? でもだからってそこまで嫌がんなくても良いじゃんよ……。
「どうせ処女を寄越せと言うんだろう? 聞けばすでにミニスも毒牙にかけたらしいじゃないか。いよいよ私の番というわけかい?」
「最終的にはそうなるんだけど、ちょっと違うんだよなぁ?」
「違う……?」
僕の答えにレーンは首を傾げる。
さて、ここでお約束を思い出そう。ミニスの時はちょっと村娘の奮闘と意志力に魅せられてそのままベッドインしちゃったけど、僕としてはちゃんと段階を踏みたいと思ってるんだ。実際リアとの時もそうだったでしょ? だからレーンにお願いするのはエッチまでの大切な過程。
「明日、僕とデートしよ? エッチはその後」
そう、レーンとのデートだ! 魔術狂いとのデートとか不安しかないな! でも僕も頑張ってデートらしくするぞ!
次回、不安なデート回